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マスター:STANZA
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/02/13


みんなの思い出



オープニング




「おーい、カドちゃぁーん!」
 久遠ヶ原商店街のリサイクルショップ。
 その前をふらりと通りかかった門木章治(jz0029)に向かって、店主は大きく手を振った。
「丁度良かった、そろそろ声かけようかと思ってたトコなんだよ」
 ぺこりと頭を下げた門木は、相変わらずのサンダル履きをペタペタさせながら、招きに応じて店に入る。
「……何か、面白そうなもの……入ったのか?」
「いや、そいつはまだなんだがな。ほれ、もうすぐアレだろ、アレ」
「……あれ……?」
 首を傾げる門木の目の前に、主人は何やら発注書の様なものを突き付けた。
「節分だよ、せ・つ・ぶ・ん! 豆まき、今年もやるんだろ?」
「……ぁ……もう、そんな時期か……」
「その顔は、すっかり忘れてたな?」
 素直に頷いた門木の肩を、主人はゴツい手で遠慮なくバシバシ叩く。
「ま、そんな事だろうと思ってな。注文しといてやったぜ、ほれこの通り」
 数量は去年と同じ、ついでに普通の炒り豆の他にも生徒達が好きそうな砂糖をコーティングしたものやチョコピーなども追加してあった。
 お菓子系はいずれも少量ずつ包装された小分けパックだから、そのまま投げられるし、投げた後でも美味しくいただける。
「どうせアレだろ、豆まきの後は皆でお茶会とかするんだろ?」
 流石、この商店街に店を構えて長いだけあって、店主は生徒達の嗜好や行動パターンにも詳しかった。
「……ありがとう。……その、いつも……世話になりっぱなしで、申し訳ない」
「なぁに言ってんだよ水臭ぇな!」
 ばしーん!
 背中を思いきり叩かれて、門木は傍らに積み上げてあった空の段ボール箱や発泡スチロールの山に頭から突っ込む。
「まあ、あれだ。カドちゃんはもう少し、カラダ鍛えようや……うん」



 そんなわけで、今年も開催が決まった節分の豆まき大会。
 一年間、この日を待ちわびていた者も多いことだろう。
 今こそ日頃から溜め込んだウラミツラミやウップンを、豆に乗せて叩き付けるのだ。

『くずてつの、うらみはらさでおくべきか』

 この日ばかりは無礼講、遠慮は無用だ。
 ただし、ぶつけるのは豆やお菓子だけでヨロシク。

 あ、特に何もなくても、普通にゲーム感覚で参加OKですから。

 では、年に一度の豆まき大会、どちら様も楽しく過ごしましょう!



リプレイ本文

 雫(ja1894)は穴を掘っていた。
 ただひたすらに、黙々と、穴を掘り続けていた。
 やがて穴が満足の行く深さに達すると、雫は穴の中に持って来た何かを投げ入れる。
 それはテンペや納豆など、一ヶ月ほど前には「食品」と呼ばれていたものだ。
 しかし今では「生ゴミ」と名を変え、それはそれは凄まじい臭気を発していた。
「原料は大豆ですから、豆まきの精神に反してはいませんよね」
 それを大人の腰ほどの高さまで入れると、上に木の枝や草を編んだ蓋を被せ、カモフラージュ用の土をかける。
 これで落とし穴は完成だ。
「次は地雷の設置ですね」
 対人地雷クレイモアを分解し、鉄球の代わりに大豆を入れる。
 木の間にワイヤーを張り、そこに足を引っ掛けると発動する仕組みだ。
 更に、それに連動して頭上からは納豆が降り注ぐ仕掛けを施し――
「後は得物を誘導するだけです」
 木に登った雫は、スナイピング用の銃弾(煎り大豆)を囓りながら、その時を待つ。
 ぽりぽり、ぽりぽり。
 開始の合図、まだかな。

 その頃、他の仲間達は――
 まだ準備にも取りかかっていなかった。

 今日は2月3日、節分の日だ。
 しかし、学園生の中には日本の年中行事に詳しくない者や、そもそも人界に関する知識を殆ど持ち合わせていない者も多い。
 鏑木愛梨沙(jb3903)も、その一人だった。
「ねぇセンセ……『節分』ってなぁに?」
「俺もよくわかんないや〜!」
 ハウンド(jb4974)もまだ、節分の経験がないらしい。
 二人に問われ、門木は昨年の様子を記録した映像を見せた。
 一般的な「節分」を伝える媒体として、恐らくそれは正確さに欠ける。
 と言うか殆ど真実を伝えていないに等しい。
 しかしここは久遠ヶ原学園、世間の非常識もここでは立派に常識なのだ。
「にゃははは、豆まきってこういうものなんだ〜!? 凄く派手で楽しいね!」
「私も、豆まきがこんなにも殺伐する行事だとは思いませんでしたよ」
 ハウンドの言葉に、脇から覗き込んでいた海城 阿野(jb1043)も呆然と呟く。
 パウリーネ(jb8709)にとっても、それは衝撃の映像だったらしい――ただし、別の意味で。
「何故、落花生でなく大豆なのだ?」
 豆まきと言えば落花生ではないのか。
 しかし逆に周囲からは「聞いた事ない!」などと声が飛ぶ。
「これが世に言うカルチャーショックというものか!」
 そう言えば豆をまく時のかけ声も、地域によって様々な違いがあるらしいが……とりあえず、それは置いといて。
「じゃあ、俺は防御側として動こうかな〜? まぁ、ゲリラだけどね!」
 今年のルートはミハイル・エッカート(jb0544)の提案通り、学校周辺の森林地帯を通って校舎に侵入、最終ゴールは学食というコースだ。
「ちょっと校舎にトラップ仕掛けて来るね〜!」
 ハウンドは弾む足取りで駆けて行く。
 ゴールが学食なら、手前の廊下は絶対に通る筈だ。
 恐らく敵も味方もない無差別攻撃になるだろうが、ゲリラだから仕方ないよね!
 その後ろ姿を見送り、愛梨沙は首を傾げた。
「よくわかんないけど、取りあえず攻撃から守れば良いのかなぁ?」
 そういう事なら、お任せあれ。
 シールドやらアウルの衣やら、守りと回復はアストラルヴァンガードの得意とする所だ。
「でも、何か……他にあった気がするんだけどなあ?」
 何の日だっけ?
「なんだろ、なんかもの凄く身近だったような……」
 まあ良いか、そのうち思い出すでしょ、きっと。

「豆まきかー、久しぶりなのでとても楽しみです」
 佐藤 マリナ(jb8520)は、これをごく普通の豆まきだと思っているらしい。
 先日の雪合戦では久遠ヶ原学園のイベントの苛烈さを嫌と言うほど味わった筈なのだが、まだまだ認識が甘い様だ。
 とは言え、流石に周囲の状況が「普通ではない」事は感じる。
「…何だか凄く思い雰囲気ですね、あちらの方はバズーカの手入れをしていますし」
 ちらりと投げた視線の先にはミハイルの姿があった。
 しかし、そのバズーカから撃ち出されるものが納豆であるとは夢にも思うまい。
 昨年は守護神として大活躍してくれた彼だったが――
「……ぇ…そっち、なのか…?」
 今年は攻撃側に参加と聞いて、門木は涙目。
「別に先生を恨んでない。変異や鉄くずは先生の悩みの種だとは知ってるさ」
 ぽむ、がっくりと落とした肩に、ミハイルが手を置いた。
 スナイパーライフルは新しいのを手に入れたし、今はこれで満足している。
「だがどこかにぶつけたくなる気持ち、分かってくれるよな!」
 言いつつ、ミハイルは微妙に目を逸らした。
 何だその不法投棄されたまだ使えるブラウン管TVの様な目は!
 そんな目で俺を見るな!
「だから先生、年配者としての度量を見せてくれ!」
 何かを断ち切る様に踵を返すと、ミハイルは走り去る。
 敵陣では好敵手マクセル・オールウェル(jb2672)が出迎えてくれた。
「またこの時期がやって来たのであるな……」
 ふんっ!
 華麗なるポーズを決め、その筋肉を誰にともなく見せびらかす。
「よろしい、では今年も門木殿に喝を入れてやるのである!」
 それに今回はミハイルが味方に付いている。
「敵に回せば恐ろしいが、味方とすればこれほど心強い存在もないのである」
 親愛の情を込めて、ミハイルの背を叩くマクセル。
「ふっ、楽しくなりそうであるな!」
「おう、よろしくな」
 しかし残念な事に、二人は具体的な連携までは考えていないらしい。
 折角のチャンスなのに、勿体ないなー。

 さて、味方だと信じていたミハイルに去られて傷心の門木。
 しかし彼には、その穴を補って余りある強い味方が大勢いた。
「またこの季節の到来ですね(`・ω・)」
 レグルス・グラウシード(ja8064)は、今回の司令塔だ。
 生命探知で把握した敵の位置を仲間に逐一知らせれば、きっと大丈夫。
 後は皆が守ってくれる。
「勿論、僕も守りますけどね!」
 この、カルキノスの盾――あ、違った、今日持って来たのは――この、デュエリングシールドで!
「僕も門木先生をお守りするのです…!」
 この、一見なんの変哲もないただのビニール傘で!
 シグリッド=リンドベリ (jb5318)は透明なビニール傘を広げ、くるくる回して見せる。
「だって、投げて来るのは普通の豆なんですよね?」
 だからきっと大丈夫。
「もし普通じゃなくても、僕とヒリュウのプーちゃんがお守りするのです。だから先生、泣かなくて良いのですよ?」
 シグリッドはちょっと伸び上がって、門木の頭をなでなでしてみる。
「……うん、ありがとう」
 なでわしゃ、撫で返し。
 そして何と、一度は攻撃側として参加を表明していたナナシ(jb3008)までもが、土壇場で守備側に回っていた。
 つい一時間前に気が変わったらしい。
「……いいのか?」
 こくり、頷いたナナシの目から大粒の涙が零れる。
 実は去年の豆まきの後、またしてもSランクが突然変異で消えたらしい。
「でも、それはいいの」
 水に流そう、涙と共に。
 ナナシはこの一年で、理性で感情をコントロールできる立派な戦士になったのだ。
「……ごめんな、ありがとう」
 少し遠慮がちに、門木はその頭を撫でた。
 そんな彼等のヤル気や意気込みをヒシヒシと感じ、ユウ(jb5639)は自分も負けていられないと感じた様だ。
「私も、先生が無事にゴール出来るように全力で守り、豆まきを楽しもうと思います」
 楽しんだ者勝ちという言葉も覚えた事だし、今回は純粋に豆まきを楽しもう。
「安全第一です、私も先生を守護する者として頑張りますよ」
 そう言ったのは阿野だ。

 と、皆が楽しそうに準備を進める中。
 浅茅 いばら(jb8764)はひとり、浮かない顔をしていた。
「追儺なんてうちには苦痛でしかあらへんわ…昔のことも思い出すさかい」
 ぽつり、呟く。
 追儺とは、節分のルーツと言われる鬼払いの儀式の事だ。
 そして、いばらの頭には二本の角がある。
 まるで鬼の様な角が。
「……どうした?」
 具合でも悪いのかと顔を覗き込まれ、いばらは小さく首を振った。
「うちは幸いくず鉄の恨みもあらへんからな。センセを守る方に回らせて貰うわ」
 その為に、服装もあえて平安時代の追儺の儀を真似てみた。
 真っ赤な鬼の衣装は悪目立ちするだろうから、囮にはもってこいだ。
「当たれば痛いやろけど、当たってもまあしゃーないわ。それに鬼を護るは鬼の仕事やろ」
「……仕事だ、なんて考えずに…普通に楽しめば、良いんだぞ?」
 門木がその頭を撫でる。
 それに多分、豆は当たっても痛くない。
 どんなに力一杯投げ付けても、アウルの力を乗せようとも、豆は豆。
「……これは、ただの遊びだから…な?」
「ま、なるようになるやろ。頑張らせてもらいますわ」
 いばらは顔を上げ、小さく微笑んだ。
「んと、とにかく章治せんせいを守るの…」
 華桜りりか(jb6883)は、頭に小さな角を2本付けていた。
「これで、あたしも…鬼の仲間なの、です」
 そして鬼と言えば、伝統の虎縞パンツ。 
 という事でレイラ(ja0365)が用意したのは、お揃いの虎縞水着だった。
 レイラは電撃が撃てそうなビキニスタイル、門木はトランクス一丁。
「季節の行事は大切なことです」
 役になりきる事も、大事。
 寒い?
 恥ずかしい?
 いいえ。
「ダーリn…いえ、門木先生と一緒ならそれで…(////」
 ああ、うん、顔とかあちこち火照っていそうなレイラさんは寒くないかもしれないけど。
「…幸せ、です」
 ぽっ。
 照れ隠しなのか、レイラはコホンと咳払いをひとつ。
「それでは参りましょう」
 門木の方も動けば暖かくなるだろう。



 と、その前に。
「守りは苦手だけど、先生に豆ぶつけるのは…共に不参加!」
 礼野 智美(ja3600)は、漢らしく決断を下した。
「屑鉄の恨み?」
 呟いて、ふるふると首を振る。
 それはない。
「基本、LV3以上改造の時は強化保証書併用してるからな」
 きちんと予防線を張っておけば、被害を受ける事もないのだ……多分。
 それでも事故(?)が起きたという話は、時折聞こえて来る気がするけれど。
「友人や姉妹はスキル購入の為貯金中で、まだ殆ど科学室行った事無いのばっかりだし…」
 とにかく、今回は裏方に回る事に決めた。
 そうと決まれば――
「食堂で豆料理作って待つか」
 いや、その前に。
「納豆被って宴会は無理あるし」
 どこか適当な場所にドラム缶風呂を作って、こちらは男性用に。
「不良中年部の部室前に設置させて貰って良いですか?」
「……それは、構わないが……」
 男の子にもシャワーとか使わせてあげようよ。
 シャワー室、普通にあるからさ。

「屑鉄の腹いせで参加しましたが……豆まきに攻めるも守るも無粋ですね」
 ひとつ溜息をついて、黒井 明斗(jb0525)は全てを水に流した。
 大人だ、大人の対応だ。
 まだ14歳の中学生なのに。
「大怪我しないようにしますか」
 赤十字の腕章を腕にはめ、用意したのは巨大な救急箱。
 ただし、その中身は薬や包帯等ではない。大量の恵方巻きロール(手作りロールケーキ)だ。
 それを手に、ついでにポットに温かい緑茶を入れて、さあ見物に出掛けよう。



 初期配置は、守備側が門木を中心に固まり、その周囲に適当な間隔を開けて攻撃側が散らばる形になっていた。
 合図と共に、守備側はゴールを目指してゆっくりと動き出す。
 動きが遅いのは数歩ごとに立ち止まって周囲の様子や罠の有無を確認し、或いは逆に罠を仕掛る等の細工を施している為だ。
 それに対して、攻撃側の動きは素早かった。

「豆まきと聞いて駆けつけたわ! とりあえず鬼はどこ?」
 雪室 チルル(ja0220)は林の中を一直線に突撃する。
 勢いがあれば大抵の事はなんとかなる…はず。
 くず鉄の恨み? 変異の恨み? そんなのかんけーねー!
 チルルの頭に邪念なんてなかった。ある筈もなかった。
 だって脳筋だもの!
 チルルは走る、脇目もふらず真っ直ぐに。
 しかし、真っ直ぐにも程があった。
「あれ、突き抜けちゃった?」
 気が付けば林の外、しかも目指すゴールは明後日の方向だ!
「それならもう一度よ!」
 鬼に当たるまで、何度でも突撃ー!

「ふふ…目標発見ゥ…」
 黒百合(ja0422)は笑顔だった。
 ものすごく良い笑顔だった。
 満面の笑みと共に、時速58kmで空を駆ける。
 上空からの急襲なら罠にかかる怖れもない。
 警戒に当たるユウのガードも笑顔の勢いですり抜け急降下。
「きゃはァ、いつもご苦労様ァ、門木ちゃんゥ…とりあえず、何もいわずに逝けェ♪」
 と同時に、地上からも襲撃者が!
 敵の接近を知らせる、りりかが仕掛けた鈴がチリンと音を立てた。
 だが、その敵――矢野 胡桃(ja2617)は、敢えて身を隠す気もない――と言うか寧ろ存在をアピールする気満々だった。
 背中に背負った巨大な袋の中身は勿論、全て豆だ。
「ふ、ふふふ……。門木はそとー!!!」
 スキル使って良いんだよね? ね?
「我は一振りの剣……覚悟!」
 髪の色が銀に染まり、瞳はライトグリーンに。
 その手で握り締めた大豆が、門木の頭上に炸裂する!
「くずだけならまだしも……人の下着を魔法槍にしたり、魔法ボーナスばっか降らしたり!」
 ばしぃっ!
「魔法少女にはならぬと!」
 びしぃっ!
「あれほど!」
 ばしばしっ!
「あーれーほーど!」
 びしびしびしっ!
「言ってるですよね先生ばかぁぁぁ!!」
 どばばばばっ!
「……は、はい、ごめんなさいっ!?」
 故意にやっている事ではないが、とりあえず流れで謝ってみる。
 でも似合うとおm(ごふぅっ
 だが勿論、その程度で胡桃の気が晴れる筈もなかった。
「とりあえず門木先生はそとー!!!」
 豆まき? 鬼は外? ナニソレ美味しいの?
 しかし、胡桃が万感の思いと共に投げ付けた豆は全て、ガード役に防がれてしまった。
「門木先生には指一本、いえ豆粒ひとつたりとも当てさせません!」
 両腕を広げて立ちはだかるレイラ。
 ぷよん、ぽよよん。
 その柔らかな胸がクッションとなり衝撃を吸収、どんなに当たっても痛くないぞ!
「恥ずかしいです、けれど(////」
 門木先生の為ならば!
 流れ弾は、その両脇に控えたレグルスとシグリッドが盾と傘で防ぐ。
 しかし、その隙に後方上空から黒百合の急降下爆撃が!
「きゃはァ、くず鉄にされたアイテム達の恨みィ…楽に逝けると思わない事ねェ♪」
 だが、その眼前に盾として飛び出したのは、黒百合と共に攻撃に加わる筈だったナナシの姿!
「あらぁ…? どうしてナナちゃんがここにィ…?」
 とは言え、それほど驚いた様子もなさそうに見える。
「きゃはァ、面白そォ…じゃぁ本気でイッちゃうわよォ…?」
 落下速度に移動速度を加えた一撃、しかも撃ち出されたのは世界最大の豆、ガーナ産の藻玉(直径7cm)だ!
 これは流石に、当たると痛い気がする!
 因みにもう片方の手に握られているのは長崎名物の高硬度菓子、よりより(麻花兒)だ!
「きゃはァ、お菓子と節分豆ならルール上大丈夫なんでしょォ…取り寄せるの苦労したわァ…♪」
 しかし、対するナナシも負けてはいない、負けられない。
 本来は攻撃技である「煌めく剣の炎」を防御に転用し、その炎で壁を作る。
「この技は私が燃やしたい物だけが燃える神秘の炎、下級ディアボロ程度なら一撃で倒すわ」
 すなわち、飛んでくる大豆や納豆ていどは一瞬で消し炭である!
 ただし炎は自然現象の再現ではない。よって対象が消し炭になる事は――なんて、細かい事はいいんだよ! ノリだ、ノリ!
「さぁ、この炎に耐えられる大豆があるというのなら、かかって来なさい!!」
「きゃはァ、ここにあるわよォ…♪」
 藻玉は大豆ではないが同じマメ科だ、細かい事は以下略。
 抉り込む様に叩き付けられる藻玉、それを迎え撃つ炎!
 その炎の剣に実体があったなら、打ち返す事も出来ただろう。
 しかし無情にも、ナナシの攻撃で藻玉は砕け散り、その破片が雨あられと降り注ぐ!
 その様子はまさに、豆のクラスター爆弾!
 だが幸い、勢いは弱まっている。
「先生、この下に入って下さい!」
 シグリッドが門木の頭上に傘を差しかけると、豆の破片はパラパラと軽い音を立てて跳ね返された。
 持ってて良かったビニール傘、ちょっと相合い傘っぽい?
「それならァ、これはどうかしらァ…?」
 黒百合は次に、よりよりを投げる。
 まるで棒手裏剣の様に投げる。
 その形と言い固さと言い、刺さったら痛そうだ!
 しかし今度は、前に出たユウが見事なワイヤー捌きを見せた。
 見えない刃が宙を舞い、全てを一口大に切り落とす。
 バラバラになったそれを、シグリッドが引っ繰り返した傘で受け止めて回収。
 ビニール傘、万能だ。

「美味しそうですよ、皆さんもいかがですか?」
 地元の人には「切って食べる物じゃない」とお叱りを受けそうだが、一口サイズに切り刻まれたそれは、味見には丁度良さそうだった。
 という事で暫し休戦、敵も味方も入り乱れての試食タイムだ。
「流石は、学園の豆まき合戦、みてて飽きませんね」
 赤い毛氈に正座して、温かい緑茶を姿勢正しく上品に啜りながら戦いを見守っていた明斗。
 お摘みは豆まき用の煎り大豆だが、長崎名物の登場に思わず腰を浮かせた。
「僕もひとつ頂いて良いでしょうか」
 彼の故郷は天草の離島、長崎との縁も浅くはない。
「ちょっと懐かしい味がします」
「何だこれは、これでも食い物か?」
 その歯応えに、全身迷彩服&顔面ペイントのミハイルは首を傾げる――って、何処から現れた。
「れっきとした食べ物ですが、気を付けないと歯が欠けますよ」
 そう言ったのは、こちらも何処から現れたのか全く見当も付かない天宮 佳槻(jb1989)だ。
「おう、ありがとう」
 がりごり、ごっくん。
 しかしここで、門木が一言。
「……それ、ピーマン入ってる、ぞ」
 ぶほっ!!
 むせるミハイル、吐き出そうとするが時既に遅し!
「……なんて…冗談、だ」
 真顔で言う門木に、佳槻が頷く。
「原材料は小麦粉と砂糖、塩のみですね」
 ピーマンの入る余地は1ミクロンもない。
 安堵の溜息と共に膝から崩れ落ちたミハイルは、恨めしげな目で門木を見上げた。
「まさか先生、俺が攻撃側に付いた事を根に持って…?」
「……いや?」
 門木が無表情に首を振る。
「僕も、別に根に持ってなんかいませんよ」
 佳槻もまた、無表情に淡々と言った。
「重宝してた品物をLv3でクズ鉄にされた事なんて…」
「……」
「………」
「…………」
 世の中には深く追求してはいけない事も、多々あるのだ。うん。
「ふむ、これは顎の強化に丁度良いのである!」
 マクセルも一体何処に隠れていたのか、この存在感を見落とす事など有り得ない様に思えるのだが。
「ふははは、この姿では見破れまい!」
 いつもの半裸にジャングル迷彩のボディペイントを施し、頭に巻いた緑の鉢巻きにはわさわさと葉っぱの付いた枝を刺している。
 これで腰蓑に吹き矢でも持っていれば何処かの先住民族の様だが、手にしているのは機関銃だ。
「食して美味、しかも顎まで鍛えられるとは一石二鳥。我輩も是非、この作り方を教わりたいものである!」
「……あ、私……作れますよぉ……」
 これが終わったら教えようかと、月乃宮 恋音(jb1221)が申し出る。
 何処に隠れていたのかは、もう気にしない事にした。
「おお、それは有難い! では戦闘終了後に!」
 という事で休憩終了、戦闘再開!
 あっという間に姿を消す攻撃陣、一体何処に消えたのか――?

 しかし、その中にひとり堂々と残っている者がいた。
「ただの豆まきとちゃうんやろぉ?」
 悪い顔で腰に手を当て、顎を撫でているのはゼロ=シュバイツァー(jb7501)だ。
「おにーさん!」
 その姿に、シグリッドが震え上がる。
「お友達が皆敵側なのです…!」
 こそり、門木の後ろに隠れたが、ゼロはそれを見逃さなかった。
「シーグー坊! あーそーぼー!」
 とてもとても悪い顔で、ゼロは巨大な納豆のパックを開ける。
「これなー、糸引きが普通の百倍はあるっちゅー話やでぇ?」
 こんなのに捕まったら、きっと身動きとれないよ?
「そ、そんなのハッタリです!」
「さぁ〜て、どうかねぇ?」
 ゼロ、ますます悪い顔。
 パックの中身を素手で掴み取り、両手で捏ね、まるでエキスパンダーの様に伸ばす。
 このままでは門木も巻き込んでしまうと、シグリッドは飛び出した。
 木々の間を素早く移動しつつ、ワイヤーを張り巡らせる。
「ステータスでは絶対叶わないので小手先勝負です…!」
 だがゼロは闇の翼でシグリッドの手が届かない所を飛び回り、手にした納豆の固まりを思いきり投げ付けた。
「ああっ、ずるいです! 僕の背が小さいと思って、そんな高い所から!」
 いや、小さいとかそういう訳じゃ――
「だったら僕も本気を出させて貰うのです」
 門木を最後まで守る為、こんな所でリタイアする訳にはいかないのだ。
「プーちゃん、マスターガード!」
 次の瞬間、ヒリュウの身体は納豆まみれに!
 でも大丈夫、一旦還せば汚れもネバネバも消えてなくなる。
「ちっ」
 作戦失敗、次だ次!
 ゼロは第二波の仕込みの為に、林の奥へと消える。

 それから暫くは、何事も起きなかった。
 しかし誰もが知っていた、それが嵐の前の静けさにすぎない事を。

「生命探知に反応がありました」
 レグルスが立ち止まり、注意を促す。
「あそこの影と、あっちにも隠れてます!」
 それは木陰に隠れて待ち伏せていた恋音と、袋井 雅人(jb1469)だった。
 ダークフィリアで気配を殺しても、生命探知から逃れる事は出来ない。
 しかし見破られても、彼等には奥の手があった。
 飛び出した雅人が囮となって豆を投げつける。
 守備側の注意が逸れた隙に、恋音が瞬間移動で反対側に回り込んだ。
「……スリープミストで、眠って頂きますねぇ……」
 心の中でゴメンナサイと言いながら、恋音は容赦なく魔法の霧を呼ぶ。
 門木を中心に固まっていたのが運の尽き、哀れ護衛は一網打尽――と思いきや。
「先生、こっちへ!」
 周囲を囲む女子達の手から奪い取る様に門木を抱きかかえると、阿野はその場でテラーエリアを発動。
 眠りの霧を押し返す様に、漆黒の闇が広がった。
「そう簡単にやられる私達ではありませんよ」
 暗闇から響く阿野の声。
 勿論、自身は夜の番人で視界を確保するのを忘れない。
「この暗闇は私の領地…ふふふ…♪」
 闇の中では目標も定まらないだろう。
「さあ、今のうちに!」
 阿野は門木を抱っこしたまま暗闇の外、敵の攻撃が届かない安全地帯へ。
 続けて仲間達の手を引いて誘導する。
「ここは私に任せて下さい。さあ、走って!」
 指示を出しながら暗闇に身を潜め、阿野は追って来た雅人にアウルを込めた豆を全力投球、その足止めを図る。
「射撃は得意ですよ!」
 雅人もその威力を相殺しようと豆を投げ返し、一対一の豆まきバトル。
「目には目を、豆には豆を、です!」
 一方の恋音も諦めない、潜行の効果が切れないうちにと再び瞬間移動で飛ぶ。
 目標地点は門木の目の前、懐に入り込んで豆をゼロ距離から叩き付けた。
 が、その手に触れた感触は何故か妙に柔らかく、ぷにんぷにんと――
 ついでに、叩き付けた瞬間に何かを引っかけてしまった気がする。
 恋音は恐る恐る自分の手を見た。
 そこには、虎縞の布きれがぴらっと引っかかっていた。
「「きゃあぁぁぁっ!!?」」
 取った方と、取られた方と。
 ダブルで響く悲鳴。
「……ご、ごめんなさい、ですぅ……」
 普段こうした「事故」に遭う確率は、恋音の方が確実に高いであろう。
 だが今回はダイスの神様が気紛れを起こしたらしい……と、ダイスのせいにしておくんだぜ。
「だ、大丈夫、です」
 レイラは耳まで真っ赤になりながら、髪と両腕で胸を隠した。
「鬼役ですので、豆を当てられるのがお仕事ですから…」
 こんな事故も、想定内……想定、そうt……
「想定、していませんっ(////」
 言うが早いか、門木を抱え上げたレイラは縮地で逃走!
「……え、あの、これ……忘れ物ですぅ……」
 恋音の手でヒラヒラ揺れる虎縞ブラ。
「追いかけましょう」
 それを受け取り、ユウもまた縮地で飛び出して行く――ただしこちらは、闇の翼も使って。
 残る守備側の仲間達も、次々とその後を追った。

 追い付いたユウから大事なものを受け取り、レイラは門木に背を向けて身支度を調える。
 その様子を雑草の影から超越聴覚で盗聴しつつ、様子を伺うスナイパーがひとり。
 覗きではない。断じて違う。
 彼は狙撃の瞬間を狙っているのだ。
 肩に担いだ納豆バズーカを、女性には撃たない慈悲はある。
 だから確実に狙う必要があるのだ。
 何しろ門木の周囲から女性の姿が消える瞬間など殆どないのだから……怖ろしい事に。
 今、門木とレイラの間には距離があり、ユウは周囲の視線を阻む様にレイラの前に立っている。
 門木を守る者は誰もいない。
「このタイミングもらったぁぁー!」
 ミハイルはトリガーにかけた指に力を込める。
 しかし、ここで声を上げたのが拙かった!
 気配に気付いたユウが素早く飛び出し、門木の前に立ち塞がる。
 それに気付いたミハイルは、指の力を抜こうとした。
 しかし良く訓練され身に付いた動作ほど、一連の流れを途中で変える事は難しい。
 持ち主の意に反して、ミハイルの指は正確に動いた。
「危ない、避けろ!」
 しかしユウは微動だにしなかった。
 蜘蛛の巣の様に糸を引く挽き割り納豆の網の中に、躊躇いもせずに飛び込んで行く!
「皆さん、私に構わず先へ急いでください!」
 振り向いたその姿は美しかった。
 例え納豆まみれであろうとも。

 ……カツン、ズル…、…カッ、ズルズル……
 林の中に、奇妙な音が響いていた。
 ……カツン、ズル…ベシャッ。
 何か、黒い塊が蠢いている。
 それはやがて、ゆっくりと起き上がり、人の様な形になった。
 ……カツン、ズル…、…カッ、ズルズル……
 再び歩き始める。
 そう、それは歩いているのだ――松葉杖に縋る様にして。
 その正体は、カーディス=キャットフィールド(ja7927)だった。
 普段はモコモコツヤツヤな黒い毛並みは乱れてボソボソバサバサ、おまけに包帯ぐるぐる巻き。
 彼は確か、重体で入院中だった筈だが……外出の許可を貰ったのだろうか。
「SETUBUNと、聞いて…病院から、馳せ参じたの、です…!」
 訳:暇だったので脱走しました
「だって、私だけ仲間外れなんて…あんまりじゃないですか」
 いや、そんなつもりはないけれど。
「見ているだけではダメなのです…!」
 男なら戦うべし。
 例えその身が砕けようとも!
 今がその時がどうかは、その、アレだけれども。
「いいえ、今がその時なのです…!」
 ……カツン、ズル…、……カツン、ズル…
 でも、皆は何処?

 その頃、ユウの尊い犠牲の上に体勢を立て直した守備陣は、再びの正念場を迎えていた。
「前方から、誰かがものすごい勢いで突っ込んで来ます!」
 身構えながらレグルスが叫ぶ。
 でも誰かって誰?
「あたいよ!」
 そう、チルルだ。
「やっと見つけたわ! さあ戦闘開始よ! 全員あたいに続けー!」
 全員って、何処に――いた、隠れてた。
「鬼は外、福は内、恵比寿大黒福の神ー!」
 マリナはごく普通に豆をまく。
 しかし、その普通さが却って珍しいのが久遠ヶ原。
「きゃはァ、門木ちゃんゥ…いいかげん、倒れろォ…!」
 上空からは巨大な豆がブン投げられ、そして地上からは――
「いくでぇ、煎り大豆スマァァッシュ!」
 すぱぁーん!
 良い音を響かせて、ハリセンが鳴る。
「豆はハリセンに乗せて叩きつける! これが悪魔流豆まき!」
 武器が違う? コメディやからええやん!
 はい、ええです! おっけーです!
「よくないの、です」
 おっと、ここでりりかのダメ出しが!
 いや、武器に関する事ではないらしい。
「むぅ…せんせいに豆をぶつけたければあたしをたおすの、です」
 ゼロは友人だが、手加減はしない。
 忍法「魔笑」で相手の心を惑わせる様な、妖しく美しい笑みを浮かべてみる。
「あたしにぶつけるつもり…です?」
 だが……ゼロはそれを、鼻で笑い飛ばした!
 ちょっと、それヒドくない?
 りりかだって、頑張れば多分お色気担当だって、多分、多分……っ!
 ちらり、スカートをめくって内側に隠したチョコ大豆銃を取り出してみる。
 ほら、お色気!
「ふん、まだまだ!」
 すぱぁーん!
 ハリセンから放たれる大豆、りりかはそれをアウルで強化したかつぎを翻して弾く。
 そして反撃のチョコ大豆攻撃!
「なんの、日頃鍛えたツッコミの力を見せたるでぇ!」
 すっぱーん!
 ハリセンスマッシュで弾き返されるチョコ大豆。
 だが、りりかにとってはご褒美も同然、口の中にストライク!
「…おいしい、の」
 チョコは幸せの味、なのです。
 そして同じくチョコ大豆を用意したナナシだったが、こちらの使い方は一味違う。
 ずっと握り締めていたそれは、もうベッタベタ。
 口で溶けても手で溶けない、そんなお上品なチョコに用はないのだ。
「くらえ、ひっつきチョコ!」
 ベタベタのチョコが服や髪にペタペタくっつく、この反撃は地味に嫌かも。
 そしてレグルスの反撃は――
「前の時に思ったんですけど、僕はこっちのほうがおいしいと思います!」
 取り出したのは、まさかの「えんどう豆スナック」!
「好きな人はどうぞお口で受けて食べてください!」
 あれ、誰も食べないの?
 じゃあ自分で食べちゃおう。
「おいしいです(´〜`)モグモグ」
 そこに襲いかかる、チルルの豆!
 ヒャッハー! 節分だー! 豆を投げさせろ! 話はそれからだ!
「でも話って何? ま、いっか!」
 恨みつらみは特にない。
 投げるのはただ、そこに鬼がいるから!
「あたいの豆を受けてみなさい!」
 ひたすら門木に突っ込んで行き、豆を投げつけるチルル。
 だが、ガード役もそれを黙って見てはいない。
「角のあるうちが豆まきなんて微妙に皮肉やなぁ。それでもやるなら行かせてもらいまっせ」
 いばらは嵐の様なチルルの攻撃から、必死に門木を守る。
「でも仏の顔も三度や…仏ちゃうけど」
 反撃、開始。
 陰影の翼で舞い上がり、いばらは上空から豆をばら撒く。
「福は内や」
 鬼は外、とは言わない。
「センセは逃げたらええ、うちはこういう遊撃は好みや」
 しかしチルルは怯まなかった。
「甘い!」
 手近な木に登り、そこから――
「あたいの凄いジャンプ! かーらーのー空中投げ!」
 ばらばらばらーっ!
「み、皆さん全力で先生に襲い掛かっていますね」
 皆の勢いに押され、マリナは既に傍観の構え。
 と、ふと見上げた空に――狙い定めて急降下して来る小さな影が見えた。

 パウリーネは怖ろしい事実に気付いてしまった。
 そう、自分が参加者の中で最も身長が低い、それどころか二番目に低い者にさえ10cm以上もの差を付けられている事に。
 自分の身長では、精一杯に伸び上がってさえ門木の頭には届かない……いや、別に撫でるつもりはないけれど。
「身長差とは…これ程までに残酷であったか…!」
 加えて弱い。
 トドメに存在感が皆無――と、本人は思っている様だ。
(魔女なのに霊に間違われた事があるし、肝試しに参加しただけでビビられた事もあるのだ)
 そんな自分が門木を守れるか?
 身長差71cmだぞ?
「否だ。出来る筈がなかろう」
 パウリーネはがっくりと膝を付く。
 だが、待てよ。
「我輩には翼があるではないか…!」
 そうだ、何故これまでそこに思い至らなかった。
「闇の翼で飛びながら必死に気配を消せば、或いは…?」
 いや、影は元より薄い。
 わざわざ気配を消さなくても、きっと誰にも気付かれない。
「これなら援護できるか…?」

 そして今、パウリーネは弾丸となって――
 どっかーーーん!
 突っ込んだ。
 チルル目掛けて頭から突っ込んだ。
 その威力は周囲の木々を薙ぎ倒し、地面に半径5mのクレーターを作る程の威力で……
 いえ、嘘です。
 そこまでの破壊力はありません。
 が、そこそこの威力はありました。
「あ、1人倒れた…って、ぇぇぇええええ!!」
 驚き慌て、救助に向かおうとするマリナ。
「い、急いで倒れた人を助けて治療をしないと!」
 しかし、その必要はなかった。
「今のは危なかったわね! ちょっとびっくりしたわ!」
 派手に吹っ飛ばされたチルルはしかし、余裕の笑顔だ。
 吹っ飛ばした方のパウリーネにも怪我はなかった。
 だって撃退士だもん!
 コメディ補正もあるしね!
 そして何事もなかったかの様に、豆まきに戻る。
「まだまだ行くわ! 全員突撃ー!」
 号令一下、飛び交う豆。
 だが、胡桃は一足先に手持ちの豆を投げ尽くしてしまった。
 こうなったら直接攻撃、ただし素手で!
「うわぁんっ! せんせーの、いじめっこー!!」
 ぽかすか、ぽかすか。
「……ごめん、なさい…?」
 門木、とりあえず謝ってみるぱーとつう。
 泣く子は強かった。

 みんな元気だ。
 元気すぎるほど元気だ。
「こ、これが久遠ヶ原の流儀…」
 その様子を目の当たりにしたマリナは、またも洗礼を受けた様だ。
「ゆ、雪合戦が特別に苛烈だったわけではないんですね」
 だが、まだまだこんなものではないのだよ。

「今の、爆発音は…」
 よろり、松葉杖に縋ったカーディスは、音のした方角を見る。
 きっとあそこが戦場だ。
「もう、少し…です」
 もう少しで、仲間に入れて貰える……!

 その間にも、ゴールを目指して戦場は僅かずつ移動していた。
「よぉ〜し、来た来たぁ〜!」
 ルート上で待ち構えていたのは、忍法「雫衣」と翼を使って鳥に化け、樹上に身を潜めていたハウンドだ。
 忍法「響鳴鼠」を使って敵の位置を把握、真下まで来た所で――鳥の糞に似せた豆を頭上からバラ撒く!
「溶かしたホワイトチョコをかけたら、それっぽく見えるよね!」
 勿論狙うのは敵だけ……の、筈だけど。
「間違えて味方に当たっちゃったらゴメンね〜!」
 だってゲリラだし。
 そしてちょっとしたパニックに陥った現場を後に、姿を隠しつつこっそり移動。
 待ち構えて、もう一度だ。

 カーディスは、まだ頑張っていた。
 傷む身体を引きずる様に、一歩一歩…ズルズル…ズベシャッ。
 転んだ。
 潰れた、と言った方が正しい表現かもしれない。
「…わ、私の力もこれまでみたいなのです…せめて…せめて…お豆を門木先生にぶつけてみたかった…」
 ガクリ。
 だが、その目には見えていたのだ。
 怪我人を心配して駆け寄って来る門木の姿が!
「ムフ…せめてひとたち…」
 むくり、上体を起こす。
 倒れたのはフェイントだったのさ!
 さあ、近付いた所で至近距離からの豆を受けるが良い!
 ――ベシャッ
 嘘です、本気で倒れてました。
 カーディスは最後の力を振り絞り、ダイイングメッセージを……じゃない、門木に豆ケーキを手渡し、ポフッ。
 今のは、もしかして魂が抜けた音?

「大丈夫です、僕が病院に運びますから」
 倒れたカーディスに、素早く駆け寄った明斗がライトヒールで応急処置を施す。
 そして気が付いた所で――疲労回復用に準備した恵方巻きロールを丸ごとガボッと!
「もがっ!?」
「疲労には甘い物が良いですからね」
「もがっ、もががっ」
「美味しいですか? 沢山食べて、早く元気になって下さいね」
「……っ」
 ちーん。
 悪気はない。悪気はないのだ、一欠片も。
 全ては善意の賜、恵方巻きを押し込むのも伝統ゆえ、多少相手が苦しんでも致し方なし。
 いやぁ、善意って怖いですね。
 そして明斗はニコヤカに言った。
「皆さんは引き続き、豆まきを楽しんで下さい」
 ありがとう、でもそろそろ疲れて来たかな。
 ちょっと一休みしたいかも。

 そんな心の声が聞こえたのだろうか。
 空からお菓子が降って来た。
 肉球型のマシュマロに、色々なポーズの猫型クッキー、熊のマカロン、和菓子好きには小熊の最中、わんこ饅頭……美味しいだけでなく見た目も可愛いお菓子がいっぱい。
 しかも全て個包装、もしくはきちんとラップに包んである。
 これは何事?
 神様からのご褒美?
 皆がそれに気を取られている隙に、今度は門木の頭上から納豆ピザとコーンピザ(勿論ラップで包装済)が投げ付けられた。
 投げると言っても、フリスビーの様にびよ〜んと。
 勿論、当たっても痛くない。
 しかもまだ温かい。
 もしかして焼きたて?
 ただの差し入れ?
 コーンは豆じゃなくて種だし……って、細かいことは気にするな?
 木の上にちらりと見えた去りゆく人影は、佳槻のものだ。
 そうか、あなたが神か。
「……有難く、頂きます」
 丁度お腹も空いてきたし。



 そろそろ森林地帯も抜ける頃、一行は既に手持ちの豆を投げきっていた。
 つまり、もう敵も味方もない和気藹々。
 しかしここに最大の難所が待ち構えていようとは、一体誰が予想し得ただろう。
「キリングフィールドにようこそ」
 雫は待っていた。
 ひたすら待ち続けていた。
 待ちすぎて、スナイピング用の銃弾(大豆)を食べきってしまった。
「……どうしよう、つまみ食いし過ぎました」
 しかし罠は健在だ。
 クレイモアに仕込んだ豆にまでは手を出していない。まだ。
 落とし穴に仕込んだ食品は、既に食品とは言えないシロモノだし。
 雫は得物を罠に誘導しようと、忍法「魔笑」で幻惑を試みる、が。
「ねえ、何だか臭くない?」
 ぴたり、愛梨沙が足を止めた。
「本当ですね。何だろう、この腐った生ゴミの様な匂い」
 レグルスも鼻を摘んで顔をしかめる。
 そう、雫が作った落とし穴からは、猛烈な臭気が溢れ出していたのだ。
 しかしそれを作った本人の嗅覚は麻痺していた。
 落とし穴の真上で待ち伏せていた時間が長すぎて、匂いに慣れてしまったらしい。
「先生、遠回りですけど向こうから行きましょう」
 シグリッドが門木の手を引いて安全なコースへ誘導する。
 仲良く手を繋いだ様子は、のんびり散歩を楽しむ親子の様に見えなくもない、様な。
 勿論、そのまま罠に突っ込む猛者はいな――ぁ、いたよ。
「あたいはいつでも真っ直ぐ全力よ!」
 チルルの辞書に「迂回」という文字はない様だ。
 勢いに任せて突っ込む、これ大事。
 罠なんか全力跳躍で飛び越してしまえ!

 かくして、雫の節分は終わった。
 終わってしまった。
「いや、一人でこんだけ作るんは大変やったやろ」
 暫く後、まだ樹上で呆然としている雫に、ゼロが声をかけてきた。
 実は彼も、似た様な構造の落とし穴を作っていたのだ。
 しかし負けた。
 この仕込みを前にしては、脱帽するしかない。
 敬意を表して落ちてみる――のは、流石に遠慮したいが。
「この地雷だけでも、校舎の中に仕掛け直してみんか?」
 今ならまだ、間に合う。

 リーガン エマーソン(jb5029)は待っていた。
 校舎の屋上に伏して、ひたすら待っていた。
「節分はなかなかに文化的に興味深い行事だな。穢れの思想を体現していると言ってもいい」
 まぁそれはそれとして。
「この機会じっくりと楽しませてもらおうぞ」
 とは言え、鬼を追いかけて走り回ったりはしない。
 狙撃手たるもの、じっくりと腰を落ち着ける事が肝心だ。
「さて、そろそろ来るかな」
 狙いは森林地帯から抜けてすぐ。
 さぞかし気も緩んでいる事だろう。
「油断した所に一発、お見舞いしてやろうか」
 事は単純だ。
 手元に十分な弾薬を確保しながら、遠くより観察し狙撃の機会を慎重に狙う。
 豆だろうと実弾だろうと同じ事、そいつを目標にぶち込んでやればいい。
 狙った獲物は確実に仕留めていく。
 それだけだ。

 コーン!
 門木の頭に、何かが当たった。
 続けて二発、三発――それぞれ他の仲間達に。
「敵襲!?」
「でも、何処から!?」
「あそこです!」
 指差したのは、校舎の屋上。
 しかしそうしている間にも、敵は確実に狙いを付けて豆を撃ち込んで来る。
 反撃するより校舎に逃げ込んだ方が早そうだ。
「走れ!」
 そう、安心するのはまだ早かったのだ。
 敵は校舎内にも潜み、様々な罠を仕掛けている筈だった。

 その筈だったのだが。
 ミハイルは目立っていた。
 ゴールが学食なら、真っ先にそこを抑えるべし。
 そう思って早めの突入を敢行したのだが……目立ちまくっていた。
 そりゃ、どこの特殊部隊かと見紛う重装備、どう見ても豆まきスタイルではない。
 だが本人としてはサバゲの雰囲気に酔えればそれで良いのだ。
「不審者? 失礼な!」
 しかし校舎に一番乗りした彼には、ハウンド提供の素敵なプレゼントが待っていた。
「ワイヤートラップ? そんなものに引っかかるか!」
 だが、油断大敵。
「なら、これでどうだー!」
 廊下にバラ撒かれた大量の豆、その上に床と同じ模様の布が被せてある。
 勿論、表面の不自然な凹凸を見れば罠である事は明らかだが――足を踏み出した瞬間、布の端を思いきり引っ張ったらどうだろう。
 すってーん、見事に転んだ。
 そのまま滑って言った先には大量の豆が入った袋が山積みにされていた。
「それに触ったらどうなるか、わかるよねー!」
 しかし、天魔か鬼道忍軍でもない限り触れずに通る事は不可能。
 さあどうする!

「スタートは森林でゴールは食堂であるか。となると今回は以前の手は使えぬであるか?」
 マクセルは考えた。
 しかし結局、採用したのは去年と同じ方法。
 即ち――窓ガラスを割って飛び込む!
 ピーカブースタイルで、今回は学食に!
 がっしゃーん!
「門木殿、おぬしは相変わらず貧弱であるな! 今年こそ我輩が鍛え直し……」
 あれ、まだ誰も来てないの?

 その頃、屋上では。
 鬼役の全員に一発ずつ豆を当てるという仕事を終えたリーガンが、ひとり空を眺めていた。
「厄も払ったところだ、後はのんびり過ごそうか」
 豆を肴に呑みに行くのも実に有用だろう。
 しかし彼等はこれから学食で宴会を開くらしい。
「若い子も多い中に、おじさんが混じるのは少々気が引けるな」
 酒も昼間は遠慮した方が良いかもしれない。
「門木先生を誘うのは、夜まで待つとするか――」



 そして、戦いは終わった。
「ふふ、見事にボロボロですね。皆さんの先生に対する熱い思いが凄く伝わりました」
 一足先に着替えを済ませたユウが、皆を笑顔で出迎える。
「皆さんが身支度を調えている間に、私は掃除と片付けを済ませておきますね」
「あ、僕も手伝います!」
 シグリッドが手を上げた。

 それが終わる頃には料理もあらかた出来上がっていた。
 智美が作ったドライカレーとポークビーンズ、鳥の唐揚代わりに大豆肉で作った唐揚げ。
「黒豆は正月に食べ飽きてる人もいるだろうから、羊羹とパウンドケーキに入れてみたぞ。後は黄粉餅…去年黄粉使ってる人いなかったし」
 恋音と雅人の恵方巻は海鮮系を中心に、好みに合わせて具の量を調節出来る様に。
 大豆料理は唐揚げや甘辛炒め等々。
 レイラ持参の海鮮恵方巻きは、どうやら「専用」らしい。
 そしてりりかは、恵方巻に似せたロールケーキを差し入れに。
「今お菓子作りをお勉強しているの、です」
 実は最近、喫茶店を始めたのだ。
 と、生クリームと果物を巻いて生チョコでコーティングされたそれを見て、門木が何やらこっそり耳打ち。
 ひそひそ、こくこく。
「ちょっと待ってて、なの」
 数分後、ほんの少し手を加えられたケーキには、白いチョコペンでこう書かれていた。

『誕生日おめでとう、愛梨沙』

 それを見て、愛梨沙の目はまん丸に。
 そうだ、思い出した。
「今日、あたしの誕生日……?」
 名簿にそう書いてあったと、門木が頷く。
「……おめでとう」
 それに続いて、あちこちから「おめでとう」が湧き上がる。
「ありがとう、皆……本当に……」
 では、本日は節分のお疲れ様会と、愛梨沙の誕生パーティも兼ねて。
「でも、なんさいだっけ?」
 それも覚えていないらしいが、特に不都合は……いや、あるかも?
「豆って歳の数だけ食べるんでしたっけ…?」
 シグリッドが首を傾げる。
「そう言いますね」
 しかし阿野はそれでは足りない様子。
「なら俺と代わるか?」
 かく言うゼロはノルマ400個以上?
「殆ど拷問ですね!」
 無邪気に言ったレグルスがえんどう豆スナックを差し出してみる。
 足りない分はこれでどうだろう?



 と、皆が楽しく騒いでいたその頃。
「嫌ですーまだ遊ぶのですー病院は飽きましたー(じたばた」
 無茶しやがったカーディスは病院へ強制送還と相成りました。
 ほらほら、暴れるとまた傷口が開きますよー?
「もうとっくに開いてますー」
 それはそうだけど。
 じゃあ後で恵方巻きとか、差し入れに――
「ロールケーキはもう結構ですー!(がくぶる」
 甦る恐怖の善意。
 そっちじゃない方、普通の恵方巻きなら大丈夫――かな?


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:20人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
『山』守りに徹せし・
レグルス・グラウシード(ja8064)

大学部2年131組 男 アストラルヴァンガード
鉄壁の守護者達・
黒井 明斗(jb0525)

高等部3年1組 男 アストラルヴァンガード
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
手段無用・
海城 阿野(jb1043)

高等部3年27組 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
伝説のシリアスブレイカー・
マクセル・オールウェル(jb2672)

卒業 男 ディバインナイト
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
桂の大切な友人・
ハウンド(jb4974)

高等部1年1組 男 阿修羅
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
撃退士・
シグリッド=リンドベリ (jb5318)

高等部3年1組 男 バハムートテイマー
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
Cherry Blossom・
華桜りりか(jb6883)

卒業 女 陰陽師
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
六花のしるべ・
佐藤 マリナ(jb8520)

大学部2年190組 女 アストラルヴァンガード
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
Half of Rose・
浅茅 いばら(jb8764)

高等部3年1組 男 阿修羅