群馬総工場の内部を目指す撃退士たち。
最初に飛び出したのは月詠 神削(
ja5265)だった。周囲に目をやりながら走りつつ、視界に一般人が映らないことに密かに安堵する。
「ならば、突破を目指すまで」
彼らの目の前には、四体のディアボロがいた。いずれも腐った人間の上半身を載せた蜘蛛型。
神削に続いて、槍でディアボロを刺し貫くのは、旅団【カラード】を率いるリョウ(
ja0563)。絶命した腐乱スパイドがぼろぼろと崩れ去る。
「……趣味が悪い。人を命として扱わぬ報いは、いずれ受けさせてやる」
過去の経験から冷静な性格に育った黒の少年ではあるが、だからといって何も感じないわけではない。ありていに言えば不愉快だった。腐った人間を使ったディアボロも、生きている人間を狩りの獲物に使う太田市の敵も。
神削とリョウが敵を仕留めたことで、進路が開いた。残りの六人はそこを目指して駆けていく……のだが。
「空襲ですっ! 注意を!」
陽波 透次(
ja0280)の緊迫した声が響くや、撃退士たちが見上げた空には三つの黒い影。情報にあった戦闘機型ディアボロか。
それに対し、撃退士たちの対応は迅速だった。透次、リョウ、神削の三人が周囲へと投げたそれは、地面に転がったのちに激しく煙を噴出する。
ハヤブサの襲撃を、発煙手榴弾でかわそうというのだ。
だが、それには弊害もあった。
移動力に劣るため遅れていたイアン・J・アルビス(
ja0084)が巻き込まれ、視界を奪われたのである。
さらに、悪いことは続く。
遅れている撃退士を見てとった残り三体の腐乱スパイドが、煙をものともせずにイアンに襲い掛かった。……とはいえ、これはイアン自身が敵を引き付けるためタウントを使っていたためもあったのだが。
「くっ、なかなか鋭い攻撃をしますね」
視界が無いなか、集中攻撃を受けるイアンは持ち前の防御力で耐えるしかない。さらに上空のハヤブサがイアンを銃撃し、彼の傷は増していく。
――これで良い。これで仲間は無傷で突入できる。
刻まれる傷は仲間を仲間を守った証。口をぎゅっと引き絞りながら、攻撃に耐えるイアン。
結果的に彼が工場内に突入したのは、制限時間まで一九〇秒のことだった。
●事務所
市民が囚われている可能性が高い箇所の一つ、工場内の事務所。
そこへ突入したB班のユリア(
jb2624)とシスティーナ・デュクレイア(
jb4976)は、事務所内へ突入した直後、六体の腐乱スパイドによる半包囲を受けていた。
部屋に突入したときにはすでに完成していた半包囲、さぞ二人とも不意を突かれたであろう……と、思いきや。
「リョウさんの報告のとおりでしたね」
「無かったら拙かったね」
システィーナの助けに来た旨を市民へ知らせる叫び声に反応し事務所入口に敵が集まっている、という偵察結果を伝えたのは、先に壁走りで事務所の窓の外へと到達していたリョウだった。
彼がいなければ、事務所突入の直後に奇襲を受けていただろう。
「っ! ……悪趣味、ここに極まるという事でしょうか……」
自分らを半包囲する腐乱スパイドの姿に、お嬢様然とした少女は言葉を詰まらせる。こんなあからさまに人間を弄ぶなんて……。
だがその直後、システィーナは行動を開始していた。包囲する敵の最も左端に位置するスパイドに肉薄すると、拳と手首を覆うマグナムバーストにアウルを乗せる。
「せめてこの一撃で、安らかに眠ってください」
言うが早いか繰り出された拳が狙うのは、スパイドの上半身。その頭部。
ぐにょりという感触と共に潰されたそれが重い一撃に耐え切れず爆ぜる。スパイドはまだ生きているが、瀕死には違いない。
その瀕死の敵を轟音と共に貫くのは、月光色の光の粒子――ユリアのMoonlight Burstだ。
「時間がないんだから、速攻で行かせてもらうよ」
範囲攻撃で一体目のスパイドを倒したユリアは、早くも次の敵へと狙いを変えるも、しかしここで敵は動いた。二体と三体に分かれ、それぞれユリアとシスティへ殺到する。乱戦を形成した。
ユリアとシスティーナの傷が増える中、しかし敵は完全に二人の少女に夢中で――だからこそディアボロたちは、ユリアのMoonlight Burst使用と同時に窓から室内へ入ったリョウの存在に気付かなかった。魔法の轟音が窓の割れる音を掻き消した。
「皆が繋いでくれた時間だ、貴様らに邪魔はさせん」
スパイドの一体の背を白銀の槍で刺し貫くと、不快な叫びを挙げディアボロがまた一体と絶命する。
その後、遅れていたイアンが合流した。
「……なるほど」
視線を巡らし、一目で戦況を理解した風紀委員の独立部隊を率いる少年は、すぐさま自らのアウルをオーラとして纏う。
その輝きに、乱戦を形成していたはずのスパイドが惹き付けられていくと、もはや戦闘は一方的だった。
スパイドは集中攻撃してもイアンを倒すことは叶わず、一体また一体とB班の攻撃により沈み、殲滅されるまでにそう時間はかからなかったのである。
そしてB班は、事務所の奥に捕らえられていた市民二〇人の救助に成功した。
制限時間まで、一〇五秒のことだった。
●生産ライン
元は自動車工場だった工場の、中核とも言える広い場所に到達したA班を迎えたのは生物的な見た目に変貌した空間と、スパイドを随伴した戦車ディアボロ――ロジーナだった。
「ここは任せて、皆さんは攻撃に専念を!」
見える敵を仕留めねば市民の捜索は儘ならないだろう。――理不尽に殺される人々を、一人でも多く助けたい。
すぐさま透次が他の三人より先に駆け出し、陽波家に伝わるアウル制御術「鳳凰臨」が発動される。それを脅威としたのだろう、敵の注意が透次に向いた。
その隙に、アステリア・ヴェルトール(
jb3216)とミリオール=アステローザ(
jb2746)、そして神削がロジーナの側面への迂回行動に入る。
ロジーナは三人の迂回を気にも留めず、その主砲から透次へ砲撃を繰り出した。……が、姉想いの少年にはかすりもしない。砲口の向き、飛来する砲弾。彼はよく見ていた。身を捻った瞬間、携えた「水鏡」の銘を持つ日本刀が煌く。
そうして、かすりもしない砲弾を戦車ディアボロが送り続けること、数度。
「金床にばかり気を取られすぎたな」
神削ら三人は、被害無く敵の側面を取ることに成功した。
まず、神削が霧状のアウルを噴出、打撃をぶつけて爆発させ直線上のスパイドもろともロジーナを薙ぎ払うと、次いでミリオールが右腕に接近戦用の杭打ち機を光らせながら翼を顕現しつつ、戦車の背中にふわりと降り立つ。
「急いでますの、邪魔しないで欲しいですワっ!」
ふわりと着地した天使は、その綺麗な印象を微塵も残さない強烈な一撃をロジーナの砲塔後部へと叩き込んだ。
起爆剤として杭を打ち出すアウルに込められているは、冥魔に強い毒性を持つ異界物質を再現したもの。射出と同時に鋼鉄の杭を覆う白銀の輝きは、この場所へ至るまでの時間にミリオールが準備したとっておきの一発だった。
毒性の異界物質ごと弱い部分を穿った杭に、苦悶の声を上げるが如く戦車ディアボロが砲身を暴れ回らせる。ミリオールがそれで振り落とされ、さらに頭の止まった先にいたアステリアが機関銃射撃を受けた。
飛び散る自らの血に――魔龍は凄絶な笑みを浮かべ、その本性を現しかける。
――スパイドと同じく、この戦車ディアボロも市民の成れの果てなのだろうか。ならば、殺すことが救い。
――それは本音なのか? 救いなど本当はどうでも良いのではないのか?
高揚感と一抹の疑問に包まれたまま、しかし身体は戦い方を知っている。機関銃射撃で麻痺し動けなくなった脚の代わりにアステリアが取り出したは、長身の狙撃銃。
「お前の血を、浴びさせなさい――」
そして魔龍は、引き金を引いた。
思わず本性が出てしまったことに自己嫌悪するアステリアをミリオールが慰める中、作業員の休憩所であったろう小さなブースに市民の生き残りが発見される。
その数、一〇人。
彼らを救出したA班は、次の探索場所へ向け移動を開始したのであった。
制限時間まで、あと一〇五秒。
●食堂
四人のB班が次に向かったのは、工場内に併設された社員食堂だった。
通路とは壁で隔てられた食堂内の状況を入口の扉から確認するのは、リョウだ。扉に設置された覗き窓から中を窺う。
リョウの目に入ってきたのは、生物の体内を思わせる禍々しい装飾が施された食堂。見える範囲に囚われた市民どころか、ディアボロの一体すらもいない。
それらを伝えた上で、さらにリョウは続ける。
「ユリアとシスティーナは傷が思ったより深い。ここは俺とイアンで行く」
ディアボロすらいないとなると、伏兵もしくは罠が配置されている可能性がある。先の戦闘で傷を負った二人に万が一が無いように、と。
「……わかりました。ご武運を」
ユリアが援護射撃の態勢に入り、頷いたシスティーナがその護衛に就く中、リョウとイアンは扉を勢い良く開け内部へと足を踏み入れた。
――瞬間、襲い掛かるのは雷光の魔法。
「ぐっ」
「くっ」
二人が同時に顔を顰める。それほど威力のある攻撃ではないが……やはりあったか、トラップ。
それでも、イアンとリョウは素早く歩みを進める。その度に、雷光のトラップは二人を消耗させていく。
「まだスキルが残っていれば……!」
痛みに歯を食いしばりつつ進むイアンは、工場入口と事務所の激戦を経て、すでに自己回復スキルを使い切っていた。残っていれば、これぐらいのトラップは何ほどのことも無いのに。
一方のリョウは、生物的な壁に脚をかけると、迷わずそこを走り出す。それは罠が発動しないかどうか、の試みであったが。
「くっ、だめか!」
どうも罠は、その食堂の空間全体を対象としているらしい、壁でも変わらず雷光に打ち据えられて知る。
男二人が苦しみながら前進する中、女二人は心配そうに見守るしかない。彼女らが仮に突入していたら、傷をより深めて倒れ伏すだけだったろう。
「ごめん、二人とも……」
「どなたか! 生きている方はいませんか!」
個人防衛火器の銃口を内部に向けつつも、苦しむ二人に謝るユリア。二人のために何か出来ないかと、入口から大声で食堂内へ呼びかけるシスティーナ。
食堂内を進む二人だけではない。全員が戦っているのだ。
だが、終わりが来ないものはない。キッチンに辿り着かない食堂もまた、無い。
痛みに耐えつつキッチンへと突入したイアンとリョウが見たものは――
もぬけの殻だった。
キッチンは罠の範囲外らしく、雷光の魔法は飛んでこない。ゆえに少し余裕を持ってキッチン内を見回った二人は、
「人がいた形跡はありますね。それも近々まで」
「となると……ここに捕らえられていた人は、すでに連れ去られたか」
この食堂一帯に市民が収容されていたのは、服が脱ぎ捨ててあるなどの状況からも疑いない。あの食堂のトラップも、市民を逃がさぬためのものだったのだろう。
「空振りでしたか……」
助けられなかった悔しさと、復路でも遭うであろう雷光の罠に若干気分を暗くしつつ、イアンは呟いたのだった。
●保管倉庫
生産ラインの延長線上には、かつて作ったばかりの自動車を保管する倉庫がある。……いや、あった。
生産ラインから続いて保管倉庫へ移動したA班の前に立ちはだかったのは、またしてもロジーナとスパイド。見たところ、戦力的には生産ラインの守備と変わらない。
……ならば、戦術も変わらない。
「先、行きます!」
透次が体内で威圧のアウルを練りながらロジーナ目掛けて前に出ると、敵戦車のほうもそれに応じるように砲塔を旋回して砲撃開始。
速度と身のかわしを身上とする少年が迫り来る砲弾を軽やかに避け、次の攻撃に備えようと足を踏みしめたとき。
「!?」
身体に異変を感じ、全体を痛みが走る。それでも、回避態勢に入っていた少年はかろうじて次の砲撃を横飛びで避けたのだが。
同時に、同じ現象は迂回する三人をも襲っており、そしてその痛みの正解にいち早く至ったのは、ミリオール。
「これは、アウルなどの力に反応して発動する対侵入者用トラップですワっ」
かつて天使として悪魔などと戦った経験のあるミリオールはそして、その外敵を意識したトラップの存在に生存者の存在を確信する。
――人が生きられ、逃げにくい場所……なるほど、あそこは最適ですワ。
だが、今はまず目の前のディアボロを倒すことだ。
トラップの発する痛みに耐えながらも、神削とアステリア、ミリオールが戦車の側面を取る。この展開も、生産ラインの戦いと変わらない。
そのとき、ロジーナの砲塔がぐりんと側面を……神削へと向いた。どうやら、近付く敵を認識し、距離のある透次より先に排除すべきとの本能が働いたらしい。
砲身は真っ直ぐに暗器術使いの少年を見据え、砲弾を撃ち放った。
「避けるわけにはいかないか!」
――どこに市民がいるかわからないからな。
流れ弾の発生を防ぐため、向かってくる砲弾に対し少年は腕を十字に交差させこれを正面から受け、腕に伝わる衝撃に歯を食いしばりながら耐える。
ダメージが薄いと見たロジーナがさらなる砲撃態勢に入るものの、このディアボロに出来た抵抗はそこまで。ミリオールとアステリアの集中攻撃を受け、スパイドともどもあの世へと送られたのであった。
ミリオールの進言により保管倉庫の管理事務所へ踏み込んだ撃退士たちの前には、二〇人からなる憔悴した市民たち。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
自らにすがりつく頬のこけた中年男性を安心させようと、アステリアは騎士の顔を一時だけ脱ぎ捨てて、少女の笑顔を向けたのだった。
●脱出
救助した市民は、合計で五〇人。
五八人の人間は、リョウが予め調べていた裏口から太田市内へと脱出する。
そのとき……。
「くっ、空襲だぁ!!」
市民の誰かの叫び。緩降下してくるハヤブサとの間に入って、その影で地べたを這う市民を守ったのは――空中で警戒していたミリオール。
「そうくると思っておりましたワ!」
当たらずとも、攻撃できる位置に就かせなければ良いのですワ。
ミリオールの懸命の牽制によって、ハヤブサは攻撃の機会の多くを逸し、ハヤブサによる市民の被害は四名にまで抑えられた。
彼女の行動が無ければ、さらに被害は多かっただろう。
太田市役所。
窓から外を眺めつつ、太田市の悪魔アクァ・マルナーフは部下の報告を受けていた。
「群馬総工場の人間どもを残らず連れ去られた?」
勝ち戦にも関わらず玩具と食糧を同時に失うという晴天の霹靂に、しかしアクァはただ目を細める。
「思ったよりはやるようね、撃退士というのも」
作ったディアボロの遊び相手ぐらいにはなりそうかしらと、儚げな表情に残酷な笑みを浮かべて、太田の悪魔は微笑んだのであった。
終