指揮官の迷いは、ときとして致命的な結果を生む。
それは、この館山のゴルフ場でも変わることはない。
零式が敵……撃退士の侵入に気付いたとき、彼らはすでに交戦範囲内まで接近していた。
「……迎撃だ!」
遅まきながら発せられた命令に、銃剣付きライフルを携えた骸骨兵たちが展開する――。
「気付かれたか……」
動き出す骸骨兵たちを視認し、それにしても随分と遅かったなと陽波 透次(
ja0280)は思った。
見つからぬよう動いていたとはいえ、敵を視認可能な範囲にまで接近できるとは。使徒ならばもっと早くに気付けそうなものだが。
透次は走りながら、手にした刃こぼれした刀へとアウルを注ぎ込む。すると、それは次第に手入れされた名刀のように蘇り、水鏡の銘に恥じない金色の輝きを湛え始めた。
――市民の自爆を許容する敵に屈すれば、人の未来は。
前回の敗北の一旦は自分にもある。だから――
「負けるわけにはいかないんだ! 絶対に……っ!!」
――叫ぶ。
骸骨兵たちはその声に反応したか、めいめいライフルを構えた。距離二〇メートル、一体が発砲。しかしジグザグに回避機動をする透次にはかすりもしない。
直後、透次を撃った骸骨兵は蜂の巣にされて消滅した。カイン=A=アルタイル(
ja8514)は膝を付いた射撃姿勢を解いて、突撃を再開する。
「ああコレ結構いるな。状況的にコッチが有利だったことは一度だって無い」
視界に入る敵は、反応の遅れている使徒を含めて残り一〇。ここは敵の拠点ということなので、それだけではないだろう。
――まぁ、頭数の差が戦力の差とも限らないけどさ。
数の差を練度で補う。元少年兵の嗅覚は、次の獲物を探し始めた。
一方、遅ればせながら発せられた零式の指示により、骸骨兵たちはほぼ一体となって前進する撃退士たちを左右から挟むように動き始めた。
そして、使徒自身は脇構えを取るや、跳躍する。……狙いは透次か。
「……っ!」
だが黒の少年の目には、黒の使徒の一挙一動に至るまでが見えていた。ゆえに跳躍も軌道を想定した透次は、敵が斬撃のべく立ち止まる点を見計らい、その瞬間に振るわれた刀身に自らの峰を当てた。
水鏡弐式が千葉切と擦れ合い、火花を散らしすようにしながら、その峰を萎やしていく。
そして、零式の刀は完全に逸らされた。
「くっ……水立から話は聞いていたが……手強い」
使徒は完全に逸らされた刀を引き直し、次の態勢に入る。
一方、挟まれて銃撃に晒される天宮 葉月(
jb7258)ら他の撃退士であったが、問題はそれだけではなかった。
「向こうから敵の援軍っ」
葉月の示す方向から進んで来るのは、九体の骸骨兵。戦場の戦力比がいきなり一対三になった。
「だが、あれはまだ合流していない。先に近い敵を片付ければいい」
カインは言うなり、銃口より黒い光の衝撃波を撃ち放ち、撃退士たちの左方向にいた二体の敵を貫く。
「初めて使うけど中々の威力だな、コレ」
その威力に感嘆するハーフ天魔の少年だが、敵の群れはその一瞬の感慨すら許さない。左方向の生き残りから反撃を受け、カインはそれなりの傷を負わされたのだった。
そうして敵の銃口が撃退士たちを狙い始める中、しかしそれらは、狗猫 魅依(
jb6919)の姿だけは捉えていない。気配を殺した猫の動きは、骸骨兵程度に捉えられるはずがない。
敵の不意に爪を突き立てんと行動していた魅依は、敵の一部が良い感じに固まっているのを発見する。
「良い子だよ、そのまま、そのまま」
彼女の持つ広範囲攻撃スキルは、射程が敵のライフルの半分ほど。その敵を纏めて焼くために、自然、魅依は潜行しつつも味方から少し離れることになった。
正直なところ、以前の敗北や因縁は、魅依にはよくわからない。しかしこの戦いに負ければ、大勢の人が悲しむということはわかる。
小さく華奢な手を、敵の一団に向けてかざす。
「ミィだって、もう負けにゃいもん」
悪魔としても幼いながら、しかしその表情は真剣で。漆黒の黒髪が海風に揺れる。
「――っ!!」
刹那、炎の華が白い掌から放たれた。
ごくわずかな距離を飛翔したそれは、三体の敵を覆い隠すや爆発し、範囲内に居た敵を焼き尽くし、咲村 氷雅(
jb0731)の援護と合わせて、最初に右側に展開してきた敵戦力を撃滅することに成功する。
「この町の人たちを……あの頃のようにはさせない」
魅依は、感情を失う一般人たちを想像し、研究施設に入れられていた自らに重ね合わせたのだった。
大剣に持ち替えつつ使徒に近付く葉月の背中を、無畏(
jc0931)は見るからにつまらなそうな顔で守っていた。
「クラクラクラ……今日は、つまんなそうだねぇ〜」
快楽主義者のこの天魔は、何か面白いことが無いかと今回の作戦に参加したのだが、どこか浮かない顔の使徒を見て一気に興味を失ったらしい。
(今の使徒の子はつまんないねぇ〜。前に比べて、随分……)
悩んで、苦しんで。
――とっくの昔に人間やめてるんだからさ、何を人間みたいに振る舞っているんだい?
心の中でそう嘲笑しつつ、葉月の進路上に立ちはだかる骸骨兵に拳銃で牽制。
「クラクラクラ。お話するつもりなんでしょぉ〜? 周りを気にせずゆっくり話せばいいよぉ〜」
「ありがとうございます!」
「礼には及ばないよぉ〜」
底知れぬ笑みを背に受けながら、大剣を携えた葉月は透次と交戦中の使徒へ近付く。
「麻衣ちゃん!」
「……くっ」
鋭い一声に増援……葉月が来たことを知った零式は、軽く跳躍して仕切り直しを図った。
それに対する透次の追撃は、使徒の刀にいなされる。
「向こう、敵の援軍来てます。お願いします!」
「わかりました。お気を付けて」
自分とスイッチする形で透次が零式から離隔したのを目の端で捉えつつ、零式に対し正眼に構える。
「久しぶり。浮かない顔だね、まだ悩んでる?」
葉月のそれは、むしろ母性すら感じさせる優しい問いかけだったが……それに対する返事は、拒絶の刃。
「今ここで話すことは無いッ!!」
跳躍からの袈裟懸けを、葉月は剣で受け止める。身体に走る痺れも厭わない。
「……ッ、話を、聞きなさいッ!」
駄々を捏ねる子を叱り付けるかのような剣幕に、零式が思わず怯む。――彼女は、思わず怯んでしまう程度の精神状態だったのだ。
相手の動きが緩慢になったのを見計らって、ポニーテールの少女はふぅと息を吐いた。
「あの指揮官の美人天使さん……サーバント、たくさん持ってるよね」
この場で零式が纏めている骸骨兵は五〇体。この戦力はアールマティ軍の別働隊であり、本隊はもっと多い。
「……天使の力で感情から解放って、要はああなるんじゃないの?」
吸収した感情は、サーバントの材料になる。言われるまでもなく、皆わかっていること。
――それで良いの?
あの県境の戦いのときと同じ問いを含んだ真摯な視線が、使徒を貫いた。
――――。
葉月が零式に問い質している間、戦況は少しずつ敵に傾きつつあった。
最初の増援以来、三体、八体と数が増えていく。それらはゴルフ場北部の建物から出撃しているらしく、最初に挟撃を狙った一〇体の敵はすでに撃破しているので、今のところ一方向からの敵への対処となっている。
……とはいえ。
「くっ……! なかなか、厄介だな……」
三体の敵からの銃撃を身に受け、氷雅は思わず顔を顰める。回避を容易にするスキルはすでに使い切っていた。それほどまでに、敵の飽和攻撃が激しい。
「削りきれないな」
傍らで射撃するカインも、満身創痍だ。正確な射撃を厄介と思ったのか、彼に対する攻撃が一番激しい。
葉月に同行した無畏にしても、二人の戦いに割って入ろうとしたところを、骸骨兵の攻撃に邪魔されている。
いや、正確には狙われた葉月を守ったのであるが……敵の弾丸はたった三発で無畏の生命力の大半を吹き飛ばした。
一歩後ずさり、口に血を滲ませながら、紫髪の快楽主義者は凄絶な笑みを浮かべる。
「クラクラクラ〜。せっかく少しは面白くなりそうなのに、邪魔立てするのは感心しないなぁ〜?」
反撃しようとする無畏だったが、彼が得意とする氷の尾や雷の尾による攻撃は、射程が短く二倍どころか三倍の射程から攻撃してくる骸骨兵まで届かない。
ならばと、ほぼ同等の射程を持つ拳銃で反撃するのだが、命中しても撃破まで至らない。
「面白くないねぇ〜っ」
ハーフ天魔の青年は、不愉快そうに顔を歪めたのだった。
最初の攻撃以来、魅依は気配を殺しつつ火力を提供していた。
結果的に敵に近い位置で戦うことになってしまったが、その代わりにかなりの数の敵をその爆発に巻き込むことに成功している。
「キリが、無いにょです……」
焦りからか、苦手なな行を噛み始めている中、最後のファイアワークスを撃ち切った黒猫は、スキルの切り換えを開始した。
敵前での行動ではあったが、敵は気配を殺したミィに気付いていないはず――
思惟を巡らせた刹那、先ほど焼き払った敵の後方から接近してきた新手の骸骨兵が、銃口を魅依へと向ける。
「みいっ!?」
――気付いていた。いくらスキルで気配を殺しているとは言っても、ばんばん攻撃していれば、さすがに敵も感付くというもの。
魅依がこの戦闘で最後に知覚したのは、三発の銃弾に貫かれ、じわりと服を染める血のべたつきだった。
「敵の数も減ってきている。ここが正念場だ」
魔剣の雨で二体を同時に撃破しながら、氷雅は仲間たちを鼓舞する。
彼自身も少なくない手傷を負っていたが、不思議と身体は動き、感覚も働いた。
「……右から回り込もうとしている。対処を頼む」
「頼まれました」
透次がすぐさま対応する。回避能力に長けた彼は、その上回避に長けた行動を常に念頭に置いていたため、他の仲間が負傷し追い込まれる中、ただ一人無傷で戦場に立っていた。
だからこそ、氷雅の要請に即応出来る。
「これ以上は、譲れない……っ!」
冷酷さすら湛えた闇色の瞳が迂回せんとする骸骨兵たちを見据えた。透次が体内で練られたアウルを解き放つと、四体の敵を中心とした地面に光の円がその姿を現す。
白き輝きを満々と湛えた円は、次の瞬間、網膜すらも焼き尽くすかの如きまばゆい輝きの柱を噴出。
「――」
捉え得ぬ黒き少年の、捉え得る白きアウルは……その範囲に身を置いていたサーバントを、消滅せしめたのだった。
満身創痍になりながらも、何度も痛みに気を遣りそうになりながらも、カインは耐えて応射していた。
痛覚の訴えを幾度と無く退けることが出来たのは、ひとえに、光纏のたびに襲い来る殺戮衝動のお陰に他ならない。
――いや、それ自体は忌むべきものだ。自らの望む平穏な日々を遠のかせるものだ。
しかし、敵の攻撃を最も多く吸収しつつ、それでいて最も大きい戦果を挙げ得ているのは、やはり意識をギリギリの範囲で保っている殺戮衝動の功績であろう。
だが、それももう限界に近いことは、兵士としても撃退士としても実戦経験豊富なカインには薄々わかってきていた。
身体が、思った以上に言うことを聞かない。
そこに、迂回の敵を撃破し戻ってきた透次を呼び止める。
「もう一度、敵の誘導を頼みたい。範囲直線、射程一六メートル」
「わかりました。任せて下さい」
頷いた透次はすぐさま行動を開始し、彼の接近に気付いた骸骨兵の反撃をことごとく避けたうえで、瞬く間に要望どおり誘導していく。
――よく出来たパズルを見ているかのようだ。
カインは素直に感嘆するが、その間にも膝撃ちの態勢を取り、体内でアウルを活性化させながら、黒き少年によってパズルが組み上がるのを待つ。
そして、一呼吸置く頃には……三体の骸骨兵が、カインの射線上・射程内に居た。
好機、到来。
「これが最後だ。だから静かにしていろ」
殺せとうるさい殺戮衝動だが、今回ばかりは役に立ったと言えなくもない。
それでもやはり五月蝿いものだと嘆息してから、吐いた息はそのままに、カインは引き金を引いたのだった。
元兵士の少年が放った最後の一発は、寸分のブレも無く三体の骸骨兵を次々に撃ち貫いて砕いた。
彼が倒した分で、合計二五体。
撃退士たちは、勝利と呼ぶにふさわしい戦果を手に入れたのであった。
「良いわけがない! 良いわけがない……っ」
二水の型で身体の自由を奪われた葉月を、零式の刃が襲う。
事前に纏っていたアウルの鎧はすでに効力を失っており、白いコートを、白い肌を、刃は無慈悲に切り裂いた。
「私には、これしか方法が……っ」
「何で、そうまでして……感情を、嫌うの……っ」
ポニーテールの少女は、しかし痛みを堪えて必死に叫ぶ。
「感情は、悪いものじゃ、ないのに……っ。誰かを好きになれる、素敵なものなのに……っ」
「知るか、知るものか! 好きなんて、知らない……っ!」
ここまで喚き散らすなど葉月には、零式の……咲森 麻衣の普段の大人びた姿からは、想像も付かなかった。
「――っ!?」
突如として響く銃声。零式が攻撃を中断して飛び退く。
「大丈夫か。目標は達成した、撤退するぞ」
銃声の主は、氷雅である。現在の面子で、透次を除いて最も損害の軽い彼が、葉月の救援に来たのだ。
「な……っ」
そして零式は、言われて始めて周囲のサーバントが壊滅していることを知った。それほどまでに、今の彼女は感情のままだった。
そんな彼女を氷雅は、葉月に肩を貸しつつ見据える。
「随分と荒れているようだが、難しくはない。思い出せ、何故使徒になった。何がしたかった。何故それをしたいと思った」
そして、言葉を紡ぐ。幾度と無く顔を合わせた敵だからこそ、そのふらつく姿が我慢ならないから。自分も、自分の友人も。
「そっ……」
「即答できないか? ……分からないなら、新しい目的でも見つけろ」
刃のような言葉。霞んだ目標をなお目指す必要はあるのかと、冷静な瞳が少女を貫く。
「わ、分からないわけ……」
敵対者の言葉に対する精一杯の虚勢も、
「では、どうして貴様はサーバントが大損害を受けていることに気付かなかった」
「……っ」
零式はグウの音も出ない。葉月に指摘され、彼女を相手に我を忘れたのは他ならぬ自分なのだから。
「それとも、考えるのを放棄して本当のお人形にでもなるか?」
「……」
相手が返答に詰まるのを見た氷雅は、撤退するために使徒に背を向けた。
――本来ならば自殺行為だが、今のこの女に戦う気力は無いだろう。
そう踏んだから、だから。
「出来れば、次にあいつ……俺たちと会うまでに、迷いを捨てろ」
そう言い置いて、氷雅は葉月と共に戦場を後にしたのだった。
「迷いを捨てろ、だと? 言いたい放題に言って……」
一人ごちる少女の黒髪を、海風が優しく撫でていった。
終