★跳ね橋付近の川の上流
「〜〜♪ 〜〜〜♪」
予定通り、警察の護送車が跳ね橋へ到着するのを確認したMrホエールは意気揚々と手に持っているスイッチを押した。
「…………あれ?」
ぽちぽちぽちぽち。
何も起こらない。
「ま、まさか……警察如きが私の予告状を見破ったとでもいうのか? 冗談ではない!」
当初、かく乱予定だった罠が起動せず、Mrホエールは慌てて跳ね橋へ向かった。
●
時間は少し遡り、護送車へ荷物の運ばれてくる空港。
「んだとぉ?! 許可出来ねぇってのはどういう事だゴラァ!」
いかにも不機嫌そうに、威圧感を混ぜた藤沖拓美(
jc1431)の声が滑走路に響く。
覆面パトカーを借りて先行する予定だった拓美。
しかし、それを現場の警部へ話したのだが、返事は……
「駄目だな。我々警察の立てた作戦に支障が出る。覆面パトカーは護送車から離す訳にはいかん。あくまで君達撃退士は我々の保険だ」
頑固一徹。
たとえ相手が超常を使う怪盗であっても、計画さえ守りきれば大丈夫だという自身でもあるのだろうか。
はたまた、撃退士とはいえ学生など信用していないのか。
……ただ単にこの警部が頑固なだけかもしれないが。
「まさかよぉ、おたくら飛行場で怪盗が出るなんて思ってねぇだろうな?」
拓美が警部に詰め寄る。
岩のような表情を崩さぬまま、警部は告げる。
「……そうだ。我々は逃げ場も多く、発着で混雑し、かつ翼のある此処が現場になると見ている。護送状態になれば奴も手が出しにくいだろうから、その前に盗みに来る、とな」
「だったらよぉ、もし、ここで怪盗が現れなかったら俺達の自由にしていいってのはどうだ? 自身あるんだろう、警部さんよ」
「……まぁ、多少考慮してやろう」
「今の言葉、忘れんなよ」
眉間にシワを寄せて拓美が一歩引く。
これだけ拓美が食い下がったのには訳がある。
予告状を確認していた撃退士達は、空港に揃うと、それぞれ連絡先を交換し合い、常時連絡が出来るようにしたところで怪盗の犯行の予測を行う事となり。
「予想が当たっているといいけど……一応僕は”堅牢な翼”ってのが跳ね橋の事じゃないかと思っているんだ」
佐藤 としお(
ja2489)が初めに最も確率の高い予測を述べる。
「そうですねェ……特に跳ね橋の中央部分なんて要注意ですよねェ……」
妖艶な笑みを浮かべた黒百合(
ja0422)も同じく跳ね橋に重点を置いているようだ。
さらに。
としおが補足をつける。
「予告状の”天へ羽ばたく時”というのは、大型船が跳ね橋を通る時の事じゃないかな。”繋ぎ場”は間違いなく中央の繋ぎ目の事だろう……残りの文面については、まだ解らない事も多いけれど」
車の交通量が多くなった昨今、跳ね橋を開く事は無くなったが、天魔の侵攻に備えて、有事の際には動かせる準備だけは出来ている。
可能性が無いわけではないので、それを考慮しての予想だった。
「そうだな……まぁ、相手は得体のしれん怪盗だ。俺達の予想の右斜め上を行ってくるかもしれん。とはいえ、跳ね橋が注意どころなのは同感だな」
天険 突破(
jb0947)も侮らず同意。
これを踏まえて、先行調査を願い出たのだった。
結果として、飛び立つ飛行機のエンジントラブルにより、怪盗出現かと一時現場は騒然となりはしたが、やはり飛行場に怪盗は現れず警察の予想は大きく外れてしまった。
「おう、警部さん。怪盗はいたかい?」
笑いを堪えて拓美がやってくる。
「どうやら、君達の予想した跳ね橋が怪盗の本命のようだな」
「だろうなぁ」
ニヤニヤと。
約束覚えてるよね? という顔で拓美がにこやかに。
「いいだろう、多少変更の余地はある……一応、既に跳ね橋へは警官隊もいるが、君達にも再調査をお願いしよう」
悔しそうに警部は、先行を前提とした覆面パトカーの使用を許可した。
「へへ、ありがとよ警部さん」
さて、ここからが本番。
他の撃退士もそれぞれ希望の移動手段を確保する。
「俺は護送車に乗せて貰おう。一人くらいは本体を守りに撃退士が付くべきだろうからな」
天険は、凛々しく。
かつ堂々と護送車へ乗り込む。
乗り込んだ中には他にも警官が数名いて、小さなどよめきが起こる。
「ああ、……えっと、久遠ヶ原からきた撃退士だ、悪さはしないことは信用しといてくれ」
戦力になるかは別として、一緒に護衛する仲間である警官にも安心感を与えた。
「さてェ……私はどうしようかなァ……」
飛行場には怪盗は現れず、ちょっと残念そうな黒百合。
ふと見渡すと、一台の覆面バイクを見つける。
もちろん、それに乗る予定の警官もいたが……
「あらァ……いいもの見っけ♪」
すっ……と、その警官の元へ歩み。
えも言われぬ甘い空気を醸し出す。
……月下香の幽香である。
危険な快楽を意味するこの香を受けて、警官はトロリと表情を緩ませる。
「このバイク、お借りしてもいいですかァ……?」
「ええ、はい……撃退士と警察は仲がいいですから……はい……」
「ありがとォ♪」
多少、犯罪の匂いがしないでもないが、有事の前の小事だろうという事にしておこう。
としおは、跳ね橋からの逃走を想定して、川や空に警戒網を敷くように進言してから、拓美とは別の覆面パトカーへ乗り込んだ。
●
『昔はあんなに苦しめられた覆面に今乗ってんのか…感慨深いな』
昔の暴走時代を思い出したのだろう。
今や撃退士として覆面に乗る事に感傷を覚える拓美
先行して跳ね橋に付いた拓美と黒百合。
さっそく、跳ね橋の運転室へ行き、調査を開始すると……
「あらァ……?」
既に配置された警官隊が電源を落としているにも関わらず、雑音に紛れた小さなモスキート音にが聞こえてくる。
黒百合は、不審に思い、その場の警官へ運転室の配線を開けるように頼むとそこには……
赤いLEDが点灯する一つの小さな集積装置が取り付けられていた。
電気の通っていないはずの配線内部で動いている機器があるはずがない。
さっそく黒百合は他の撃退士へ連絡すると、ひとまず取り外し、他の場所にもそれと似たような物が無いか調べることに。
……全部で5個。
大小様々ではあったが、孤立して動いている怪しい機器を発見し取り外した。
一方、跳ね橋周辺を探っていた拓美は何も手掛かりは見つかる事は無かったが、黒百合からの暗号付きの連絡を受けて、反対側の跳ね橋の運転室の怪しい機器を取り外す。
一通り、調査を終えた所で、拓美は覆面パトカーで護送車へ戻り……
「Mrホエールねェ…いいわァ、しっかり捕鯨してェ、鯨のお肉に加工してあげるわァ、きゃはァ♪ 」
これから現れるであろう怪盗に思いを馳せながら、黒百合は単独だが跳ね橋で待機する。
●
しばらくして、護送車が跳ね橋へ到着する。
大きな異常は見受けられなかったと連絡を受けていたが、念の為としおは罠を再度サーチする。
が、やはり跳ね橋周辺には異常は無い。
「問題はなし……か。なら、あとは襲撃に備えるだけかな」
そのまま、跳ね橋の下の骨組みの所へ待機して気配を断つとしお。
黒百合は、到着した護送車へ邪毒による結界を識別方式で展開し、すぐさま翼を広げて高台に待機。
それと共に始まる積荷のチェック。
予想が正しければ、もういつ怪盗が現れても不思議は無い。
「早く出て来いよコソ泥、正義の輪っかを御見舞いしてやりてぇんだ」
車内で待機している拓美も目を光らせる。
(さて、準備は上々後はお楽しみって所かな?)
としおは皆の準備終了とともに、罠の見つからない状況に多少の違和感を覚えつつ、自らの予測を信じて皮肉めいた事を考えていると……
「きぃいいさぁああまぁああらぁあああ!」
と、川の上流から物凄い勢いでバタフライをしながら怒声を発する者が現れる。
「か、怪盗だ! Mrホエールだ!」
声に反応し、川を見た警察が、双眼鏡片手に大声で周りに伝える。
だが、翼が羽ばたいてもいなければ、狼煙も上がっていない。
ただ、間違いなく【泳ぎ】では来ているが……
なんにせよ、怪盗が現れたのだ。
としおは待機していた橋の下で眼鏡を上へ放りながら光纏し両眼へアウルを集中させる。
そして即座に。
バシュ!
撃った。
水面から上半身がでるその瞬間を狙いすました一射が水上を駆け抜ける。
と、同時に。
ガッチューン!
「ぎゃ?!」
見事ホエールのヘルメットに直撃。
ヘルメットの破壊こそ出来なかったが、衝撃でホエールは川に沈む。
「おおぉ……やったか?!」
警察が、としおの正確な射撃を見てそう言うが。
「私が、この程度で、や・ら・れ・る・かー!」
跳ね橋付近の川岸から、水中を潜って出てきたホエールが一目散に跳ね橋へ駆けてくる。
「こりゃ手強い、でも負けるわけにもいきませんっ!」
としおがもう一発。
跳ね橋へホエールを充分引きつけたところで弾丸が発射される……が。
「あまい!」
ひらりと回避され、その勢いのまま、警官をぬいぐるみ扱いで投げ飛ばし、護送車へ突撃しようとするホエール。
「こっちにもいるぜぇ!」
護送車の盾になるように覆面パトカーで待機していた拓美が、半身乗り出して車の窓からリボルバーをぶっ放す。
「くっ」
奇しくもホエールには避けられてしまったが護送車には近寄らせなかった。
「いらっしゃぁーい、鯨さん♪」
さらにホエールの背後、黒百合が上から下りて奇襲にでる。
「なに?!」
堪らず、手持ちの水鉄砲にアウルを込めて撃ちだすホエール。
咄嗟にも関わらず見事に黒百合へ命中……かと思いきや。
そこには彼女の衣服だけが浮かび誰もいない。
「そっちは空蝉ですよォ?」
側面から。
2m程の長くて黒い鎌が振り下ろされる。
刃にだけは触れぬよう、咄嗟に身を翻すホエールだが、だがしかし。
「ほげえええええええええ!」
そのまま柄の部分で力任せに振り抜かれて地面に転がる。
地面と仲良くするホエールの元へ囲むように警察と撃退士が集まる。
ゆっくりと近づく黒百合は鎌を構えて。
橋の上へ上がったとしおは銃を突き付けながら。
拓美はリボルバー片手に車を降りて。
そして、天険は……もう荷物には近寄れないとみて護送車から降りてきて、転がるホエールに訊ねる。
「何でこんな事やってるんだ?」
「……驚いたな、撃退士が参加していたとは誤算だったよ」
矢継ぎ早に攻め立てられたホエールが痛みを堪えてゆっくりと立ち上がる。
「聞こえなかったか? 何でこんな事をする。別に隕石なんて異世界の侵略者に比べたら大事な事でもない。世のため人のため正義のためとは言わないが、どうせやるなら生きる糧とかスリルとか求めてくれよ。例えば、天魔の秘宝を盗むって言うなら協力しない事もないんだがな」
「……ふ、私は逆に天魔等に対して、さしたる興味は無い。奴らの侵攻は脅威ではあるが、時代が進めば彼らの秘宝だとうと今の文化遺産と対して変わらぬ時代が来るだろうさ。どころか、私や君のように異能に目覚めるきっかけになった事に感謝すらしているくらいだ」
「……つまりは、今後もこのはた迷惑な盗みを続けるというのだな?」
「はた迷惑? 違うな、私は私の快楽のままに、欲する物を望む形で貰い受けるだけだ」
「そうやって、つまらない勝利に酔っている訳か」
「そうでもないさ、ただの娯楽だよ」
価値観。
倫理。
その他諸々が平行線になる。
「ひとつ、聞いてもいいかね?」
「なんだ?」
「私の計画では、この跳ね橋を自動で上がるようにし、その電力でもって川に仕掛けた噴霧器を作動させる予定だったのだが……まさかこれを見破ったのは君たちか?」
その問いに対しては天険ではなくとしおが答えた。
「……なるほど、そんな事を企んでいたのですか。僕達は、単に跳ね橋を危ないと読みましたので、その調査を行ったところ、黒百合さんが怪しげな機器を発見したに過ぎませんよ」
「なんていうことだ……さすが撃退士、勘だけは素晴らしいと褒めるべきか……いいだろう、認めよう。今回だけは君達の勝ちだとな」
「へん、ホエールらしく負け犬の遠吠えーるってか」
そう言ってからかう拓美。
「クスクス……♪」
「ふ」
「ははは」
「くぅううう! 馬鹿にしおって! 折角私が貴様らを認めてやったというのに……もう許せん!」
怒り狂ったホエールが天険に飛びかかる。
「接近戦ならば!」
すばやく光纏し、天険の大剣が顕現し、ホエールの拳と火花を散らしてぶつかる。
「そこだ!」
拓美の援護。
狙いすましたリボルバーの弾丸が天険とぶつかり合うホエールへ。
「ちぃ!」
間一髪という所で飛び退くように交わされるが……
「あんまりィ……抵抗するなら、本当に肉塊にしちゃいますよォ?」
避けざまに、黒百合の雷の如く素早い蹴りがホエールを抉る。
モロにくらったのか体勢を大きく崩す事に成功。
この機を見て……
「……今ですね!」
AR・NB9へ持ち替えたとしおの連射撃。
「……!?!?」
一瞬にして数十発の弾丸がホエールに浴びせられる。
防弾チョッキの役割もあるのか、弾が貫通することだけは無かったが、しかし。
「ほ……ほげぇ〜!!」
跳ね橋に響く絶叫。
まさに袋の鼠……いや鯨。
もはやこれ以上は無駄な抵抗である。
「あとは……警部さん、あんたの出番だ」
一斉攻撃にピヨった怪盗を、締めくくりに逮捕するため。
拓美が警部を促すと、嬉々としてフラ付くホエールに手錠を掛ける。
「Mrホエール、確保! 確保ぉおおお!」
手錠の掛かる音と共に、警察達の歓声が響き渡る。
「し、しまったああああああああ!」
あれだけの攻撃を喰らいつつも、死ぬどころか気絶しなかったホエールだが、よろめいた隙をつかれて、あえなくお縄となりました。
これにて捕鯨完了!
●
★後日
怪盗に狙われたという隕石は、ギャラリーで公開され多くの観客を招いたという。
また、Mrホエールは、その後刑務所送りの裁判の為に護送されるところを、まんまと逃げだしてしまったらしい。
折角捕まえたのに、被り物を取ろうとすると暴れるため、結局のところ、ホエールの顔も判別出来ず終いだったのが悔やまれる。
だが、兎にも角にも、今回の騒動でMrホエールの事件には撃退士の必要性が明らかとなり、今後の作戦には撃退士を主軸としたモノになるとの事。
●
★斡旋所にて
「任務、お疲れ様でした! 実はMrホエールから恨みの手紙が届いていますよ読みますね」
〜手紙〜
やあ、親愛なる撃退士の諸君
今回は撃退士がいるとは思わず苦戦したが
私が本気をだせば君達など脅威では無い事を教えてあげよう
次に出会う事があったら覚悟したまえ
熱き執念の紳士・Mrホエール
●
「だ、そうです。巧く隕石を守り抜いただけでなく、逮捕まで出来ちゃうなんて素晴らしいです!」
事務員は笑顔で依頼の成功に判を押した。