八人の撃退士を包み込んだ転移装置の輝きが収束したとき、彼らは千葉県のとある山城を背に、横一列に並んだ四両の敵重戦車と対峙していた。
時に、一月某日。お昼休みも終盤の一二四四時。
「情報どおりでござるが……まさか本当に戦車と生身で戦うことになるとは……」
光の開けた矢先に目の前に広がった光景は、エルリック・リバーフィルド(
ja0112)からそんな言葉を引き出した。
神坂 楓(
jb8174)もまた、眼前に展開する戦車隊を眺め、その編成を目に留める。
「随伴歩兵を伴わない戦車なんていいカモなのにね……くすくす……」
戦車は、死角を補う歩兵がいてこそ真価を発揮する。艶やかな黒髪に狩衣という和風ないでたちの美少女ではあるが、楓はれっきとした軍事マニアであり、ゆえに脆弱な敵の編成に含み笑いを漏らさざるを得なかった。
一方、橋場 アトリアーナ(
ja1403)はエルリックから手の甲へ口付けを受け、その彼女を最愛の従者を愛しむように見ていたが……不意に表情を引き締める。
そして上げた視線の先には、戦車に跨乗する黒髪のシュトラッサー。
「……貴女が、零式? ……赤い人の話、聞いて会ってみたかったのですの」
「赤い人?」
横陣を敷く戦車の、向かって右から二両目の上に立つ零式を見据えてそう切り出しつつ、アトリアーナは自身の得物であるバンカー……リボルバー式に改造されたグラビティゼロを装着した。
「赤い人から伝言。また今度デートしようだって」
「……そうか。承った」
彼女のそのバンカーで『赤い人』が誰かを察したらしい、こくりと頷く使徒・零式である。
「久しぶりだね。今回は零式ちゃんって呼んだ方がいいかな?」
その横からポニーテールを揺らしつつ天宮 葉月(
jb7258)が声をかけると、零式はそちらを向いて怪訝そうな顔をしたが、
「そのヘアピン着けてくれてるんだ。嬉しいな」
「貴様は……あのときの?」
続く一言が、零式に思い至らせる。
少女使徒の前髪に付けられた、真新しいヘアピン。それは去年の暮の冬服フェスタで、正体を隠して休日を満喫した零式が葉月から貰ったものだった。
楽しかった休日の証明。
「……世話になったな」
ポニーテールの少女に向けて素直に礼を言う使徒に、彼女は思う。
――前にあった時は普通の女の子みたいだったけど、どうしてシュトラッサーになったんだろう?
何だか敵とは思えないな、と思いかけて、しかし葉月は思いなおした
今は敵なんだ。お仕事に集中しなきゃ。それに、そういうのは本人に訊くのが一番だし!
「だが……今回は、容赦はせん。全車、戦闘開始!」
相手もそう思ったか、手にした日本刀を振り上げ、攻撃開始を命令したのだった。
零式の命令を受け、片方の履帯を動かして車体の向きを敵へと向ける四両の戦車。それを認めた撃退士たちは、背後の山城へ向けて後退を開始した。
敵戦車の弱点が車体の左側面のハッチであることは、事前に情報がある。
その弱点を狙うため、陽動で敵を釣りつつ山城の陰に伏兵を忍ばせる作戦なのだ。上手くいけば、敵戦車は左側面ハッチより内部の動力を停止させられ、塩に還るだろう。
一二四九時、重戦車部隊が射撃開始。後退が遅れていたエルリックと葉月がその対象となる。
「主様の御前、醜態は見せられぬでござるし!」
砲身が向いた瞬間、その射線から逃れるよう身体を動かす。刹那、エルリックの脇を七五ミリと四七ミリの二発の砲弾が通り過ぎていった。炸裂、農家の方が丹精込めた畑に穴を穿つ。
主様との絆の力で、身体がいつもより軽く動く。当たる気はしない。
他方、葉月のほうは盾を構えて身構えていたが、敵戦車の狙いが大きく外れ、こちらも無傷に終わったようである。
「拙者こそは米国が住人にして、主様に仕える者、エルリック・リバーフィールド! 命惜しくば尻尾を巻いて逃げよ、惜しくなくばかかってくるでござる!」
砲弾を回避したエルリックは、戦車を眼前に見据えてしっかと大地を踏みしめると、ふさふさの尻尾を揺らしながらいきなり大声で名乗りを上げた。その声にはアウルが乗っており、敵の視線をこちらに釘付けにする効果がある。
いきなりの大声に何事かと視線を向けた零式の表情が険しくなるが、ニンジャはそれを意に介さず、作戦に従って自らも後退を開始したのであった。
後退し続ける八人の撃退士を見た零式は、ある種の怪訝な思いに駆られていた。
……私を侮っているのか?
素直に、そう思う。
そこで右手に日本刀を携えた少女シュトラッサーは、戦車隊へ出すべき指示を出す。
「――」
砲声に掻き消されたそれは、撃退士たちには聞こえなかった。
異変を察知したのは、飛行しつつ陽動の一撃を加える隙を伺っていたユウ(
jb5639)。
視線が高い位置にあったゆえ、敵の砲撃を受けることが無かったからこその気付き。
「……敵が、殆ど前進していない?」
後退する味方に対し、敵は長射程からの射撃に終始している。今のところ命中弾は得られておらず、ただ畑を掘り返すだけに終わっているのだが……これは、まさか。
同じく悪魔の翼で空に上がっていた各務 翠嵐(
jb8762)と目を合わせると、彼は苦々しく頷いた。
「敵は、追ってこない」
一方、地上で陽動を続ける六人の中にも、敵の動きを訝る向きがあった。
あぜ道に伏せることで四七ミリの魔法砲をやり過ごした楓が、違和感に気付く。
「敵との距離が詰まっていない……」
「そのようねェ」
隣で飛来した敵弾を軽やかに避けた黒百合(
ja0422)は、まるで『面白い』とでも言いたげな微笑みを湛えつつ、楓の呟きを肯定したのだった。
そも、射程は戦車のほうが長いのだから、あからさまに後退する撃退士を追撃する必要は無い。ただ、最大の射程を保ちつつ射撃を加えていれさえすれば、射程の届かない撃退士はいずれジリ貧になる。
あまり指揮が得意でない零式でも、それは理解できた。ゆえに、彼女は先ほど命令したのだった。
「追うな、アウトレンジで仕留める」
砲撃に掻き消された声で。撃退士の作戦を掻き消す声を。
ユウの見解が、砲撃の合間に無線機から伝達されると、桐原 雅(
ja1822)は思わず歯噛みした。
――惜しむらくは、次善の策を持ち合わせなかったことだね。
攻撃班として山陰に隠れるべく後退していた雅だったが、こうなった以上は作戦どおりにはいかない。とはいえ、自分たちがそれ以外の作戦を用意していなかったのは痛かった。
こうなると、もう全員で突撃するしか無いか。
「六〇メートル、かな……」
雅のざっと見たところ、そのぐらいの距離がある。無線機に乗ったその声を、楓が拾ったようで。
「ムリな距離を突撃するのは、古今東西の負ける伏線と――っ」
爆発音に途切れる声。和服少女が飛び散る土に塗れる。
「とはいえ、やらないわけにはいかないね」
アトリアーナが結論を出すと、無線の向こうからも頷く声がして。
『敵の気を逸らします。任せて下さい』
『同道しよう』
そして二人のはぐれ悪魔が、空路から敵戦車へと向かうのが見えた。
迎撃を受けることなく翠嵐より一足先に指揮官……零式の上空に到達したユウは、使徒の乗る戦車が砲撃を終了したタイミングを見計らって急降下。
年若きはぐれ悪魔は零式の戦車に肉薄するや否や、アウルを纏った右脚で急降下による蹴りを放った。装甲に突き刺さって急停止した反動に、ストレートロングの黒髪が舞う。
そのとき、彼女は零式に最接近し、
「お久しぶりです。……何を企んでいるんですか?」
「言うとは思ってはいないだろう?」
『そうですね』と苦笑いする一瞬で、戦車から離れていた。長居すれば他の戦車から狙われる。
そのユウと入れ替わるようにして零式の車両に近付いた翠嵐は、事も無げに敵戦車の砲の死角に入り込むと、空を飛ぶ鷲が描かれた扇子を投げ放った。
扇子は回転しつつ飛翔し、過たずに目標を打ち据える。……戦車の足たる、履帯を。
「機動力を削げば、何も出来まい?」
争いは好まぬが、これも人間の世界を守るため。『いつまでも』と啼く怪鳥にも例えられる翠嵐だが、彼が嘆くは疫病の世ならぬ戦場の世であり、愚かしい殺し合いだった。
翠嵐が戦車の履帯を破壊したことにより、一両の動きが止まる。黒百合はそれを見逃さなかった。戦う距離を選ばない『全領域攻勢仕様』となっているスナイパーライフルSR-45を取り出すと、履帯が切られて動けぬ戦車を正面より攻撃せんとする。
「あのタイプは、恐らくは前面の覗視孔が弱点です!」
「わかったわァ」
傍らからの声に了承し、狙撃銃の狙いを修正。敵戦車が故意か偶然か昔の戦車に酷似していたからこその、楓からのアドバイスだった。
距離、四八メートル。ほぼ最大射程からの射撃。
「だからァ、戦車には随伴歩兵が必要なのよォ、もっと戦争を勉強なさいなァ」
どこか楽しげに声を立てた黒髪の少女は、愚かな敵をあざ笑いつつ、引き金を引こうとした。そのとき。
――地上にいる撃退士たちの背後……山城の異変を最初に感じたのは、履帯を切ったのちに上空へと戻っていた翠嵐。
喊声を上げつつ、二〇体前後の何かが――いや、四肢を持ったあれは、人間のようにも見える。
「アールマティ様のために!!」
「撃退士をやっつけろ!」
翠嵐の目に映ったのは、めいめい銃器やら弓矢やらを携えて山城を駆け下りてくる服装もてんでバラバラな人間たち。その目はどこか血走り、目の前以外の何物も見えていないように思える。
見た感じ、味方ではないだろう。ならば。
「後方、一般人だ! 味方ではないように思える、注意しろ!」
「一般の人が、なぜ!?」
妖鳥から飛んだ忠告に葉月が驚きの声を挙げるが、それも無理からぬこと。このような状況で、一般人が大挙して撃退士の背後を突くなど、通常では考えられない。
……だが、黒百合は冷静そのものだった。背後の異変を耳では捉えつつも無視し、狙った銃を撃発させた。
――弾丸状のアウルが飛翔する。それは直線に、直角に、直情的に、決して大きくないスリットでしかない覗視孔に突き刺さり。
内部の戦車兵を、ただの一撃で撃破せしめたのだった。
動きを止めた戦車から目を外すと、黒百合はわずかに背後……駆け下りてきた暴徒を向いて。
「次にあの戦車みたいになりたいのは、誰かしらァ?」
まこと、凄惨な微笑みを浮かべた。
上司の天使の上司の信徒が城址近辺で停止したのを見て、零式は呻いた。
やはり、一般人を使う作戦など――
「今ですの!」
使徒の一瞬の思考を中断させる、バンカーを装着した撃退士の少女の鋭き一声。
見れば、少女ばかり五人の撃退士が、こちらに向けて突撃してくる。今のうちに距離を詰めようというのだろう。
「くっ、あの狙撃手は後回しだ! 全車両、向かってくる敵を狙え!」
言いつつ、零式は撃破された戦車の左側面へと飛び降りた。そのまま、手にした刀で重戦車の内部にある動力を破壊。塩へと還す。
そうしてから改めて見れば、三両の重戦車が後退しつつ車体の正面を撃退士たちへ向けるところ。次いで、戦車から四七ミリと七五ミリの連続発砲。
空間を裂いた魔法と物理の砲弾は、先頭を走っていたバンカーの銀髪少女に吸い込まれた。直撃、砲弾の質量に血を吹いて吹き飛ぶ銀髪の少女。
「主様ぁぁ!!」
その少女の隣を進んでいたニンジャのような少女が、思わず停止して悲痛な叫びを挙げた。
そして、その銀髪に駆け寄るポニーテールの少女が一人。彼女が倒れた少女に向けて手を翳すや、淡い光が放たれ始めた。確か冬服フェスタに逢ったときは『アマミヤ・ハヅキ』と名乗っていたか。
――今は敵。容赦は、出来ない。
「あれは回復手だ、やらせるな!」
重戦車に指示を出すと、うち一両が発砲。回復に意識が行っていた少女はひとたまりもなかった。
かくして二人の撃退士を倒した天界側だったが、零式の見るところ、残ったのは巧みに射線を避けるなり飛んでるなりと、厄介な者ばかり。
ただ引き撃つだけでは、倒せないか。
「二号車、三号車は迂回しつつ前進せよ!」
苦手なりに考えた結果、零式は残り三両のうちの二両に、前進を命じたのだった。
零式の乗った戦車を正面に残し、残りの二両が向かって右からやや迂回しつつ接近してくる。
今までと違う敵の動きを見た雅は、瞬間的に理解していた。彼女も歴戦の撃退士だ。
「決めに来るよ!」
「金床とハンマー、ですか」
包囲戦術の定番ですね、と楓が同意を示す、そこでエルリックが気付いた。
「……包囲? それは、つまり……こちらの後ろに回りこんでくるのでござるか!?」
主を無残な姿にされて内心では怒りに燃える狐少女の指摘に、地上にいた四人は顔を見合わせ……そして、頷き合う。
そのまま、黒百合とエルリックが前に出た。
「早くしないとぉ、そこの一般人、ブッ殺しちゃうかも知れないわよォ?」
「我が主様をかような姿にした恨み、そこな一般人で晴らすでござるよ!!」
正面の零式に向けて、声を張り上げる。まこと撃退士にあるまじき言動であるが、もちろんこれは……。
「貴様ら、それでも撃退士か……っ。転回、挟み撃て!!」
一般人をどうこうしようという声に焦ったか、零式が慌てて指示を出すと、二両の重戦車が黒百合らの後方に回り込もうと旋回した。
その瞬間を、待っていたのは。
「どんぴしゃ、だね」
「だから、歩兵のいない戦車は良いカモだと……。確かにカモみたいな見た目の戦車ですけど」
零式からは死角となっていた、黒百合らと重戦車を挟んで対角にあるあぜ道。そこを飛び出した雅と楓が、一両の側面に走り込んだ。
何のことはない、当初の作戦をスケールダウンして実施したのである。敵の采配のミスに乗じて。
雅のすらりとした脚を包み込む白絹のようなサイハイソックスがアウルを乗せつつ左側面のハッチを打つと、それは内部へと確実に衝撃波を伝道させた。
刹那、戦車が停止するや……ばっと戦車の形が崩れて広がる、白い粒子。
それは塩。戦車の動力停止の証。
そして戦車の跡から現れたは、翼が退化したドラゴンのようなサーバントだった。これが戦車を操縦していたのか。
外装を剥がされたドラゴンは猛々しく吼え滾る……が、ユウや翠嵐、エルリックらの集中射撃に、一瞬で外装の後を追うことになったのであった。
とはいえ、撃退士たちの反撃もここまで。
戦術の失敗を悟った零式が、残り二両の重戦車を遠距離射撃に徹させるようになると、もはや撃退士たちに打つ手は無く。
迂回してきたもう一両の攻撃で雅が倒れ、戦力が大きく不足した撃退士側は、ジリ貧になる前に撤退せざるを得なかった。
「貴方達は、貴方達を崇拝する人達を危険に晒すのですか?」
去り際にユウが残したその言葉に、使徒は答えることが出来なかった。
終