容赦の無い夏の日差しが降り注ぐ午前。
海が近いためか潮気を含んだ風に撫でられながら、六人の撃退士が現場入りした。
「清掃中ってことは、あれよね。蛇をつついて藪を出したってこと?」
「えっと……藪をつついて蛇を出す、じゃないかな?」
ことわざを間違えている雪室 チルル(
ja0220)に、スーパーで買った肉の入ったビニール袋を提げたエルレーン・バルハザード(
ja0889)がツッコミを入れる。
ちなみに現在、久遠ヶ原学園は進級試験期間中だ。頑張れチルル。
「自衛官とはいえ一般人。あまり待たせるのはよくありませんね。早急に片付けましょう」
その横でヒヒイロカネから大剣を取り出していたイアン・J・アルビス(
ja0084)が森を睨みながら言うと、拳銃の具合を点検していた新田原 護が応じた。ちなみにこの銃は彼独自のカスタムが施された専用仕様である。
「そうだな……では状況開始。天魔共を撃破するぞ。敵は少数だが自衛官も迷い込んでいる状況だ。急がないとな」
六人はその言葉にめいめい頷くと、現場を包囲中の、青い作業服に身を包んだ海自隊員から携帯無線機を受け取り、作戦に従って分散して森に入ったのであった。
公園の北部に回って捜索を開始したのは、護と鴉守 凛(
ja5462)の二人から成る3班。
彼らの作戦とは、二つの班が公園を結ぶ対角線上からスタートして円を描くように探索し、足の早いのもう一班が公園中央付近を捜すというもの。
「撃退士です。そのまま動かずに隠れていて下さい! 私たちが傍を通ったら合流を!」
凛の叫びは救助対象への指示であると同時に、作戦の一つ。大声で敵を誘き寄せるのだ。
同様の呼びかけは、P37を構えつつまるで偵察兵か何かのように静かに走る護も行っている。
……不意に、護から見て前を走る凛の姿が掻き消えた……いや、飛んだ?
ちょうど目の前にあった休憩用であろう木製のテーブルを足場に、凛は飛翔する。ただ飛ぶだけではなく、白い翼を羽ばたかせて浮遊しながら、高所からの視界を確保して周囲に視線を廻らせる。……あれは?
……時間にして、およそ十秒。必ず訪れる落下の瞬間を、凛は許容して受け止めた。左腕を下にした姿勢で地面に叩きつけられる。
「んぅっ……!!」
地面の土で鎧の下の制服が汚れたことを気にせずに彼女は身を起こした。
「あっちの茂みに……人がいます」
「了解。ではそちらへ向かおう。……大丈夫か」
凛の身体に素早く視線を走らせ、異常が何もないことを確認した護は、凛が立ち上がるのを手伝うと、彼女の代わりに先を歩き始め。
ややあって二人は、茂みに隠れる一人の青い制服と、その近くをうろつくアノマロカリスを発見したのだった。
3班の対角線上……公園南方より動き出したイアンとチルルの2班も、自衛隊員の捜索を開始していた。
「非武装とはいえ、軍服ならそこのカモフラージュが一番良いのでしょう。……しかし時間はかけられません」
「そうだね! とにかく、早く見つけないと」
イアンの言葉に同意するチルルは、あちらこちらへ視線を遣りながら、元気に声を張り上げる。その動きに応じて『たわんたわん』と音を立てるビニールバッグには、彼女が用意した熱中症対策である飲み物が沢山入っていた。
「おーい! 撃退士のあたいが参上したわー!」
聞いているほうまで元気になりそうな声を響かせる少女の横を、やはり大声を上げつつイアンも歩く。樹上や茂みなどを重点的に見ていくのは、そこに隠れているかも知れないからだ。
「……あれは」
少年の視線に、何かが留まった。あれは……散乱したゴミとビニール袋だ。救出対象の自衛隊員はあそこで襲われたのだろうか。
そこからさらに動いたイアンの視線は、茂みに隠れる青い帽子を発見する。
「いた、あっちだ。行こう」
「うん、早く行こう!」
二人がその茂みに移動すると……果たしてそこには、一人の海上自衛官。年齢的に3曹のほうだろう。青い制服の腹部がどす黒くなっていた。
「助けに来ました。大丈夫ですか」
「お、おう……すまねぇ」
言葉をかけるイアンの横で、チルルは素早く救急箱を広げる。本当は安全な場所で応急処置をしたかったが、苦しげな様子を見るに今すぐ治療したほうが良いと判断してだ。さすが歴戦の撃退士、判断が早い。
広げられた救急用具を使い、二人で手早く3曹を手当てする。これで少しは安心だろう。
そういえば、まだ他班に伝えていなかったな。対象を保護した旨をイアンが無線で他の班へ伝えた、そのとき。
がさり、と不吉な草の音がした。
公園中央付近を行動しているのは、佐藤 七佳(
ja0030)とエルレーンの二人……1班だ。
身近な茂みやら木陰やらを覗きつつ、七佳は今回の敵について推察する。
「アノマロカリスに足は無い筈ですから、近縁種の一種であるパラペユトイアという生物をモデルにした可能性が高いですね」
「なるほど、そうなんだぁ……」
七佳の言葉に新しい知識を仕入れつつも、エルレーンは警戒を怠らない。声を張り上げる。
「かいじょうじえいたいの人ッ、おとなしくじっと隠れててね!」
大声で叫んだ後、息を継いでもう一声。
「私たち、撃退士が……天魔のえびさん、ころしてあげるからッ!」
言い終えてからふぅっと息をつく彼女の腕で、ビニール袋が揺れた。
「それは何ですか?」
ずっと気になっていたのであろう七佳の問いに、エルレーンは中身を取り出して地面に置きつつ答え。
「おうまさんのおにくは置いてなかったけど……どの種類のおにくに寄ってくるかなあ。自由けんきゅうレポートになりそうだね!」
中身は依頼前に急いで購入してきた肉類だ。その肉の匂いで敵を誘き寄せられないか、ということらしい。
「……ちょっと勿体無いですね」
黒髪の少女が、ぼつりとそう感想を漏らしたとき……
『全隊へ。こちら3班。救助対象の2士を発見。これより保護を実施する。オーバー』
『2班より各班。3曹を発見しました。応急処置も終わりましたので、これより退避させます』
彼女の持つ携帯通信機に2つの班から救助対象確保の報が入ったのは、ほぼ同時。
二人は顔を見合わせ、頷きあう。
「では、2班のほうへ」
「そうだね。早く行かなくっちゃ!」
1班の二人は、2班がいるであろう方向へ向けて駆け出した。
3班が遭遇したアノマロカリスは一体。頭であろう部分に付いた触手を振るって攻撃を仕掛けてくる。救助対象の2士からはやや離れた位置のため、彼に危害が及ぶことはないだろう。
二本の触手のうち、一本をアウルの光を纏う大剣で受け止め、その隙をもう一本の触手に攻撃されて傷付きながら、凛は密かに高揚を覚えていた。
自分を牽引しようとしているのであろう触手へ抗する手に、腕に、力が入り。
助けなくては…… 最初はいつもそう思う。ただ、それは理由をつけているだけ。痛みと赤い色の中へ身を投じたいだけの……。
……御覧なさい。向けられた敵意への恐怖は潜み、心が躍る。
「ふふ……」
無意識に笑みがこぼれた。
「カスタムを加えたからな……今度、科学室でカービン銃にしておくかな? ストックを装備させれば命中率は上がるだろうし。だがまあ、そのための軍資金のためにも死んでくれ。アノマロカリス君」
その触手に攻め立てられる凛を援護すべく、護はアノマロカリス本体に付いている黒い目のような部分へ銃弾を連続発射した。アウルを纏った銃弾が黒い球体へと吸い込まれていく。
……片方の目玉部分が液体のように弾けた。自分の目を失ったサーバントは苦悶するかのように身じろぎ、痛みのあまりに剣で受け止められていない自由な触手をでたらめに振り回す。
「新田原さん!」
「くあぁ……っ!」
そのがむしゃらな触手が、護を直撃した。かろうじて踏み止まるも、なかなか傷は深い。……だが、そのお陰で凛の受ける触手の圧力は弱まったようだ。
凛は大剣を深々と地面に突き刺して引き寄せる力に対抗すると、ヒヒイロカネからアサルトライフルAL54を取り出し、両手で保持して大剣へと絡みつく触手の中ほどに銃口を押し当てる。
刹那、けたたましい連射音。銃弾が高速で吐き出され、銃口の先にある触手を穴だらけにし、果ては千切れさせた。
目を潰されたのと同様の激痛にアノマロカリスが怯む。それでも何とか反撃せんと触手を伸ばすも……それは果たして、凛に届くことはなかった。
響くは一発の銃声。閃くはアウルの光に包まれた弾丸。
「……とにかく、射撃屋の仕事は撃つことと相場は決まっているからな。撃つだけだ」
敵が怯んだ隙に態勢を立て直していた護の必殺の一発が、アノマロカリスを貫いたのだった。
2班の元へ駆けつける途中にサーバントを発見した1班は、そのまま交戦に入った。
「砕けちゃえ! ころしてあげるよ、おばかなえびさんッ!」
エルレーンが二本の触手を巧みに掻い潜るとアノマロカリスを抱え込み、飛び上がる。
「てあぁぁぁ!!」
じたばたと抵抗を試みるサーバントを、そのまま頭から地面へと叩き付けた。衝撃がアノマロカリスを襲い、その行動の自由を奪う。
「まずはこれをっ!」
一方、魔法書を抱えた七佳は攻撃の意思を念じた。魔法書からふわりと現れた羽根の生えた光球が、行動不能に陥っているサーバントへ突撃し、その身を焦がす。
その結果を見届けてから、七佳はヒヒイロカネを取り出して刃の付いたパイルバンカーへと武器を変える。魔法書とパイルバンカーと、より有効なほうを見極めてから攻撃を加える意図だ。
一方のエルレーンは、次の攻撃を繰り出そうとしていた。
「萌えは正義ぃぃ……っ」
少女の中で、萌えに対する感情が昂ぶっていく。しかもただの萌えではない。男同士の絡みに対する萌えだ。
だが、そんな邪念(?)に感付いたか、サーバントは触手を振り回して近くにいるエルレーンを攻撃する……も、それはただ地面を抉るだけに終わる。
朦朧としているであろう意識の中での必死の抵抗だったのだろうが、そんなものが当たるはずもない。
エルレーンはアノマロカリスへ向けて加速し……脚に、乙女の想いを乗せた。
「へやぁぁぁぁ!!」
鋭い一撃――乙女の想いを鋭いと言って良いのかは謎だが――とにかく、強力な雷遁・腐女子蹴がエビのような体に突き刺さった。がりがりと甲殻を削り食い込む。
身を砕かれアノマロカリスは苦悶にのたうちまわるが、まだ決定打ではないらしい。どうやらそれなりにはタフなようだ。
その間に、七佳も走り出していた。
なぜ自分たちは天魔の命を奪わねばならぬのか。自分たちが家畜の命を奪うのと、天魔が人間を殺すことの何が違うのか……。
「同じ人間を護る」という理由を据えてはいても、しかし割り切れぬ思いはある。罪悪感もある。
……それでも。
「これはあたしのエゴですが……なるべく痛みを与えず、一気に仕留めますッ!」
七佳の背に純白の翼が二対現れた。少女は一気に加速を得て……空中へと上がっていく。
少女の小さな身体が、急加速からの急降下に転じた。その様はまさに、獲物へと襲い掛かる隼。
「これで終わりです……っ!!」
パイルバンカーの刃が一閃されると、加速によって得られた位置エネルギーが刃をさらに押し進め、アノマロカリスを切断していく。
それが七佳の必殺技「白隼」。終わる頃には、サーバントは息絶え消滅していた。
草摺れの音に間一髪だが気付いた2班は、3曹の隠れていた茂みから避退し、救助対象を先に公園の外へ逃がすことを選んだ。
「さぁ、僕を見ていて下さいね。そうです」
チルルが3曹を誘導している間、イアンは同じく避退しながらも敵を引き付け。
振るわれる触手を冷静に盾でいなすが、盾は一つで触手は二本。ときたま防御をすり抜けた触手がイアンの身体に触れ傷を付ける。
「もうすぐだよ! 急いで急いで!」
森の外縁……神社の境内へ続く道が見え、チルルの急かす声が聞こえる。あと少しだ。
そのとき、アノマロカリスの顔がぎろりと逃げる二人に向いた。タウントの効果が切れたか。
「ですが、手遅れでしたね」
森の中に駆け込んできて3曹を保護する自衛隊員と、こちらへ急いで戻ってくるチルルの姿を横目に見ながら、イアンは自然と笑みを浮かべた。あとはサーバントを倒すだけだ。
絶好の獲物を取り逃したことに腹を立てたか、アノマロカリスはいよいよいきり立ってイアンを攻め立てる。
だがイアンの守りは触手程度で崩すことは至難の業。攻撃は通らない。……とはいえ、触手の猛攻の前に防御を崩すわけにもいかず、イアンのほうも攻撃には移れなかった。
「ありがとう、イアン! あたいも行くよ!」
「お願いします」
守り続ける少年の耳朶を、元気いっぱいの声が打つ。エスコートの任を終えたチルルの到着だ。そのままサーバントへと肉薄し、その切っ先を繰り出す。
エビのような体に刃が突き刺さった。硬い甲殻に覆われていた中の体までを一気に貫通され、激痛にサーバントが身じろぐ。
その間にサーバントの側面へと回り込んだイアンは、ブラストクレイモアを取り出すと、尻尾目掛けてそれを振るい。
「さぁ、早めにお帰り願いましょうか」
重量のある大型剣は、大きめの尻尾を易々と寸断した。甲殻の破片を散らしながら地面へと落ちると同時に、アノマロカリスの抵抗も弱まる。
「あたいの新技を披露するときが来たようねっ!」
敵が弱まり好機と見たチルルは、急激に自身のアウルを奮い立たせた。
「さあ、時間よ凍てつけ! 氷静『完全に氷結した世界』!」
実際には、世界の時間は流れている。しかしアウルを活性化したその刹那、少女の時間認識は極大化され……チルルにはまるで、周囲のものが凍り、止まっているかのように見えた。
あとは、止まっているものへネフィリム鋼の刃を突き立てるだけ。
サーバントに、それを避ける術などありはしなかった。
二人の自衛隊員の保護は完了した。
どうやら、3曹が2士だけ先に逃がそうとして、二人は個別に保護されることになったらしい。
3曹の怪我も応急処置のお陰で命に別状は無かったとのことだ。
公園から出た六人の撃退士は、自衛隊員たちの感謝の拍手に迎えられた。
それに感動する者、恥ずかしがる者がいる中……。
「かかかか…かっこいいのっ、制服萌えっ、制服萌えなのぉ」
青い作業服姿を見たエルレーンは、逆に感動の声を漏らす。
一方、チルルは持参した飲み物を仲間たちに振舞っていた。
「しかし暑かったわね……飲み物でも飲む?」
めいめいがチルルの好意に与って飲み物を受け取る中、護だけは隊長格であろう金線の入った階級章を見つけ、その前に立つ。
「任務、完遂しました」
陸自式の肘を開く敬礼をしながら報告する少年に、指揮官は海自式の肘を閉じる敬礼で答礼したのであった。