岸壁の高さまで飛び出すや、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は親友より譲り受けた力を解き放つ。
それを援護としてB班が上陸して来るのを、そしてその中に黒百合(
ja0422)がいることを、使徒・水立 セシルは見逃さなかった。
「あれが百合の話にあった撃退士、ですわね。……ふふっ、よろしい」
策略に優れた使徒は、自らの周囲に地雷を展開しつつ、岸壁に展開していた四門の砲兵BAと五両の戦車AMへと指示を下す――。
B班・矢野 胡桃(
ja2617)の読みどおり、敵砲兵は接岸に気付いた途端、こちらに砲を向け始めた。
――敵が、ほぼ同時に上陸を開始したA班の存在に気付いていないはずがない。
それでも、その全てをこちらに振り向けてくるというのは。
「随分と思い切りの良い使徒なのね」
その対応に驚きつつも、胡桃はツヤの無い白銀色の狙撃銃を構える。『事代主』の銘を授けたそれは、仇為すものへ死を託宣するもの。
「さて、と。久々の狙撃。腕が鈍ってて、変なところに銃弾が飛び込んだらごめんなさい、ね」
最初に死を託宣されるのは、最も近い位置にいるBA。……砲門へと狙いを付け、引き金を引いた。
しかし、彼女の放ったアウルの弾はやや狙いを逸れ、穿った傷は浅くなかったものの、ミノタウロスが身を隠した野砲の防盾へと吸い込まれてしまう。
その間にも黒百合は低空を急進するや、最初の標的を最も手近なBAへと定める。近い位置のBAから順に片付けていく作戦だ。
「鈍重な動きねェ」
黒髪の少女は言いつつ、黒きアウルの刃を生み出す。
「……切り刻まれなさい?」
次の瞬間、黒い刃の群れがBAへと殺到した。砲兵が防盾に身を隠してしまったので砲兵と野砲への同時攻撃とはならなかったが、黒百合自身の力によってその切れ味を何倍にも引き出された刃たちが、哀れに身を隠す敵を襲う。
並みのサーバントならば、それだけで消し飛んでもおかしくない光景。
しかし、敵は使徒直属の精鋭である。黒い群れが霧散したとき、そこにはまだ、各所に傷を負わされつつも健在なBAの姿があった。どうやら、耐久力はかなり高いらしい。
「一人だけで前に進むのはマズい!」
「あらァ? そんなに離れていないから平気よォ」
向坂 玲治(
ja6214)はやや前に出ていた黒百合に追い付くと、七名の幻影騎士を配置する。天宮 佳槻(
jb1989)もまた、二人に追い付いてきてBAに攻撃を与えた。
B班のうち、黒百合、玲治、佳槻の三名がやや前に出た格好だ。
――使徒は、その瞬間に号令を発した。
「全砲兵、全戦車、攻撃開始。その総力を以って、あの撃退士を消し炭に変えてあげなさい」
悪意が、その鎌首をもたげる。
黒百合らの集中攻撃を受けたBAが砲を指向してくるのを、彼女は見逃さなかった。
予定どおりに敵弾を自らの射撃によって逸らすことを試みるが、さすがに間近からの直接射撃は逸しきれず、爆風によって玲治らと共に攻撃を食らってしまう。
とはいえ、こちらはそのBAを射線上に置いている。側面にいるAMはともかく、他の敵からの攻撃を受けることはないだろう。眼前のBAも爆風で巻き添えにしてしまうからだ。
そう判断し、黒百合が意識を側面のAMへと向けたとき。それは起こった。
「奥のBAが撃ってきています!」
佳槻の叫び。咄嗟に視線を移すその先には、他のBAからと思しき射撃。……回避射撃は間に合わない!
「ッ!?」
爆風が少女の、意外に華奢な身体を抉る。一発でかなりのダメージを貰ってしまった。
――なるほど。この傷の抉られかたからすると、魔法攻撃ねェ。
自らの状況から冷静に考察するが、状況はそれを許さない。
三発目が飛んできた。眼前の傷付いていたBAは、すでに味方の砲撃に吹き飛ばされ消滅していた。
回避射撃、失敗。傷の具合からいって、これを受けるのは拙い。
「うおらぁぁぁ!!」
だが今回は、魔法砲弾と黒百合の間に割り込む影があった。
先ほどから騎士結界で防御を支援していた玲治だ。彼の盾によって砲弾が受け止められ、爆風は少女を逸れていく。
「助かったわァ」
「まだだ、まだ終わってねえ!」
短く答えた玲治は、続けて黒百合へ向かう戦車からと思しき徹甲弾を受け止めた。
敵の砲弾は、歴戦の撃退士たる玲治を傷付けること能わない。黒百合がもし敵の指揮官ならば、その防御能力を忌々しく思ったことだろう。
……だが。
敵は飽和攻撃を仕掛けてきていた。他の全てを投げ捨てても、こちらを倒す気なのだ。
そして少年がいくら鉄壁とはいえ、防御可能な回数にも限界はあった。
「やられたわねェ」
BAからと思しき砲弾が、誰に阻まれることなく着弾する。
その言葉を最後に、黒百合の意識は遠のいていった。
B班が猛烈な反撃を受けた代償として、A班の上陸はスムーズそのものだった。
「こっちを無視してんじゃねぇ。水立セシル!」
すでにNWIフォートレスモードを起動し重装甲な義肢を露わにしたラファル A ユーティライネン(
jb4620)は、ついでに怒気も露わにする。
「無視するならば、それでも良い。その分こちらから押せば良いだけだ」
咲村 氷雅(
jb0731)は言うが早いか、砲門をB班へと指向し始めていたBAへ向けアウルを集中し、赤い蝶で敵を包み込むや爆破する。
それは防盾で防がれはしなかったものの、それでもダメージはあまり入っていないようだ。魔法防御は高いのか。
他方、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は上陸するや、鮮やかな動きで他のA班員とは距離を取りつつ射撃を開始した。万が一の敵の弾幕に備え散開する思考と手並みは、ロシア軍で受けた訓練の賜物だ。
それらの攻撃の間を縫って敵に接近するのは、陽波 透次(
ja0280)。その手には刃毀れした日本刀があった。
「ッ!」
だが、透次がひとたびアウルを篭めると……次の瞬間、刃毀れしていたはずのそれは、まるで陽光を反射する水鏡の如く美しい刃に生まれ変わっていた。
一度の敗北が市民を苦境に追い込んだ。
ここで負ければ館山市は抗えなくなるかもしれない。
――だから勝つ。絶対に、勝つんだ!
気魄と共に日本刀を握りしめた黒き少年は、さらに得物へとアウルを篭めるや、それを一閃。
駆け抜ける衝撃波は違わずBA……側面を晒すミノタウロス砲兵を捉え、浅くない傷を穿った。
一方、A班で最後に上陸した天宮 葉月(
jb7258)は、まず状況の確認に入った。
敵味方の配置、敵の攻撃方向。使徒――セシルと言ったか――の現在位置。それらを頭に刻み付ける。
そして、思う。
――そういえば、今回は麻衣ちゃんが居ない……?
こういった戦場では斬り込み隊長よろしく顔を見せていたはずの、知己の使徒が姿が無いことを。
「……ううん!」
いや、考えるのは後だ。まずは、館山から逃げたいって人のための時間を稼がないと!
葉月は大剣を握りしめ、咄嗟の回復にも対応できるよう備えたのだった。
重厚な腕で構えるのは、長刃の日本刀。
ラファルは正直なところ、南房総の天使どもや今回出張ってきている使徒に興味は無かった。
――全ては、以前の戦いで重傷まで追い込んでくれたアレとは違う使徒をぶっ殺すため。
その第一歩として、目の前のサーバントを、そしてあの使徒を殺る。
不敵な笑みを浮かべた金髪の少女は、その重厚な外見に見合わぬ猛烈な速度でBAへと肉薄した。
「だから、まずはテメーからだ! 図体ばかりのウスラトンカチ!!」
敵は、砲門をB班へ向けたまま見向きもしない。……むかつく!
重々しい右脚で踏み切るや、ラファルは右手の刀で砲兵の頭部を突いた。刃が触れる直前、敵の目がこちらを向かんとしようとした気がしたが、構わず頭をブチ抜く。
すぐさま引き抜かれた傷口から体液を撒き散らしつつ、砲兵は悶えた。
砲兵が荒く息を吐いている様は、それが明らかに深い傷を穿ったことを示している。
「バトンタッチだ」
「俺の獲物だぞ!」
氷雅と透次が走り込んでくるのを視界の端に捉えつつ、しかしラファルはやや身を引いた。位置関係として、自らの巨体で砲兵を隠す格好になってしまっていたからだ。
殺れなかったことに歯噛みする彼女の代わりに、黒と蒼が攻撃態勢に入る。
「どちらから先に?」
「任せる」
「了解しました」
簡単なやり取りの後、先に仕掛けたのは透次だ。
BAの周囲に円陣を出現させるや、光の柱を噴出させ、野砲もろとも砲兵を薙ぎ払う。
光の柱によって生み出された一瞬の眩い閃光が晴れた後、そこには、攻撃を受け続け、しかしなおもB班を攻撃せんとするBAの姿があった。
「もう少し警戒してくれてもいいんだがな……」
全く反撃を受けないのは、ラクではあるが拍子抜けでもある。退屈しのぎにもならない。
――零式もいないようだしな。
正直、そこまで興味のある相手ではなかったが、いないならいないで、少し物足りない感はある。
先の光の柱と同様、赤き蝶の群れで野砲と砲兵を包み込んでいく。
「まずは一体」
短い思惟を振り払い、氷雅はアウルの蝶たちを起爆した。
赤色が視界を満たすが、それは一瞬のことで。
蝶たちの死の舞いが、BAを消滅させていた。
B班への集中攻撃は継続されていたが、それでも、一人を落としたこと以外にこれといった成果が出ていないことに、セシルは意外な思いを抱いていた。
「なるほど、なかなかやりますのね」
あそこで盾を構えている短髪の男。彼が展開したのであろう騎士型の結界が撃退士たちへの被害を最小限に留めている。加えて、自身の防御力もかなりのもののようだ。何と忌々しいことか。
「……良いですわ。わたくしの得物、とくと味わって下さいまし」
強化外骨格に装備された七五ミリ砲を展開しつつ、セシルは嗜虐的な笑みを浮かべた。
B班はその頃、集中攻撃に苦しみながらも、二体目のBAの攻略に取り掛かっていた。
「厄介ね、味方もろともというのは」
得物の狙撃銃で前衛を援護しつつ、胡桃は呻く。
現在のところ、敵の攻撃はB班前衛に集中されており、支援に当たっている胡桃には害が及んでいない。
とはいえ、玲治を除く前衛メンバーは集中攻撃に大きな被害を受けており、決して予断を許す状況ではなかった。今回の依頼では、五名が戦闘不能になった段階で撤退と取り決められているからだ。
銃口より装甲を弱らせる特殊なアウル弾を撃ち放って援護する。累積したダメージもあり、次の目標となったBAはかなり消耗しているようだが、まだ決定打には遠い。
そこで胡桃は、狙いはそのままに次発を送り込もうと引き金に指をかけ――
閃光に包まれた。
「なんや!?」
BAへ鎌を振るい終え、一度態勢を立て直していたゼロの目に映ったのは、後衛――彼自身が『陛下』と呼ぶ胡桃――のいたはずの位置が爆炎に包まれた光景だった。
今までの攻撃とは違う。……まさか?
嫌な予感に公道のほうを向けば、そこには、人の身には過ぎる口径の砲を展開しつつ愉しげな笑みを顔に貼り付ける使徒、水立 セシルの姿。
『まずは一匹』
「あんにゃろ……っ!!」
年齢に似合わぬ残虐な表情をした少女の口がそう動いたような気がして、黒き鴉は怒りに身を震わせるのであった。
一筋の傷がその白い頬に入ったとき、セシルはその笑みを凍らさざるを得なかった。
「……え?」
思わず視線をやれば、今しがた砲撃した地点から爆風に巻き込める位置に、膝を突いている一人の男がいる。
男――佳槻の周囲に浮遊する透明な盾が、太陽の一部を反射して少女へと突き付けたとき、ある一つの仮説に思い至る。
「あの男……わたくしの砲撃を反射したというのですの?」
血だらけのズダボロになった佳槻は、しかし気丈にも使徒へ顔を向け。口を動かした。
『これでおあいこですね』
すぐに倒れ伏し見えなくなった男の残した言葉は、しかし使徒の心に突き刺さる。
「……良いですわ。すぐに殺して差し上げましょう。あいこだなどと忌々しい」
セシルは凍った笑みを元に戻すと、次発装填を開始した。
使徒が自ら佳槻や胡桃もろとも三体目のBAを吹き飛ばしたことで、A、Bの両班は、ほぼ同時に最後のBAへ向け攻撃を開始することが出来た。
まず散弾銃を構えつつ突進するのは、エカテリーナだ。
――先程までの攻撃で、ダークショットは効果が薄いことがわかっている。ならば。
予定ではなかったが、臨機応変に判断してこそ現場の軍人というもの。
BAへ向いた銃口にアウルが凝縮されていくや、まるでライフルグレネードのような形態を取る。それを確認したエカテリーナは徐ろに立ち止まると、足をしっかと踏ん張った。
「元軍人の私を舐めてもらっては困る!」
前進し必中の距離に入ったロシア娘は、引き金を引き絞り――アウルのロケット弾を発射する。発射の瞬間にかかる反動を熟練の手並みで制御するが、これを上手く制することが出来るのは、やはり職業軍人としての訓練の賜物だろう。
アウルのロケット弾は無誘導とは思えぬほど綺麗で正確な弾道を描くと、BA……ミノタウロス砲兵に直撃して炸裂した。
さらにラファルや透次、氷雅といった面々が追撃をかけていくが、BAを撃沈するにはまだ一歩足りない。
「よくも陛下をやりやがったな!!」
鎌を手に低空飛行で滑り込むのは、ゼロだ。陛下と仰ぐ少女に重傷を負わされ、彼は怒りに燃える。
とはいえ、冷静な部分がこのまま戦ってもセシルに届かないことを直感させている。――ならば、せめて彼奴の砲兵を全て刈り取るまで!
闇に染まった身体が近付いて来ることに、BAは全く対処できない。
黒い鴉が、その嘴を突き立てる。
「往生せぇ!!」
闇の力を流し込まれ、弾けさせられ。元々、ゼロのそれは強烈な一撃である上、撃退士の集中攻撃で弱っていた身である。
それらを受けて最後のBAが生き残る余地など、ありはしないのだった。
――炸裂!
最後のBA撃破のため、撃退士たちはある程度集まっていた。そしてそれは、セシルの砲の爆風の範囲内。強烈な一撃の範囲内。
「――ッ!!」
だが、葉月は耐えた。
他の仲間が倒れゆく中、しかし彼女は耐えて、さらに蘇生の光を送り込む。
「気を……気を、確かに!」
それでも耐え切れずにラファルやエカテリーナが倒れていくが、
「わり……サンキュ、な」
ゼロだけは何とか、気絶の淵から救い出されたのだった。
敵の砲兵を撃滅したものの、被害甚大と見た撃退士たちは撤退を決意。高速艇に乗り館山基地へ帰還。
しかし、彼らが稼いだ時間はわずかに足りず、避難民を乗せたヘリの一部が敵に捕獲されてしまう結果となったのだった。
館山戦線は、まだ終わりが見えない。
終