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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:15人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/03/01


みんなの思い出



オープニング



 それは去年のこと。
 ここ久遠ヶ原学園に、新たな伝説が生まれた。

 そして伝説は続く――



 そんな訳で今年も始まります、久遠ヶ原聖褌祭。

 それは読んで字の如く、聖なる褌の祭だ。
 人口島の一角にある砂浜に、褌一丁をきりりと締めた男女が集う。
 真冬に比べれば陽射しも強く、随分と暖かくはなってきたが、海の水はまだまだ冷たい。
 その肌を刺す様に冷たい海に雄々しくも足を踏み入れた彼等は、波と戯れつつ互いの褌を奪い合うのだ。

 昨年の第一回大会。
 そこで見事、褌界の頂点に君臨した者。
 惜敗に涙を呑んだ者。
 図らずも下意に甘んじた者。

 しかし、それは全て過去の出来事だ。
 栄光も屈辱も、全ては過ぎし日の思い出。
 今年は今年、アドバンテージもハンデもない。
 潔く全てを消し去り、新たな気持ちで挑むのだ。
 そう、事に臨んで真新しい褌をキリリと締める如く。
 雄々しく、清々しく。


 基本的なルールは昨年と同じだ。

 戦闘開始の合図と共に海へと走り、冷たい水の中で互いの褌を奪い合う。
 ただそれだけだ。
 己の褌を死守しつつ、他人の褌を奪い取る、孤独な戦い。
 そこにはチームプレイなど存在しない。
 自分の褌が剥がされる前に、いかに多く他人の褌を引っぱがすか……それが全て。
 一度も褌を奪われる事なく、最後にひとり残った者。
 その者だけが、栄誉ある「聖褌帝」の称号を手にする事が出来るのだ。

 健闘虚しく、途中で褌を奪われる事もあるだろう。
 そこで諦めれば試合終了だ。

 だが、諦めずに挑む者に対して笛が鳴る事はない。
 まだ活路はある。
 そう、他人の戦利品を横取りするのだ。
 ハゲタカの如く、ハイエナの如く!
 嫌われても良い、強く逞しくのし上がれ!
 敗れても尚貪欲に勝利を求める君には「褌愛」の称号が贈られる事だろう!

 勿論、己の褌を失った所で潔くリタイアを決めても、それはそれでまた漢らしい。
 生き残った友に声援を送る事もまた、ほろ苦い青春の思い出となるだろう。


 さあ、若人よ集え!
 恥も外聞もかなぐり捨てて、新たな地平へと旅立つのだ!

 大丈夫、去年はみんな帰って来たよ!
 今年だって、きっと……!



リプレイ本文

 真冬の海岸に、ひとり立つ漢の姿があった。
 打ち寄せる波がその足元をさらうが、両足をしっかりと開いて仁王立つその姿は一寸たりとも揺るがない。
 彼の名は、千 庵(jb3993)――至高の聖褌帝の称号を持つ、昨年の覇者だ。
「聖褌帝の称号を易易と渡すわけにはいかぬのぅ?」
 その股間に燦然と輝く越中褌は、前垂の部分に『漢』と書かれていた。

 果たして彼は、今年もその褌を守りきる事が出来るのだろうか。
 或いはその堅固な砦を突き崩し、新たな伝説を作る猛者が現れるのだろうか。

 褌愛好者達の、その愛の深さが試される時が来た。



 今年の参加者は15名。
 昨年よりも数こそ少ないが、この戦いに賭ける意気込みはいずれも勝るとも劣らぬ精鋭揃い。
 まずはそのチャレンジャーな人々の、この戦いに賭ける意気込みから紹介していこう。

「今年は去年よりもさらに上を目指す…!」
 昨年の戦いでは惜しくも褌大名の地位に甘んじた緋伝 璃狗(ja0014)は、当然の事ながら今年は更に其の上を狙う。
「去年は相手に先手を取られて敗北したからな」
 今年は機動力を上げて、素早さで勝負だ。
 そしてあの初代王者から、褌を奪うのだ――聖褌帝の称号と共に。
「やってやる…」
 褌を洗って待っていろ!

「くくく…またこの季節がやってきたか!」
 そして、もうひとり。
 ラグナ・グラウシード(ja3538)も、昨年の引き続いての参加だ。
 昨年は重体の身体に鞭打っての参加となり、あえなく褌を奪われてしまったが、今年は体調も万全。
 今年こそは情け容赦なく褌を奪う側に――立つ気は、なかった。
 あの一件で、彼は何かに目覚めてしまったらしい。
「今年もまた褌を奪われ、この私の美しい肉体を魅せつけるのだ!」
 さあ奪え、遠慮なく奪え。
 未使用美品は、未だにピッカピカの新品だぞ!

「魔法少女褌バージョン出陣にゃ♪ …ちょっと恥ずかしい(///)」
 マジカル♪みゃーこ、猫野・宮子(ja0024)は褌にサラシ、猫耳猫尻尾姿での初参加だ。
 その姿は、人々の目に新鮮な驚きと感動を与えた。
 魔法少女と褌のコラボなど、今までに誰が想像したであろうか。
 しかし魔法少女の衣装には、リボンやフリルといったヒラヒラの装飾が不可欠だ。
 ヒラヒラと言えば褌の前垂れ。
 即ち、これこそが魔法少女の新時代を切り開く最先端のコスチュームなのだ!

「聖・褌祭?」
 レイラ(ja0365)は迷子だった。
 どうやら門木の姿を探すうちに、この会場に迷い込んでしまった様だが……
 ここは海岸、門木は科学室。
 探す場所を間違えるにも程があるが、これはきっとネタの神様あたりが仕掛けた罠に違いない。
「嫌な予感がします…」
 しかし、何故か既にエントリーは終えている。
 服の下には用意周到、褌とサラシを装着済みだった。
 やだー参加する気満々じゃないですかー。

「すべての褌をこの手に」
 神凪 宗(ja0435)は、ただそれだけを考えていた。
 赤い褌を堂々と身に纏い、宗はその瞳をただ一点に向ける。
 そこに立つのは昨年の覇者。
 しかし彼の元に辿り着くまでには、恐らく数多の艱難辛苦が待ち構えている事だろう。
 だが、辿り着いてみせる。
 その褌を奪ってみせる。
「連覇など、させぬ」
 断固阻止。

「クマさん、行きまーす!」
 くまの着ぐるみに身を包んだ或瀬院 由真(ja1687)が元気に手を上げる。
 エントリー名は、クマー・ザ・アシガラヤマ。
 ふわふわもふもふな身体に、きりりと締めた褌が眩しい。
 着ぐるみの着用には利点があった。
 何しろ着ぐるみだから、褌を取られても恥ずかしくない。何も隠す必要がないのだ。
「けれども、その安心感が油断に繋がるのです」
 だから、くまさんは自分を追い込んだ。
 奪われたら負けだ。
 リベンジはない。
 この一枚の褌のみに、全てを賭けるのだ!

「海水が傷に沁みる……」
 雫(ja1894)は無念の思いを噛みしめていた。
 この身体が怪我を負ってさえいなければ。
 体調さえ万全であったなら。
 しかし、例え無残に敗れ去ったとしても、それを理由にはしない。
 肌を晒さない様にと着込んだ水着の上から褌を締め、開始の合図を待つ。
 目標は……一秒でも長く戦場に立っている事、で良いかな?

「おまつりだー!」
 会場の一角に、ミイラ男が立っていた。
「褌を奪い奪われ乱痴気騒ぎじゃー!」
 その歩く包帯の中身が伊藤 辺木(ja9371)である事は、頭に巻かれた真っ白なタオルに書かれた「伊藤運輸」の文字が示すのみ。
 ところで、何故に彼はミイラ男に扮しているのか。
 それはね。
「考えてほしい、フンドシを脱がす時どうするか」
 どこからともなく褌を装着したマネキンを運んで来た辺木は、それで実演を始めた。
「それすなわち、はじっこを持って一気にひっぱる!」
 こう、ぐいっと!
「股間のダメージも含めて威力は天文学的だ!」
 確かにそれは痛そうだ。
「ならばはじっこを偽装すれば良いのだ! すなわち全身フンドシめいた包帯で包んだフンドシミイラ!」
 辺木は包帯だらけとなった自らの身体をアピールする。
 そこには巻き終わりの処理が疎かになったとしか思えない、包帯の「はじっこ」が沢山ヒラヒラしていた。
 その中にはどれかひとつ、褌のはじっこがあるらしい、が。
「これなら、どれが本物かわかるまい!」
 相手が迷っている隙に、布を相手のフンドシに絡めてひっぱるフンドシアタックを決めるのだ。
「隙がない! つよい! この勝負もらったー!」
 フンドシミイラは勝利を確信した。

「これはフンドーシを奪う大会なのですね」
 パルプンティ(jb2761)は人界の知識に乏しいはぐれ悪魔だ。
 しかし褌とは何か、それくらいは知っている。
「フンドーシって言えば確か、ニッポンポンの古来から伝わる下着の事ですよね?」
 ただ――
「……問題はどうやって着けるのか全くわからないことのみです!」
 下着というからには、基本的に全裸で身に着けるものなのだろう。
「だったら、裸になってみればきっと何かが閃くのですよー」
 ということで、全裸なう。
 大丈夫、ちゃんと更衣室の中だから。
「…………………」
 褌をその手に握り締め、思考すること数分。
「フフフッ、判りましたっ」
 閃いたらしい。
「ニッポンポンの伝統文化なぞチョロイモンですよーぅ♪」
 まずは、褌の紐を首に巻きます。
 次に背中に垂らした布を股間に通し、そのまま体の前面を隠すように持ち上げます。
 最後に首に結んだ紐の輪に通し、残った布でオシャレっぽく胸元を飾ります。
「どうです? ぱーふぇくとでしょう?」
 褌の新境地を開拓しました。
 でも、これで勝てるかどうかは――

「……無念」
 ここにも、ミイラがいた。
 水着の上から蒼い褌を締めたナナシ(jb3008)は、胸には白いサラシを巻いている。
 しかしそれは、身体中に巻かれた包帯と同化していた。
 ただし、こちらの包帯はフェイクではない。
 正真正銘の重体参加だった。
 この状態で普通に戦う事は――しかも真冬の海で――死を意味する。
 しかし、それでも出場を諦める事はなかった。
 そして出るからには……
「勝つ、とは言わないわ」
 言いたいのはやまやまだが、それが無理な相談である事は承知している。
「でも、せめて一本でも良い」
 誰かの褌を奪う事が出来れば。
 そんな慎ましくも切実な願いを胸に、ナナシは挑む。
 その為には、正攻法にばかり拘ってもいられなかった。
「少し搦め手を用意させてもらったわ」
 ナナシはボランティアスタッフのふりをして、受付に座る。
 褌を自前で用意して来なかった人のために、公式グッズとして用意した褌を手渡す役を買って出た。
 だが勿論、それも作戦のうち。
 実はこの褌には、少々細工が施してあるのだ。
 その詳細は、罠が発動してからのお楽しみ。

「この勝負、絶対に負けられません!」
 ロシールロンドニス(jb3172)は、同居女性に「負けたらオシオキよ♪」と言われていた。
 彼女のオシオキは怖い。
 それはもう、想像するだに怖ろしいもの……らしい。多分。
 よって、この純白の褌は何があっても死守しなければならない。
 という事で、無理に剥がせば皮まで持って行かれるのは必至という強力な瞬間接着剤を使い、素肌に貼り付ける。
 更に丸めたスクールアミュレットを尻の奥に仕込み、これも接着剤で固定……は、やめた方が良いと思うんですけど。
 やるの?
 知らないよ、どうなっても。

(皆褌だから恥ずかしくない恥ずかしくない……)
 シグリッド=リンドベリ (jb5318)は、心の中で呪文の様にそう繰り返す。
 面白そうだと思って、ついうっかり参加してしまったのだが。
 冷静になって考えてみれば、スキルやステータスの面では明らかに不利。
 そればかりか、見た目でも勝てる気がしなかった。
「…もう少し…身長とか筋肉とか欲しいのです…」
 褌が似合う様な、逞しい身体になりたい。
 筋肉があれば、この寒さも少しは和らぐのだろうか。
 だが、ムッキムキは一日にして成らず。
 今はとにかく頑張るしかない。
「寒い…終ったら学園の科学室に癒しを求めに行くのです…」
 ヒリュウのプーちゃんをなでもふしつつ、シグリッドは開始の合図を待った。

「十全とはいきませんが、折角参加するので一回でも勝てるように全力を出し切ります」
 ユウ(jb5639)もまた、重体参加だった。
 これで三人目、参加者の五人に一人が怪我人という有様だが……どうやら四国の方で激しい戦いがあったらしい。
 しかし、そんな厳しい状況下でこそ、遊びに興じる余裕が必要なのだ。
 コメディなら重体でも大丈夫、って言うか寧ろ美味しい。
 重体万歳!

「王となる権利だと…!?」
 ラテン・ロロウス(jb5646)は、海岸で早速準備体操を始めた。
 しかし、今ひとつ身体の動きにキレがないのは……恐らく、生装備した白褌のせいに違いない。
 だって、褌の付け方なんて知らないもん。
「とにかく見えなければ良いのだろう?」
 大事な部分が隠れる様に適当に巻き付け、固定方法がわからないから、上からガムテープでぐるぐる巻き。
 動き易いとは言い難い。
 しかし、剥ぎ取られる危険も少ない筈だ。多分。

 そして最後に、昨年の覇者。
「外されたらどうにもならんからのぅ」
 庵はしっかりと締め上げた褌の具合を確認する。
 この褌は生命線だ。
 どうあっても、奪われる訳にはいかない。
「生半可な褌愛の輩には負けん。絶対負けぬ」
 瞳の奥に執念の炎が燃える。
 その褌愛は、親が決めた婚約者から贈られた褌型チョコに歓喜するレベルだ。
 昨年から更に修行を積み、褌の事なら一週間以上はに語れるようになった。
 これで負ける筈がない。
 いや、負けてはならぬのだ。
 聖褌帝の名にかけて。



 そして、戦いが始まった。

 海を目指して一斉に走る戦士達。
 だが、庵は動かない。
 昨年の覇者として、彼は他の者から数分遅れてのスタートとなる。
 その間は誰かの褌を奪う事は出来ないが、代わりに奪われる事もない。
 この数分が、彼に有利となるか不利となるか――それは神のみぞ知る。

 残る戦士達の間では、早くも情け無用の争奪戦が開始された。

 まず最初に火花を散らしたのは、褌魔法少女と宗の二人だった。
 理由はただ、たまたま近くで目が合ったから――それだけだ。
 褌の奪い合いに理由など無用。
「うに、全力でいくにゃよ! 水の上にいけば動きにくさは解消にゃ♪」
 しかし相手も鬼道忍軍、共に水上歩行を使っての勝負だ。
 戦場の条件が同じなら、後は純粋に実力が高い者が勝つ――というのは一般常識。
 しかし、この戦場に常識など通用しない。
 全てはノリと気合いと時の運だ。
「うー、向こうも動きまわってるにゃね。それなら拘束しちゃうのにゃ♪」
 褌魔法少女は忍法「髪芝居」で相手を拘束にかかった。
 しかし、宗には通用しない。
 海面を蹴って飛び上がった宗は、そのまま褌魔法少女の頭上を飛び越え背後に回った。
 相手が少女でも容赦はしない。
 宗は着水と同時にその手を褌魔法少女の褌にかけ、しっかりと握った。
 その状態で水上歩行を解除すれば、後は重力が勝手に仕事をしてくれる。
「みみみ!? 水上に居たのが裏目に出たにゃー!?(///)」
 宗は奪った褌を格好良く肩に掛け、ポーズを決める。
 そして芝居がかった口調で一言。
「あんたの敗因は褌への情熱が劣っているからだ」
 だが、好事魔多しと人は言う。
 勝利の美酒に酔いしれたその時こそ、実は最も危険な瞬間なのだ。

 その時、璃狗が宗のすぐ後ろまで迫っていた。
(この勝負、まともに当たればレベルで劣る俺の方が不利だ)
 しかし、この戦いと褌に賭ける思いは誰にも負けない。
 勝利の瞬間こそ隙が生まれる、この好機を逃す手はなかった。
 それを漁夫の利と言わば言え。
「先手必勝!」
 背後からそっと手を伸ばし、宗の褌を力任せに引きちぎる。
「なん、だと?」
 予想外の出来事に、宗の頬を冷や汗が伝った。
 僅かの間、思考回路が停止する。
 その瞬間さえも璃狗は見逃さなかった。
 宗の肩に掛けられた戦利品をも奪い、素早く自分の体に巻き付ける。
「……よし」
 勝って兜の緒を締めよ…いや、この場合褌を引き締めよ、だろうか。
 文字通りに自分の締め直し、璃狗は次の獲物を探しに行った。

「負けた……」
 呆然と立ち竦む宗。
 しかし彼の褌魂(ふんたま)はまだ燃えていた。
 ただ一度の敗北で終わってたまるか。
 寧ろ敗北こそが、この魂をより強くするのだ。
 見えてはいけないものを波間に隠し、合掌。
 静かに目を閉じて、精神統一。
 そして静かに動き始めた。

「出場するからには優勝を目指すですよーぅ」
 海を目指し、砂浜をぽてぽてと歩くパルプンティ。
 しかし彼女は褌の新境地開拓に力を注ぐ余り、戦いの事を考える余裕がなかったのだ。
 つまり、戦いに関してはほぼ無策。
 後は持ち前の不思議ちゃんパワーに期待するしかない。
 その背後からせまる小さな影はロシールだ。
 彼はその小さな体を生かし、体勢を低くして死角から近付く。
 大人の男が女性から力ずくで下着を剥がせば犯罪だが、ロシールは子供。
 今なら、ませた子供のエッチな悪戯として許される筈だ。
 心の中で「ゴメンナサイ」と唱えつつ、パルプンティの背に垂れた褌に手を伸ばした。
 しかし、その時。
「きゃっ!」
 すってーん!
 パルプンティはすっ転んだ。
 前のめりに倒れ込み、足が後ろに蹴り上げられ――踵が、ヒットした。
 キィン!
 実際には、そんな音はしない。
 しかしそれが恐らく、この場面に最も相応しい効果音であろう。
 ロシールは子供だ。
 子供だが、やはり急所は急所。
 ソコを蹴られれば、悶絶するしかなかった。
「あらー?」
 気が付けばパルプンティは勝者となっていた。
 良いのだろうか、こんな勝ち方で。
 しかし良いのだ。
 コメディなんだから!
 声もなく股間を押さえて蹲るロシールの尻から、パルプンティは容赦なく褌を引っぱがした。
 何となく剥がしにくい様な気がするけど、気にしない!
 べりべりべりっ!
「ぎゃああ!」
 撃退士の腕力の前には、瞬間接着剤などデンプン糊も同然だった。
 ただし、褌と一緒に皮まで持って行かれたけれど。
 でも大丈夫、大事な所は無事だ。
 さっきのダメージは残ってるけど、皮は剥けてない……色んな意味で。

 思わぬ幸運からロシールの褌を皮ごと奪う事に成功したパルプンティ。
 だが、その幸運は長続きしなかった。
 転んだ拍子に首の紐に通してあった布が外れ、今やそれはマフラーの如く背になびいている。
 そこに迫るアルパカの影、それはラテンの愛パカ、ムサシの姿だった。
 しかし、その主であるラテンの姿が何処にもない。
「はっはっは、私はここだ!」
 声はすれども姿は見えず、声と共に炸裂する発煙手榴弾!
 大量の白煙に紛れて尚も近付くムサシの腹から何かが伸びる。
 それは、ムサシに張り取り付いたラテンの腕だった。
 白煙の中を走りながら、追い抜きざまに褌を掴み、力任せに引く。
 普通の人間ならば首が絞まってアウトだろう。
 しかしそこは撃退士、そしてこれはコメディだ。首が絞まる前に都合良く紐が切れる事に何の問題があろうか。
 高笑いと共に奪った褌を高く掲げ、走り去るムサシ&ラテン。

 しかし、パルプンティの手にはまだ、ロシールから奪った皮付き褌があっった。
 隠密を使ってこっそりと近付いた雫は、そっと手を伸ばす。
「奪わなければ……奪われるんです」
 褌を掴むと同時に、烈風突で相手を突き飛ばした!
「だから、私は奪います!」
 褌を奪われ、つっ転ばされるパルプンティ。
 その手段はお世辞にも綺麗であるとは言い難い。
 しかしこれは仁義なき戦い。
 どんな手を使おうと、奪った者が勝つのだ。

 そして一方、ムサシは尚も突進する。
 その前に立ち塞がったのはクマー・ザ・アシガラヤマ!
 アルパカvsクマー、真っ向ガチンコ容赦無し!
 クマーはムサシの突進を真っ正面から受け止めようと、光纏機導・操盾術を発動した。
「クマさんの防御は足柄山一です!」
 しかし対するムサシはごく普通の善良なアルパカ、このままブチ当たるのは危険すぎた。
「ムサシ、止まれ!」
 一声叫んでラテンはコメットを発動、クマーの頭上に彗星の雨を降らせる。
 しかしクマーは踏ん張った。
「クマさんに逃走の二文字は無いのです!」
 重圧を受けながらも一歩も退く事なく、回り込んで再び突進して来たムサシに向き合う。
 だがクマーにしても、罪のないアルパカを巻き込み、怪我を負わせるのは本意ではなかった。
 ならば。
 ムサシの陰から褌を狙って伸びる腕を狙い、クマーはパリィで弾き飛ばした。
 弾かれたラテンはバランスを崩し、ムサシの背から転がり落ちる。
 クマーはその機を逃さなかった。
 小天使の翼で宙に舞い上がり、空中からのGクラッシュでフライングボディアタック!
「クマさーん! クラーッシュ!!」
 どすーん!
 スタン効果は得られなかったが、押し潰されたラテンは砂に埋もれて身動きが取れない!
 その隙に、クマーは容赦なく褌を奪って行った。
 パルプンティから奪ったものも、ガムテープでグルグル巻きにされたものも、容赦なく。
 そして危険物に砂を掛けて隠すと、クマーは奪った二本の褌を首に巻いた。
「これからが本番です」
 主戦場は海の中。
 白い褌マフラーを風になびかせ、クマーは静かに波打ち際へと歩を進めた。

 しかし防水加工を施していない着ぐるみにとって、水は天敵。
 海の中へ一歩踏み込むごとに、水を含んだ着ぐるみはその重さを増していった。
 かの巌流島の戦いで敗れた剣豪の敗因は、一説では海水で袴を濡らし機動力を失った為とも言われている。
 今まさに、その状況が再現されようとしていた。
 砂に埋もれた主人を掘り起こし、その口に咥えて去るアルパカムサシは勝者の風格だ。
 対して本来の勝者である筈のクマーは、窮地に陥っていた。
 非情な様だが、弱った個体が捕食者の餌食となるのは自然界の定め。
 弱ったクマーも例外ではなかった。

 そこに待ち構えていた、元褌魔法少女が海面を走り、迫る!
 あ、大事な所は猫尻尾で隠してあるから大丈夫。
 すれ違う両者、その瞬間!
「油断大敵にゃー♪ これは貰っていくのにゃよー!」
 首に巻いた褌マフラーを思いきり引っ張られ、クマーの身体はまるで一本釣りにかかった鰹の如く宙に浮いた。
「にゅ、重いにゃ!」
 しかし元褌魔法少女は全力を振り絞り、渾身のジャイアントスイング!
 その勢いで外れる褌マフラー、反動でクマーは飛んだ。
 飛んだ先には――

 ラグナがいた。
「ふはははは…さあっ見ろ! 私を見ろッ!」
 小天使の翼で海上を飛び回る彼は、シャイニング非モテオーラで皆の注目を一身に集めて……いなかった。
 麗しき女性達の繊細な手で褌を奪われたいラグナさん、しかし非モテオーラを浴びても尚、彼女達は頑なにその目を逸らしていた。
「何故だ、何故誰もこの私を見てはくれぬのだ! 私はこんなにも美しいというのに!」
 しかし、見上げる者は誰もいない。
 その瞬間、ラグナは理解した。
 そうだ、まだ足りないのだ。
 何故なら、我が肉体の最も美しい部分が褌によって隠されているから!
 ラグナは自らの美しさを損なう元凶に手を掛けた。
「これさえ外せば、私はもっと光り輝く!」
 そうなればシャイニング非モテオーラを使わずとも注目の的になる事は必至!
「ふはははは、怖い! 私は自らの美しさが怖いぞ!」
 だが、彼が自らの妄想に酔い痴れたその時。
 どっかーーーん!
 クマーミサイルが命中した!
「ぐふぅっ!?」
 派手な水飛沫を上げて、諸共に海中に没するラグナとクマー。
 やがて浮き上がった彼等に魔の手が伸びる。

「プーちゃんといっしょに頑張るのですよ…!」
 ヒリュウのプーちゃんを召喚し、寒さに震えながらも果敢に戦いに挑んだシグリッド。
 その意気込みに神様が味方したのか、その目の前にタナボタが!
 無防備な姿でぷかりと海面に浮き上がった、二人の戦士。
 その股間に巻き付いた褌がシグリッドを招く。
 どうぞ引っぱがして下さいと、手招きしている。
 これはまさしく「据え膳喰わぬは男の恥」という状況ではなかろうか……微妙に、いや、かなり意味が違う気はするけれど。
「し、失礼します…!」
 シグリッドはまず、ラグナの褌に手を掛けた。
 相手が男性ならそれほどの抵抗もない――男が男の下着を剥がすという行為そのものが如何に変態ちっくであろうとも、これはそうした競技なのだ。
 ルールに従って正しい行為を行っている以上は、やましい気持ちになる必要はない。
「やるからには、堂々と…!」
 目を逸らしつつ、一気に引っ張る!
 続いてクマーの股間にも手を掛け……中身は女性だが、これはクマー。
 引っぱがしても問題はない!
 ところがその瞬間、クマーは最後の力を振り絞って反撃を試みた。
 ぶくんと波間に沈み、そこから小天使の翼を使って一気に飛翔、下から掬い上げる様に――
 どぼん。
 無理でした。
 海水を大量に含んだクマの着ぐるみは、撃退士パワーをもってしても重力に抗しきれない程に重くなっていたのです。
 そのままぶくぶくと沈んでいくクマー。
 海面には、ぷかりと浮かぶ白い布きれだけが残されていました。
「クマさんはクールに去るのです――」
 ぶくぶくぶく。

 ラグナは遂に、その本懐を遂げた。
 海面に大の字になって浮かぶ彼の股間は自由を得たのだ。
 何者にも妨げられるの事ない、この開放感。
「ふふふ…はははははっ!」
 この時が来るのを、どんなに待ちわびた事か!
 男にひん剥かれるのは不本意だったけど(# ゜Д゜)!
 こうなっては、それも致し方なし!
 そしてラグナは蝶になった。
 海面から小天使の翼で羽ばたき、空へ……
「ああっ…もっと見てくれ! この美しい私をッ!」
 恍惚の表情で、己の美しさに酔う。
 その股間から放たれる眩い光!
 しかし、眩しすぎて何も見えない!
 いや、見上げる者達の網膜には確かに映っていた。
 だが彼等の脳は、その情報を処理する事を頑なに拒んでいたのだ。
 如何なる情報も適切に処理されなければ存在しないも同然。
 かくして、誰にもその存在を認められる事なく、ぶらぶら揺れる未使用美品。

「変態は、速やかに成敗しなければなりませんね」
 レイラは、この褌祭の本質を少しばかり勘違いしている様だった。
 これは褌一丁で頂点を目指すバトル祭ではない。
 己の褌を死守しつつ、如何に多くの他人の褌を奪えるか……その数を競う事により、世の衆生に己の褌愛の深さを知らしめる、その為の祭だ。
 だが、彼女がこの「展示物」を片付けてくれると言うのなら、文句のあろう筈もない。
「折角参加したのですから、頑張らせて頂きます」
 勘違いを続行したまま、レイラはその真下に歩み寄った。
 標的は地上4mの高さに浮いている。
 しかし問題はなかった。
 レイラの投げたミカエルの翼は狙いを過たず、その眩い光源を直撃!
 これは痛い、痛すぎる。物理的にも精神的にも。
 未使用美品は未使用のままスクラップにされてしまうのだろうか!?
 しかし、これは聖褌祭。
 既に褌を奪われリタイアした者に構っている余裕はなかった。

 闘気解放の効果を保ったまま、雫は海中深く身を潜め、静かに近付いて行く。
 レイラがミカエルの翼を放ったその瞬間、背後からその手が伸びた!
 がっしりと褌を掴んだその手に力を込め――
 しかし、今度の相手は強敵だった。
 レイラは咄嗟に闘気を解放、縮地で一気に雫の背後を取り返す。
 そして反撃の薙ぎ払いを撃ち込んだ。
 だがそれを迎え撃つ雫もまた、真っ向からの薙ぎ払いで応酬!
 ぶつかり合う技と技、しかし今の雫にはどう頑張っても覆せない重体というハンデがあった。
 押し切られ、動きを封じられ、海の底に沈む。
「……私、なんでこんな大会に参加したのでしょうか?」
 雫は己に問いかけてみた。
 しかし答えは出ない。
 その答えを探す為に、きっと来年も参加するのだろう……え、まだわからない?
 そうだね、この参加状況だと来年は開催できるかどうかわからないし――って、それは置いといて。
「頑張って下さいね」
 敗北を悟った雫は、自ら褌を外してレイラに手渡した。
 パルプンティから奪った一本と共に。

 ここに至って、レイラは漸く理解した。
 この祭の真の意味と、託された褌の重みを。
「ならば、これを奪われる訳にはいきませんね」
 レイラは二本の褌をその胸に巻き付けた。
 しかし彼女は気付いていなかったのだ。
 先程の戦いで、自らが腰に巻いた褌の結び目が緩んでいる事に。
「その褌は自分が貰った」
 海中からこそーりと近付くのは、敗者復活に賭けた海草まみれの宗だった。
 相手が女性だろうと容赦はしない、宗はその弛みかけた褌に背後から手をかけ、思いきり引く!
 一瞬、この新年に籍を入れたばかりの新妻の顔が脳裏を掠めた。
 女性の下着を力ずくで奪う自分の姿を見たら、彼女は何と言うだろうか――
「いや、今の自分は褌の鬼だ」
 今はただ、全ての褌をこの手に収める事だけを考えるのだ。
 しかし奪われた方も負けてはいない。
 くるりと振り返り、レイラは烈風突きを叩き込む!
 だが、宗の燃えさかる褌魂に対しては、今や生半可な攻撃など無効!
「悪いが、その褌も渡してもらおう」
 宗は静かに歩み寄り、レイラの胸に巻かれた二本の褌に手を掛けようとした。
 しかし!
「いいえ、これは……これだけは!」
 例え自分の褌が奪われようとも、雫から託されたこの褌だけは守り抜く!
 レイラは胸の褌をわざと緩めた。
 胸元が、たぷんと揺れる。
 それは所謂、色仕掛け。
(この手のことは慣れてきt……(////)
 その隙間から覗く深い谷間は、その方面に免疫のない青少年に対しては絶大な効果を発揮する事だろう。
 しかし残念ながら、宗は妻帯者だった。
 しかも新婚ほやほやだ!
 その心に、他の若い女性の入り込む隙間はない。多分。
 宗は冷静にレイラとの距離を詰めた。
 間合いに入った瞬間、隼突きで先手を取る。
 対するレイラは荒死で反撃を試みるが――
「これは貰って行くぞ」
 勝負の世界は非情だった。

 一方、タナボタで二本の褌を手に入れたシグリッドは、満身創痍のユウと相対していた。
「私の怪我は気にせずに全力でお願いします」
 そう言われても、何と言うか……困る。
 例え下に水着を着ているとしても、女の子から下着を奪うなんて!
「では…こちらから、行きます」
 ユウは闇の翼を広げた。
 しかし、まだ飛ばない。
 飛沫を上げてユウは走る。
 縮地の効果で移動力を上げれば、普段と同じ程度の速さで走る事が出来た。
 あわや正面衝突かと思われたその瞬間、ユウは闇の翼で宙に舞う。
 そのままシグリッドの頭上を飛び越えて回り込み、その勢いで褌を剥ぎ取る――つもりだったのだが。
「プーちゃん、クライム!」
 そうとは知らないシグリッドは、衝突を避けるべくヒリュウに掴まった。
 そのまま上空へ逃れようとした、次の瞬間。
 ごーん!
 彼等の頭上を飛び越えようとしたユウは、ヒリュウによる下からの強烈な頭突きを喰らう事となった。
 これは痛い。
 かーなーり、痛い。
「ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
 あわあわしながら駆け寄るシグリッドに、波間に浮かんだユウは精一杯の笑顔を見せた。
「流石です、私の負けですね。さあ、剥ぎ取ってください」
 清々しい負けっぷりだった。
 しかし。
「むむむ無理です…! 取れません!」
 真っ赤になって首をぶんぶん振る勝者。
 それに何と言うか……やっぱりタナボタだし!
 そう、攻撃するつもりはなかったのだ。
 避けたらたまたまぶつかってしまっただけで――

 しかし、その時。
 ユウの股間から褌が消えた。
「えっ!?」
 シグリッドは思わず目を覆う。
 だが他人の心配をしている場合ではなかった。
 次の瞬間、彼の褌もまた消えていたのだ。
 あっさりと、殆ど何の抵抗もなく、その紐は切れた。
 それは怪奇現象……ではない。
 スキルを駆使して海中を移動し、こっそりと忍び寄ったナナシの仕業だ。
「二人の褌は私が貰ったわ」
 少し離れた場所で、犯人は息継ぎの為に海面から顔を出す。
 その手には二本の褌が握られていた。
「この紐、一部に水溶性の糸を使ってあるの」
 海に入った程度なら大丈夫だが、戦闘のため激しい動きをしたり、捕まれてひっぱられるとプツンと切れる。
 こんな風に、あっさりと。
 それこそが、ナナシによって巧妙に仕組まれた罠の正体だったのだ。
「…お見事、です…」
 がくり。
 己が褌の行く末を見届け、ユウは力尽きた。

「さて、そろそろワシの出番かのぅ」
 ゆらり、聖褌帝が立ち上がる。
 真打ちの登場に、周囲の空気が凛と張りつめる。
 悠然と海に向かう彼の前に、まず最初に立ち塞がったのは――フンドシミイラ・辺木だ。
「見よ、このはじっこだらけの隙のない身体! どれが本物か見分けが付くまい!」
 しかし、聖褌帝の名は伊達ではなかった。
「本物は、これじゃ!」
 流石の眼力で瞬時に見分け、聖褌帝は本物のはじっこに手を掛ける。
「あっ!」
 待って、ちょっと待って!
 先にそれを剥がされちゃうと拙いから、色々!
「お願い、そこは最後で!」
「ならばここか!」
 容赦なく引っ張られる偽装はじっこ!
 フンドシミイラは身体に巻いた包帯を引っ張られた勢いで、独楽の様にその場で高速回転!
 その間にも、聖褌帝は次々と偽装はじっこを引き剥がしていく――その間違った使い方に対して苦言を呈し、正しい使い方をレクチャーしつつ、かつ褌の歴史を延々と語りながら。
 ますます速まる回転速度、それと共にドリルの様に足元の砂が掘られていった。
 そして最後に、本物の褌が引っぱがされ――それでも、聖褌帝の褌語りは終わらなかった。
 放っておけばそのまま来週まで語り続けそうな勢いだ。
 しかし全てを奪われたフンドシミイラには、来週どころか明日さえなかった。
「俺は絶対、お見苦しい姿を晒したりしない!」
 そのまま地中深くへとセルフ埋葬。
「さらばだー!! 褌の縁が結びつけた皆様よ、来世で会おう!」
 何と言う凄まじい出オチ感。
 攻撃する暇なんてなかったよ。
 こうして、フンドシミイラは本物のミイラとなった。
 彼は地の底で待ち続ける。
 いつの日か、誰かが気付いて掘り出してくれる、その時を。

 聖褌帝を待ち受ける次なる敵は――海に浮かぶ、桃だった。
「何じゃ、これは?」
 いや、良く見ればそれは……ロシールの尻だった。
(ここからが勝負です!)
 海の中で四つん這いになり、尻だけを海面に出している。
 そして、ケツだけ天使と化しタウントを発動。
 だが――
「すまんのぉ、ワシは褌以外には興味がないんじゃ」
 素通りだった。
 しかしロシールは諦めない。
 何があっても諦めない!
 海面に出した桃尻をぷりぷり振って、懸命にアピール続行。
 だが、それがどんなに美味そうなぷりけつであろうとも、そこに褌が着いていなければ何の魅力もないのだ――この聖褌祭に限っては。
「そんな! このままではオシオキが……!」
 待ち伏せが駄目なら、積極的に打って出るしかない。
 桃は人の多い場所に向かって流れ始めた。

 この時点でまだ自らの褌を死守している、つまり聖褌帝の座を手にする可能性があるのは、現聖褌帝の庵と、下克上を狙う璃狗、そして重体の身ながらも果敢に頭脳戦を挑むナナシの三名のみ。
 そして今、その一角が脆くも崩れ去ろうとしていた。
「すまんのぅ」
 庵の魔の手が、ナナシに伸びる。
 海中に潜って難を避ける作戦も、そう長くは続かなかった。
 それに一度その姿を発見されれば、重体の身で逃げ切る事は不可能。
「覚悟を決めるしかないわね」
 ナナシは手に入れた二本の褌を握り締める。
 一つでも取れれば良いと思っていたものだ、その倍の数を取れたなら上出来と言って良いだろう。
 その手から、褌がするりと抜けた。
 庵は相手が女子供でも怪我人でも、容赦なく全てを剥ぎ取る。
 観客のブーイングにも、全く耳を貸さなかった。
「褌となればワシは本気じゃ…!」
 遂に最後の砦も墜ちる。
 頂点に立つ者には、魔王の如き非情さも必要なのだ。
 ナナシ、無念のリタイア。

 ここで各人の所持する褌の数を整理しておこう。
 多い順に――

 庵 4
 宗 3
 璃狗 2
 宮子 2
 シグリッド 2

 この中で、未だに自分の褌を死守しているのは庵と璃狗のみ。
 もしその二人が共に褌を失う事態になれば、最も多くの褌を手にした者が優勝となる。
 そして諦めさえしなければ、今は手元に一本も持たない者にもまだ、優勝の可能性はあった。

「そう、私は諦めない!」
 砂の中から掘り出されたラテンは、自分を引きずって帰途に就こうとするムサシを押しとどめた。
「この私が奪われるとは! しかし私にはまだ奥の手があるのだ!」
 秘策発動!
 ラテンは審判の鎖を自分に放ち鎖の褌を練成!
 隠すべき所がそれで隠れるがどうかは疑問だが、とにかく努力はしてみた。
 しかし、その鎖はどうやら彼の理性を縛っていたものらしい。
 それを外して身体に巻き付けたという事はつまり、理性のタガが外れたという事だ。
 そして展開される超理論。
「…全ての選手を丸出しにすればよいのだな!」
 了解、下半身ハント天使爆誕!
 褌だろうと海草だろうと、タオルでも水着でも、下半身を覆う物は全て!
 我が獲物なり!
「引かぬ! 媚びる! 省みぬ!」
 ……え?
 ……媚びる? 媚びるの?
 果たしてここはツッコんでも良い所なのだろうか。
 ただの言いまつがいに聞こえるけれど、まあ良いや。
 深く気にせず、とにかく敗者復活に参戦だ!

「褌が欲しい、全ての褌が……!」
 優勝を狙う宗が目を付けたのは、敗者復活に賭けるシグリッドだった。
 だが、彼を狙うのは宗ばかりではない。
 と言うか敗者復活に賭ける者全てが、彼の手にある二本の褌を狙っていた。
 しかし、そうとも知らずにシグリッドは海の中で虎視眈々とチャンスを狙う。
 その腰に布槍を巻いて……いや、それはきっと、ただの布。
 だって、布槍って確か余所のアレのナニだと思うんだ、うん。
 とにかく、その下半身には布状の何かがきっちりと巻かれている訳です。
「巻かれた布は盗らねばなるまい!」
 謎の隠密行動で何処からともなく現れた、ラテンの魔手がそれを奪い取った!
 そのどさくさに紛れ、手にした褌が奪われる。
 奪ったのはしかし、虎視眈々と狙いを付けていた宗ではなく――
「にゃっ! この褌はマジカル♪みゃーこがいただくにゃ!」
 元褌魔法少女だった!
 しかしその喜びも束の間、元褌魔法少女は謎の桃尻に襲われた!
「絶対に、諦めないのです!」
 桃の奥に仕込まれたスクールアミュレットから、フォース発射!
 ぷぅっ!!
 あれ、違うよそれ、フォースじゃないよ。
 って言うか、なんか出た。
 丸めたスクールアミュレットが飛び出した。
 どうやら接着剤は効果がなかった様だ。
 そりゃそうだよね、接着の際は汚れや水気を綺麗に拭き取ってからって、説明書に書いてあるもんね。
 一同が不思議な桃の挙動に気を取られている中、ラテンは黙々と、かつ着実に、自らの任務をこなしていった。
「みゃっ!?」
 元褌魔法少女の背後に回り、大事な所を隠していた猫尻尾を容赦なく引っこ抜く。
 思わず取り乱したその隙に、宗がその手から褌を根こそぎ奪って行った。
「なにするにゃ!? 返すにゃ!」
 だが、その宗もまた璃狗に奪われ、弱肉強食因果応報。

 今や璃狗の手には9本の褌が握られていた。
 そして、対する庵の手には4本。
 このまま璃狗が庵を倒せば下克上が成立、新たな聖褌帝の誕生も夢ではない――と、誰もがそう思った。
 だが、やはり最後まで油断は禁物なのだ。
 ダークホース、ラテンの魔手が璃狗の股間に伸びる。
 その瞬間、璃狗が躊躇う事なく9本の戦利品を打ち捨てていれば。
 そして股間の守りに専念していれば、或いは奪われずに済んだのかもしれない。
 しかし、時既に遅し。
「ぐっ…取られたか」
 だが、璃狗は諦めなかった。
「…褌がそこにある限り、俺は諦めん」
 9本の褌を身体に巻き付け、アレな部分は運良く流れて来たコンブで隠し、最後の一戦に賭ける。
 即ち――
「千庵、勝負だ!」
 ここで勝っても至高の称号は手に入らない。
 しかし、そんな事はもう、どうでもよかった。
 璃狗にとって、庵は目標なのだ――褌的な意味で。
 そして今や、ライバルでもある。
 そう、今や雌雄を決する時!

 璃狗は分身の術でダミーを作り、自らは水中に潜って庵の褌を狙った。
 迎え撃つ庵は仁王立ちになったまま、その手を払おうともしない。
 手を掛けられても取られない、絶対の自信があるのだろう。
 実際、彼の褌はきっちりと股間に固定されたまま、押しても引いてもビクともしない。
 紐の結び目は固く、僅かな弛みもない。
(格が違う…!)
 璃狗の全身に、衝撃が走った。
 この褌には、理屈を超えた何か圧倒的な力を感じる。
 そして悟った。
 今の自分には、この褌を奪う技量も、熱意も、そして覚悟も足りないという事を。
「参りました」
 璃狗は潔く、自らの敗北を認めた。
 そして誓った。
 更なる精進に励み、褌道を究め、そして来年こそは聖褌帝――いや、清濁併せ呑む聖魔褌帝の名に相応しい漢になると。



 祭は終わった。
 戦士達は互いの健闘を讃え、来年の再戦を――誓ったり、誓わなかったり。
 もうこんなアホなイベントは懲り懲りだと思ったり、思わなかったり。

 それはともかく、今年もまた数々の新たな伝説が生まれた。
 帝王の座こそ揺るがなかったが、それに続く者達の勢力図は大幅に書き換えられる事となった。

 来年は如何なる伝説が生まれるのか。
 果たして、新たな覇者の誕生はあるのか――

 乞うご期待!



 そして、誰もいなくなった海岸では。
「…ハッ!? 私は一体何を!?」
 我に返ったラテンの手には、何かがしっかりと握られていた。
 タオルに水着、猫の付け尻尾、コンブにワカメに、褌。
 それが何であるのか、何故そんなものを握り締めているのか……傍らに寄り添うアルパカ、ムサシに訊ねても答えはない。
 彼はただ、円らな瞳でじっと主を見つめるばかりだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 執念の褌王・緋伝 璃狗(ja0014)
 凍気を砕きし嚮後の先駆者・神凪 宗(ja0435)
 不動の聖魔褌帝・千 庵(jb3993)
重体: −
面白かった!:12人

執念の褌王・
緋伝 璃狗(ja0014)

卒業 男 鬼道忍軍
無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
しあわせの立役者・
伊藤 辺木(ja9371)

高等部2年1組 男 インフィルトレイター
不思議な撃退士・
パルプンティ(jb2761)

大学部3年275組 女 ナイトウォーカー
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
いつも尻を狙われる・
ロシールロンドニス(jb3172)

中等部1年3組 男 ディバインナイト
不動の聖魔褌帝・
千 庵(jb3993)

大学部8年88組 男 ルインズブレイド
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
自爆マスター・
ラテン・ロロウス(jb5646)

大学部2年136組 男 アストラルヴァンガード