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子供達にとって、学園は英雄の集まる憧れの場所だ。
それは1つの幻想かもしれないが、憧れが勇気となり、前に進む力になる事もある。
生徒会の案内で学園を観光してきた子供達は、最後に体育館へとやって来た。
そこに居た8人の撃退士の下へ駆け出していく子供達。
そのまま身体を触ったり、武器に触れたりと大騒ぎになってしまう。
そんな子供達の大騒ぎを止めたのは、椎原桜雪(
ja9252)が作り出した魔法の光球だった。
「ようこそ、久遠ヶ原学園へ。皆さんを歓迎します」
空中に浮かんで淡い神秘的な光を放つ、複数の光球に子供達が言葉を失う。
魔術にも使い手の個性や想いが宿るのか、光球はどこか儚げで穏やかな光を放ち、子供達を優しく照らし出していた。
怖がる子供は皆無で、ただ無邪気に光球に心を奪われている。
「お姉ちゃん、すごーい! 魔法使いさんなのー!?」
「ダアト、と言うんですよ‥‥簡単に言えば魔法使いさんですね」
そうやって説明すると、子供達は興味深そうに聞き入り、質問してくる。
自然と波長の合った撃退士の下へ子供達が分散した。
「これはそれぞれに任せた方が良さそうだね。すまないが、触れ合いは各自で行なって欲しい」
その生徒会実行委員の声でイベント開始となった。
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自然と子供達が大勢群がったのは、凪澤 小紅(
ja0266)、霧崎 悠(
ja9200)、高野 晃司(
ja2733)達だった。
一際目立っているのは悠で‥‥
「レッドだ、レッド! めちゃくちゃレッドだ!」
膝まで伸びた真紅の髪に、子供達がじゃれついている。子供にとって赤はヒーローの象徴だった。
そして、面倒見の良い悠はじゃれつく子供達を元気にあやしている。
それは子供達を勇気付けようとするような活力に満ちた振る舞いで、あっという間に子供達に囲まれていた。
晃司はヒーローって柄じゃないと少し苦笑しながらも、何か見せてよとせがむ子供達に、一足早く烈風の忍術書による実演を始めていた。
巻物を持って忍術を唱える姿に男の子陣は大歓喜。
「‥‥集中集中。精神統一すれば、騎士様だって出てくるはず」
念が届いたのか、術に続いて無事に騎士タイプの光纏を展開すると、子供達からは大きな歓声が上がる。
視覚に訴える晃司の実演は大好評だった。
そんな二人を見守る小紅の周りにも、少し様子の違う子供達が集まってくる。
何かを見通すような透明な瞳で、感情の起伏を感じさせずに小紅を見上げる。
ただ、透明な瞳の奥に悲しみと恐怖が揺らめいている気がした。
「ああ、そうか‥‥」
言葉を交わす必要は無かった。何か大切なものを失った時、人は様々なものが欠ける。
絆が欠ければ、その絆が与えてくれた想いや感情を見失う事がある。
子供達は答えを探している。戦う力もなく、楽しい気持ちを失い、自分達――撃退士に助けを求めている。
「もしまた君達が襲われた時は、全力で駆けつけよう」
約束は力になる。絆は感情を生む。
子供達に胸を張って約束をしよう。そして、大切な事を伝えよう。
「だから、私達が君達の助けを聞き逃さないでいられるように‥‥同じように助けを必要としている子達と友達になって欲しいんだ。君がピンチの時、気づいて一緒に助けを求めてくれるような友達と。心細い時、一緒に助けを待ってくれる友達と、ね」
心が弱れば魂は弱くなり、感情も奪われやすくなる。心を守る事ができるのは友達。だから‥‥
「君達も良い友達になってくれ。誰かが困っていたら、代わりに私達を呼ぶんだ。泣いている子がいたら、励まして傍に居てあげて欲しい」
そうやって絆を紡いで強くなる事ができたなら、きっといつかは。
「もしも友達を守りたいって思える子が居るならさ、撃退士を目指したっていい。私だって皆と同じように天魔に襲われて、助けられてなりたいって思ったんだ」
小紅の言葉を引き継ぐように、今度は悠が語りかけ始める。
「でもな、撃退士は多くの人達に支えられてるんだ。ご飯を作ってくれる人、武器を作ってくれる人、怪我した時に病院で治療してくれる人、色んな情報を集めてくれる人。そうやって私達を支えて、守ってくれてるんだ」
そこで言葉を切り、小紅と悠は顔を見合わせて頷いてから光を解き放つ。
小紅の身体を赤い光が包み、悠の身体を赤い焔が包み込んだ。
二人の心を表すように雄々しく、迷い無く輝く赤の光。
「戦う力が無くたって、私達がいつだって全速力で駆けつけるよ。だから、大人になったら私達を守って欲しいんだ。皆の力で私達は戦えるんだぜ」
「これからその皆に支えられた私達の力を見せよう。覚えておいてくれ。そして、伝えて欲しい」
同じように苦しむ子供達に。
ヒーローという名の栄光は、たくさんの人の支えを糧にして燃え盛る炎ようなもの。
英雄とはたくさんの人に支えられている。誰もが支える力になれるのだと。
2つの赤が激突し合う。子供達はその勇士を一生忘れないだろう。
その様子を晃司の周りにいた子供達も眺めていた。
「すっげー! なぁなぁ、そうやって力を使えるのって楽しいんだろ」
「まぁ、こういう世界に憧れていたから‥‥ね。こういう戦闘で誰かを救いたかったから、撃退士になった部分も大きいし」
「ふぅん‥‥それで怖くないの?」
「僕の戦い方は囮や壁。誰かを守ったり、敵を食い止める事が得意なんだ。怖くて逃げたりできない。それで怒られる方が僕は怖いかな‥‥でも」
「でも?」
「まぁ、正直に言うと僕だって怖い‥‥だけどね。怖いからって足を止めたらいけないんだ。怖くて‥‥いや、怖いからこそ動くんだ。目的地の前に恐怖が在るなら遠回りをするのも一つ。恐怖に真っ向から立ち向かうのも一つの手段なんだ。僕は立ち向かう。立ち向かえる力があるから…ね」
「へぇ、なんか‥‥俺、難しい事は分かんないけどさ、兄ちゃんもヒーローっぽいぜ。怖いのに、誰かを守る戦い方をするんだろ。もしも俺が撃退士になれたら、兄ちゃん師匠になってよ。誰かを守るって戦い方、俺に教えてくれよな」
ヒーローの条件があるとすれば、誰かにそれを認められる事。
憧れは力になる。少年の胸に刻まれたもの、それがヒーローの証だった。
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天風 静流(
ja0373)、石田 神楽(
ja4485)、ギィネシアヌ(
ja5565)の所には、少し雰囲気の違う子供達が集まっていた。
大きな痛みや恐怖を知った子供達の中でも、あまり笑わない子達。
絆を失った子供達とも違う、どこか暗い雰囲気を持っていた。
それでも3人は真っ直ぐに、偽りなく答える事を選んだ。
「ふむ‥‥残念ながら私はヒーローではありません。私は怖いですよ。昔も今も、それは変わりません。ただ死にたくないから戦う‥‥そんな所でしょうか」
子供達の質問に神楽が答える。
「絶対助ける、と断言する事も出来ません。ですが‥‥もし、私の目の届く範囲、私の『銃弾』が届く範囲であれば、助けるつもりですよ。可能な限り、ですけどね」
言葉としては簡素でそっけなく聞こえるかもしれない。
ただ、神楽は真っ直ぐに子供達を見ていた。嘘偽りの無い真摯な言葉。
「恐怖はある。怖いと思わない事は無い。それでも天魔と戦う事以上に怖い事があるから、戦えるのだと私は思うよ。理由は人それぞれだとは思うがね」
神楽よりも簡素な言葉で答える静流。
「撃退士になったのは、アウルが発現したからだ。他に深い理由も無い‥‥あえて言うなら発現して尚、学園に行かないという選択肢は周囲の風当たりを強くする。家族に迷惑は掛けられない」
静流は呼吸をするように生きているのだろう。生きる事に理由はいらない。流れに沿って生きる。
そこには愛情などの強い感情も理由もないかもしれない。
だからこそ、いつも変わらずに戦い続けるだろう。天魔がいれば倒し、気負いもなく子供達を救うだろう。
撃退士とはそういう仕事だからという理由で。
そんな二人に救える心もある。大切な家族を撃退士に救ってもらえなかった子供達だ。
大人を疑い、奇跡は無いと知ってしまった子供達。寄る辺が無く、何も信じられずに震えるだけの幼い心。
だが、神楽達の言葉は飾り気の無い本物だった。怖いから戦う。できる事をする。助けられるのなら助ける。
何の理由もなく、ただ当たり前に行動する。
「俺は半年前まで撃退士じゃなくて普通の中学生でな。天魔なんて遠い存在だと思ってたんだ」
ギィネも静かに自らを子供達に伝える。
「確か俺が最初に戦ったのはでっけぇ蛇だったか…震えが止まらなくて後悔したのぜ。だけど戦った。ああ、戦うさ。そうしないとこんなおっかねーもの見て昔の俺みたいなのが泣いちまうからさ。泣かれるのは苦手なんだぜ。だから、この手で涙の流れるのを止められるとしたら、きっと素敵な事だと思ったんだ」
ギィネの言葉もまた等身大の素直な想いだった。
怖くても踏み出した過去。完全無欠の英雄は存在しない。
撃退士自身も怖い。だから‥‥そして、それでも戦っている。
自分はどうなのだろう‥‥それに、怖くても戦っている人達がいるのなら、また助けてくれる事もあるのかもしれない。
そして、いつか自分も‥‥
勿論、全ての子供達が向き合えるわけではない。
でも、現実を知って大人と子供の狭間で迷う子供達には、信頼と指針の1つになった部分があったのも事実だった。
「さぁさぁ質問はこれくらいにして、今から頼もしき撃退士、ガンマン二人の曲撃ちと双剣演舞をお見せするのぜ!」
子供達を外に連れ出して3人が披露するのもまた演出や見た目で誤魔化すわけではない、等身大の自分達の力。
神楽は黒い光を纏い、黒い瞳は赤く変色し、瞳孔がスリット状に裂ける。悪魔にも見えるどこか禍々しい姿。天魔と戦う彼の戦闘装束。
ギィネの身体からは赤い光が溢れてサングラス型になり、銃身にも蛇のように巻きついて輝きを放つ。
静流はただ静かに、揺らがない水面のような静謐さで鞘から双剣を抜く。
そして、ギィネが投げたスチール缶を交互に撃ち合い、高速でラリー射撃を行う。
壊れそうになった缶は静流が一瞬で縦横無尽に切り裂く。
途切れる事なく、持ち手を変えたり、一回転や曲撃ちといったアクロバティックな射撃と、斬撃の鋭さに子供達は言葉を忘れて見入る。
強さも、美しさも、禍々しさも、恐怖を超えて彼らが培ってきたもの。
彼らの天魔に抗う力の結晶だった。子供達はそれを瞳に焼き付ける。
静流と神楽とギィネの心と姿は、確かに刻み付けられたのだった。
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「すげーキレイ!!」
「うん、本当にキレイ!だね〜。ダアトさんは羨ましいよ〜」
驚くほど子供達に馴染んで魔法の光球を楽しげに見上げているクリエムヒルト(
ja0294)。
桜雪とクリエムの周囲には笑顔が絶えない。
子供が好きな二人の周りには、小さな女の子達が集まって話に花が咲く。
桜雪は子供の声を優しく受け止める。
クリエムは元気を分け与えるために太陽のようなぽかぽか笑顔を子供達に向ける。
(いっぱい怖い思いしちゃったのに、みんな頑張ってるんだよー。いっぱい怖い思いしちゃった分、ゆっくりでいいから、それ以上の笑顔が手に入ると良いんだよー。そのお手伝いが出来たら、とってもとっても嬉しいんだよー)
クリエムのそんな想いは、桜雪も同じ気持ちだった。
守ってくれる人は必ずいるのだと思えるようになって、笑顔を取り戻して欲しい。
だから、子供達への言葉にも温もりが満ちていた。
「どうしてあんな怖いのと戦えるの‥‥? どうして‥‥戦うの?」
質問をしようとして、トラウマを思い出してしまったのだろう。
でも、訊かないわけにはいかなかった。心の中には耐え切れないような恐怖が今にも溢れそうになっている。
「ん〜とね〜、怖いモノが少しでもなくなったら嬉しいでしょ〜? そんでもって、嬉しいと、笑顔になるでしょ〜? みんなの笑顔の元になれる様に、その為の邪魔なモノをやっつけれる様に、撃退士。なんだよー」
泣き出しそうな少女を膝の上に抱え、包み込むように抱きしめながらクリエムが笑う。
「戦いになるたびに本当はすごく怖いけれど、何もできずに皆さんが傷つくことの方が、ずっと怖いことに気づいたから、頑張っていけるんです。ありがとう、とかが聞けたり笑ってくださると嬉しいからかも」
同じように不安を抱いて笑顔が曇った子供達に桜雪が微笑む。
「私もみんなを助けたいって思っていますから、必ず助けます。ここにいる撃退士の皆さんも‥‥たくさんの撃退士さん達が、そう思って皆の下に駆けつけますから」
「‥‥本当に?」
「モチロン!だよー。何時でも、どんな時でも駆けつけるから、ゆっくり休んで大丈夫だよー」
夜も眠れないのだろう。瞳を閉じれば、怖いものが思い浮かんでしまう。
殺された誰かを思い出してしまう。それでも、子供達は前に進んでいる。
知りたくて。乗り越えたくて‥‥学園にやって来たのだから。
その時、子供達の瞳に金色の光が映った。
眩しさは無く‥‥でも、太陽のようなぽかぽかとした温もりに満ちた優しい光が、桜雪の光球の光と混じって、子供達を照らす。
「ふふ、綺麗でショ〜? 怖いモノと戦って、やっつける証なんだよー。でも、光纏がなくても、撃退士じゃなくても、いっぱい戦ってるみんなはとっても素敵なんだよー。きっと、みんな、私たちに負けないくらい、強くて、カッコいいから、なんだよー」
3対の翼の形をしたオーラを纏いながら、クリエムが力強く言い切る。
誰かに認めてもらえるという事が、力になる事もある。
子供達は笑顔の下で戦っている。それは強くて格好良くて、素敵だと。
そして、いつかもっと元気で、もっと楽しそうな笑顔に変わる時が来て欲しい。
そんな想いを込め、子供達が変わっていく力になるようにと、クリエムも桜雪も笑顔を向ける。
安堵したのか、眠そうに目を擦る子供が出てくる。
今まで心のどこかで張り詰めていたのだと察した桜雪は、実演用のつもりで生徒会に用意してもらっていたピアノに歩み寄る。
子供達の安寧を願う、優しい曲が桜雪の指から紡がれる。
そこに少し調子の外れたクリエムの子守唄が重なる。
上手くは無いかもしれないが、込められた想いは子供達を包む。
心に満たされた温もりと優しさ、そして素敵だと言ってもらった想い出は、桜雪とクリエムに寄り添って眠る子供達の寝顔を幸せで満たしていた。
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予定時間は過ぎていたが、実行委員会は延長が満場一致で決定した。
子供達の中に刻まれた想いは、未来を変えていくだろう。
優しさは安寧に、言葉は糧に、認めてもらった記憶は勇気に。
そして、その想い出は多くの子供達に伝えられ広がっていく。
「願わくば、多くの子供達に優しき笑顔が宿る事を‥‥」
他の実行委員達は満足そうな笑みを浮かべて、その言葉に頷いたのだった。