交差点に怒号が飛び交う。
撃退庁に所属する撃退士たちが、突撃銃を撃ち放ちながら、多頭戦車の君臨する領域へと突入する。
「負傷者を運べ! 援護射撃もだ、敵の頭を押さえろ!」
援護射撃に守られながら、公務員撃退士たちが傷付いて倒れ伏した少年少女たちを拾い上げ、一人また一人と後退する様子を高倍率スコープ越しに見ながら、建物の上で狙撃銃を構えていた森田良助(
ja9460)は、悔しさに唇を噛んだ――。
遡ること、十数分。
東西南北を繋ぐ交差点を封鎖し撃退庁の部隊を撃破した多頭戦車ディアボロ「ウニベルマーグ」に対し、学園側撃退士を召集しての攻撃作戦が発動された。
作戦に従い、地上から迫る班と建物上より狙撃する班に分かれているが、幸い敵はまだこちらの動きに気付いていない。
「こいつはここで仕留めないと、後々の被害が大きくなるな」
建物の陰で隠れるようにしつつアウルの光を纏うのは、御影 蓮也(
ja0709)。得意とするワイヤーを手にしている。
その言葉にふんと鼻を鳴らしたのは、眉の短いのフランス人男性。
「仕留める、ね。お偉い役人が束になってかかって無理だったのにか?」
にやりと笑うロベル・ラシュルー(
ja4646)は、しかし言葉とは裏腹に眼前の交差点に在るディアボロへと視線を向けて、頭の中で攻撃のシミュレートをしていた。
先の言は、素直ではない彼の性格ゆえか。
一方、ラグナ・グラウシード(
ja3538)は眼前の戦車の美的センスの無さを糾弾していた。
「何と言う禍々しい戦車だ……! 作った者のセンスが知れるな」
「これも、元は人の死体から作られたのでしょうか」
ラグナの言葉を聞きながら、ハートファシア(
ja7617)も静かに死者の変じた怪物を黄泉へと返すことを誓う。
「そろそろ始めよう。狙撃班は準備完了だって」
ワイルドハルバードの重さを掌に感じながら仲間たちへ声をかける鈴代 征治(
ja1305)は、しかし東向きで鎮座している多頭戦車ディアボロを一瞥して呟いた。
「……悪趣味だなぁ」
交差点の角にある三階建ての屋上には、良助とラファル A ユーティライネン(
jb4620)が狙撃班として布陣していた。
その対角線上にある七階建ての三階には、同じく狙撃班の佐藤 としお(
ja2489)が配置している。
「でけー。マウスよりでけー」
その敵の大きさを、ハツカネズミの名を持つ以前の戦争での試作超重戦車の名を出して形容するラファルだったが、四つの小さな頭が一つの大型頭を挟み込む形状はむしろ、T-35重戦車のようであった。
「地上班、準備完了。いつでもどうぞってさ」
光信機を持つ良助からの報告に、ラファルが笑みを浮かべる。
「りょーかい。じゃ、こちらも始めますか」
ヨルムンガルドを構えて狙撃態勢に入る良助の横で、ラファルの義肢が拡張・変形していく。数瞬の後には、金髪の少女は戦闘形態へと移行していた。
大型化し安定した四肢を以って、スナイパーライフルCT-3を構える。スコープに映った多頭戦車のドラゴン頭は、完全にレティクルに収まって。
――同じ機械の身体でもな、俺はお前ほど奇怪じゃねぇ。
そしてラファルは、戦闘開始を告げる最初の引き金を引いた。
銃弾のようなアウルが、まっすぐにドラゴン頭へと吸い込まれる。
続いて良助の放った弾が車体に命中し、強固な装甲を融解させるとほぼ同時、別方向の建物よりとしおがドラゴン頭を照準に収めた。
このソフトモヒカンのお調子者、しかし歴戦のインフィルトレイターである少年は、敵への射線が通る部屋を探し、その中ほどより射撃することで敵に対する隠蔽を企図したのである。
この意図は、功を奏した。
「うん、良い場所を見つけた」
蒼い光を宿したスナイパーライフルを構えつつ言葉を発するも、動くのは口だけで構えられた狙撃銃は微動だにしない。部屋にあったソファ等の備品により、立射の姿勢を安定させているのだ。
そして、引き金が引かれ……蒼い銃身から蒼いアウルが飛び出す。天界の力を受けたアウルは、ディアボロのドラゴン頭に確かに命中して傷を穿ったのだった。
そのようにして敵が多方向より狙撃を受けている間に、地上班の撃退士たちは散開しつつ敵に接近を開始している。
「よし。次だ、次!」
ここまでは順調、ここまでは作戦どおり。ここまでは。
第一射の命中を確認したラファルは、続けてドラゴン頭に狙いを定める。敵は図体がデカい、だから狙いより連射だ。
そう思いつつ再びスコープを覗き、ドラゴン頭を視界に収める。
――目に入ったドラゴン頭は、彼女のいる屋上を見据えていた。
「まずっ――」
光学迷彩は間に合わなかった。
お返しとばかりドラゴンの口より放たれた炎は、三階建ての屋上を建物ごと融解させながら薙いでいき。
共にいた良助は間一髪で回避に成功するものの、なまじ射撃体勢に入っていたラファルは回避が遅れてしまい、その機械の肢体を焼き払われる。
ひとたまりもなかった。
撃退士のうち一人を倒した多頭戦車は、さらに移動を開始した。交差点内からは出ずに、七階建てのふもとへ。三階の部屋の中ほどより射撃していたとしおだったが、これにより敵は射線から外れてしまう。
としおは、展開していた狙撃銃を抱えると迷わず、この状況で射線が通るであろう二階への移動を開始した。
敵が移動する間にも、地上班は接近を続けていた。
移動した戦車の左側にある蛇頭と猿頭が、それぞれ近付いて来る撃退士に気付くものの、遅きに失したことは否めない。
そのときには、撃退士たちは位置取りを完了していた。
「これからが始まりだよ!」
夢に見る恋人との喫茶店を営むためには平和が必要で、群馬の、この戦いはそのうちの一歩。負けるわけにはいかない。
ウニベルマーグから見て左前方へと躍り出た征治は、エネルギーを溜め込んだハルバードを構え、振り抜いた。
放たれた黒い光の衝撃波が空間を奔り、左前方の猿頭から中央のドラゴン頭を一切の容赦なく貫いていく。
征治に続き、蓮也やロベルやアカネ・ポーヴル(jz0153)といったルインズブレイドたちも封砲を撃ち、多くの頭を巻き込んでダメージを蓄積させていった。
ラファルが戦闘不能に追い込まれたものの、良助はまだ健在で、その隙にドラゴン頭を狙う。撃ち放ったアウルの弾には天界寄りの力を乗せており、当たれば大きなダメージとなろう。
しかし。
左前方の猿頭がぐりんと良助のほうを向いて口を開くや、それと同時に耳障りな高音が発せられたのである。
「……くっ」
向けられた良助が思わず顔を顰めたが、それは目の前で起こった現象への反応でもあっただろう。
違わず敵へ向かっていたはずのアウルの弾丸は、鳴き声と同時に発射された魔力の衝撃波に煽られ、弾丸状を保てずに解けて消滅した。
その様子を見ていた征治が、今は自分のほうを向いていない猿頭の側面に回りこみつつ再び封砲を放つも、一瞬で征治のほうを向いた猿頭は、迸ったアウルの衝撃波に魔力の衝撃波を当てることでかき消す。
「くっ、だめですか!」
「いや、だめではない!」
――こちらの攻撃を阻む能力があることは知っていた。だが、それらを行うには口を開かねばならないだろうとも思っていた。
その瞬間を待っていた蓮也は、征治の攻撃をかき消し終えて無防備となった左前方の猿頭を狙い、車体前面へ走りこんだ。その手にある蒼く細い光は幻想的で、まるで少年がこの世に降臨した天使ではないかと思わせる。
「駆けろ、真弾砲哮(レイジング・ブースト)!!」
手にしたワイヤーにアウルを纏わせた蓮也は、触れる敵を撃ち抜く弾丸となったそれを、左前方の猿頭目掛けて投擲した。
蒼光を纏った弾丸は違わず、口を開ききったままの猿頭の口内に飛び込んでこれを撃破し、さらにそのまま後ろのドラゴン頭と蛇頭を貫いていく。
醜悪な姿に違わぬ耳障りな咆哮を挙げ、二つの頭が同時に苦悶を示したのだった。
なおも攻撃を続けようとする撃退士たちに対し、ウニベルマーグは行動を取る。
移動しつつ、さらに右側の履帯だけを動かして方向転換していく。ほどなくして、地上班に対し左側を晒していた敵は、今度は右側を見せるようになっていた。
「設置旋回か。ダメージが溜まっているってことだ」
呟く蓮也だが、正しくは信地旋回である。
だがこの旋回で、撃退士のうち数名が敵の至近へと近付く格好となった。
ドラゴン頭は天を向くと、その数名に対し炎の迫撃砲を降らせる。瞬く間に、車体の周囲に炎の環が現出した。標的は蓮也とハートファシア、そしてアカネ。
「あと、お願いしますハートファシアさん!」
「アカネさん、逃げて下さい!」
アカネがハートファシアの前に出て盾となり、激しい炎に炙られて気絶する。一方の蓮也は高温により身体能力が低下するものの、耐え切った。
「くっ……戦車の弱点といえば底面。効いて下さい……」
目の前で味方がやられた焦りからか無表情に一筋の汗を伝わせつつ、ハートファシアは黒色の大鎌の石突を地面へと突いた。
その瞬間、多頭戦車の車体の下より紅紫色の刀剣や槍が出現し、ディアボロの車体へと突き刺さって。地上より不意の一撃……いや、無数撃を食らわせたアウルの刃はそして、花弁のように砕け、そして散る。
威力は決して低くない、刃の魔法による攻撃。効いていれば傷は浅くないはずだった。
……しかし。
美しい光景が終わった後には、何事も無かったかのように多頭戦車ディアボロが在ったのである。
「効かなかった……」
一度下がってスキルを入れ替えようとした黒髪の少女は、しかしそれを達することは出来ない。
下がろうとするハートファシアは、しかし右後方の猿頭からの衝撃波を受け、意識を手放した。
戦況は、撃退士不利に傾きつつあった。
その後も戦い続ける撃退士たちではあったが、二階部分より狙撃を続けていたとしおがドラゴン頭の炎に飲み込まれ、ロベルやラグナも蛇頭の攻撃により傷を受ける。
猿頭の、魔装をも貫く衝撃波は猛威を振るい、これにより蓮也が戦闘不能になるなど、撃退士たちを消耗させていった。
「このままではジリ貧か」
まだ頭は減りきっていないが、この状況を打破しなければこちらが負ける。
ロベルはぐぐと両脚にアウルを纏わせると、全力で跳躍。
一瞬の跳躍で多頭戦車を眼下に見た青年は、さらにその一瞬の後、見事に多頭戦車の車体上部へと着地していた。
ぬめる足場がロベルを襲うが、彼は上手く滑らずに耐えたようだ。左右にはまだ健在な蛇頭と猿頭があるが、フランス人青年の狙いはただ一つ。
「そうだ、お前だ醜い龍!」
両手に携えられた二本の炎の剣が振るわれる様は、『神の美』の名に相応しい美しさと言えるだろう。
ロベルは迷うことなく、両手の剣をドラゴン頭へと振るった。右、左と剣が切り裂くたび、ドラゴン頭の傷が増えていく。
すでにかなりのダメージを与えたはずだが――。
頭の片隅でちらとそんなことを考えつつ、しかしいまだ動きを止めないドラゴン頭へ向けて、ロベルはさらに追撃の剣を繰り出したが、しかし彼に出来たのはそこまで。
ようやく背中に乗られていることに気付いた蛇頭と猿頭の挟撃により、フランス人青年は深い傷を負って気を失うことになる。
……しかし、そのロベルの行動は決して無駄ではなかった。
一時的とはいえ敵の頭の全てがフランス人青年へと向かったため、遠距離攻撃手段を使い果たした征治とラグナは、妨害を受けることなくウニベルマーグへと肉薄出来たのである。
二人は迷うことなく、車体の出っ張りに足をかけて車体へとよじ登った。ぬめる足場にも、脚を踏ん張って耐えるが――
「ぐああ、気持ち悪いな!」
粘液でベチョベチョのヌルヌルである。ラグナが思わず声を上げる。
それでも何とか、ツヴァイハンダーの切っ先をドラゴン頭へと向けたラグナは、自らの頑丈さを攻撃力に変換する大技を放ち――は、出来なかった。
猿頭の鳴き声が響き、衝撃波が爆発寸前のアウルを消滅させる。
「おのれ、まだ使えたというのか!」
「ラグナさん、伏せて!」
最も厄介な頭の最も厄介な妨害に大技を阻まれ悔しさを滲ませるラグナへ、しかし間髪入れず、戦車の背に相乗りした仲間の鋭い声が飛んだ。
「わかった!」
短く答えた自称非モテの青年が身を屈めるや否や、風圧と血しぶきが彼を撫でる。
屈んだラグナの目に入ってきたのは、ワイルドハルバードを振り抜いた姿で静止している征治。そして、同時に切り裂かれて傷を刻まれる三つの頭だった。
「今です!」
「ああ!」
何が今なのかは、もう考えるまでもない。一を聞いて十を知る。歴戦の撃退士ならではのやり取りだろう。
ラグナは素早く立ち上がると、粘液で滑る足元をしっかと踏みしめながら、非モテの大剣を改めてドラゴン頭へと向けた。
「リア充への憎しみ……存分に喰らうがいいッ!」
振り抜かれた大剣は、渾身の一撃。鉄壁の如き守りの力を刃のアウルへと変換した一撃。
……まぁ、リア充への憎しみとか言われると八つ当たりにしか聞こえないのがアレだが。
ともあれ、何者にも阻まれることなくドラゴン頭へと到達したツヴァイハンダーの刃は、まるで包丁が豆腐を割くが如くディアボロの頭を切り裂いて、一生治ることは無いであろう深い裂傷を刻み付けたのだった。
三階建ての屋上で、良助は狙撃による支援を続けていた。
狙撃の合間には敵の頭の動きを逐一報告し、さらに敵の攻撃を射撃により妨害するなど、縁の下の力持ちの如き働きを見せていた少年だったが、しかし彼一人となってしまった支援だけではどうしようも無い。
地上に降りて応急手当を行うことも検討したが、彼が行動を起こす前に地上班は壊滅的打撃を受けていた。
「せめて、あれだけでも……」
ならば。
せめて一矢報いなければ、倒れた仲間たちに申し訳が立たない。
二人が乗っているディアボロの車体。その左後部に、見るからに傷だらけで動きの鈍い蛇頭を認めた良助は、ヨルムンガルドの照準にその敵を収めた。
呼吸を整え、照準の中の目標に集中し。
そして。
吐息が、止まる。
「――っ!」
乾いた音と共に飛び出したアウルの弾丸は、さらに攻撃的なアウルを纏って鋭さを増して。
そして、蛇頭の眉間へと突き刺さった。
断末魔の叫びを上げ、動きを止める蛇頭。仕留めたか。
「……っ!」
良助がスコープを少しずらした、そのとき。
照準の中には、二人の撃退士が猿頭の衝撃波を受けて倒れる光景があった。
結局、急を聞きつけた撃退庁の部隊が救援に駆けつけ、戦闘不能に陥った学生たちを救出した。
ウニベルマーグは車体左側の二つの頭が撃破され、ドラゴン頭が瀕死になるも生存し、撃退庁の救援と同時に県庁方面へ転進。
ここに、前橋市の交差点を巡る戦いは終わったのだった。
終