決戦前夜。
学園の至る所に、何やら物騒なビラが貼られていた。
『京介にチョコを渡したければ、我々を倒してからにして貰おう』
それは依頼を受けた酒井・瑞樹(
ja0375)が作った挑戦状。
「告白と言う物は、本人がきちんと断った方が良いと思うのだが…男心とは判らぬものだな」
それにしても、あの二人は。
「…本当にそういう仲だったのだな」
思い出して、頬を染める。
その方面には理解があるつもりだ。
それなりの知識もある、と、思う。
「い、いや、別にそれほど興味は無いぞ! ちょっと、本屋で恋愛小説の隣に並んでいたから、ちょっと読んだだけなのだ!」
それによれば、勇紀の態度は「ツンデレ受け」というものに分類されるらしい。
「立派なリア充だな」
さて、ここで話は少し前に戻る。
「…また貴方達ですか」
呆れ顔を隠そうともせず、礼野 真夢紀(
jb1438)は溜息をついた。
「1年前からなんにも変わってないですのね」
「まさかの展開だよな」
京介も溜息混じりに首を振る。
だが、シグリッド=リンドベリ (
jb5318)の目には、二人はらぶらぶに見えた様だ。
「わあ…すごく可愛らしい彼女さんですねー」
しかし。
「「違う!」」
両方からツッコミが入った。
「かr――」
ごすっ!
皆まで言う前に、京介は肘鉄を食らう。
「男だから、僕」
「そうなんですか…? 僕、普通のカップルだとばかり」
まさか同性カプだったとは。
「りあじゅうはばくはつすればいいのに」
生気のない声が漏れる。
「でも、引き受けたからにはきちんとお仕事するのです」
魂が抜けた様な、まるっきりの棒読みだ。
いつもの元気は何処へ行ったのか。
「いや、そうなじゃくてね?」
勇紀が説明を試みる。
イエス友達、ノー恋人。
しかし己の見たい物のみを見、聞きたい事のみを聞く、それが人という生き物。
いや、それは天使も悪魔も、ハーフだろうと同じかもしれない。
「すごいわ、これが本当のBLですね! 実際に本物を見るのは初めてです!」
アネット・クリスティア(
jb8387)も、己の道を突き進んでいた。
『お二人はどのくらいまで進んでいるのでしょうか!? チューはしたのですか!? それ以上のところまで!?』
と、口には出さないが顔に書いてある。
しかし口では「…べ、別に興味ありません、二人の将来の事なんて知ったことではありませんから!」と、こちらもツンデレの様で?
「とにかく、今日一日チョコを渡されないようにすればいいんですねっ!」
まあ、そういう事だ。
「では、作戦を説明します」
真夢紀が言った。
「移動は当日は寮と学校の往復のみ。寄り道をしない、来客は逢わない。これは男友達にも周知しておいて下さい」
「昼休みや登下校の時は、二人とも女の子に化けてね?」
木嶋 藍(
jb8679)が、変装セットと化粧道具を手に微笑む。
「私が超可愛くしてあげるから」
「え、僕も!?」
「当然です」
真夢紀がキッパリと言い放つ。
「お友達を助けると思って、協力お願いしますね」
何だかんだ言っても、どうせ登下校は一緒なんだろうし。
「それに授業中スキルで眠らせたり拘束したり意識を刈り取ったり…は、多分ユキさんじゃないと止められないでしょうから」
それに両手には常に何かを持って押し付けを予防、万一受け取ってしまった場合は近くの仲間が浚って食べること。
真っ向勝負は相手がどんなに言おうと断ること。
「断る事も勇気です。『バレンタインに俺にチョコを渡した女はけして好きにならない!』くらい言わないと無理じゃないですか?」
「言っても無理だから困ってんだよ」
天を仰ぐ京介。
「恋する乙女は天魔よりも強いかも」
こくり、藍が頷いた。
「でも好きな相手に無理やりは良くないねー」
誰も傷つけないように、楽しく解決できたら良いな。
「阻霊符なら私に任せて!」
やる気満々の立候補に、真夢紀はアネットにそれを預ける。
「ふふふ、依頼を受けたからには24時間いつでも覗k…いえ、きっちり監視するわ!」
流石にトイレや入浴、多少のプライベートタイムは遠慮するが、それ以外はすぐに駆けつけられる場所で。
声は筒抜けだけど、これも二人を守る為だから仕方ないよね!
しかし残念な事に…いや幸いにも、何事もなく夜は過ぎた。
秘密の会話も、お子様には聞かせられない様な物音もなく、平穏無事に。
そしていよいよ、バトルが始まる。
「ん、あー、あー…こんなものかな?」
朝、変化の術で男に化けた月臣 朔羅(
ja0820)は、鏡の前で発声練習に励んでいた。
不自然にならない程度に低い、男にしては少し高めの声を作ってみる。
高等部の男子用制服に袖を通せば、カッコカワイイ系のイケメン完成だ。
そしてこちらは、変装などしなくても素で性別が行方不明の如月 千織(
jb1803)。
「今年もやってきましたね…非リアの敵の日が」
しかし千織は本日も通常運転。
「僕は関係ありませんね、友チョコ貰えますし」
だが混乱に乗じて汚物(リア充)を殲滅するのも楽しいかもしれない。
「そういう僕も一応リア充ですがね」
自分の事は棚に上げる、これ基本。
最後の一人、如月 拓海(
jb8795)はサンドバッグに八つ当たr…いや、戦闘に備えてスパーリングに精を出していた。
「京介ぇ! 」
ばしっ!
「僕は! お前を! 殴らなきゃいけない!」
ぼす、ごす、がすっ!
「イケメンで女子にモテて尚且つチョコいらねーだとぉー? あんたの血は何色だ! 僕なんてなぁ! チョコ欲しくてもなぁ! 母ちゃんからしかもらえねーんだぞ!? あんたにその気持ち分かんのか! モテ男君には分かんねーだろーなー!? 全世界のモテない男達の気持ちを代弁して! 僕が! お前を! ぶん殴る!」
唸れ、僕の拳!
「見えたぞ、勝利の瞬間が!」
完璧だ。
これで勝てる、気がする!
「待ってろ京介!」
朝の校門前が、まず最初の山場だった。
京介の登校を今か今かと待ち構える女子の群れ。
しかし、今朝は姿が見えない。
まさか欠席?
「違うわ、あそこ!」
一人の生徒が指を差す、その先にはVIP並に警護された京介の姿が――見えない。
護衛達の姿に隠れて見えない。
朝は忙しいからと女装は断られたが、代わりに壁を作ってしっかり隠している。
だが恋する乙女の鼻は敏感だった。
「邪魔しないでよ!」
しかし、そこに立ちはだかるイケメンズ。
「止めなよ、君達。そんな渡し方では心に届かないよ」
まずは朔羅が仕掛ける。
「例えば君が貰う側だったらどうだい?」
ホワイトデーにお返しのクッキーを投げつけて寄越す男子に魅力を感じるだろうか。
「わかってくれたかな」
甘い声と魅惑の微笑み。
「あの、これ…どうぞっ」
京介に渡す筈だったチョコと想いは、朔羅の手に。
「ホワイトデー、お返事…待ってますから!」
そう言うと、恋する乙女は走り去った。
まあ、これはこれで…良いのかな。
後で大変な事になりそうな気もするけれど。
千織も負けてはいない。
チョコを手に襲い来る女子達を、片っ端から口説き落としている。
いや、本人にそのつもりはないし、チョコが欲しいと言った覚えもないのだが。
説得しているうちに、何故かその手に積み重なるチョコの山。
その間に、京介は他の仲間達に紛れて――
「甘い、上から丸見えよ!」
天魔生徒の上空からの奇襲、しかし投げ付けられたチョコは真夢紀の闘刃武舞でラッピングもろとも微塵切りだ!
その厳重なガードを目の当たりにして、何人かの女子は行動を起こす前に諦めてしまった様だ。
しかし。
「へい、姐さん!」
そんな彼女達に、下っ端オーラ全開で手土産の缶ジュースを差し出す拓海。
「諦めるのはまだ早いですぜ。不肖この如月拓海が、姐さんの恋を手助け――」
お呼びでない?
じゃあこっちの姐さんは?
間に合ってる?
「じゃあ…あれ?」
気が付けば、周囲には誰もいない。
そして聞こえ始める始業のチャイム。
「やば、遅刻っ!」
無事、教室に辿り着いた京介達。
次の難関は休み時間だ。
「短い休み時間は女装するほど時間もないし、ダミー作戦でいくよ」
藍が予めチョコで買収しておいた男子に声をかける。
京介と背格好の似た彼等全員の顔を隠し、同じ様な変装をさせれば見分けるのは難しいだろう。
わざと目立つ動きをして、攪乱するのが狙いだ。
勿論、本物にはマーキングで印を付けてあるから、藍にはちゃんと見分けが付く。
「教室の外には僕が付き添いますね」
トイレでも何処でも、シグリッドが一緒。
しかも念の為に藍が鋭敏聴覚で女子達の計画を広い動きを把握、その隙間を縫う様にしての移動だ。
「まるでリアルのステルスゲーですね」
千織が呟く。
そして昼休みはお待ちかねの女装タイムだ。
しかしここで問題が発生した。
「トイレはどうするんだ?」
超可愛くなった京介が仏頂面で訊ねる。
だが藍は慌てず騒がず、ニッコリ笑って指差した――女子トイレを。
「大丈夫、絶対バレないから!」
「ねぇよ」
「ああ、だめだめ。こんなに可愛いんだから、もっとニッコリしなきゃ」
藍さん、わりと天然?
やがて放課後。
最も過激な者達が活動を始める魔の時間。
彼女達は拳で語る、女子力(物理)の高い脳筋の武闘派だ。
「無理やり渡しても心象が悪くなるだけで、貴方の想いは伝わりません。どうか穏便に…」
和気藹々で場を和ませたシグリッドの言葉も右から左。
朝には絶大なる効果を発揮したイケメンズの説得も通用しない。
「京介さんには、勇紀さんという心に決めた人が居るのだ! どうか諦めて欲しい!」
瑞樹が最後の切り札とも言える言葉を投げた。
男同士の行き過ぎた友情が大好きな者達には、この言葉の効果は抜群の筈だ。
しかし。
「馬鹿な、彼女達にはこれすらも効かないというのか!?」
「困ったね。それでは、彼の方から遠ざかる一方だよ?」
瑞樹が戦慄し、朔羅が「やれやれ」と首を振る。
説得は空振り。
こうなれば、残る選択肢はひとつ。
レッツ、パーリィ!!
四方八方から襲い来る脳筋乙女。
「ちょっとまったぁ! ここから先は一歩も通さないわよ!」
ほわちゃー!
奇抜なかけ声と共に、カンフーの達人の如き構えを取るアネット。
しかし決まっているのはポーズだけだった!
「だって私あんまり強くないし!」
戦うフリして逃げまくり、隙あらば一矢…報いられると良いな!
と、乙女達の背後に乙女ならざる影ひとつ。
あれは、そう、如月拓海!
「むう、依頼の事を忘れて私怨に走るとはこれいかに! 何としても阻止しなければいけないわ!」
ショットガンを握り締め薙ぎ払いを発動、狙い定めて――
「情け容赦は無用よ! その覚悟があるんでしょう!?」
「僕の狙いは京介だけだ! 邪魔すんなら容赦はしねーぜ!!」
ずざざーっ!!
「…え?」
拓海、渾身の五体投地!
「これでダメなら靴も舐めるんで先にいかせてくださいお願いします!」
その挙動に、八卦石縛風を撃ちかけた真夢紀も思わず動きを止める。
「京介はさ、リア充でイケメンで僕より身長デカくてすげぇ憎らしいけどさ」
攻撃はないと見て、拓海は語り出した。
「むしろ憎しみしかねーけどさ」
ゆらりと立ち上がり、ゆっくりと京介の前に歩み寄る。
「でもさ、ユキの事は本気で好きなんだろ?」
「ああ、本気だ」
男らしくきっぱりと言い放つ京介。
ちょー可愛い姿とのギャップがまた萌える。
「そうか、本気なんだな。誰かを本気で好きになんのってすげー事だと思うから…だから僕は京介を応援してんだぜ?」
拓海は京介の目の前、あと一歩の所で立ち止まった。
清々しい笑顔で握手――と、見せかけて。
「とかなんとかぶん殴る直前まで思ったけどやっぱリア充はしねー!」
喰らえ、渾身の右ストレート!
イメトレでは、ここで京介が吹っ飛んでいた。
しかし現実は。
「お前さ、リーチの差とか考えた事ある?」
届かなかった。
長い腕が伸び、大きな手が拓海のデコを押さえ付ける。
じたばたじたばた、暴れても標的は遥か遠く――
と、その腕がふいに緩んだ。
京介の胸に一発、軽く拳が入る。
「悪い、これで勘弁な」
どこまでも憎たらしいイケメンだった。
その間も乙女達とのバトルは続く。
「プーちゃん、ブレス!」
シグリッドは離れた相手には弓を、飛んでいる者はワイヤーを絡めて引きずり下ろし、続いて剣を取ってのメッタ斬り。
ストレスを発散するかの如き怒濤の全力攻撃は、相手が女子でも遠慮しない。
だって、なんだかモヤモヤするんだもの!
この気持ちは何?
「ぼろぼろの服では、チョコを渡す事など出来ぬだろう」
瑞樹が打ち込みと同時に相手の服を裂き、真夢紀が闘刃武舞で更に細かく切り刻む。
「乙女心に付け込むようで心苦しいが…何っ!?」
乙女達は頓着しなかった。
寧ろ見せびらかす様に京介に迫る。
恋愛道は、瑞樹の想像以上に深く険しく厳しいものだった。
千織は既に充分なチョコを手に入れていた。
もう説得の必要はないし、通じない。
ならば。
「リア充撲滅委員会、惨状! 汚物は殲滅です!」
版権的に色々問題がありそうな台詞と共に魔法を放った。
「○○型対リア充用超長距離×××キャノン、発射!」
勢いよく捲られた本のページが光を纏って飛ぶ。
「欠点は非リア充まで吹き飛ばしてしまう事ですね」
しかし!
「仕方が無いね。彼は貰っていくよ?」
潮時と見て、朔羅がお姫様抱っこで京介を掻っ攫う。
壁走りで離脱を図るが、乙女達も必死に食い下がってきた。
「本当に強引だね、君達は。なら、そろそろ報いを受けて貰おうかな」
京介を降ろし、裏縫で追っ手の自由を奪う。
「悪い子には、特別にコレを上げよう」
ちゅ。
頬への不意打ちに、乙女は思考力を、そして恐らくはハートも奪われた。
嗚呼、何と罪作りな――
かくして、乙女達は撃退した。
流れ弾ならぬ流れチョコも、皆で美味しく頂いた。
「こういうのも、たまには面白いわね?」
変身を解いた朔羅が楽しげに笑う。
「やり方はまあ大分間違ってたけど、みんな全力だったね。そういう相手がいるって羨ましいな」
藍がそっと耳打ち。
「勇紀くんは気になる人に全力で向かい合ってる?」
「ユキさんはチョコは用意してるのです?」
シグリッドも、こっそり訊ねてみる。
「うん、友チョコだけどね」
しかし、その言葉を素直に信じる者はいなかった。
アネットが頬を染める。
「私、見ましたもの」
京介が「本気だ」と言った時の、勇紀の表情。
「あれは――」
むふふ。
「恋愛小説の心得ひとつ、愛の前には年齢も性別も関係ない!」
こくり、瑞樹が頷く。
「…男同士でも、お付き合いできるものなのですね」
こくり、シグリッドも何かを納得した様だ。
そして。
拓海の手には一粒の100久遠チョコ。
それは勇紀がくれた、正真正銘の友チョコだった。