「わー、本当に雪だぁ」
礼野 明日夢(
jb5590)は温暖な土地で生まれ育った。
だから雪は珍しく、素直に雪遊びを楽しみたい気持ちもある。
そこに、リコの姿さえなければ。
「天魔が出たと連絡があって来たけど、これはどうすればいいのかしらね?」
現場の状況を見て、Julia Felgenhauer(
jb8170)も溜息混じりに呟いた。
これは、どう見ても普通ではない。
普通ではないが、危険という訳でもなさそうだった。少なくとも今の所は。
「暫くは様子見かしらね」
いつでも武器を活性化出来るように備えながら、ユリアは警戒に当たる。
しかし仲間達の多くは、素直に遊びに来た様で――
「リコさんなのー。お久しぶりなの。フィーなの!」
雪を掻き分けリコに駆け寄った香奈沢 風禰(
jb2286)は、その両手を握ってぶんぶんと振る。
「え、ごめん誰ちゃん?」
リコたん、記憶にないらしい。
「それなら、これでどうよなの!」
しゃきーん、カマキリの着ぐるみを装着、風禰はカマふぃーに変身した!
「あ! 白カマの前でツーショットした子!」
「そうなの! やっと思い出してくれたなの!」
これで安心して遊べる!
「ぱすてるわんわんもふって良いなの?」
「いいよー! 好きに遊んであげて!」
お許しを頂いてもふる。思いっきりもふる。
その様子を見て、私市 琥珀(
jb5268)も声をかけて来た。
「どういう事かあんまりよく解らないけど、遊びに来ただけなら一緒に遊ぼう!」
そして僕にも、もふもふわんこをもふらせて!
「ゆきでさぁー!!」
グラウンドを真っ白に染めた雪を見て、紫苑(
jb8416)は思わず嬉しそうな声を上げた。
しかし自分から人の輪に飛び込むのは、まだ少し抵抗があるらしい。
それに周囲を見渡せば、同じ様に遠巻きに眺めている子供は案外大勢いた。
「そっか、このへんの子は雪を殆ど知らんのやな」
浅茅 いばら(
jb8764)が頷く。
「なら、教えたろか」
子供達の前に歩み寄り、声をかけた。
「こんにちわ、素敵な光景やね」
角は帽子の下に隠してあるから、見た目は人間と変わらない。
中性的な容姿と柔らかな声音に、子供達を怖がらせる要素は全くなかった。
「メルヘンってやつやな」
しゃがんで、雪をひと掴み。
軽く握って雪玉を作ると、離れて見ていた紫苑にひょいと投げ付けた。
「ひゃっ!?」
雪玉は突然の事に避け損ねた紫苑を直撃。
その冷たさに思わず震え上がった様子を、いばらは冷静に解説した。
「雪っていうんは、冷たいけど遊ぶんは楽しいんやで。ほれ、あの子もあないに喜んどる」
ちゃう、喜んでるちゃう。
けれど楽しくないかと言われれば、楽しい。
「遊ぶときは本気で遊ばんと損や」
いばらは紫苑の方に半分だけ身体を向けて、言った。
「…そう、教えてくれはった人がおったからな」
それを聞いて、紫苑も思い出した。
そうだ、堂々としていれば良い、隠れる必要はないのだ。
(ゆうきよ出てこい!)
ぱしぱし、頬を叩いて気合いを入れ、雪の上に一歩踏み出してみる。
「ぁ、ぁあああのですねぃ!」
そのただならぬ様子に、既に遊びに興じていた子供達や、リコまでもが寄って来た。
「その! その、もしよけりゃ…こ、こわくなかったらでいいんでさ」
「うん、なに?」
リコが紫苑の顔を覗き込む。
遠慮も躊躇もない。
「…いっ、しょに」
「うん」
「あ、あそびやせんかコノヤローーー!!!」
言った!
何か余計な事まで口走った気がするが、とにかく言った!
「あっはは! 面白い子だねー!」
リコが屈託なく笑えば、釣られて他の子供達の垣根もぐんと低くなる。
そうなれば、打ち解けるのは早かった。
「ゆきがっせんしやしょーぜー!」
「でも、その前に」
いばらが待ったをかける。
「手袋せんと、しもやけになるで」
いくつか用意して来た手袋は、全員には行き渡らなかったが――
「大丈夫、僕も持って来たよ!」
声をかけたのは琥珀だ。
「雪は直接触ると手がかじかむからね〜?」
「かじかむって、なぁに?」
首を傾げた子供に、神坂 楓(
jb8174)が答えた。
「こんな風に、冷た〜くなる事ですよ」
冷えた手で子供の赤いほっぺを挟む。
「きゃあぁっ」
笑いながら身を捩る子供に、楓は重ねて言った。
「雪で遊ぶと、お洋服がびしょびしょになります。濡れたままだと風邪をひきますから、お家の人に頼んで着替えを持って来て貰って下さいね」
後は安全に楽しく遊ぶ為の注意事項をつらつらと――
しかし、子供達が最後まで大人しく聞いている筈もない。
「もういいよ、遊ぼうぜ!」
「雪合戦だー!」
特に年かさの子供達は、さっさと飛び出して行った。
「あ、ちょっと待って、ルールとかはどうするの?」
明日夢が声をかけたが、彼等は足を止めず、手当たり次第に雪玉を投げ始めた。
「地方によって色々ルール違うみたいだし…敵の旗獲ったら勝ちとか、陣地から相手が居なくなったら勝ちとか…」
ああもう、だから勝手に始めないでよ!
「ユキヤ君だっけ? 君の所ではどんなルールだったの?」
「わかんない」
まだ小さかった彼は、ルールなど特に意識せずに遊んでいた様だ。
「いいじゃん、そんなのどーでも!」
そう言ったのはリコだ。
彼女も一緒に遊ぶつもりなのかと、ポーカーフェイスで作った明日夢の笑顔が曇る。
だが、子供達がそれを許容しているなら仕方がないと割り切った。
「あすむんも子供なんだからさ、難しく考えないで思いっきり楽しんじゃいなよ☆」
「同感や、こういう時はみんなで楽しむのがいちばんやで」
リコの言葉にいばらが頷く。
敵意はない。
ただ、良い思い出を作りたいだけだ。
いつか笑顔を運んで来てくれる様な、楽しい思い出を。
それでもまだ、小さい子供達の中には尻込みする者もいた。
そんな子には、カマふぃのもふもふあたっくだ。
「みんなも、わんわんもふもふしてみるなの!」
まるでぬいぐるみの様に大人しい犬達を抱かせ、もふらせてみる。
それで気持ちをほぐしたら、次は雪に慣れさせる番だ。
「わんわんが雪と戯れたいって言ってるなの。皆も雪と遊ぶなの!」
子供達の手を離れた犬は、雪の中を駆けて行く。
何人かがそれを追って駆け出した。
新しい雪の上に足跡を付ける、それだけでも何故か無性に楽しいものだ。
それでもダメな子には――
「種子島で大活躍したカマふぃーなの! カマキリサーバントと一騎打ちもしたなの! そのカマふぃーが言うからその雪はだいじょぶさんなの!」
何だかよくわからない理屈だが…え、これもダメ?
ならば最後の切り札!
「これは、南極育ちで自分を犬だと思い込んでいる北京ダックさんの着ぐるみなの!」
ロストチキンに改造したアヒルの着ぐるみに着替えてみた。
ローストじゃないよ、ロストだよ。
「色々と失われてるからロストされてる…ロストチキンさんなの! 南極にいつか行ってオーロラを見たいなの!」
やっぱり、よくわからない。
わからないけど、もう慣れた気がする。
そうなれば、後は楽しく遊ぶだけ!
小さい子には余り激しくない遊びを。
明日夢は雪だるま作りを手伝っていた。
「炭で目と眉作って−、人参お鼻にしてー、蜜柑が口かなー?」
頭にバケツを被せれば、雪だるまの出来上がりだ。
「何かのマンガで見た事ある気がするけど」
小さな雪玉には南天の赤い実を目に、緑の葉を耳にして。
「ほら、雪うさぎだよ」
「では、工作教室を始めますね」
学校の教室を借りて、楓は子供達と一緒に雪遊びの道具を作り始めた。
「まずは簡単なものから作りましょう」
丈夫なビニール袋に段ボールと座布団を重ねて入れる。
次に袋の口に持ち手となる丈夫な紐を貼り付け、それを巻き込む様に袋口を折り畳み、ガムテープで止める。
見た目は紐の付いたビニール座布団といった所だが、これでも立派なソリだ。
「次は少し難しいですよ」
長さ30〜40cm程度の太い竹を4つに割り、先端から10cmくらいの部分に何箇所か切り込みを入れ、火で焙りながら曲げる。
「曲げた部分を雪に突っ込んで冷やすと、ほら」
先端が曲がりすぎたスキー板の様な形が出来上がった。
その曲がった部分に靴の爪先を引っかけて乗り、雪の上を滑るのだ。
ただし足はただ乗せるだけで、固定する器具はない。
先端に紐が付いてはいるが、それで安定性が増す訳でもなかった。
「工作は難しくなりますが、足を固定する事も出来ますよ」
木の足板を取り付け、そこにベルト等で足先を入れる輪を作れば良い。
「昔は自分じゃ作れなくて近所のお兄ちゃんや同級生の男の子たちが作ってくれたんですよね…懐かしいなぁ」
足板の上に木箱を固定すれば、竹ソリも作れるが――
「本格派のソリ作りなら僕に任せて!」
カマ着ぐるみに着替えた琥珀が颯爽と登場、学校の倉庫に突入する!
「僕はきさカマ! これから楽しい道具を作るよー!」
カマふぃの指令により、倉庫の廃材をカマで削って研いで、立派なソリとスキーを作るのだ。
いや、いくら何でも着ぐるみのカマで木は削れないから、そこはちゃんと大工道具を使うけどね!
それを見ていたユリアは、自分も何か手伝おうと思い立った。
どうやらあのヴァニタスは安全と見て良さそうだ。
それなら遠慮なく遊ばせて貰おう。
「ソリやスキーを作るなら、それで滑る斜面が必要ね。まずは小さな丘を作るわよ」
子供達の力では半日かけても無理だろうし、大人が手伝ったとしても大して変わらない気がする。
「こういうときアウルの力があって良かったと思うわ」
この際だ、あのピンクの象にも手伝って貰おう。
「ロゼさんだったかしら。あの子の力、借りてもいいかしら?」
「いいけど、ひとつ条件があるよ!」
「条件?」
「リコのことは、リコちゃんって呼んでねっ☆」
やがて斜面も出来上がり、子供達はそれぞれに気に入った道具で遊び始めた。
「よし、じゃあ僕がスキーのお手本を見せてあげるね!」
きさカマは、カマをストック代わりにしてすいすい滑る。
「カマキリのカマはこんな風にも使えるんだ!」
しかし普通の板スキーならまだしも、竹スキーは難しかった。
底が丸みを帯びている上に、足はただ乗せるだけ。
上手くバランスを取るのは至難の業だ。
だが、ソリなら小さな子供でも楽しく簡単に遊べる。
たちまち斜面の下には順番待ちの列が出来た。
「一辺に沢山滑っては駄目よ。ぶつかって怪我をするかもしれないからね」
押し寄せる子供達を誘導する役はユリアが買って出た。
こんな風に遊んでいると、故郷の教会に遊びに行っていた頃を思い出す。
「はしゃいでもいいけど怪我をしては駄目よ。それ以上遊べなくなってしまうわよ」
「大丈夫、その時は僕が治してあげるよ!」
きさカマが大きなソリを引いて来た。
子供達やリコ、カマふぃや他の仲間達を乗せ、雪の降る校庭をきさカマは走る。
「僕はソリを引くきさカマ、略してソリカマ!」
それを先導する様に走る、パステルカラーのもふもふわんこ達。
気分だけは、ちょっと犬ぞりっぽい?
そんな中、紫苑は飽きもせずに雪合戦に夢中になっていた。
皆と一緒である事が楽しく、嬉しい。
塹壕を掘り、雪の壁を作り、時には仲間を庇ったり、庇われたり。
万一を警戒して、ただの扇子と見せかけたミカエルの翼を道具代わりに使ってはいたが、それが雪玉以外を弾く為に使われる事はなさそうだった。
と、その視界の隅に奇妙な人影を捉えた。
誰かの保護者だろうか。
だとしたら、どうして隠れているのだろう。
紫苑は気配を消して、その人影に近付いてみた。
きっと、この人も一緒に遊びたいのだ――以前の自分と同じ様に。
「みつけやしたぜー!」
背後から近付き、自分がされた事を真似してみる。
「おどろきやした? でも、かくれんぼはおわりですぜ。いっしょにあそびやしょ、マフラーのにいさん」
驚いた様子もなく、黙って紫苑を見つめるその目からは、何の感情も読み取れない。
紫苑はそれを、恐怖のせいだと思った。
「こええならおれがいっしょにあそんであげまさ。でもあんがい、おびえなくていいんですぜ」
にっと笑って、手を差し出してみる。
だが、男は首を振った。
「遊びなら、もっと楽しいものを用意してあるよ」
うっすらと笑う。
「いずれ招待するよ…近いうちに、ね」
それだけ言うと、男は消えた。
上空へ、闇の翼と共に。
その頃、いばらはかまくらの中で温かいココアを振る舞っていた。
「ちょうどバレンタインも近いしな」
「いただきます」
膝に乗せたわんこをもふりながら、楓がそれを受け取る。
休憩に来たリコにも、お裾分け。
「寒いやろ? こういう時はあったかいもんで気持ちもほかほかにしたらええ」
「リコはべつに寒くないけど。でもココアは好きだよ!」
そして花咲く女子トーク。
「ねぇねぇ、いばらんは誰かにチョコあげる? かえたんは?」
リコはいばらの事を女の子だと思っている様だが、本人は敢えて肯定も否定もしなかった。
「…性別なんて飾りみたいなもんやろ」
ただ、そう微笑む。
「そっか、女の子同士もアリだよねー」
リコは勝手に何かを納得した様だが。
やがて陽も傾き始めた頃。
「いくなのー!」
グラウンドでは周囲の大人も巻き込んだ最後の雪合戦が繰り広げられていた。
「子供には強く投げちゃ駄目だよー?」
「わかってまさぁ!」
琥珀の声に紫苑が応える。
でも大人が相手なら…少しくらい良いよね?
「いいですかぃ? てきのほうがからだはでけえ、まとはおおきいんでさ。まずここにゆきのかべをつくって、みんなでかこんでふるぼっこでさ!」
明日夢はその指示通りにせっせと壁を作り、雪玉を作っては皆に手渡す。
(撃退士が本気で一般人と投げ合う訳にはいかないし)
今はただ、今日が無事に終わる事だけを祈っていた。
その様子を、ユリアは氷結晶の氷でミニ動物園を作りながら眺めていた。
うさぎに、ひよこ、ハムスター。折角だから目の前にいるゾウと犬も作ってみようか。
「…リアルに作りたいけど、デフォルメで精一杯ね」
でもその方が可愛いし、子供達にも喜ばれそうだ。
「はい、皆でちぇきーらなの☆」
最後にはリコも一緒に、皆で恒例の記念写真。
いばらも自分の携帯で一枚撮ってみた。
「写真、あんたもいるか?」
「いるいる! 写メ送って!」
メアドを交換し、送信。
「人間はおもろい存在や。あんたも知っとるやろけど」
「そうだね、面白かった! また遊びたいな!」
いや、それは少し意味が違う様な。
リコは友達。
少なくとも、今だけは。
「でもね、お友達でも大人の目の届かない所に一緒に行ったら駄目だよ」
最後に、明日夢が子供達に向かって念を押す。
悪魔にとって、一度知り合った人間を利用するのは常識。
騙されてはいけない。
けれど、全く信じないのも寂しい。
そう思うのは、甘い幻想だろうか――