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【チョコレイト】
または、
【ショコラ】
などと呼称される甘味菓子。
基本色がブラウンであり、その形状は様々。
ある時はクッキー生地をコーティングしたり、パフやナッツと混ぜて固形化されたり。
だがしかし、その真の魅力は加工のしやすさではなく味覚にある。
口の中へ入れると、その些細な体温でトロリと溶けだし、コーヒーよりも優しく豊かなカカオの香りと共に、蜂蜜のように濃厚な甘みが広がってゆく。
また、原料のカカオ由来のバター成分が腹持ちを良くしているお陰で、たった一口でも大きな満足感が得られる。
ただしカフェインがコーヒーの約6分の1程度含まれているため、軽微な依存傾向が出る可能性もある。
中にはチョコレイト依存症という名の、甘い誘惑に魅了される者もいるほどだ。
今宵は、そんなチョコレイトに魅了され暴虐の限りを尽くすディアボロを退治するために、5人の撃退士が、ビターに染まる夜空の元、チョコレイトの生産工場へ集結した。
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★工場外周
柔らかい夜風を顔に受けて、ショコラ騎士の称号を持つチョコーレ・イトゥ(
jb2736)が目を細めたまま、鼻をスンと鳴らす。
「……いい香りだ」
ほのかな甘みを含んだ工場の空気が、建物の外であるのにも関わらず、微かだが風に紛れているようだ。
だが、それは作業員がディアボロへ与えるチョコを作り続けている証明でもある。
逆に言えば、まだ作業員が無事であるいう事でもあるのだが。
「チョコを独り占めなんて、うらやま……許せないのです!」
危機感よりも本音が僅かに洩れているマリー・ゴールド(
jc1045)は、だがしかし、やる気を漲らせている。
「……(コクリ)」
セレス・ダリエ(
ja0189)も、無表情で相槌を打った。
事前情報の通り、工場の周辺にはディアボロが3体うろついているのが確認された。
それぞれ、すでにスマホで連絡先を交換し合っていたので、スムーズに把握出来たようだ。
「頭数が増えない内に速攻を掛けないといけませんね」
これは前情報である【分裂】を考慮して雫(
ja1894)が口を開く。
時間を掛ければ掛ける程に、状況が悪化すると見ての提案だった。
「同感です、素早く工場を開放して救助しましょう」
木嶋香里(
jb7748)も、同じ気持ちの様で、ざっくりと自身の思い描く方針を伝える。
「あらかた、方針は決まった様だな」
チョコーレは光纏すると、すぐさま宵闇に羽ばたき阻霊符を使用。
音もなく、外周を含めた工場のほぼ全域が透過に対するコーティングを得た。
分担での討伐のサポートの為に敵の死角へと回り込む作戦だ。
「それでは、私は左回りで行きますね!」
マリーも勇ましく動きだそうとし、セレスがそれに同行。
「手分けしながら懲らしめますよ!」
言いつつ、すばやく、救助に向かうために香里と雫は右回りで。
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工場外周・戦闘開始
★左回り
こちらでは早くもディアボロを発見し討伐に入っている。
「BUGAAAAAAAAAA!」
腐った豚のように醜い外見のディアボロが、鼻と口の両方から出した様な咆哮を響かせる。
「ひぇ……!」
いざ会敵となると腰の引けてしまったマリーがセレスの後ろに隠れる。
実戦経験の少なさを露呈してしまったが、それを気にする様子もなくセレスがスっと構える。
「大丈夫……」
その一言だけ発すると、美しく光纏し、ディアボロへ向かって自身の魔力を解き放った。
轟音とでも言うのだろうか。
空気を裂く様な魔力の一撃はディアボロの片腕を容易に吹き飛ばす。
だが、ディアボロの敵意は衰えない。
意外と素早いディアボロが抉るような角度で、セレスの後ろに隠れたマリーへ突進してくる。
セレスも攻撃を放ったばかりですぐには対処できない。
ただの体当たりでも痛そうな攻撃がマリーに直撃しようかというその時。
マリーの光纏……いや、後転が発動……
半透明の蝶の羽の様な翼と、頭から蝶の触覚の様なものが出て、光纏したと思いきや、後退りながら――
――盛大にコケた。
何も無い所で、バナナの皮でも踏んだように、お見事華麗に雄大に。
スカートの中身もディアボロに大公開で、大後悔。
しかしながら、運良くディアボロの攻撃を避ける事が出来た。
★右回り
遠くでディアボロと思われる咆哮が反響してくる。
左回り班の方で敵と遭遇したようだ。
「……いました!」
雫がディアボロを視認する。
「あそこにもいます!」
運悪く、傍にもう一体のディアボロを香里も発見する。
だが、すばやく救助に向かいたい二人は逆にチャンスと見てすぐさま戦闘に入る。
ディアボロの攻撃は単調で物理的だが、体力だけは見た目以上に高く、数回の突進を受けながら2対2の応酬が繰り返される。
そこへチョコーレの死角からの援護。
ディアボロの隙を見極めた雫が、太陽剣ガラティンを振り上げ一閃。
胴体を真っ二つに裂かれて1体目のディアボロが飛沫をあげて沈黙。
続いて、高い防御で受け流して対処する香里の援護に回り、難なく2体目を撃破。
状況が落ち着いたと判断したチョコーレがマリーへ連絡する。
「こちらは2体片付いた。マリー殿の方は大丈夫か?」
『わぁ、もう2体倒しちゃったんですね! こっちも今セレスさんのお陰で無事に倒せました』
どうやら、外周の敵は一掃出来たようである。
さて、ここからが本番の工場内への突入となる。
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工場突入
チョコーレの確認で、西館の非常口が閉じている事を確認した撃退士達は人員救出の為に正面入り口から分かれて行動した。
★東館1
一足先に、来客用管理室へ向かったのは香里。
管理室内では簡易的な工場の見取り図と、職員の名簿を発見する。
「これは……使えそうですね」
そう言うと、任務の為であると自身を説得し、遠慮がちに拝借する。
「助けにきたですよー」
言葉とは裏腹に、少々腰の引けた様子で、辺りを伺いながら更衣室の扉を開くマリー。
セレスも2階などからディアボロが降りて来ないか警戒している。
更衣室を開くと、女性特有のフェロモンとでも言うのだろうか、むわっとしていて、微妙に甘みのある匂いがする。
非常時であるため、大勢の女性の中に数人の男性も混じっていたが、皆言葉も話さず、じっとうずくまっていた。
が、マリーの姿を見て歓喜のあまり部屋の扉へ押し寄せる。
「「撃退士だわ! 撃退士が来てくれた!」」
「あわわ、ちょ、ちょっと落ちいてくださーい!」
恐怖とは逆の意味でパニック寸前の更衣室。
そこへ資料を携えて香里がやってくる。
「皆さん! すぐに外へ出たい気持ちは解ります……が、2次災害を避けるために、これからここを占拠している奴を退治してきますのでもう少しだけお待ちください」
「ま、まだ化け物が残ってるの……?」
「そうです」
きっぱりと告げる。
その一言で、室内は静まり、人々は歓喜から緊張へと感情が変わり落ち着きを取り戻した。
★西館1
男性用の更衣室に入る事を遠慮した雫は得意の感知で周りを探りつつ、隠密により気配を薄くして警戒に当たる。
チョコーレは堂々と更衣室の扉を開けた。
更衣室を開くと、男性特有のフェロモンとでも言うのだろうか、ツンとしていて、そこはかとなく酸味のあるスッパイ匂いがする。
撃退士が助けに入る事で歓喜に震えるかと思った更衣室であるが、しかし。
「「あ、悪魔だ! バケモンの親玉が来やがった!」」
チョコーレの人間離れした青い肌を見た作業員達は恐怖で逃げ惑う。
「落ち着け。俺はこんなナリだが味方だ。久遠ヶ原学園からきた」
ピタリ。
久遠ヶ原と聞いて静まる。
「あ、あんた、撃退士なのか……?」
「そうだ。お前達に訊きたいことがある。侵入したディアボロの数と、その所在だ。わかる範囲でいい」
学生証を見せて、情報の収集にあたる。
「なるほど。大体の施設に2体位のディアボロと、一番デカイ施設に本体がいるって事だな……よし。俺達がディアボロを倒すまで、ココを動くなよ」
指示を残した後、スマホを取り出して香里に情報の交換をする。
『わかりました。こちらでは名簿と、見取り図を発見しましたので画像を送ります敵の配置についてもマリーさんの聞き込みと統合するとほぼ同じですので間違いなさそうですね』
『各所で、チョコを生産している方も残ってるようですよー』
マリーが香里の会話に付け加える。
「よし、わかった。俺に任せておくがいい」
そう意気込んで一旦通信を切るチョコーレ。
彼は思う。
工場を陥れ、なおかつ未だに甘味を貪る豚。
それは由々しき事態である……と。
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工場2階
大まかに隔離された人を救助した撃退士達の行動は迅速、かつ合理的だった。
手始めに、セレスとチョコーレが加工所で分身体を相手取り、残りの3人で梱包室を制圧。
「なるほど、新人でも対処出来るとの情報通りで分身体は随分と柔いようですね」
敵が隣接していたために、不意打ち混じりで【地すり斬月】で斬りかかる。
妖しくも美しい三日月の軌道を描くその斬撃が容易にディアボロの手足を千切り飛ばし、致命傷を与えると、それに合わせて煌びやかなオーラを纏い注目を集めた香里がトドメを刺したり、マリーが梱包前のお菓子をコッソリ食べたりしていた。
不意打ちを仕掛けた事により、ここにいた3名の作業員は無傷。
その後、マリーと雫は3階へ行く為に慎重に階段へ向かい、香里は西館の加工所へ援護に行く。
加工所ではチョコーレの束縛によってサンドバッグと化した分身と、セレスの魔力によりボロ雑巾の様に弱った分身が哀れに抵抗を続けている。
そこへ香里が到着したが、ここで作業していた6名に怪我は殆どなく、虚しく抵抗するディアボロがただ打ちのめされる事実だけが残っていた。
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工場3階
2階へ上がった時と同様に、EVを使って3階へ赴くマリーと香里。
3階では本体のいると思われる西館へ先に行く者が多く、東館の捜索が滞ると思われた為に、香里は漏れ・二重手間を出さない様に指針を変えて東館へ同行した。
西館のタンク室には大元を含め3体のディアボロと8名の作業員。
タンク室は非常に広いがその面積の大部分をタンクが占めている為に意外と行動可能範囲は狭い。
協力しないと人命に関わると判断したセレス・チョコーレ・雫の3名はそれぞれ役割を全うした。
「私は敵を逃がさぬように通路で待機しますね」
まず、雫は室内へは侵入せず、敵の逃走を妨げる為に通路で待機。
残り2名で突入になった。
「ブゴ?!」
無音で敵に近付いたチョコーレが分身体に一撃。
状況の変化により、ディアボロが戦闘態勢に入る。
「……見つけた」
セレスがタンク室最奥に、他のディアボロよりも一回り大きく、棍棒を持ち、革製の防具を身に付けた、他とは明らかに格の違う大元を発見する。
直後、一気に全力で間合いを詰めたセレスはいかにも有害そうな雷を放つ。
それを受けたディアボロは、身体の自由を奪われ苦しそうに悶える。
一方、雫の方ではチョコーレが相手取るのとは別の分身体がタンク室から飛びだそうとした所を抑止。
同時に、タンク室から逃げ出そうとした作業員が巻き添えになりそうな所を間一髪で助ける事に成功する。
チョコーレが分身を倒し終えた頃、大元のディアボロがスタン状態から解放され、タンク室から逃げ出そうとし始める。
が、もちろん出口には雫が待ち構えており、視認されると陰から伸びる不気味な腕を発現させてディアボロの動きを封じる。
「言ったはずですよ。逃がさないと」
もちろん、本体に宣言していた訳ではない、がしかし、この雫の言葉には最初から敵を1匹も逃すつもりは無かった事が伺えた。
さて、こうなってしまえば後は逃げ場を失った木偶人形とのお遊戯タイムである。
チョコーレは勝利を確信して言い放つ。
「貴様らには、ちょこれぇとはもったいないぜ」
と。
知性のないディアボロ相手ではこの言葉のどれだけを理解しているかは定かではないけれど。
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東館の制圧を終えた香里にチョコーレから連絡が入る。
『こちらは本体を片付けた。香里殿、そちらはどうなった?』
「ええ、たった今ミキサー室・練り合わせ室共に制圧を終えましたよ。本体討伐お疲れ様です」
本体を倒し終えたと聞いたが消えない分身を見ると、手分けして討伐した甲斐があった事が解る。
もし、本体の討伐のみに注力していたら他の作業員に危害が及んでいたかも知れなかった。
「ただ、問題があるとすれば……」
チラリと香里がマリーを見て。
「マリーさんが、精製後のチョコを周りにバレていないつもりで舐めている事くらいでしょうか……」
『……そうか、まぁディアボロに比べたら可愛いものだろう。放っておこう。では残敵の確認をしつつ1階の人達に安全を伝えに行くので、香里殿もそちら側を頼むよ』
「わかりました」
こうして、ディアボロの討伐は成功に終わり、工場内の人命も撃退士の機転により被害無く治まった。
きっちりと戦闘をこなしつつも、相変わらず、味見と称してつまみ食いするマリー。
ショコラ騎士の名と誇りを守り抜いたチョコーレ。
柔軟な対応で隙無く工場制圧に尽力した香里。
小さな身体に似合わず強力な攻撃で敵を切り裂いた雫。
そして、寡黙ながら役割をきっちりこなしたセレス。
あっさりとした討伐に見えるが、それは間違いで。
それぞれの活躍あっての結果であり、きっと誰かが欠けていたら人命に大きな影響が出ていたかもしれない。
実際の所、数回運悪く緩慢な攻撃を受けてしまう事もあった。
それでも一人の重体もなく任務を全う出来た撃退士達に感謝と称賛を。
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久遠ヶ原・斡旋所
「いやぁよくやってくれました! 撃退士のみなさん!」
依頼の受理した事務員の女性は嬉しそうに、やっと発売された新作のお菓子を頬張る。
「今回は無駄に人命を害する事もなかったし、お菓子も無事に発売されたし、私【大成功】をあげちゃいます!」
そう言って、事務員は作戦完了報告書に【大成功】のスタンプを押した。