まとめて箸でさらえた麺を一気にすすり込んでろくに噛まずに飲み下し、喉につかえたらどんぶりから直接飲んだスープで腹の中へと落とし込む。
ラー油のたっぷりかかった餃子を二口で平らげながら、道明寺 詩愛(
ja3388)は「ごちそうさまでした」と言って青いヘルメットをひっつかみ、札を一枚平山 尚幸(
ja8488)に押しつけて表へ飛び出した。
「これで2分22秒は短縮した……はずッ!」
愛車にまたがりエンジンスタート。シフトペダルを踏み込みアクセルをふかし、急気味にクラッチをつなぐ。
ドラッグレース仕様の溝の薄いタイヤがアスファルトに黒い跡を刻み、詩愛のバイクはロケットの様な加速で視界の彼方へ飛んでいった。
「ゆっくり食べていられませんでしたね〜」
車高が低い2シーターに乗った八尾師 命(
jb1410)がこれに続き、浅黄色のジャケットを着た桐村 灯子(
ja8321)のバイクが後ろにRehni Nam(
ja5283)を乗せ、これを追う。
FFのセダンを運転するのは常磐木 万寿(
ja4472)。助手席に夏木 夕乃(
ja9092)、後部座席にラル(
jb1743)を乗せ、アクセルをベタ踏みして、これも急加速で消えていった。
「……どいつもこいつも血相変えて飛び出して行ったけど、戦争でもしにいくの?」
八人分のラーメンと餃子の代金を受け取りながら、店主は怪訝な顔をする。
「あれ、判っちゃいます?」
尚幸はにこりと笑うと、おつりを受け取った。
「あのヴァニタスさんが乗っているのは四駆で、排気量も小さいです〜。――つまり、直線ならこっちに分があるのですよぉ〜」
命は、ローカル鉄道を左に見つつ、ぐいっとアクセルを踏み込んだ。
直線を得意とする2シーターは、命の操作に見事な加速で応える。
オフシーズンなのが幸いして他の車などほとんど走っていない下り車線を、気持ちのよい加速で、まずは詩愛のバイクを抜き去った。
「ご免なさいですよ〜、タイヤが多い分、グリップ性能が違いますのぉ〜」
心の中で誠心誠意の謝罪をしつつ、さらに加速。
すぐにヴァニタスの四駆が見えてきた。
ウインカーを出し、広めに余裕をとりながら右から追い抜きにかかり、併走する瞬間に運転席を確認する。――居た!
えりにボアの付いた革ジャンに、オールバックの男。
「ふふふ、では後ほどお会いするのですよ〜」
命は、そのまま気持ちよく去っていった。
「――あいつら、早いなぁ」
万寿は詩愛と命が四駆を追い越していく姿に半ば呆れつつ、アクセルを踏み込む。
「二人、高速の入り口ふさぐのが役目……あれ、で、良い」
ラルは、後部座席でリボルバーの手入れに余念がない。
「ほらっ、見えてきたっすよ!」
夕乃の指さす先に、いまどきこれほど空力を無視した車があったのかと思うほど四角張った車が見えてきた。
先ほど携帯で連絡を取ったときには、最初は包囲しつつ出来るだけ刺激しないように説得中心でいこうと決めてある、だが――。
「――バイクに最初に接触させるのは、やっぱり怖い」
万寿は迷う。
「ではまず、自分が話してみますから、出来るだけ近寄ってくださいっす!」
夕乃の提案通りに、FFセダンは相手に手の届く距離で隣にぴたりと並ぶ。
尚幸のステーションワゴンが後から接近しているのが見える。
「ヘイ、そこのナイスガイ! あのラーメン屋に目をつけるとは中々見所がありますねー!」
寒いにもかかわらず窓を全開にし、夕乃は声を限りに注意を引く。
すると、あちらの窓もするすると開き、
「よう、人間のお嬢ちゃん。今日はデートかい?」と、オールバックの男が顔をのぞかせる。
「デートじゃなくって、ツーリングっす。そっちこそ、人間の街に何の用っすかぁ? 教えてくれたら、ナイスなカツサンドあげちゃうっす!」
「いいオファーだぜ。と、言いたいところだが――」ヴァニタスはにかっと笑い、
「――今はミルクたっぷりメロンソフトクリームの気分だった。じゃあな」
と言って、アクセルを一段踏み込んだ。
ちょうど目前に迫っていた大きなカーブを、ヴァニタスの四駆はグリップを限界まで生かして曲がりきり、クラッチを当てて見事な立ち上がりで距離を開けた。
「――うぉっと」
万寿が思わず声を上げる。
併走しようと思うあまり、ブレーキタイミングを誤ってグリップのゆるい後輪をドリフトさせてしまったのだ。
耳障りなスリップ音が響き、続くステーションワゴンも大きくブレーキをかけた。
「どうするか、撃つべきだろうか?」
ラルが手入れを終えたリボルバーを構えている。
万寿は少し迷って、
「まだ、交渉決裂したとは言えない。灯子達の接触を待とう」
「判った。早く決めろ」
ラルがうめく。
その眼前を、灯子達のバイクが追い抜いていった。
バイク故の立ち上がりの良さを生かして、灯子の駆るバイクは四駆を捕まえた。
「レフニー、私にしっかり捕まって」
「はい、……細い、のです」
「私のサイズの話題は後。じゃ、任せた」
灯子はぐいっとバイクを近寄せる。
レフニーはこんこんと窓を叩き、
「貴方は完全に包囲されています! 大人しく車を止めて、お奨めの食べ物屋さん情報を寄越すのです!」
男はウインドウを開き、
「包囲されているって言うからには、さっき追い抜いていったバイクも2シーターも、ついでにさっきのセダンも仲間ってことかい? ――つまり、お前達はやる気だってことでいいんだよな」
気さくに笑う目が、すっと細くなる。
「私たちは、そちらの目的と食べ歩き情報が欲しいだけなのです。大人しく話をしてください!」
「先に包囲するって言ったのはお前らだぜ。いいねえ、大いに気に入った。だから付き合ってやるぜ。まずは捕まえてみせな」
「後悔するのですよ……貴方の愛車に、不幸が訪れるのです」
レフニーが狂気をうかがわせる顔でうっすらと笑う。
「良い笑顔だ。あんた、こっち側に向いているぜ」
男は大きく後輪を振り、バイクに幅寄せをかける。
灯子は難なくこれをかわして後へ逃れ、
「交渉決裂。じゃ、これが最後通牒」
灯子は左手をハンドルから放すとダブルアクションのオートマチックを出現させ、レフニーにスライドを引かせて精密射撃のスキルを使いタイヤを狙う。
だが、数発撃ってもこの状況で銃弾が当たることはなかった。
「……流石にこの条件じゃ、無理。レフニー、みんなへの連絡。まずは捕まえる、と」
「了解」
レフニーは、片手で携帯を引っ張り出し、器用にメールを打ってみなに送信した。
ゆるく左へと下っていった道も、やがて大きなカーブにさしかかる。
排気量で有利な万寿のセダンと尚幸のステーションワゴンは、四駆を右側と後からぴたりと追走。
そのままタイミングを合わせてカーブを回りきる。
本来ならグリップ性能で上回る男の四駆がカーブの終わりで抜け出せたはずだが、その頭を灯子のバイクが押さえた。
四駆はぴたりと動きを封じられた。
灯子は、再び手の中に出現させたダブルアクションを後ろ手に構え、ミラー越しに前輪を狙う。
ラルは併走したセダンの中から、後輪を撃つタイミングをうかがっている。
「捕まえろって言ったんだよねッ?」
夕乃はセダンの助手席から異界の呼び手を発動。
無数の手がなにもない空間から生えてきて、四駆のシャーシやボディを強い力で掴み、捕らえる。
ステーションワゴンがブレーキを当て、衝突を回避。
男はクラッチを切り、回転数を上げてから二段落としたギアで繋ぐ。
何倍にも上がったトルクの力で異界の腕が振り切られ、再び消えていった。
「――でも、スピードは落ちました。さあ、あなたの愛車に不幸の時間です。食らうのです、マヨネーズビーム!」
レフニーが、スーツの内側から少々生暖かくなったマヨネーズのチューブを取り出し、車のフロントガラスへ向けてぶちまける。
同時に灯子とラルが銃弾を発射。
蛇行気味の車輪を捕らえるのは難しく、灯子の銃弾は大きく外れ、ラルの銃弾はタイヤの近くへ着弾。
「本当、条件が悪い」
ラルは悔しそうに歯がみする。
四駆のワイパーが必死に動き、さかんにウォッシャー液をぶちまける。
だが、張り付いた油分はそんなことでは落ちはしない。
「……えぐい」
ハンドルを握る者がみなそう思ったとき、「破ッ!!」という気合いが空気を揺らす。
同時に、四駆のフロントガラスが粉々に砕け、飛び散った。
「――やるねえ、人間。俺はこう言うの大好きだぜ」
ごうごうと吹き込む冷風の中、男がにやりと笑う。
同時に、ぐんと加速。
四駆の減速に合わせて速度を落としていたセダンとステーションワゴンが一瞬取り残される。
灯子のバイクは左にかわされ、そのまま横にぴたりと張り付かれた。
「よう、また会った」と、マヨネーズの残滓を顔に貼り付けた男。
「お久しぶりです」とレフニー。
「俺はこう言うの、大好きだぜ。――だが、この車も大好きなんだ。だから、一応けじめだ」
ぐいっと右手を伸ばし、レフニーの襟首をつかむ。
為す術もなくバイクから引き剥がされるレフニー。
男の腕にぶら下げられ、足がプラプラと宙に浮かぶ。
「ま、こんな事で命のやりとりまでする気もねぇ。だが、それでもてめえの命だ。しっかり握って落とすんじゃねえぞ」
と言って、ぶんと腕を一振り。レフニーを空高く放り投げた。
「うわっ!」
後を走っていた尚幸は自分の目を疑った。
レフニーがまるで子供に放り投げられた人形のように宙に舞い、こちらへ飛んでくるのだ。
咄嗟に、ブレーキとハンドルとアクセルを忙しく動かす。
目指すは、レフニーが落ちるあたり。
「間に合え、間に合え」
祈るような数秒間。
突然、どしゃん、と轟音が響き、車の屋根がちょうど人間の大きさほどへこんだ。
サイドウインドウのガラスがいくつか砕けた。
「大丈夫かぁ!」
慌てて路側帯へ車を停め、屋根を見る。
「……命、握った、です」
どうやら無事であるらしい。
ステーションワゴンの広い屋根と、なによりもレフニー自身がバイクで転び慣れているのが幸いし、どうにか無傷と言って良い状態だ。
尚幸は急いで他の車に無事を伝えつつ、
「今度はドアから乗ってくれよな」と苦笑した。
道はほぼ下りきり、平地に入った。
向こうには、高速道路の高架が見える。
男の乗った四駆は快調に飛ばし、そのまま右折して高速に乗ろうとしていた。
突然、その高速の入り口からバイクが一台、そして車高の低い2シーターが一台。エンジン音も高らかに爆走し、競うようにコーナーを曲がる。
バイクを駆るのが詩愛で、2シーターを駆るのが命だ。
二人はこの十分弱で高速入り口の係員に事情を話し、この近くに一般車両が入ってこないよう誘導を頼むと引き返してきたのだ。
二台は四駆の鼻先で見事なターン。仲良く並んで頭を押さえる。
やがて後からバイクが一台とセダンが一台。少し遅れて見事に屋根をへこませたステーションワゴンが付いてきた。
さすがに、ヴァニタスといえども停まるだろう。
誰もがそう思った。
そう思ったとき、ヴァニタスの四駆はアクセルをひとふかしし、同時に奇妙な方向へハンドルを切った。
次の瞬間四駆の左側がふわりと浮き上がり、度肝を抜かれたみなの目の前で器用にバランスを取りつつ、目の前の2シーターとバイクの真ん中に強引に割り込む。
四駆は、宙に浮いた左側の車輪で2シーターの低い屋根をごりごりとなでつつ前に出て、どしんと地面に両足を降ろした。
「走り屋顔負けだな……」
真後ろでこれを見ることになったセダンの万寿は、驚愕と苦笑のない交ぜになった表情を浮かべた。
みなが意表を突かれるなか、最初に行動したのがステーションワゴンの尚幸とセダンのラル。
「素直に止まってくれたらラーメンに餃子、おまけにチャーハンつけたのにな、大盛り可で」
助手席のレフニーにハンドルを持たせ、運転席から身を乗り出してアサルトライフルで狙い、撃つ。
だが、銃弾はわずかに外れた。
「足止め、する」
セダンの窓から上半身を乗りだし、後輪目がけてリボルバーを撃つ。
命中。
やった、と叫びかける。
だが、四駆のタイヤは一部を大きく欠いたものの、ごろごろと音を立てて走り続ける。
「……パンクレスタイヤ」
ラルは、悔しそうに正面を睨む。
だが、速度は落ちる。その隙に詩愛が反応した。
エンジンの回転数にあわせて小気味よくギアを上げ、後に体重をかけて浮き上がり気味に急加速して再び四駆の前に飛び出したのだ。
詩愛のバイクが後輪を振って四駆を押さえている間に、命の2シーターも左側からかわして前に出る。
二人は、呼吸を合わせて同時に車体を横にし道路をふさぐ。
車体の小さなバイクが避けると踏んだのか、ヴァニタスの四駆は詩愛のバイクに接近。
しかし、詩愛が避けなかったためそのまま接触、派手に転倒した。
くるくるとコマのように回転しながら反対車線に滑っていくバイク。
投げ出される詩愛。
ざざっとタイヤを滑らせて停車する四駆。
男が降りてきて、戸惑うような目で見下ろして言う。
「おいおい、大丈夫かよ」と。
途端に、詩愛の審判の鎖が伸びてきて男の腕を絡め取る。
「捕まえた!」
フルフェイスの奥で勝ち誇る詩愛。
「痺れるねえ」
男は、腕に絡みついた鎖を見て、にかっと笑った。
「俺たちって食物連鎖の頂点だろ? それって、喰われるものの魂で生きてるって事じゃねえか? なら、もっとお前らの喰うって行為に敬意を払うべき。そう思ったのが最初さ。――お前らだって自分より弱いモノ喰うだろ? そんなお前らでも、牛や豚を愛しいって思うことだって、感謝することだってあるじゃねえか。そういう事なんだよ」
撃退士全員を目の前にしても臆することなく、炎王と名乗ったヴァニタスは語った。
約束だからと言って夕乃から強引に貰い受けたカツサンドを頬張りながら、得々と。
「私たち、家畜じゃない」とレフニーは不愉快そうに言う。
「なら、こっちへ来るか? 歓迎するぜ」
男は、得意げに言った。
が、喜ぶ者はひとりもなかった。
「わたしたち、お前より強くなる。それで、家畜じゃなくなる」
ラルは、真っ直ぐに言う。
炎王はこれ以上ないほど嬉しそうな顔で「良いねえ、それ」と言い、すっかり風通しが良くなった愛車に乗ると高速に乗って去っていった。