先行した四名の撃退士が破れ、現地に取り残されている。
その状況に対して増援の八名が打った手は『二手に分かれ、救助を優先しつつ敵を撃破』するというもの。
それに従って八名の撃退士たちは四名ずつ二班に分かれ、任務を開始した。
発見した少女を物陰に運び、民家の塀にもたれかけさせる。
「お嬢さん。しっかりして下さい」
橘 月(
ja9195)が意識を確認しようと優しく語りかけると、少女は「うぅ」と小さく呻いた。傷だらけだが、意識はあるようだ。
「とう、さん……の……刀……」
「まだ喋らないほうが良いです。あとは私たちがやりますから」
朦朧としつつも喋ろうとする少女を、機嶋 結(
ja0725)が手で制する。感情のこもらない事務的な口調だが、それは彼女の性格であると同時に、過去の出来事から冥魔にしか興味が無いということでもあった。
「しかしまぁ、V兵器で武装したサーバントねぇ。使いこなせるものかな」
ヒヒイロカネからガルムSPという『道具』を取り出しつつ呟くのは、神喰 茜(
ja0200)。その半信半疑な茜に注意を促すかのように話しかけるのは、笹鳴 十一(
ja0101)。
「結構な手練れなのか各個撃破されたのかはわからないが、先行がやられた時よか魔具で強化されてるみてぇだし気は抜けない」
十一の言葉にめいめいは頷くと、少女にその場に隠れているよう指示してから、四人は次なる要救助者の発見とサーバント撃破のために動き出した。
一方のB班も、ダアトの少年を救出することに成功していた。
彼らはその少し前にルインズブレイドの青年を救護することにも成功しており……ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が二人目を助けた旨をA班へと連絡する。
「撃退士にとって魔具は大事なものなのに……それを奪って使うだなんて……」
ソフィアが青年に応急手当するのを手伝いつつ、シャルロッテ・W・リンハルト(
jb0683)は静かに呟いた。その様子こそあまり感情は見られぬように見えるが……その実、彼女はかなり怒っている。
「すまん、俺たちが不甲斐ないばかりに……」
「魔具を奪う敵かー……思い入れもあるし、やっぱり取られたくはないよね」
大丈夫、あたしたちに任せて。ソフィアが包帯を巻きつつ、すまなそうにする青年を元気付けていると……見張りをしていた紅葉 虎葵(
ja0059)が緊張した声を上げた。
「道の向こうにサーバントの一団だよ。数はひのふの……三体」
グレートソードを構えながら骸骨賊兵たちを見据えつつ祝詞を唱え、彼女はすでに戦闘モードに入ろうとしている。
「武器とは己が半身であり魂魄。それを盗んで使うたァ、万死直死斬死に値しますの。そんな不届きな敵にはきちんと罰を与えねばなりませんねぃ」
ショットガンSA6を取り出しながら、十八 九十七(
ja4233)は道の向こうから歩いてくる賊兵に向けて凄絶な笑みを浮かべた。
B班の四人は、道の向こうに見えた敵に対して万全の布陣を取った。路上駐車が多い道であることを利用し、ソフィアとシャルロッテがその路上駐車を盾にすべく車の陰に走りこむ。
この段になって敵もB班の存在に気付いたか、めいめいロングボウLや水泡の忍術書、ショートソードを構えて前進を始めた。彼我の距離は20m程度か。
「返していただきます、その魔具を……!」
まず仕掛けたのはシャルロッテだ。メイド服の少女は車のフロント部から身を現すと、天翔弓に矢を番えて放った。その弓の射程は、この場にある全ての射撃武器にアウトレンジ出来る。……しかし、外れた。
その攻撃に反応したか巻物を構えた賊兵が水泡を発生させて飛ばすも……それはB班に届くことなく空間で弾けた。まるで射程が足りていない。
「自分の得物の射程すら把握していないのですかねぃ……身の丈に合わない武器は返してもらいましょう!」
ガンマニアとして、武器を奪うという行為は見過ごせない。車のリア部から身を乗り出した九十七はショットガンを構えると、さらに前進したために射程へと入った敵……一番の脅威と見えるロングボウ持ちへと散弾を浴びせかけた。
ロングボウ持ちの身体が揺らいだ。全弾命中とはいかなかったが、命中した数発でも怯ませるぐらいは出来る。
「貰ったよっ!」
ヒヒイロカネ……ではなく財布に忍ばせていたカード型の召炎霊符を取り出してロングボウ持ちへと向けたソフィアが、シャルロッテと入れ違いに車のフロント部から身を晒す。直後、生み出された火の玉は……ロングボウ持ちに直撃し、これを燃やし尽くした。
ロングボウLを取り落とし、賊兵が消滅する。
だが、仲間が消え失せたことにも、落ちたロングボウにも注意を払わない賊兵どもは、まず忍術書持ちが再度の攻撃を仕掛けた。今度はB班は射程範囲内だが……生み出された水泡は、盾にされた自動車にぶち当たってこれを半壊させる。三人の撃退士は無傷だ。
その隙に、虎葵が動き出した。グレートソードを構えながら前進するは、後衛のために囮になる意図だ。彼女の目前にはショートソードを構えた賊兵がいる。
ショートソード持ちが自らの右肩を晒したのを確認した虎葵は……片手で刀身の平を支えるようにしつつ、グレートソードを前面を覆うように構えた。それは、山月流防御の型『演山』が一つ。
骸骨の見た目とは裏腹に強烈なタックルが虎葵へと仕掛けられる。だが……
「くぅぅっ!!」
虎葵は受けきった。手に持った剣を取り落としそうになりつつも、耐える。それは彼女の防御の技――重真の凪。
虎葵がタックルを受けきり隙の出来た賊兵に、シャルロッテは何も番えぬまま弓を向ける。その動作に少女の黒き長髪が舞い。
「お命、頂戴……!!」
引き絞った弦を解き放つと、弦はびぃんと空気を裂き……その瞬間、ショートソード持ちの左腕部が弾け飛んでいた。不可視の矢による強力な一撃。かなりのダメージとなったのは明らかだ。
そのショートソード持ちを、攻撃態勢に移った虎葵の剣が叩き割る。
残るは忍術書持ち……だが、すでにソフィアと九十七が対応していた。
「あたしが仕掛けるから、追撃よろしくっ」
イタリア人の少女は傍らの仲間に声をかけると、召炎霊符を構えた。金色のオーラを纏いつつ攻撃態勢に入る姿は、まさに魔女。
「さっ、花びらの螺旋で包んであげるよ!」
言いつつ解き放ったアウルは、花びらの形。それが回るように螺旋軌道を描きながら、反撃せんと忍術書を構えていた賊兵へ殺到する。回避は間に合わない。直撃だ。
直撃された賊兵は、意識が遠のいたかのように構えを解いてしまう。花びらの螺旋――Spirale di Petaliに包まれて。
「はぁ、凄いモンですねぇ……ではまぁ、その巻物も返してもらいましょうかねぃっと!」
自動車の陰から飛び出した九十七は、ショットガンの銃口を賊兵へと定め、引き金を引いた。
「次は自分のエモノで来るんですねぃ!」
銃口から吐き出された散弾は意識を朦朧とさせていた賊兵にもろに突き刺さり……骨を粉々にして、これを絶命せしめたのであった。
B班が接敵してより少し後……A班の戦端は、路上駐車の陰からの強襲によって開かれた。結が注意深く警戒し、いち早く警告を発したために、奇襲を許さなかった格好だ。
最も手近にいた大剣を持つ敵に斬りかかっていく結を視界に収めつつ、月は後方へと下がって状況確認に務めた。
――敵は三体……得物はワイルドハルバードとブラストクレイモア? それとオートマチックP37か。
「じゃあ、銃の練習をさせてもらいましょうか!」
紅い光纏を身に纏って髪を金色に染め上げつつ、茜がガルムSPをハルバード持ちへと向けた。発砲。軽い発射音が連続するが、しかし弾丸は傍らの自動車に命中して多数の風穴を穿っただけだった。茜の普段の得物が日本刀であるためか、まだ慣れないのか。
ここで、P37持ちが銃口を動かした。目標は……愛刀・紅文字を手にクレイモア持ちへ斬りかかろうとしていた十一。彼の刃に先んじる形で飛翔した弾が、肩を貫く。
「くぅっ……これしき!」
だが、十一の動きはその程度では止まらない。愛刀を両手で握り、結と交戦していたクレイモア持ちに脇構えから横薙ぎする。クレイモア持ちは対応することも出来ず、左腕の関節部を切り落とされたじろいだ。……しかしクレイモア自体は、骸骨のくせに恐るべき膂力を発揮し、片手で保持し続けている。
「何つうバカ力!?」
「笹嶋さん!?」
援護射撃しつつ状況把握をしていた月の警告が飛ぶ。だが……間に合わない。
刀を振り終えて態勢を立て直そうとする十一へ向けて、ハルバード持ちは容赦なく刃を振り下ろした。
「ぐあぁ……っく、調子に、乗んなぁ!」
ここで死ぬわけにはいかない。皮の鎧ごと切り裂かれ苦痛に呻くも、十一は兄弟への思いを胸に歯を食いしばり踏み止まる。だが、その傷は決して浅くはない。
その彼へ向けて、ハルバード持ちがさらに突きを入れようとして……
「やらせません!」
素早い連射音と、骨の砕ける音が響く。十一の窮地を見た月のアサルトライフルWBから放たれた、通常より高速の弾丸は、ハルバード持ちの膝へと吸い込まれていった。
態勢を崩すハルバード持ちに、追撃をかけるのは茜だ。
「刀ほどじゃないけど……それなりには手に馴染んできたかな」
射線を確保するため右に大きく移動しながら、剣鬼はずっしりと重い銃を構え、引き金を引く。銃口から飛び出したのは地獄の番犬の牙。無数の牙が骸骨兵を引き裂いていき、喰らい尽くした。
一方、結はクレイモア持ちを相手に優勢に進めていた。奇しくも同じ得物同士の戦いとなったわけだが……その戦い方には雲泥の差があった。
賊兵のクレイモアが振り下ろされる。しかし、結はその軌道を冷静に見極めて、ステップで距離を離す。敵の大剣は空を切った。
「先ほどからこのパターン……学習はしないのですか」
今後の利用を考えるなら、盗んでからすぐに逃げ出す。そうしなかったことも含め、これが人間と知能無きサーバントの差かと心の内で結は結論に至る。
「はぁぁぁ……っ」
自身の身長ほどもあるブラストクレイモアを振りかぶった結は、大きく上から振り下ろした。これを受けんと賊兵もクレイモアを水兵に突き出すが、少女の一撃はその程度で受けれぬほど重い。
剣が交錯するも、片腕でそれを支えきることは出来ず……腕をへし折られ剣を取り落としながら、骸骨兵は一刀両断にされたのであった。
「……っ。皆さん、敵の増援です!」
最後の賊兵が倒されたときに周囲を警戒していた月が、強張った声を上げる。その視線の先にはT字路があり……その交点に四体の骸骨兵が見えた。距離は16mといったところか。
「機嶋さんはそのままそっちの残りを、あとは新手に当たりましょう!」
月はそう提案しつつ、新手へ向けてアサルトライフルを構える。こちらはそれなりに消耗しているのに対し、敵は無傷。……だが、ここで負けるわけにはいかない。
銃把を握る手に力が入る。――これは仲間を傷付けるものじゃない。取られるなんてごめんだ。
月がまず銃口を向けたのは……日本刀を携える賊兵。直感だが、あれはかなり強力な武器だ。先に倒さねば。引き金が引かれて銃弾が飛翔した。日本刀持ちの胴体の一部が吹き飛ぶ……しかし、まだだ。
傍らの茜も改めて射線を確保しなおす。自然と近くにあった路上駐車を盾にする形になった。
一方、前進しつつ撃退士たちを射程に収めた賊兵……両手に拳銃を持つクロスファイア持ちと炎の渦巻く呪符……召炎霊符持ちは、彼らの最も近くにいる目標に対し攻撃を開始した。それは……茜だ。
火の玉が飛翔し、銃弾が連続で発射される。咄嗟に車の陰に身を隠すが、銃弾と火の玉は車体を貫通し、少女の身を貫き、焦がした。
「やってくれるじゃない……っ!?」
車を盾にするのは無駄だと悟った茜は、飛び出してガルムSPを連射する。……だが、不安定な姿勢となったかそれは命中せず。
その間に前進する賊兵の手には日本刀と、ライトニングロッドが握られている。
矢面に立ったのは、月だった。敵の日本刀が振るわれるが、思いのほかその振りは早い。
月は刃の軌道を見極めながら、咄嗟の判断で身体を捻る。捻る前の身体があった位置を日本刀の切っ先が無慈悲にも通過していく……しかし、それは月の身体の一部を切り裂くに終わった。間一髪、致命傷とならずに済んだか。
「遅くなりました」
P37持ちの頭部を切り飛ばした結が、新手に対する前衛の列に加わる。だが、撃退士たちは劣勢か……。
そう思われた、そのとき。
「騎兵隊参上、ですかねぃ!!」
賊兵の後衛……召炎霊符持ちが無数の弾丸に殺到され、文字どおりぼろぼろにされ。
「遅く、なりました……っ!」
最後に矢が頭を貫いて、賊兵一体が倒れて消え去る。
賊兵を追うようにして現れたのは……撃退士のB班だった。彼女らは戦闘後に再び捜索していたところ、四体の骸骨兵を発見。追尾していたのだ。……多少、遅参になってしまったが。
「さっ、決着を着けちゃおう!」
ソフィアの声に頷いたB班の四人が、得物を構える。その目標となったのは……クロスファイア持ちだ。
「九十七ちゃんのエモノを奪おうなんてコト、考えてなんかませんよねぇ!?」
B班へと振り返り九十七へ向けて駆け出そうとしていたクロスファイア持ちを、散弾の雨が射すくめ。
その間に近付いた虎葵がグレートソードを唸らせる。重厚な刃が、射すくめられ動けずにあった賊兵を上下に分断した。
「後衛の皆には指一本触れさせない。僕の剣はそのためにあるのだから!」
……一方、A班へ近接していた二体のうちの片方……ライトニングロッド持ちは、タックルを繰り出していた。目標は月……であったが、間一髪、結がその間に割り込む。激突。
「……っ。なかなか強力、ですね」
そのタックルの強烈さにぼつりと感想を漏らす少女だが、しかし盾にしたクレイモアは取り落とさずに持ち堪える。
……そして、タックルしてきた場合の対処は完璧だった。タックル後の隙を茜の銃弾が貫き、これを沈めた。
最後の敵は、日本刀持ち。
決めに行ったのは十一だ。脚にアウルを集めて爆発的な加速を得た彼は、一気に賊兵へと肉薄する。その得物……紅文字にはすでに紫焔が纏われていた。
その動きに付いていけなくなりつつも、骸骨兵は必死に日本刀を掲げて攻撃を受ける仕草を見せる。
「反応、遅せぇよ!!」
……しかし、骸骨兵が刀を掲げたとき、十一の剣はすでに最後の一兵を一刀両断していたのだった。
戦闘後、撃退士たちは全ての魔具を回収、持ち主へと返した。
……取られた数と取り返した数は、なぜか合わなかったが。
後日、自動車を破壊された持ち主たちからの苦情が久遠ヶ原学園に届けられたのは、また別の話。
終わり。