「じどうしゃ! クルマ! 確か、攻撃すると最後に爆発炎上する乗り物です。えぃ〜語でトラックって言うんですよねー。……あ、これ。絵のじどぅしゃ。知ってます、デコトラーですね」
パルプンティ(
jb2761)は車高が極端に低いFRを興味深そうに眺めつつ、そのボディに描かれたアニメキャラを指でなぞる。
「こいつは、デコトラじゃなくって痛車って言うんじゃねえのかな。……なんで撃退庁がこんなもん用意したかしらねーけど。つーか、爆発炎上とか縁起の悪いことを言わないでくれ。――なあ、助手席空いてるぜ?」
運転席からパルプンティの仕草に見入っていた天険 突破(
jb0947)は、我に返る。
炎王と名乗るヴァニタスの車は、既に出発した後。
エンジンが暖まったら、さっさと出発しなくてはならないのだ。
だがパルプンティは、
「………………………あぁ、雪です」と、再び降り始めた粉雪が舞う空を、目をまん丸にして見上げる。
「乗ってくれってば、手伝って貰いたい事もあるんだぜ?」
「私は風邪を引く前に帰るのです」
天険にばいばいと無邪気に手を振るパルプンティ。
諦めて窓を閉め、アクセルを踏み込む天険。
晴れて乾いた道なら無敵の加速を生み出すエンジンが咆える。
天険の車が弾かれたように飛び出すと、その後にFFセダンともう一台の2シーターFR、そしてバイクが競うように飛び出していく。
「……そうです、寒いときにはあったかいものを食べるのです」
仲間達が雪に覆われた道東自動車道をスキー場へと疾駆していく様を見送ってから、パルプンティは何かよいこと思いついたように微笑み、さっさと関係者用の階段を下りていった。
天険は、ともすればアクセルをふかしたくなる自分を押さえつつ、ステアリングを握る。
遠くには、四駆のテールランプが吹雪の中にかすんで見える。
焦っても、その差は縮まるどころか徐々に広がっている。
「ふふん、あいつわかってやがるんだな。旨いラーメンの条件は、空腹と寒さと、勝負の後の達成感だって」
ターゲットである炎王に、奇妙な親近感を覚える。
ふと横を見ると一台のバイクが隣に並んでいた。
ロングコートのすそを魔王の羽根のようになびかせている、クレール・ボージェ(
jb2756)だ。
「うふふっ、先を譲ってあげようと思ったけど、この場合私が先に仕掛けた方が役目がうまく行くと思うの。……足止めしてあげるから、後はおねがい」
開け放したサイドウインドウから、クレールの声が聞こえてくる。
天険は、了解の印として右の親指を上に立ててみせた。
クレールは、極端な前傾姿勢を取ってカウルの中に身体をかくし、そのまま後輪に全体重をかけてスロットルを開けた。
一瞬前輪が浮き上がり、後輪が泥混じりの雪を盛大に吹き上げる。
次の瞬間、クレールの乗ったバイクは弾丸のような加速を見せ、そのままトンネル内に突入。
路面とのグリップを得た後輪がさらに速度を加える。
やがて、速さ勝負では分の悪い四駆を視界に捉えると、前輪を浮かせて左の壁面に引っかけ、勢いまかせに直進。グリップを最大に生かして側面を走った。
実際は、タイヤを引っかけたまま、壁面に放物線を描いただけなのだろう。
だが、天険の様に後ろから見ていた者にとっては、鬼道忍軍の様に壁を走ったとしか見えなかった。
炎王の前に着地し、テールを振って雪煙を四駆のフロント目がけて立てるクレール。
あまりの美技に見とれていた天険は我に返り、速度の落ちた四駆を交わして対向車線に出て、左のウィンドウを開ける。
「おいおい、そっちの車線で走るのは道路交通法とか言うルールに反するんじゃないのか?」
右のウインドウを開けた炎王が、嬉しそうに言う。
天険は己の無頼な魂に火をつけて、にやりと不敵に笑う。
「誰かの決めたルールを守って面白いかい?」
「どういう意味だい、人間?」
「俺たちのルールで遊ぼうって言っているのさ。勝った方がラーメンを食えるって言う条件でどうだ? まぁ、勝負に負けて食うラーメンが旨いとは思えねぇけどな」
この炎王の実力は判らない。
だから、どうしても「ルールのあるゲーム」にしないとならないのだ。
これが、みなで決めた結論だった。
この、ルール交渉をする役目は、自分で真っ先に手を挙げた。
(大丈夫。俺は恐れていない。失敗して、最初にぶちかまされる覚悟もぶれちゃいない)
どくどくと、自分の心臓の音が聞こえた気がした。
喉がごくりと鳴った。
炎王は、どこか見透かしたような目で天険の顔を見、「ふふん」と笑う。
「――おもしろい。ここを降りるまでに俺を捕まえてみな」
「直接攻撃無し。物理法則も無視するなよ」
「判っているって。俺はこういうの、好きなんだ」
「ああ、俺もだ」
天険は短く返事をし、窓を閉めて安堵のため息をつく。
その時、トンネル内の電光掲示板が突然点滅し、その表示を変えた。
『注意。この先チェーン規制。チェーン無しでは通れません』
「ちっ、待ってましたと言うべきか」
天険は、トンネルを出てすぐの退避エリアに入って後続を待つ。
炎王も素直に退避エリアに入ってきた。
だが、クレールのバイクは、ほぼ真っ白にそまった路面に真っ直ぐ入っていった。
しばらくは、背中に現出した闇の翼でうまくバランスを取っていたのだが、やがて前輪を雪に取られるとそのまま横滑りに倒れてしまった。
「大丈夫か!」
天険はドアを開けて一歩踏み出すが、クレールの姿は見えない。
「うふふっ、私をお捜しかしら?」
すぐ上から大きな羽音とクレールの声。
闇の翼を優雅に羽ばたかせたクレールがゆっくりと舞い降りて、FRの屋根の上で止まった。
「正直あせった。心配させるなよ」
「うふふっ、ご免なさい、滑っちゃった。風を切って走るのって飛んでいるみたいで楽しいのだけれど、うまく行かなかったわ。でも、ルール交渉は成功したようね。ほら――あんなに素直にチェーンを巻いているわ」
クレールが指さす先で、炎王が片手を車のフレームにかけ軽く持ち上げ、もう片方で手早くチェーンを巻いている。
「うへえ、ジャッキ要らずかよ。あれなら、俺たちの半分の時間で済む」
「こちらには仲間が居るわ。――来た」
FFセダンが、それから間もなくもう一台のFRがウインカーを点滅させながらこちらへ入ってきた。
「雪道で四駆を追っかけるのはきっついなあ。おまけに、あっちは5分先行だぞ」
チェーンを巻き終えたFFの運転席で、冬夜嵐(
ja4340)は白色にほぼ占領されている視界の中でちらちら点滅する炎王のテールランプを悔しそうに見つめる。
「美味しいラーメンはボクたちのものなのです。でも、でもっ、焼き味噌ラーメンってどんなのだろうね、ミモザさん? ……ミモザさん?」
無邪気な顔で勝った後のことを話していたセシル=ラシェイド(
jb1865)は、隣のミモザ・エクサラタ(
jb2690)の顔を覗き込む。
「……え? ああ、ご免なさい。この光景を見ていたら、家に帰ったような気分になってしまいました。きっと、シアちゃん――ああ、アレクシア(
jb1635)も同じ気分を味わっていますよ」
「寒いところなの?」
「寒くて、暖かいところです」
やがて、三人の乗ったFFはトンネル入り口の退避エリアに入っていった。
セシルとミモザは、チェーンを外すために外へ出た。
セシルとミモザがチェーンを外している目の前を、2台目のFRは速度を落とすことなく通過していった。
もちろん、チェーンをつけたままトンネルを走れば、どこかで切れてしまう。
「――と、思うだろ。ところが、大丈夫。さっき天険の車のチェーンを貰ったからなあ」
アレクシアはにかっと笑う。
天険は、最初の退避エリアで脱落を宣言し、同じ車種のアレクシアに未使用のチェーンを渡したのだ。
これで、アレクシア達はチェーン外しを一度省略して時間稼ぎができる。
「ほら、見えてきましたわよ」
フィン・スターニス(
ja9308)は手の届きそうなところに見えてきた炎王の四駆をうずうずと見つめている。
「本当は自分で運転したいんだろ? ざーんねん、今はステアリングは俺のもの。――俺とミモザのいた街じゃあ、こんな雪は当たり前だったってえの」
アレクシアはアクセルを踏み込む。
乾いた路面では敵のないFRは、炎王の四駆をあっさりかわして前に出る。
後方から、FFセダンが接近してきた。
「よし、ちょっとハンドル頼む。――開け、召喚の門!」
ハンドルをフィンに持たせ、ヒリュウ召還の術式に入るアレクシア。
直上に出現したヒリュウは、一声鳴くと大きく羽ばたいて炎王の車のフロントガラスの前に飛んでいき、その視界をふさぐ。
「良いですよ、シアちゃん。そのまま押さえて――今です!」
セダンの窓から身を乗り出したミモザがタイヤを狙って狙撃。
――だが、僅かに外れた。
同時に、炎王はヒリュウを左に交わし、右のウインドウを開く。
すっと伸びた炎王の手は、ヒリュウの額にぱちんとデコピンを喰らわせた。
消滅するヒリュウ。
「ぐぎ!」
アレクシアが悲鳴を上げる。
「どうしたの?」と、ハンドルを持っていたフィン。
「ううう、視界共有していただけなのに衝撃が来た。目が廻る、気持ち悪い」
「ねえブレーキ、ブレーキだけは踏んで下さい。アクセルは放して!」
助手席からハンドルとサイドブレーキでFRをコントロールをするフィン。
炎王の四駆はとっくトンネルを抜け、次のチェーン装着にかかっていた。
再度の雪面で、炎王の四駆が独走状態になった。
比較的雪道に強いFFセダンがこれにどうにか食らいつき、ミモザが狙撃を試みる。
だが、動く車から車を狙っての狙撃だ。難易度は非常に高い。
「……おまけに、この視界の悪さです。やっぱり、勝負はトンネルでしかけるしかありませんね」
ミモザは悔しそうに嘆く。
「うふふ、今度並んだときが、ボクの出番だよ」
セシルの目が、きらりと光った。
やがて、三番目のトンネルの入り口が見えてきた。
今度は、FRだけでなく炎王もFFセダンもチェーンを外さない。
このトンネルを抜けたら、もう炎王が指定したゴールは近い。
もう、後がないのだ。
炎王は、トンネルの中盤であっさりとFRに捉えられた。
アレクシアと運転を代わったフィンの、普段の貴族的な振る舞いとは対極の荒っぽいハンドルさばきの成果だ。
FFセダンもじわじわ追い上げてくる。
「焼き味噌らーめん……美味しそうなのです……じゅるり」
無邪気な笑顔のセシルが目を輝かせてワイヤーを構える。
徐々に四駆に近づくFF。
冬夜がステアリングを握る指に、ぐいっと力が入る。
窓から身を乗り出したセシルが極細のワイヤーを繰り出すまさに寸前、四駆のエンジン音が突然大きくなった。
四駆の車輪が急激に回転数を上げ、路面に黒い痕を残してロケットのように加速。
FRをもかわし、突っ走って行った。
「あ、あいつの車、ニトロ積んでるのか!」
冬夜がうめき、どんとハンドルを叩く。
ニトロと呼ばれるガスをエンジン内に供給すると、爆発的に回転数が上がる。
おそらく、炎王の車はそういう改造をしてあったのだろう。
「うう、ボク達のラーメンが」
セシルが口を尖らせる。
「仕方ないだろ。……幸い、もう一勝負できそうじゃないか」
冬夜が指さす先で、電光掲示板が表示を変えた。
『天候回復により、チェーン規制解除』
トンネルを出たとき、炎王の車は10メートルほど先を走っていた。
だが、規制解除されたとはいえ、まだ足元はシャーベット状の雪。
たとえ四駆といえど、速度が出せるわけもない。
「よし。アレクシアさん、ハンドルお願いしますわ。――原始の灯、終焉の緋よ あたしの声に応えて――!」
ハンドルをアレクシアに持たせたフィンが、フレイムシュートの術式を詠唱。
発動したフレイムシュートは、四駆の足元に灼熱の炎を吹きつける。
シャーベット状の雪は瞬く間に解け、周囲にちょっとした水の流れをつくった。
「……よおし、今度こそ決めるよ。――氷晶霊符」
セシルが発動した氷晶霊符が、炎王の足元に強烈な冷気を吹き付ける。
「ようし、良くやった……いや、やってない!」
セダンの車内に冬夜の悲鳴が響き渡る。
強烈な氷晶霊符が、一旦融けきった雪を氷に変えてしまったのだ。
炎王の四駆もフィンのFRも冬夜のFFも完全にグリップを失い、ダンスでも踊るように回転しながら傾斜を下っていく。
その先にあるのは、高速の出口。
「……よぉおし、ひやっとしたが、これで焼き味噌ラーメンは俺のものだ。……じゃあな、人間ども。楽しかったぜ」
四駆の特性を生かしていち早くグリップを回復した炎王が、そのまま出口料金所へ向かう。
「させません!」
フィンが執念で車が滑っていく方向をコントロール。
四駆の後方からごちんとぶつけた。
「おいおい、ひでえ事するなよ」
運転席から飛び降りる炎王。愛車の後ろへ回り、被害状況を見て胸をなで下ろす。
――その時、
「捕まえました」
車を降りて待ちかまえていたフィンが、その胴体にしがみついた。
炎王は、盛大なため息をつき、「わーかった、お前らの勝ち」と言って空を仰いだ。
スキー場の最寄りの駅からほど近い場所にあるラーメン屋。これこそが、炎王が指定したゴールだ。
その扉が、がらりと開く。
そこに居たのは、誇らしげな表情のフィンを戦闘にした撃退士の面々。
誰も彼もが誇らしげに、顔を輝かせる。
クレールを助手席に乗せて、どうにか出口にたどり着いた天険は、空いた席を探しているうちに、自分に向けて手を振っている者が居るのに気が付いた。
「パルプンティ? なんで、どうやってここに来た?」
驚愕する天険。
パルプンティは、無邪気な笑顔で「特急」と答えた。
「――近くに住んでる人に聞いたのです。車より羆が多い高速道路は、電車だって走っているのです。だから、特急でここへきた。……私、知ってる。寒い日は、暖かい食べ物なの」
どんぶりに最後に残った麺一本をちゅるんと飲み込むと、パルプンティはまだ事態を飲み込めていないみなにばいばいと手を振ると、そのまま店を出て行った。