これからサーバントと戦う集団には見えないなぁ。
沼のほとりの公園に集まった撃退士たちの様子を見ながら、片瀬静子(
jb1775)は密かにそんな感想を抱いた。
とある市のシンボルともされる沼のほとりの公園にサーバントが出たというので、これを退治するために静子は他の撃退士と共に現地へ赴いたのだが……。
「バケツはこれで良いですね」
「自然に優しいかも知れない天然由来の洗剤もありますの」
静子の眼前でがちゃがちゃとバケツに洗剤(天然由来成分配合)を入れて用意しているのは、空木 楽人(
jb1421)と十八 九十七(
ja4233)。事前の情報で、敵の表皮は粘液でぬめぬめしていることがわかっている。それに対する準備ではあるのだが……果たして上手くいくのだろうか。
そんな、どこか楽しげに準備する二人を見る静子の視線を阻むように、ぬあっと長い物がしなって垂れてきた。ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が担いでいる釣竿だ。
「ヌシって聞くと釣らなきゃいけない気がするよねぇ♪」
……そうでしょうか?
そんなツッコミをかろうじて飲み込む静子。十人十色、色々な考え方があるものだと納得しておこう。
一方、三神 美佳(
ja1395)はそんな騒動? をよそに、双眼鏡で公園の水辺を見渡していた。レンズの先に映るのは静かな湖面……サーバントが出る気配は、今のところ無い。
「敵はいない、ですね」
すでに奇襲を防ぐために阻霊符は発動してある。あとは敵を見つけるだけなのだが……。小さな顔に不釣合いな大きい双眼鏡を、美佳は懸命に覗き込む。
「逃げたという話は聞きません。いずれ出てくるはず。……人々の憩いの場を不法占拠しているのは迷惑この上ないですし、速やかに退治して、元の通りの静かな公園を取り戻すことにしましょう」
「そうだね。そんなのにいつまでも占拠させる訳には、ね」
得物の扇を用意していた楊 玲花(
ja0249)の言葉に頷きつつ、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は愛用のカード型召炎霊符を取り出した。
撃退士たちをエサと認識したのか、それともジェラルドの垂らしていた糸に「自分たちは魚じゃない」と怒ったのか。そのどちらかか定かではないが、程なくして大小合わせて四体のサーバントが沼の中から姿を現した。
ぬめりにぬめるぬめぬめボディをてからせつつ、四体はスロープ状になっていた護岸を上って一目散に撃退士たちへ向かってくる。
「んー、やっぱり下手の横好きじゃ、釣れないねぇ」
そういう問題ではないと思うのですよジェラルドさん。
(倒すことが目的と定めるが……ぬめぬめしている魚はさすがに嫌なので早く終わらせたい)
一方、その敵の姿を見て如月 千織(
jb1803)は心の中でドン引いていた。楽人や静子の反応も同様だ。だが、引いてばかりもいられない。敵が出たのだ。
「よし、広場に敵を誘き出すよ!」
水辺には休憩用らしいベンチ等がある。戦闘の余波でそれを壊させるわけにもいかない。ソフィアの声に数人の撃退士が頷くと、そのままサーバントと付かず離れずの位置を維持しつつ後退し始める。行き先は公園の広場。そこならば水辺から遠いし、器物損壊の危険も少ない。
四体の敵は、石畳に粘液の尾を引きながら撃退士の後を追う。それほど素早くはないようで、広場に着くまで両者の間が詰まることはなかった。
サーバントが広場に到着した段階で、戦闘は開始された。
まず楽人と九十七が、両手に抱えていたバケツを手にサーバントの前に立つ。
「……近くで見ると大きいなぁ……でも、公園の平和の為っ!」
サーバントとの戦いは初めてだが、やる気が不安を上回っている。楽人はおもむろに片方を置くと、そのまま手の中にあったバケツの中身をヌシへとぶちまけた。敵のぬめりに劣らぬ粘性を持った洗剤溶液が飛沫を散らしつつ飛翔し、ヌシへと襲い掛かる。直撃した。
「やったですかねぃ……?」
ヌシノコのうちの一体に同じく洗剤をぶっかけつつ、九十七が呟く。敵サーバントのぬめりが厄介そうだと見ていた二人の、ぬめり取りの作戦だが……どうも、ぬめりは取れたように見えない。というかぶっかけた洗剤がてらてら光ってるせいで、ぬめりが取れたかどうかがわからん。
「成功したかどうかはわかんないけど、とりあえず成功したことにして攻撃しよう!」
仰るとおり。ソフィアの一言に、撃退士たちが攻撃を開始する。まずソフィア自身がカード型霊符を構えると、彼女の周囲をアウルの花びらが舞い始めた。
「花びらの螺旋よ……さぁ、飛んでいっちゃえぇ!!」
言うやいなや、渦を巻く花びらが直線に飛んでいった。その先には……洗剤でてかるヌマノヌシ。その意外と硬そうな表皮にSpirale di Petaliが食い込み、ヌシが痛みに悶える。どうやら、かなり効いているらしい。ぬめり取りは成功したようだ。恐らくは、あのぬめりには攻撃を減衰させる等の効果があり、残したままだと、敵に有利に戦いを進められてしまう可能性があったのではなかろうか。それを防げたのはかなり大きい。
一方、楽人は手に持つ二つ目のバケツを、まだ洗剤のかかっていないヌシノコへとぶっかけていた。だが、洗剤塗れとなったサーバントはそのまま突進する。
「!?」
洗剤をかけることを優先したため、彼を守るべき召喚獣はまだ呼び出せていない。ヌシノコからの体当たりをもろに食らって、楽人は吹っ飛ばされた。
その楽人へ、なおも攻撃をかけようとするヌシノコ。
「それはやらせませんっ」
千識がスクロールから放った光の玉が、攻撃態勢にあったヌシノコを痛打した。痛覚を大いに刺激され、思わず態勢を崩して悶える。
そこへ、足先にメタルレガースを光らせたジェラルドが飛び込む。チャラチャラした外見に似合わず肉体派である。
「悪いけど、君らのハーレムは今日でおしまいだ」
赤紫の光を宿した足先が悶えるヌシノコに食い込み、これを消滅させた。全周囲から吹く風に髪を乱しながら、脚を振り抜いたジェラルドはやや態勢を崩す。
そのジェラルドへ、別のヌシノコが急進し襲い掛かろうとした。意識していなかったそれは完全に奇襲となる。ジェラルドは遅まきながら避けようと試みるが、それは成功しないように思われた。思われたのだが。
尻尾を振り回して攻撃しようとするヌシノコの尻尾が、風に煽られて持ち上がった。姿勢が崩れたために、尻尾での攻撃は失敗に終わる。
「間一髪、ですね……っ」
その光景に微笑むのは美佳だ。それもそのはず、彼女は攻撃直後のジェラルドが襲われる可能性を考え、彼の周囲に風の障壁を展開させていたのである。『名参謀』の称号を持つ少女の読みが当たった形だ。
隙の出来た敵へ追撃をかけるは、玲花と静子。朦朧としているヌシより先に取り巻きを倒す作戦である。
玲花がヒヒイロカネから取り出したは、優美な装飾を持つ扇。それを投げると……扇は、回転しながら炎を纏って飛んでいった。
「魔法的な攻撃のほうが効くのでしょう?」
ふふりと、どこか妖艶な笑みを浮かべる玲花。それは自信家である性格の表れか。その自信に違わぬ軌道を描いた胡蝶扇は、炎を纏う鋭利な扇面でヌシノコを抉った後、持ち主の手元へと帰還した。
そこへ静子が飛び込む。
「数字で見ると大した大きさではないですけど……これはなかなか」
足先で鈍い光を放つ脚甲を振るう。その狙いは、今しがた玲花の扇が当たった場所だ。だが、悶えるヌシノコのそれに狙って当てるは難しい。
少女の放ったハイキックが、狙っていた場所のすぐ近くにめり込む。瀕死であったためにその一撃が決定打になったようで、サーバントは動かなくなって消滅した。
「片瀬さん!!」
サーバントを倒し姿勢を整える少女へ、鋭い声が飛んだ。同時に気配を感じ、その方向を向いた静子の目に入ってきたのは……朦朧としつつも静子へ向けて尻尾の一撃を見舞わんとするヌマノヌシと、彼女との間に割り込んできた少年――楽人の姿。
「僕の前で…奪ったり傷つけたりはさせないっ!」
一瞬のことだった。少年の小柄な身体が、重々しい尻尾を振るわれて吹き飛ぶ。その間に静子は避退した。
「命を盾に使うことなんかするんじゃねーですよ!!」
助けられた感謝はあるのだが、静子はその過去のせいか、命を粗末にする人間は嫌いであった。自らの怪我も辞さぬ考えから盾となった楽人へ、感謝するより先にきつい言葉が口をついて出る。
他方、バケツの中身を最後のヌシノコにもかけ終えた九十七が、ヒヒイロカネから魔具を取り出す。円筒状で、先端には小さいながら細長い穴がいくつか開いているそれは、アウルを炎状にして投射するV兵器。すなわち火炎放射器だ。
銃口? を眼前の洗剤塗れなヌシノコへと定めた九十七は、凄絶な笑みを浮かべて引き金を引いた。
「ひゃっはぁぁぁぁ!! 汚物は消毒だァァァァ!!」
何というテンション。少女がアウルの炎をぶちまけるのは、笑みを浮かべているのも相まって恐ろしさすら感じる光景だが、その実、九十七は水辺での戦いでないことに内心でほっとしていた。彼女はカナヅチ……つまり泳げないからである。
もしかしたら、その安心がテンション向上に一役買っている、のかも知れない。ホントか?
ともあれ、投射された炎がヌシノコの身体を炙るが……普段愛用する銃と違って、特に手応えは感じない。またヌシノコもまだまだ戦える様子だ。九十七へ向けて突進してくる。
「それはさせないんだよねぇ♪」
刹那、どこか楽しげな声が舞い、突進するヌシノコが横から蹴り付けられる。ジェラルドだった。さらに美佳の魔法書による雷が突き刺さって、最後のヌシノコも撃破されたのだった。
最後に残る五メートルのヌマノヌシ。朦朧としたままではあったが、戦意は旺盛なようで大きく口を開きながら撃退士たちへと突進する。一呑みにしようというのか。
しかし。
「いかに強力といえども、動けずば意味が無いでしょう?」
さっと棒手裏剣を取り出した玲花が、その鋭い切っ先を向けて放つ。突き進むヌシへと一直線に向かったそれは、ヌシへと……いや、ヌシの体で出来た影へと突き刺さった。
途端に、ヌシがその場に静止する。……正確には、突進する動きはそのままだが、その場から1センチたりとも進んでいない。影縛の術による拘束だった。
今がチャンスであることは、誰の目にも明らかだ。
「今だ、来てシオン君!」
銀色の腕輪をかざしつつ叫ぶ楽人。次の瞬間、彼の傍らには全長2メートルほどの暗青色の龍が鎮座していた。ストレイシオン……使役者が言うところのシオン君である。
だが、召喚獣は召喚に酔っているのか、呼び出してすぐに動くことは出来ない。
その間に、三人のダアトが動く。
「いつまでもこの沼の主でいられるとは思わないことだね!」
カード型の霊符を手にしたソフィアが、炎を渦巻かせつつ攻撃態勢に入る。ショートヘアを乱れさせつつ炎の渦を従える様は、まさに魔女。魔女と呼ばれた師匠に師事していた弟子の顔。
「さぁ、始めるよ!」
その一言を皮切りに、魔女たちの宴が始まった。
一番手はソフィア。従えていた炎を開放すると、それが突如収束した。火の玉が空間を走り、サーバントへと直撃する。苦しみ悶えるヌシ。
そこへ二番手とばかりに美佳の魔法……魔法書から生み出された雷の矢が、ヌシを貫かんと疾駆した。幼く内気な少女が健気にも……というには、いささかその魔法は強力だ。ヌシは為すすべも無く雷に貫かれた。
宴のトリを務めるは、美少年のような容貌を持つ少女……千識。眼鏡ごしに見据えるは、なおも健在に見えるサーバント。異国の言葉が書かれたスクロールにアウルの力を込めて、冷静なる少女は光の玉を撃ち放つ。
「倒します……早く終わらせましょう」
飛翔した光の玉はサーバントに命中し、アウルの力がその表皮を砕いて、大いに傷つけた。
しかし、敵もだいぶタフなようだ。ヌシは苦しみつつも、まだ倒れるには至らない。もちろんこれだけの攻撃が堪えていないわけはないので、あと一押しか二押しといったところだろうが。
ここで、楽人が前に出た。ストレイシオンが戦闘可能になったのだ。
「シオン君、攻撃だ!」
楽人の言葉に『言われずとも』とばかり脚をしっかと踏みしめ、使役者と一体となった力を行使する。傷付いた楽人を翼で庇うようにしながら、ストレイシオンはそのあぎとに魔法的な力を込めて、拘束されしサーバントへと食らい付いた。龍の牙は易々とサーバントを貫いて、食い込む。
ストレイシオンはそのまま、食らい付いた部分を噛み砕いた。部位の一部を失い、サーバントの動きが明らかに鈍ってきている。
「九十七ちゃんは武器を変えましょうかねぇ」
火炎放射器を格納した九十七が新たに取り出したのは……彼女と共に多くの正義を為してきた愛銃、ショットガンSA6。
手に馴染む重さを感じつつ、九十七は銃口を瀕死のサーバントへと向けた。
「大君主の一発……これでおしまいにしましょうかねぃ!!」
大量のアウルを注ぎ込み、ショットガンの引き金を引いた。アウルの力で初速を得、空間を切り裂くように飛んだ実包からばら撒かれたのは、これまたアウルの力で加速した散弾。
それらの礫がヌシを捉え終え、九十七が銃を下ろした頃には、すでにサーバントの身体は消滅していたのであった。
戦闘後、念のためサーバントの卵を探しに行くというソフィア、九十七、楽人の三人は沼のほうへ向かい、残りのメンバーで公園の復旧をすることになった。
本来はそのような仕事は依頼に含まれていないのだが、沼が市のシンボルであるという話を踏まえると、そのほうが喜ばれると考えられたからである。
とはいっても、撃退士たちの適切な誘導により、被害といえば石畳に残るぬめりや広場の草が荒らされたぐらいで、公園設備等の大きなものには何の被害も無かった。
この点、撃退士たちの判断が正しかったと言えるだろう。バケツに洗剤(天然由来成分配合)と水の溶液を作り、公衆トイレから借りてきたデッキブラシを使って、石畳をゴシゴシ擦る。
「まぁ、この程度の被害で良かったですね」
「えぇ、そうですね♪」
「お掃除、がんばりましょう」
しゃこしゃこと音の響く中、玲花、ジェラルド、美佳の三人は微笑み合う。
そんな光景を、千識は板チョコを頬張りつつ眺めていたのだった。
なお捜索したところ、サーバントの卵は存在しなかった。
また、後日八人の撃退士宛てに、依頼主の市から公園保全について感謝の意が表されたのであった。
終