その日、撃退士達の姿は京都府のとある商店街にあった。
京都と言えば、上ル下ルと住所でも記すような碁盤の目と喩えられる街中が有名だが、この商店街は京都といっても京都市外にあるため道幅も広く、景観も我が物顔でビルが立ち並ぶ現代的なものである。
その一角にある宝石店へ、努力の果実・百鬼沙夜(
jb5085)が悠々と歩いて近づいていく。
年より大人びた外見と意志の強そうな瞳が、宝石店の前に立っていても全く違和感を感じさせない。
さらに、今日に限ってはカラス達の気を引くためにわざとキラキラ眩いアクセサリーを着けていたりするものだから、余計に大人っぽい雰囲気である。
(母様もカラスを可愛がっていたから、懐かしいですね……)
そんな沙夜の青い瞳が、ふっと懐古の念に揺らぐ。
(いけませんね。つい母様や家の事を思い出すとしんみりしてしまいます)
後方では、導きの陽花・ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)がすぐに駆けつけられる態勢で息を殺していた。
「急がないといけないのは確かだけど、初撃を確実に決めるためにも、タイミングには気をつけないとね」
そう呟く彼女は、快活で普段は頭で考えるより先に体が動く性格なのだが、お菓子作りが得意な努力家でもあり、囮役がカラスを引きつけるまで待つ事も別段苦にはならない。
「気持ちを切り換えて、さて参りましょうか」
沙夜は口の中で呟くと、阻霊符を周囲へ向けて展開した。
そのタイミングに合わせて、こちらもアクセサリーを身につけた非公式ハンター認定・地堂 光(
jb4992)が啖呵を切る。
「さぁ鴉ども、俺が相手になってやる! かかってきな!」
ツンツンした明るい茶髪が、威勢の良い地堂には良く似合う。
だが、ただ喧嘩っ早いだけではなく、予めアウルで自らを包み込む事で鉄壁といえる加護を受けてから叫んでいた。
ガツガツとショーウインドウ越しに宝石を漁っていたカラス達が、地堂の大声に振り向く。
声だけでなく敵意も感じたのだろうが、カラス達が沙夜や地堂へ襲いかかったのは防衛の意味などなく、彼らのアクセサリーが功を奏したからだ。
「カラスども! こっちですよ!」
右文左武でカラスの嘴と切り結ぶ沙夜は、合間合間に炸裂符を使って着実にカラス達へダメージを与えていく。
4羽がかりで2人を取り囲むカラス達を空中から見やり、小悪魔な遊び・ヴァローナ(
jb6714)がむくれる。
「このカラス、嫌い。本物のカラスはもっと頭良い。だから好き」
美しい銀髪にぽつ、ぽつと途切れがちな話し方から、日本人離れした雰囲気を持つ彼女は、実のところ人間ですらない悪魔である。
何せ瞳の色が上下で異なるのに加え、今現在可視化させているにも拘らず、悪魔特有の翼がおぼろげにしか見えないのだ。それらの特異性がヴァローナをどこか神秘的にしていた。
そんな特徴とは裏腹に、好きな生き物ほど無愛想に接してしまう天邪鬼という幼い一面も持っている事から、彼女の嘆息も本音かは怪しい。
ともあれ赤黒い翼で浮遊するヴァローナは、細い爪先にアウルを集中させ、カラス1体目掛けて雷のごとき衝撃を叩き込んだ。
「ヴァロ、戦うの好き。昂揚する、楽しい」
反動を利用してふわりと店とカラスの間へ滑り込む時も、薄く微笑む。
どうやら彼女にとって、戦いとは楽しみであるらしかった。
「中に入る前に倒させて貰うよ」
ヴァローナと同時に――こちらは地を駆けて飛び出したソフィアも、予定通りとばかりに、Fiamma Solareをカラスの後頭部へとぶち当てる。
ローマ出身の彼女は使う技もイタリア語だ。カラスの頭に命中した瞬間、火球はまさに太陽のごとき眩さで燃え上がった。
(集めるではなく食べてしまうカラスか。なかなか変わり種もいたものだ)
と、首を傾げるのはフラグの立たない天使・ベルメイル(
jb2483)。
「まあ、恋人達の楽しいひと時を邪魔するのはいただけないね。そんな事しているとフラグが立たないぜ?」
カラス達がショーウインドウから離れた隙に、彼はその穏やかな見た目に似つかわしくない機敏な動きで、残った宝石を持っていたタオルやハンカチで可能な限り覆い隠した。
「さて、鬼さんこちら、ではないが……寄ってきてくれるかな?」
ベルメイル自身も硝子玉でできたアクセサリーを着けている囮役なので、応戦している沙夜達へすぐさま合流し、圧されているふりをして店から距離を取った。
思惑通りにカラスが嘴で突いてきたので、咄嗟に腕で顔を庇いつつ、ベルメイルは苦笑する。地堂のおかげでダメージを軽減できたものの、腕からは血が滴っていた。
「カラス相手なら、硝子玉程度がフラグになるというのに……人間相手だと途端に難易度が跳ね上がる」
だから面白くもあるのだけど、と自称フラグを求める愛の使徒は、構えたリボルバーから黒い霧を纏った弾を放つ。
「光物を狙うディアボロか。魂を狙うディアボロの中でも特殊な存在だな――もっとも、特殊だろうと何だろうと倒す事に変わりはないが」
弾が命中してもがき苦しむカラスを冷静に眺めて、現代の騎士・クロエ・アブリール(
ja3792)は青紅倚天なる双剣を抜き払った。
標的は、地堂達へ向かわずに未だショーウインドウの前で宝石を探しているカラスの片割れ。
刀身は真っ直ぐながら弧を描いた太刀筋で斬りかかると、タオルの織地から漏れる反射光に夢中だったらしいカラスは、ぎゃあと叫んで黒い羽と血を飛び散らせた。
「さてと、回復専任アスヴァンとしては頑張らないとね」
迎え火に未来を馳せるグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)はそう嘯いて、店より少し離れた場所からガンガン遠距離攻撃で攻めている。
囮役へ攻撃しているカラスをダンタリアン写本を用いた魔法で撃ち落とそうとしているあたり、ちっとも回復専任ではないのだが。
しかし、事前に沙夜やベルメイルへ祝福をもたらしている辺り、しっかりと支援の役回りに沿って動いてもいるようだ。
ちなみに、グレイシアと地堂は互いに認め合うライバルであり、グレイシアはカラスに足を刺された地堂を見やり、僅かに眉を顰めた。
「大丈夫。俺に構わなくて良いぞ、明守華!」
明らかに太ももから出血していてもライバルの前だからと地堂は強がってみせて、カラス1体の腹目掛けルーメンスピアでトドメを刺した。銀の焔帯びた尖端に内臓を貫かれ、既にヴァローナから喰らったダメージもあって、夥しい血を噴き絶命したのだ。
「こっちはしばらく持たせる。その間に他の奴等を片づけてくれ!」
地堂はそのまま、もう1体のカラスへ攻撃を仕掛けて、自らへ引きつける。
「炸裂陣、行きます!」
沙夜も負けじと、もう1体へ炸裂陣を向けて、爆発の衝撃で息の根を止めてみせた。こちらはソフィアの火球で燃えた個体である。
「……もしかして、食べた分の宝石回収できるかしら?」
くずおれた2つの死骸を眺めて、演技派小悪魔・片霧 澄香(
jb4494)言った。
一見幼い容姿の少女にしか見えないが、テンガロンハットの下で光る赤い瞳は狡猾な輝きを帯びている。
腹の破裂したカラスを見て、果たして彼女がどんな回収方法を思い浮かべたかは、訊かない方が良いだろう。
「それにしても、人の宝石を狙おうだなんて……随分と下衆な鳥だわ」
……ま、人間を襲おうとするよりは、マシ……なのかしら? 人道的に。
澄香はきょとんと小首を傾げてから、スマッシュの構えを取って飛翔する。
「とにかく、鴉ごときに良い顔させるつもりはありませんし、逃がす気もないわ」
飛ばさせない、逃がさない、許さない。
それが悪魔としての澄香の矜恃であった。
「タオルは微妙に透けちゃうみたいだね。微妙な透け具合か……アレの続編早く出ないかなぁ」
何やら不埒な願望を零しながら、ベルメイルは囮役である自分へかかってきた1体と交戦していたが、ついにこれを倒した。
彼も阻霊符片手に銃を撃っていたので、多少なりと正確性には欠けるも、元々硝子玉が上手く日光に反射するよう立ち位置に気を回して、店とカラス達の間から動かなかった。それが良かった。
これもカラスの気を引くための選択と思われるスターショット2発は、外れずにカラスの胸と翼にめり込んだのだから。
「不思議そうにする事はないぞ。宝石があろうとなかろうと、鴉には関係ないのだからな」
クロエはそう言い放つと、囮に引っかからなかった2体が未だにベルメイルのタオルに覆われた物体を眺め眇めている隙を突いて攻め込んだ。
流麗な剣捌きで斬りつけられ、片割れはぎゃあと鳴くと同時に血を吐いて痛がる。
小回りのきいた動きで避けられる事も視野にいれていたクロエだが、腹に収めた宝石が重いのかもともと鈍重なのか、カラス達はそこまで俊敏ではないようだ。
「ヴァロに痛い事する、お仕置き!」
不意に中空から怒声が飛んだ。
ヴァローナが足を思い切り噛まれたらしい。
だがその程度で怯む彼女ではない。
すかさず落雷レベルの威力を込めた反撃をカラスの脳天へ見舞って、溜飲を下げる。
沙夜の炸裂陣の爆発の余波で弱っていた個体は、頭を羽で庇うようにしながら墜落し、二度と動く事はなかった。
その間にも、グレイシアは盾を構えてカラスの攻撃に備えながら、仲間の回復へと奔走している。
ヴァローナの足をアウルの光で回復促進させた後は、クロエの腕に広がる裂傷を塞ぐため、念を込めて両手をかざす。
「宝石を食い荒らすような鳥はキッチリ処分しないとだね」
ソフィアは技の構えを取ると同時に、左前方でカラスと応戦している沙夜を気にしたが、
「大丈夫です、お構いなく!」
彼女も自分がカラスに近過ぎると気づいて、すぐに回避の姿勢をとる。
そのおかげで、風の奔流に巻き込まれずに事なきを得た。
La Spirale di Petali――魂の花弁と名づけられた薄い空気の刃が、カラスの黒一色の翼を切り刻む。
次いで――実はかなりご立腹である澄香が、エネルギーとカラス型ディアボロへ向けた煩悶をショットガンM901に込める。
さっきからずっとカラスの食べた宝石を気にしているだけあって、貴金属好きな俗っぽい悪魔なのである。
さらにはカラス型が空を飛べる事から、空を渡すのは不快という壮大な理由から憤慨しているのであった。
「中の人、聞こえてます? 念のためにアクセを外して、入口側から下がってなさい!」
だが、最優先すべきが人命と解っているので、店の中にいる者達へと注意を促すのは忘れない澄香だ。
「鳥に負けてられるかってのよ。まとめて消し飛べッ……!」
かくしてしっかり店内へ避難勧告してから澄香がぶっ放した黒い衝撃波は、瀕死の1体の横っ腹を貫き命を奪った。
「よっし、それじゃあ仕上げだな!」
宣言通り1体を引きつける事にかかり切りだった地堂も、残るカラスが目の前のものだけになったところで、パヨネット・ハンドガンを構えて、渾身の一発を見舞う。
銀の焔に包まれた銃身から射出された弾は、視認した瞬間にはもうカラスの喉を突き抜けていた。
かくして、宝石店を襲った6体のカラス型ディアボロは、撃退士達の活躍によって残らず駆逐されたのだった。
「という訳で、己の職務に従って頑張れた筈よ」
そうグレイシアが胸を張って、締めのセリフを言う後ろでは――。
「そらっ! 吐けッ! 食べた分吐き出せッッ!! シケてやがるわね……! 駄鳥が……」
済香が、事切れているカラスの足を両手で持って浮遊し、空中からバッサバッサと振り下ろして、カラスが胃に収めていた宝石を吐き出させるべく頑張っている。
なかなか凄まじい光景であるが、空から宝石が降っている様だけを見れば、幻想的とも言えなくはない。
「……」
ベルメイルはおもむろに地面へ降り立ち、仲間達と物言わぬカラスが宝石を撒き散らすのを見上げながら、思った。
(おかしい……戦いを潜り抜けた達成感を噛み締めながら綺麗な景色を眺める……シチュエーションとしては悪くないハズなのに、何故選択肢が出ない?)
やはり、幾ら美しい宝石でも、カラスの腹から出た物ではフラグを立てるにも無理があるのか――!?
眉間に皺寄せ考え込む彼の胸中を推し量れる者は、誰もいない。