その日、集会所に集まった撃退士達は楽しそうに持ち寄った具材を広げていた。
「おにぎり、おにぎり、なのである!」
とんとんとんとんとんとん♪
鼻歌を歌いつつ包丁の音もリズミカルに葱を切っているのは、はいぱ〜しろねこさん・ラカン・シュトラウス(
jb2603)。
天使である彼は、白い翼が背中に生えているなど元々人とは違う容姿を持つものの、本人の趣味なのかさらに奇抜な格好を普段からもしている。
猫である。
――正確に言えば精巧な猫の着ぐるみに身を包んでいるのだ。おかげで天使の象徴たる羽まで造り物に見える始末。
そんな巨大白猫が、エプロンをつけて葱を切る。一体どんなおにぎりができるのか。
ちなみに着ぐるみでも抜け毛には気を使って、食材にかからないようにグルーミング済みである。
「夏に外で働く方への昼食ですか。腐敗防止と辛めの食材で……」
一方、梅肉を包丁で叩いている神速の剣豪・礼野 智美(
ja3600)は、一見真面目に制服を着用した凛々しい男子生徒に見える。
しかし、彼女とて自由な校風を良い事に男子服を着ている女子であり、腰まで届く長い髪と相まって、かなり人目を引く存在だろう。
「単体だとありきたりでも、合わせるとまた違いますよ」
と、自信を覗かせつつ、細かくなった梅肉に鰹節と市販の塩昆布を加える智美。
そこへ醤油をひと垂らしすれば、まさに梅とおかかと昆布というおにぎりのメジャーな具達の融合である。梅の匂いと醤油の香りが食欲を刺激しそうだ。
「やっぱりご飯は美味しく食べないと、ね」
同じ味は飽きちゃうからね、バリエーションは大事だよー?
優しさを知る者・アッシュ・スードニム(
jb3145)はフライパンを前にニコニコしながら奮闘している。
中では、葱とニンニクが胡麻油で炒められ、良い色に色づいていた。
「最近マスターに習ったんだー、ボクに任せろー!」
ニンニクの香ばしい匂いを前に、ノリノリで塩胡椒を振るアッシュ。犬耳と茶色い斑の翼をぱたぱたさせてまさに上機嫌だ。
こうしてできた塩ダレを何と合わせるのか期待大である。
「たまには食べてばかりでなく、ボクのアイディアってやつを披露しないとっすね……」
天堕とし冥狩る『覇』・天羽 伊都(
jb2199)は、最近食べる専門だった自分を反省しているらしく、コホンと咳払いして調理にかかる。
「おにぎりってヤツはっすね、握りが命なんすよ!」
何やら寿司と勘違いしていないか疑わしくなる講釈をして、天羽は持参した海老天にかかりきりだ。
形を整え、サイズを整え、あまりに大きい物は包丁でサクッと2つに切って。
……既に天ぷらの個数が30個を超えたが、このまま増え続けて果たして大丈夫だろうか。
「天羽流オリジナルおにぎりの下拵え、完了っす」
当人は、ズラッと並んだ海老天達に抹茶の粉を塗して、ご満悦だった。
「ぬおぉぉ!! 暑いっ! この部屋暑いよっ! でも自分が食べたいから我慢するぜ!」
大量生産なう! とこちらは自覚の上でたんまりと用意してきた肉を焼いている、常識は飛び越えるもの・海城 恵神(
jb2536)。
「焼肉ー♪ おにぎりの中にカルビぶち込みーのしちゃうぜぃ!」
と、手も動かすが口も動かす。そんなアグレッシブさで牛カルビやバラ肉などをどんどん鉄板へ寝かせていく。脂がじゅーじゅー焦げる音にも負けないはしゃぎっぷりだ。
「肉が入ってるおにぎりとか絶対に美味しいに決まっとるだろ!!」
そう断言したかと思うと、
「あっ、牛丼も良いよねぃ♪ それも作って中に入れてやるぜ!」
いきなり新たな食への挑戦をかます恵神。最近流行りの焼き牛丼の具材でも作るのだろうか。
(ごはんやパスタなどの炭水化物は、かねがね
色んな味と融和しますものね)
単なるバリエーションというだけなら、かなりの案が考えられますけれども……。
にゃんこのともだち・リラローズ(
jb3861)は、思慮深い真紅の瞳を揺らして、何やら考えこんでいる。
「毎日作るものでしたら、あまり凝り過ぎても大変ですね。この変わり種の具材がお役に立つと良いのですが」
そう言って彼女が並べたのは、ポテトサラダや鶏もも肉の梅肉和え、サイコロステーキとそのまま食べても美味しいものばかり。
淑女らしい立ち居振る舞いを覚える際に、料理のイロハも教わったのか、リラローズの後ろでは、二つのお釜がコンロにかけられていた。
「たらこは、確か1cmぐらいに切って……そのままフライパンへ、なのです」
心に千の輝きを・華愛(
jb6708)は、ぶつぶつと調理手順を呟きながら、丁寧にたらこを切っている。
そうして細かくなったたらこをバターの温まったフライパンでコロコロと転がし、静かに炒める。
白い髪に揺れるオーニソガラムも可愛らしい彼女は、絶賛花乙女修行中のようで、たとえ簡単なおにぎりの作り方でも決して手を抜かず、コンロの火を忠実に弱く保っている。
「そろそろ、ガーリックパウダーを入れる頃合いなのです?」
年若く童顔でありながらも好んで纏った和服のたおやかさから、懸命に料理する華愛の姿はなかなかの貫禄が漂っていた。
「良いにおいなのです……」
加えたガーリックパウダーを菜箸で混ぜながら、華愛は綺麗に切り揃えられた前髪を揺らし、微笑んだ。
「青の初めての依頼は、美味しいおにぎりを作る事ですね」
なんだかワクワクします。悩める奥様達のために青は頑張ります。
そう気合も充分なのが撃退士・青(
jb7050)。
「毎日毎朝、愛する旦那様にお弁当を作ってあげる奥様達はすごいのです。早起きもしなければなりませんし」
と、主婦の日常に思いを巡らせながら、青はちまちまとベーコンをカットしている。
「青は自分でも認めるぐらい不器用で、奥様方が満足するようなおにぎりを作れるかちょっと自信ありませんが」
自身で用意したレシピが一種類なのを気にしてか、いささかしょんぼりして言うものの、青は彼女なりに主婦達の役に立ちたいと考えて、あるものを用意しているらしい。
【流星】星を掴むもの・三島 奏(
jb5830)は、実家に居た頃は毎日家族のお弁当を作っていた事もあって、小鍋を前にしての動きに迷いがない。
煮切った酒で味噌と砂糖を溶いたものを一煮立ちさせ、そこへ卵と刻みネギを入れる。
建築関係の家業に励む父と弟の健康を思って栄養が偏らないように、また毎日飽きずに美味しくお弁当を食べてくれるようにと、献立には常に頭を悩ませていたため、今回の依頼は他人事と思えない奏なのだ。
「奴らにリクエスト聞いても、肉メニューしか返って来ないからねェ」
水気の飛んだ『たまごみそ』を手際良くまとめつつ、奏は家族の顔を思い浮かべたのか、笑みを浮かべた。
「つまり、奥様方のハートと旦那様方の胃袋をきっちり掴むおにぎりを提案すれば良いんだろ?」
鬼畜策士・月詠 神削(
ja5265)は、余裕ぶって言うものの。
「う、あ痛たたたた……」
思わず横腹を押さえてしゃがみこんでしまう。
実は重体でありながら、こっそり病室を抜け出してきた月詠なのだ。
「月詠殿、無理は禁物なのである」
「あ、あぁ。悪ぃ」
ラカンに労られ背中を肉球で撫でられて、月詠は礼を述べるも病院へ戻る気はさらさらないらしく、鰻の蒲焼きを焼いている。
「俺は鰻を使ったおにぎり――略してうなぎりを作るぜ」
うなぎりを巻くために海苔だけでなく大葉も用意してきている。
「他にもうなぎりのバリエーションを準備してきたからな。乞うご期待……あ痛たたっ!」
豪語する月詠だが、全てを握り切れるのかラカンでなくても少し心配になるところだ。
「さて、梅鰹は出来ましたから、次は……」
智美は、青紫蘇の実の塩漬けと解した鮭、それに胡麻を加え茗荷と生姜の千切りを足したものを、酢飯に混ぜて握り、もう一品とした。
この手間のかけよう、夫らには愛情を込めたように映るだろうと主婦達にも好評である。
「葉わさびの醤油漬けです。水気を切って細かく刻んだら、ご飯に混ぜておにぎりにしてください」
主婦達に褒められて少し照れつつも、瓶詰めを取り出して説明する智美の顔は輝いている。
次に作る大蒜味噌を塗った焼きおにぎりも喜んで貰える事だろう。
一方ラカンは、熱したフライパンで葱を軽く炒めてから火を弱め、胡麻油小匙1杯を回し入れて蓋をして蒸し煮にしている。
柔らかくなった葱へ、少ない水で溶いた味噌大匙2杯を乗せて、さらに20分蒸す。
「これが我の好きなおにぎりなのである!」
そうしてできた葱味噌をしっかり混ぜ合わせてから、具としたおにぎりを握るラカン。
きゅっきゅっきゅ。
「のりを巻いて完成なのである! よく冷ましてタッパーに入れれば常備菜になるのでオススメである!」
彼が自信を持つのも当然なぐらいに、この葱味噌おにぎりも主婦達に好評だ。
「次は、粗熱を取った唐揚げを好みの大きさに刻んで……これも我の好物である」
カラッと揚がった唐揚げへ、種を抜いた梅干しの裏漉しと刻んだ紫蘇を和える。
「お好みでマヨを少量入れても美味しいのである」
梅干しの酸味と紫蘇の香りが唐揚げに爽やかさをプラスして、食欲をそそる二品目となった。
アッシュは、作った塩ダレを混ぜたご飯で俵型のおにぎりを握り、豚バラ肉を縦横両方に巻いている。
「油が多く出るのが難点だけど、塩分とお肉で元気が出るよ! よ!」
フライパンでじゅーじゅー転がして焼きながら、張り切って説明するアッシュ。
その後も、砂糖を加えた味噌と、胡麻油で炒めた細切れ肉を混ぜて練ったものを具に入れて握る。
彼女曰く、具にせずご飯に混ぜて焼きおにぎりにするのもお奨めらしい。
「味噌とご飯は合うからねー、お好みで日本酒や鷹の爪を混ぜても良いかも?」
辛さも甘さも自由自在だからね、お好みでどうぞー。
真剣な面持ちでおにぎりへ見入っている主婦陣へ、笑顔で伝えるアッシュだった。
「出来ました、海老おにぎり抹茶添え天羽ライスです」
天羽は満面の笑みでのたまう辺り、ネーミングセンスのダサさと語呂の悪さの自覚はないようだ。
しかも、いつの間にやら暴走して大量に握ってしまっていたため、主婦陣と仲間全員に分けてもまだ余りそうである。
「ちょ、そのおにぎり美味しそうっすね……」
だが、そんな状況にはちっとも気づかず、智美の握った干し鱈の天麩羅おにぎりに目をつける天羽。
「お、美味しい……!」
良い具合に塩抜きしてある干し鱈に感動し、ぺろっと平らげたら、次はアッシュの梅昆布おにぎりへロックオン。
微塵に叩いた梅干しと市販の塩昆布を適量入れて炊いたご飯を握ったものだ。
「作るまでにちょっと時間かかるけど、梅だけに飽きてる人でも美味しく食べれると思うよー 」
そう微笑むアッシュから分けて貰い、嬉しそうに食べ始めた天羽の食欲は止まらない。
「んっ、蒲焼のタレって焼きおにぎりに合います!」
と、月詠渾身――もとい満身創痍の作、焼きうなぎりにまで手を伸ばしている。
先ほどのうなぎりの表面にも蒲焼きのタレを塗って、こんがり焼き色をつけたものだ。
「おう、旨いだろ。オムうなぎりも今出来たぞ、食うか……?」
そう笑う月詠の顔は日頃に比べてやはり蒼白く、涙を誘う。
「あざっす! へー、玉子とうなぎって合うんっすね!」
だのに天羽は目の前のおにぎりしか見えてないのか遠慮なくパクついている。
オムうなぎりとは、うなぎりの海苔の代わりに薄焼き卵を巻いたものだ。
「ああ、鰻重にも薄焼き卵を敷いたものがあるぐらいだしな。意外と合うんだぜ、鰻と玉子は」
そう返す月詠は、焼きうなぎりを喜んで貰えて嬉しいのか、自然と微笑んでいる。心無しか血色も良くなった――かもしれない。
「肉以外は何作ろうかねぃ? んー、ネギ塩?」
恵神は考えを口にのぼせつつ、カルビおにぎりと牛丼おにぎりに、せっせと豚バラ肉を巻いている。
「へっへ、完成♪」
と、肉のボリュームたっぷりの肉巻きおにぎり2種を皿に盛った後は。
「じゃ、刻みネギを焼いてー塩ぶっかけーのにぎにぎー♪」
手早くネギ塩おにぎりをも握ってみせた恵神。
「試食会とかやる系ー? お腹すいたー! 」
御飯食べたい! と言うよりそのおにぎり食べたい!
さらには、月詠作の四品目、うな茶ぎりに目をつけて、涎を垂らさんばかりに食いついた。
他のうなぎりに比べて、細切りにした蒲焼きを具にしたおにぎりへ、刻み葱と山葵を添えた彼の自信作だ。
「ポイントはこれ」
月詠はそう言って急須を持ってくると、茶碗に入れたうなぎりと薬味へ、緑茶を回しかける。
「こうやってほぐして、うな茶にして食べるんだ!」
さっぱりしたこれは、シメに持ってこいだぜ!
月詠が言い終わるのも待たずに、恵神は旨そうにうな茶をすする。
「美味しい! 月詠天才だな!」
「お茶……くださ……」
ちゃっかり天羽までお相伴に預かって……噎せた挙句にお茶を噴き出していた。
他方、奏は刻みベーコンを醤油、砂糖、一味唐辛子でカリカリになるまで炒めている。
これに醤油を垂らした鰹節――いわゆるおかかと混ぜれば、ベーコンおかかの具の完成である。
さらには、油を切ったツナ缶をめんつ少々で味つけして、黒胡椒で味を引き締める。これが3品目ツナペッパーである。
「真夏の現場仕事なんてスタミナ勝負だからサ。多少デカくても平気平気」
奏が断言するとおり、実はこれらの具は別々に握るのではなく、最初のたまごみそと共に、俵型おにぎりの中へ並べて配置するつもりなのだ。
結果、大きさは普通のおにぎり二つ分になったが、その食べ応えに加えて最初から最後までご飯と具を同時に楽しめるところも、奏の計算通りである。
「わぁ、悪魔の私には珍しいものが沢山……!」
リラローズは様々なおにぎりをキラキラした瞳で見回してから、炊き上がった二種類のご飯でせっせと何か握っている。
一つはカレー粉で色づいたご飯で、サイコロステーキを包んだもの。
もう片方は、醤油ベースのダシで炊いたご飯に、味たまごを半分に切って。
「やっぱり料理で一番大事なのは、食べてもらう相手への愛情、ですよね……☆」
他にも、先程のポテサラおにぎりやシュウマイ入りの炒飯風おにぎりや、豚の角煮おにぎりを作って、ふんわりと微笑むリラローズだった。
「……よし、このたらこを融かしたバターと一緒にに握れば」
華愛はぶつぶつ呟きつつ、焼きたらこガーリックおにぎりを握って、幾つか冷凍庫へ仕舞っている。
さらに、解した焼き鮭を混ぜたご飯にいくらの醤油漬けを入れた鮭いくらおにぎりも作っては冷凍庫へ。
「れ、冷凍すれば……いいよ……ね……?」
昼までに腐らせないための対策だろうか。
「えへへ、奥様達嬉しそう 」
いつか青も大切な人ができたら作りたいです。
青は、皆から聞いたレシピを纏めた手製の冊子を配りながら、自分の未来に思いを馳せていた。