閑古鳥が啼くミリタリーショップの店内に、少女の熱弁が響いていた。
「固定客を呼ぶとなると、サバゲーチーム作るのが早いと思うのです」
「そ、そうか?」
社会科の一環としてのアルバイト。その事前準備をするべく、バイト前日に彼女らは店を訪れていた。
店の外では、サガ=リーヴァレスト(
jb0805)や宗方 露姫(
jb3641)らが喫茶スペースを設けるべく働いている。
いきなりの提案に困惑して返答に窮する店主を前に、サバゲー推進派のアーレイ・バーグ(
ja0276)はさらに畳み掛けた。
「BB弾あたりの消耗品は勿論、モデルガンや放出品の軍服なんかもサバゲーやってれば欲しくなりますよね?」
つまり、それらの品の購入により客足の回復が期待出来るというのだ。
一理はある。一理はあるが……。
「だが、うちの客が皆サバイバルゲームに興味があるとは……」
「興味のある人間を客として呼び込めるかも知れないだろ?」
元アメリカ海兵隊であるというアリシア・タガート(
jb1027)が、アーレイの説を援護する。
「というわけで今回はサバゲーの面白さを教えることに専念しますので、その後のフォローはお店の方でお願いします」
それは、店でのアルバイトという今回の社会科見学の趣旨からは幾分か外れている気がしないでもなかったが、アーレイたちの熱意が店主を突き動かした。
「ふぅむ……わかった。そこまで言うのならば」
かくして店主は、大急ぎでフィールドの申請などをすることになる。
そして、アルバイト当日がやってきた。
開店前の店内で掃除をするのは、こういった店は初めてだという月乃宮 恋音(
jb1221)だ。
「ですけれど、お仕事ですし……」
こういったお店で自分が何を出来るか。それを考えた上で、恋音は掃除等の『普通のお仕事』に力を注ぐことにしたのであった。
恋音は手に持っていたスーパーの袋を置くと、店内の換気をしつつお客の目に付きやすい場所を中心に箒で掃いていく。
埃を掻き出しては集め、ちりとりで取って。普段から掃除はしているらしく、一通り掃いてもゴミは少なかったが……。
「臭いが、ちょっとある……?」
商品として並んでいる放出品は中古も多いためか、妙な臭いがするような気がする。
しかし、恋音にはちゃんと対策があった。
「これで……」
傍らに置いていたスーパーの袋から取り出したるは……消臭剤や芳香剤といったもの。
それらを、店内の目立たないスペースなどに設置していく。その様子を見ていた店主が、なるほどなと頷いた。
客の呼び込みを兼ねた喫茶店、というのは露姫のアイデアである。
店前のスペースの都合で数人しか座る余裕は無いが、それでも来る客はいるようだ。
「ご注文は何かなだよ?」
店主に借りたドイツ国防軍の制服(レプリカ)を着用した上で、さらに大胆にも猫耳まで装着しちゃったのは、96No lCa(
jb4039)。
本人曰く『猫耳軍服ちびっ子って需要あると思うんだよ!』とのことだが、それはさすがにマニアックすぎるような。
そんな周囲の思いはどこ吹く風、96Noはメモ帳を片手に着席しているお客へと笑顔を向けた。
「じ、じゃあ、このサバイバルきのこ盛り合わせってのを……」
「サバきの盛りだね。重々お餅なんだよっ」
重々お餅なる不思議な日本語に首を傾げるお客をよそに、96Noは店内へと入っていく。
その際は番号を書いた紙を渡すことを忘れない。注文を間違えぬよう、商品の受け渡し時に回収するのだ。
96Noは店内をやや早足で通過して、店主の住まい。さらにはそのキッチンへと歩みを進める。
そして、そこに立つ少年に元気な声で注文を告げた。
「サバきの盛り、一丁だよっ」
「ん、わかった。少し待て」
そこでフライパンを片手に調理をするのは、サガだ。
自分で採集してきたキノコなどに、これまた自分で用意した調味料入りの小瓶を振っていく。
その手際に、隣で自衛隊のレーションの缶詰を煮込んでいた露姫が感嘆の表情を見せた。
「へぇ、かなり手つきが慣れてるじゃないか?」
「昔の家業をしていた時は、サバイバルな日常も多かったのでな」
人に歴史あり、である。
「ふぅん、まぁいいさ……ほいっと、出来上がり」
露姫のほうは、煮込み終わったらしい缶詰をトングで引き上げて、缶切りで開けていく。程なくして、ほかほかの赤飯が姿を現した。
「これ、どうするのさ?」
すぐにお客に出さないのかと、96Noが表情に疑問符を浮かべる。
問われた露姫は、そんな猫耳軍服少女にニヤリとした笑みを返し。
「もちろん、美味しく改造するのさ」
『改造』という言葉に危険な香りを感じ取った人間は、この場には存在しなかった。というか、その場で唯一の人間は調理に夢中だったし。
そのとき、悪魔の少女がどんな『改造』をしたのかは……本人と、食べながら目を白黒させていたお客にしかわからなかった。
他方、サバゲー組……アーレイとアリシアは、アリシアの運転するレンタカーで、市外にあるフィールドへと来ていた。
昨日に店主に了解を取り付けた直後、お店に来たお客やら何やらにサバゲーの勧誘をかけ、それらに応じた人間が来ているはずなのだが……。
「八人か。少ないね」
アリシアがぼつりと漏らす。思いのほか少ない。軍オタというのは、自分で身体を動かすのが好きな人種ばかりではないらしい。
なお、アリシアもアーレイも服装は迷彩服等だが、商品を借りるというのは店主に却下されたため、店主が私物を貸してくれた格好だ。
借りた商品は、もう売り物にならないからね。
「まぁ、良いです。一個分隊にはなりますし。とりあえず始めましょう」
「だな。……さて、諸君。諸君らは蛆虫だ! この世で最も劣った生き物だ!」
きっと表情を引き締めたアリシアが、まるで新兵をどやす教官のように言葉を吐き始めた。スイッチが入ったのだろう。彼女が被っている帽子も、某有名な海兵隊軍曹と同じものだし。
でも二等軍曹殿、ここにいるのは米国に忠誠を誓う新兵じゃなくて素人の軍オタです!
……とにかく、そんな感じで彼女らによるサバゲー講習会は始まった。
準備運動から始まり、二列縦隊になってのランニングへと移行する。
『カーチャンたちには内緒だぞ!』
「違うぞ新兵ども! 何だそれは!?」
「……日本のゲームソフトのCMですねぇ」
わいのわいのと騒ぎながらランニングするのは、肺活量の強化も兼ねているからである。ちなみに自衛隊だと『連続歩調』ってのがあるよね。
それはともかく、一行はフィールド内の平地を楽しそうに走っていく。一周、二周、三周……。
その調子で平地を数周する頃には、何と八人全員が落伍していた。
「……射撃練習、やりますか」
「……そうだな」
普段はあんまり身体を動かしていないお客が集まったらしい。荒く息を吐いている。
二人の少女は嘆息すると、次の練習メニューに取り掛かった。フィールドに的を並べていき、エアガンを全員へ配布する。
「では射撃練習……の前に安全守則を確認する。一、全ての銃は装填されているものとして扱うこと――」
撃つ気の無い対象に銃口を向けないこと。標的を撃つ時以外はトリガーに指を掛けないこと。標的の前後に注意を払うこと。それらの注意を、身振りを交えて手早く済ませていく。
実際に射撃の練習に入る前に、安全に関することを教える気配りである。
「では射撃の実演に入る……!」
元本職でもあるアリシアが、様々な射撃姿勢などを実演していく。参加者たちは感嘆の声を挙げて見るばかり。それはそうだろう、知識はあっても実際に目にするのは初めてなのだから。
「それじゃあ、アーレイが受けますね」
そして演目は、マーシャルアーツ……つまり徒手格闘の実演に入った。アーレイが受け、アリシアが攻める側だ。
突き出されるアリシアの腕を、脚を、アーレイは華麗に捌いていく。撃退士らしいダイナミックな、見た目にも楽しい実演であるが……サバゲーに徒手格闘の実演って要るかな、という空気が若干無いでもない。
しかし、これはアーレイの狙い……すなわち、自分たちの動きを見学させる時間を作ることで、参加者たちを休ませているのである。
事実、見学する参加者たちは上がっていた息を整えて、二人の動きに見入っていた。
長いようで短い時間が、過ぎる。
「……と、マーシャルアーツはこんな感じですね」
演武が終わり、両者が自然体を取ったところでアーレイが宣言すると、参加者たちからは拍手喝采が起こったのだった。
参加者の休憩や、アーレイが持ち込んだレーション類による昼食を済ませた一行は、ついに本日のメインイベント・ゲーム本編へと取り掛かる。
ルールは拠点にある『旗』を取り合うフラッグ戦だ。
それぞれの『旗』がフィールド内の山中に設置され……無線での合図と共に、戦いが始まった。
「一箇所に固まるな、分散しろ」
「前ばかり見ず、横や後ろも警戒ですよ」
撃退士の少女たちは、無線で指示を出すに専念する。ゾンビ行為等のルール違反への警戒も忘れない。
「基本は教えてある。その基本を自分たちの力で使いこなすことに楽しさがあるからな」
「習うより慣れろ。楽しさがわかれば、お店の売り上げにも繋がりますからね」
そんなことを言っている間にも、初心者たちが遭遇戦を演じ始めた。
楽しげな声が飛び交い、二人の撃退士がそれを聞いては次の指示を出す。
そうして、彼ら・彼女らの時間は過ぎていった。
「あのさぁ、テッパチのレプリカって無いの?」
「ぁ、えぇと、はい……店長、呼んできますので少しお待ち下さい……」
店内では、恋音が一生懸命働いていた。店内に奔走する少女のエプロン姿が翻る。
もちろん、恋音に専門的な知識など無い。しかし、お店のために頑張ろうという姿勢は、店主からも大いに感謝されていた。
通常時は会計。外の喫茶の手伝い。時間が空けば店内の清掃と、まさしく大忙しである。
「おっ、これ撃退士が使ってるモデルなんだってさ」
「マジで? そりゃ買いじゃん」
店頭に陳列されていた商品を手に取った客が、ペンライトを興味深そうに眺める。
撃退士の使っているモデルという触れ込みは、間違いではない。それは恋音が久遠ヶ原学園の購買で購入し、お店に商品として提供した品なのだから。
「すみません、これを下さい」
「は、はい……お買い上げありがとうございます……」
ちょうど店の奥、会計場所の近くにいた恋音が、そのままレジスターの前に入って金額を打ち込み、お会計を済ませる。
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる少女に、お客は笑みを浮かべてから踵を返した。
「いや、本当に助かってるよ月乃宮さん」
別のお客への対応を終えたらしい店主が、こちらも笑みを浮かべつつ恋音に近付き。
「芳香剤ってのも良いアイデアだし。ホントにウチでバイトしない?」
「えぇと、その……すみません」
困った笑顔を浮かべつつ、しっかり断る恋音であった。
96Noは相変わらず、賢明に仕事をしていた。
注文を記したメモを片手に――本人は意識していないのだろうが――ふりふりとお尻を振りながら、可愛らしい仕草で客席とキッチンを行き来する。
そんな彼女に、お客の一人が目を留めた。
「あの、すみません。写真良いですか?」
カメラ付きの携帯電話を示しつつ、着席していた男性客が96Noへ声をかける。
その男性客へ、猫耳軍服ちびっこは眩しいくらいの笑顔を向けつつ。
「写真? よくわからないけど良いねだよ」
快諾した。
承諾を得た男性客は、96Noに色々なポーズをとるよう要請しつつ、携帯電話を構えて撮影を始めた。
ぱしゃぱしゃとシャッターを切る電子音が響く中96Noは、ピースサインをしてみたり片足を上げてみたりと、様々なポーズをとっていく。
すると、それを見ていた隣の客も、
「ん、折角だし俺も撮らせてもらうわ」
携帯電話を出すやいなや、着席したまま撮影に加わる。
「どうぞどうぞなんだよ。ほら、やっぱり需要あるねだよ」
電子音が鳴る中、96Noは満足そうに頷きながら、次のポーズはどうしようかと思案した。
「彼女も良いが、私の実演も見ていってくれ」
喫茶スペースの片隅にて、カセットコンロ(店主の私物)でフライパンを熱していたサガが呟く。キッチンから移動してきたのだ。
『現地調達が可能なもので美味しい料理を作れる術』という、サバイバル時に合った料理の実演を見せて、ショップに興味を持ってもらおうというのだが……実際のところ、サガの手際が感嘆されて終わるのではなかろうか。
それはそれとて、サガは事前に採集してきていた野草やらキノコやらを手早くフライパンに放り込んだ。
じゅうじゅうという焼ける音が喫茶スペースのみならず歩道にも広がり、周囲の人間が注目する中、少年は菜箸でサバイバル料理を手早く炒めていく。
小瓶から振る塩は控えめに。
先ほども出した料理だし、他にも頼んでいる人間はいるのだが……実際に目の前で調理するのは迫力が違う。
「菌糸類は厚く立切りにすると、歯応えがあり満腹感が出るぞ」
言われてみれば、キノコはなかなか厚めに切ってある。
しばらくして見事な手際で炒め終えたサガは、料理を皿に盛ると、さり気なく足音を消しながら歩いて客の前へと置き。
「意外と、野草や野生の菌糸類でもこのくらいの料理は出来るものだ」
周囲から感嘆の声が上がるが、サガは事も無げに次の料理へと取り掛かった。
一方……
「おまちどうさん!」
店主に借りた軍服(海自曹士用作業服)を着て注文品を出すのは、露姫だ。
注文品はいわゆるレーション。……しかし、露姫による独自の『改造』が施されている。
「何か、いつもと匂いが違うような……」
「良いから食べてみてくれって。レシピは企業秘密だけど、きっと美味いから」
戸惑うお客にさらりと言って、次の注文へと移る。……後ろでレーションを食べたお客が何やら目を白黒させているが、背を向けた少女は当然気付かない。仕方ないね。
……ところで、このお客の呼び込みを兼ねた喫茶スペースには、重大な欠点があった。
確かに町のミリタリーショップに喫茶というのは面白いアイデアではあるが……このお店には、普段は店主しかいない。どう考えても、通常の業務と喫茶は二足のわらじだったのだ。
だから残念なことに、この喫茶は今日限りの特別出店となる。
「まぁ、残念っちゃ残念だけど……面白い経験になったし、良いか」
人間の作る武器ってのも興味あるし、あとで店内を見てみるか。そんなことを考えつつ、露姫は次の仕事へと移ったのだった。
やがて日が落ち。騒がしいアルバイトの一日が終わる。
撃退士たちの働きに貴重な経験あるいは客層を得た店主は、その後、お店を持ち直させることに成功したのであった。
皆さん、アルバイトお疲れ様!
終