片手に日本刀を携えた少女が、校庭の中心にいた。
左右に牛頭の怪物を従えつつ、瞑目して少女が待つ、普通ならば奇異に映るであろう光景。
その光景に終止符を打ったのは、来訪者が砂利を踏みしめる音だった。
「挑戦状とはまた……古風でござるなぁ、シュトラッサー」
挑戦状を古風と評する虎綱・ガーフィールド(
ja3547)が、眼前のシュトラッサー……零式に向けて言い放つ。
最も、虎綱の言葉遣いもかなり古風だが。そよ風にネコ耳が揺れる。
「挑戦状、だと? ……よかろう、何を考えているがわからんが……お相手仕ろう!」
非モテがうつると言われている大剣をヒヒイロカネより取り出しながら啖呵を切るのは、ラグナ・グラウシード(
ja3538)だ。
その横で、ワイルドハルバードを取り出しつつ笑みを浮かべるのは、マキナ(
ja7016)。
(ナメたまねしやがって。絶対あの使徒にとっておき一発ぶちこんでやる)
粗暴な本性をちらつかせつつ、どう戦うかを頭でシミュレートする。
一方、臨戦態勢にある仲間たちと違い、冷静に周囲を確認する者もいた。エルム(
ja6475)だ。
(どこまでの覚悟で挑んでくる敵なのでしょうか)
思案しつつ目を走らせる。
校庭の砂利等は完全に乾ききっており、戦うに支障は無さそうだ。
ここで、指に嵌る銀色のリングへの口付けを終えたアスハ・ロットハール(
ja8432)が、一歩前に出た。
「久しいな、サキモリ。この間はこちらが名乗らず、無礼だった」
ブロウクンナックルで拳を包み込み、黒色の霧を身体に纏わせながら構えを取る。
「アスハ・ロットハール、唯の魔術師、だ……。約束の再戦だ、武人……その刃、撃ち貫く!」
高らかに名乗るアスハ。
一方、名乗りを受けたほうは……微かに笑みを浮かべた。
「良かろう。我が名は零式……エティエンヌエルがシュトラッサー。お前の……いや、お前たちの健闘を祈る」
零式と名乗る少女がすらりと抜き放つは、銀色に煌く日本刀。
「いざ、参る!」
そして、戦いは始まった。
得物を構える撃退士たちに目を走らせ、零式は刀身を自らの身体で隠すように脇構えを取った。
「来るぞ!」
ラグナが警告を飛ばす。だが、使徒のほうが動きは速い――。
「ふっ!」
跳躍、消える。次の瞬間……。
斧を構えていたはずのマキナが、赤い飛沫を上げて崩れ落ちた。
「なに!?」
マキナとペアを組んで行動するはずだった久井忠志(
ja9301)が驚きの声を上げる。
次の瞬間……倒れるマキナの傍らに、黒髪ロングを舞わせつつ刀を振り抜いた姿で静止する少女が姿を現した。
「悪いが……厄介そうな使い手から先に潰させてもらう」
抑揚無く言い放つ零式。初撃から撃退士たちの想定外であった。
だが、その程度で思考不能に陥る者は、この場にはいない。
すぐさまアスハが、構えなおし二撃目を放とうとしていた零式へ殴りかかる。
その打撃を、シュトラッサーは咄嗟に身体を翻して左の肩甲骨の辺りで受けた。
「くぅっ」
顔を顰める零式へ、ラグナが動く。
「こっちだ、私を見ろ!」
ラグナが纏う輝く黄金のオーラは、彼が内に秘める非モテ要素の結晶。それは激しく不快な気持ちを催させるはずだが……。
「次はお前だ」
振り向きざまにラグナへと刀で横薙ぎにしようとする零式。オーラの効果は受けていない。非モテとかには興味無いらしい。
その斬撃を、ラグナは盾で受けた――。
零式が撃退士たちの輪の中で暴れている間にも、彼女に随伴していた二体のミノタウロスが前進してきていた。
それに対応するのが虎綱、Rehni Nam(
ja5283)、エルム、久井、メレク(
jb2528)。瀕死のマキナが立ち上がってこれに加わる。
まず、虎綱が神話の人物の名を持つ糸を取り出した。糸とはいっても金属製だが。
「ううむ、見かけによらず機敏な動き。なればっ」
しゅるりと舞う糸を、虎綱は接近するミノタウロスへと放った。
金属の糸はふわりと舞ったかと思いきや。
次の瞬間には、糸は牛頭の上半身に絡み付いて、その動きを阻害する拘束となっていた。
それでも何とか虎綱の元まで走ってきたミノタウロス。肩からの体当たりをかまそうとする。
「そのような攻撃に当たる自分ではござらん!」
難なく回避する。
そこをチャンスと捉えたのはエルム。本来、彼女は剣士であるのだが、
「天魔は、射る……」
今回は弓も持ってきていた。
上半身を拘束された上に体当たりで体勢の崩れている牛頭の、無防備に近い側面から撃ち放たれた矢が、鎧の隙間を貫く。
一方、Rehniは彼我の位置関係に気を配っていた。
(……シュトラッサーは別にしても、ミノタウロスはそんなに離れていない。それなら)
決断した彼女はすぐさま狙いを定め、アウルの彗星を投射。
頭上から彗星の雨をぶつけられ、不意の攻撃に二体の牛頭が悲鳴を上げる。
横目にそれを見ていた零式は、ほうと吐息を漏らした。
その好機に、マキナと久井も動き出していた。
もう一体のミノタウロス――撃退士から便宜上ミノタウロスBと呼ばれる――へと向かうマキナの手には、防犯用の赤いカラーボールが握られていた。
それを、紋様が描かれた敵の鎧目掛けて投げつける。赤い塗料が鎧の表面に付着し、広がった。
「使徒の前に、まずお前を狩らせてもらう!」
マキナはそのまま牛頭へと近接。掌を叩き付ける。
その瞬間、屈強そうに見えるサーバントがいっきに後ろへと飛ばされた。脚を踏ん張り数メートル後方へ。敵を分断する。
そこへ、サーバントを挑発せんと久井が近付いた。
「お前の相手は俺だ」
しかし。久井が近付いた瞬間。赤い塗料の下、鎧に描かれた紋様が輝き始める。
「っ……視界、が……っ」
久井の目の前が霞み、鋭かった目付きは濁った。挑発のために前進していたのが裏目に出たか。
今、久井には敵味方の区別は付けられないが……戦わねば。
「くっ!」
得物である分銅付き鎖を投擲する。自身が敵と思う相手へ。
十字架型の分銅は、一直線に――。
「なぁっ……っぐあぁっ!」
矛先を、追撃をかけんとしていたマキナへと向ける。突然のことに、マキナも回避する意識が働かせることが出来ず……。
斧使いの少年は、天と冥の力の差に加速された分銅を激しく打ち付けられて限界を超え、気を失ってしまった。
他方、鎧を黄色く染めたミノタウロスAと戦う撃退士たちも、思わぬ苦戦を強いられていた。
撃退士四人の集中攻撃にも、牛頭の怪物は耐えていたのである。
「使徒は高望みだとしても、サーバントまでとは……っ」
思った以上にサーバントが手強い。
ミノタウロスA担当で唯一積極的に前衛へと出ている虎綱に聖なる刻印を刻みながら、Rehniは漏らした。
先ほどは、惑わされた虎綱の攻撃を受けたものの軽傷で済んだアップフェルラントの少女である。
しかし、幻惑が厄介なことに変わりは無い。
そのすぐ横では、元天使の少女・メレクが黄昏珠を構えていた。糸に通された輪から、黄色い矢が発生する。
「倒れなさい!」
命の恩人への恩返しのため堕天した天使は、それが無ければ味方であったろう牛頭の怪物へと法具を向け。
元味方ではあるが、今は敵。そこに迷いは無い。メレクは意識を集中し、矢を撃ち放った。
アウルの矢がミノタウロスの胴体へと突き刺さる。鎧を貫通してはいるが……まだこれでも倒れないか。
だが、その一矢はサーバントの気を逸らした。
それを好機と、メレクへと向き直らんとする牛頭の隙を突いたのは、虎綱とエルム。
まず動いた虎綱は、手に両刃の直剣……ブラストクレイモアを携えつつ突進。銀色の刃がぎらりと光り、今日の得物を牛頭と定める。
遅まきながら虎綱に気付いたミノタウロスは、身体を捻って対応しようとするも、遅い。
ちなみに、サーバントを拘束していた虎綱の金属糸は、彼が武器を持ち替える際に入れ替わりで収納されて消えていた。
「そなたらのデータは頂いたし……そろそろ終幕と致そう。それでは、ゆくぞ!」
そのまま、クレイモアを振るう。何の小細工も無い一撃だが……それは、並みの撃退士を超える素早い一閃となった。
苦痛に悶えるミノタウロスの側面から、さらに大剣の間合いを潰さんとエルムが突っ込む。
ヒヒイロカネへから取り出したるは、朱色の刀身を持つ日本刀。エルム本来の得物。
「間合いです。秘剣・翡翠!」
弥生姫が、疾風のように狙った一点を正確に衝く。狙いは鎧の隙間。
……果たして、その一撃は狙いどおりに鎧の隙間を深く貫く。
鋭い一撃を受け、満身創痍だったさしものミノタウロスも絶命したのであった。
自身の過失を心の内で責めながらも、久井はミノタウロスの猛攻を防いでいた。
風を切って大剣が振り下ろされるのを、盾を緊急活性することで受け止め。その一撃の重さに膝が曲がり、肺腑から吐息が漏れる。
ちらと横目で見たところ、マキナは気絶しているものの重傷ではない。ならば、相方が起きるまで耐え切るのが自身の役目だろう。
「力任せの単調な攻撃など!」
何の技術も無い攻撃は、巧みに防ぐ久井に対しては効果が薄い。加えて、大振りなため隙も大きい。
久井はサーバントが大剣を振りかぶり直す間に、右手に持つ分銅付き鎖を鞭のようにしならせ、投げつける。
分銅ががりり、と鎧の表面を削った。
カラーボールの効果が無いと判明した後より、隙を見つけては鎧の表面削りを繰り返している攻撃。
その効果は、その後すぐに現れた。
今度こそと、大剣を振り下ろさんとしたミノタウロスの鎧が、再び幻惑の光で輝こうとする……が、光は輝かずに霧散した。
「もうお前は怖くない」
力強く宣言する久井。
彼は鎧の表面の紋様を削り、その破損を狙ったのだ。……そしてそれは、見事に成功したようである。
「まったくだ!」
久井の言葉に応える声。
「起きたか……すまなかった」
簡潔に謝罪を述べる久井に、弓を携えし少年……マキナがおうと答えた。
「こちらこそ、ヘバっちまってすまなかった。今までサンキューだ」
言うなり、マキナは弓を構える。ミノタウロスは久井に夢中であり、マキナには気付いていない。
距離は近いが、離隔する余裕は無い。チャンスは今だ。
「雑魚は雑魚らしく、大人しく狩られろってんだ!!」
気合いを入れた叫び。ミノタウロスが気付くも、間に合うはずもない。
「貫け、天翔弓!!」
青き弓から、矢が放たれた。鏃は真っ直ぐに牛頭と胴体を繋げる場所……首へと向かい、容赦なくそれを刺し貫いた。
苦悶の咆哮が響く。大打撃は明らかだ。
……だが。ミノタウロスはまだ死ななかった。至近距離にいるマキナへと、最後の力を振り絞らんとする。
大剣が唸りを上げた。満身創痍の少年を捉え、叩き潰すための剣が迫る。
「――!!」
質量のある刀身が触れる。それを知覚したのを最後に、マキナの意識はそこで途切れたのであった――。
その後ミノタウロスBは、Aを倒した撃退士たちの来援もあって先に倒されたAの後を追うことになる。
防御態勢を取るラグナへ、零式は白刃を煌かせようとした。
しかし、それをアスハのナックルが阻害する。紅い軌跡を引くのは、一瞬のみの零距離攻撃魔術。
アスハの動きに気付き回避すべく跳躍しようとする使徒だが……彼女の動作はその一撃にとって、まるで止まっているようなものだった。
紅髪の少年の拳が、黒髪の少女の右肩へと突き立てられる。
「く……っ!」
顔を顰める零式は、そのまま少し距離を取る。大きなダメージではないが……。
ラグナとアスハの巧みな連携に、シュトラッサーは思わぬ苦戦を強いられていた。
ラグナが盾で受ければ、ブロウクンナックルはその隙を狙う。逆にアスハを狙おうとすれば、その刹那を非モテの大剣が掣肘する。
そして、苦戦させることによるシュトラッサーの行動の制限は、彼らの意図するところであった。
「私はここだぞ……どうした、届かんぞ貴殿の剣!」
挑発するようなラグナの言葉。挑発し引き付けようとする。
だが、零式は取り合わない。素早く思惟を巡らせ、回避後の着地と同時に跳躍。
狙いは、攻撃を終えたばかりのアスハだ。
「ならば!!」
敵の目の端に捉えていたアスハは、瞬時にその構えを見る。……奴の得意な脇構えではない?
相手が得意とする技の構えに対する対策はあった。だからこそ、アスハの回避行動が遅れる。
紅い少年に、赤い飛沫が舞った。
「やられるわけ、には……」
踏み止まるアスハが次に視界に映したのは、今度こそ脇構え……刀身を輝かせつつ得意の構えを取るシュトラッサーの姿。
対応が、間に合わない。
――!!
血まみれで倒れ伏したアスハを背に、シュトラッサーは刀に付いた飛沫を払った。
「……また、手合わせ願いたいものだ」
ぽつりと漏らし、ラグナを見据える。
「あとはお前だけだ……いくぞ!」
言うなり、素早く接近してくる零式に対し、ラグナは正面から受けて立った。
相手の刀が水平に振るわれるのを見逃さず、左手を上へ突き出すようにしながらツヴァイハンダーを自身と並行に。
シュトラッサーの刃が触れた瞬間、大剣を中心に銀色の障壁が展開する。
「この剣は矛にして盾……ただ非モテがうつるだけではない!!」
気を吐くラグナに、零式が小さく吐息を漏らす。シュトラッサーの刃は褐色の青年には届かない。
その瞬間、ラグナは目の端に待望を認めた。受け止めたまま、言葉を紡ぐ。
「私は待っていた……仲間が私を助けてくれることを信じて」
「……何?」
「仲間がいない貴殿は、やがて滅びるのみだ!」
何を言っている。そう言いかけたシュトラッサーは、気付いた。
自身へ向かってくる複数の気配に。
来援の先頭を行くメレクが、ラグナとの打ち合いを止めて距離を取らんとする零式に近付いた。
『地上2尺以下には斬撃は届かない』という剣術の理を利用し 、地上約六十センチという低さまで身を沈ませた状態で零式へ向かう。
シュトラッサーの一瞬の戸惑い。その一瞬で、メレクは零式の脚を薙ぐ。
だが、敵は次の瞬間には状況を理解すると、刀を持ち替え、前進しつつ低い姿勢の堕天使へ向け刺突を放っていた。
――堕天使の背と引き換えに、使徒は左足に重傷を負った。
『二一の型』の要領で、零式は迫り来る撃退士たちから距離を取った。
「……十分だな。潮時か」
呟いてから、黒い少女は声を張り上げる。
「見事な戦いぶりだった、撃退士」
「逃げるでござるか!?」
虎綱の問いに、零式はくっと顔を顰め。
「……今回は私の負けだ。私もまだまだ鍛錬不足と知った。研鑽を積んだのち、改めて手合わせ願おう」
そう言い残すと、シュトラッサーは姿をかき消し、撤退したのであった。
――某所。
「以上が、撃退士たちの戦術等になります」
自身の下僕からの報告を受けた天使は、密かにほくそ笑んだ。
終