駆けつけた撃退士たちと冥魔勢が対峙する。
かつて自らを負かしたシュトラッサーの、夕陽に照らされる無残な姿に、月詠 神削(
ja5265)は複雑な思いを抱いていた。
(やり切れないな……俺を負かした相手が敗北したところを見るというのは)
大剣を取り出しつつ、それから視点を不愉快なヴァニタスへと戻す。
グールの壁の向こうで、軽薄な男は撃退士たちをねめまわしていた。
「おおっ……よく見りゃ、カワイコちゃんが三人もいんじゃねぇか?」
口角をつり上げるアルズアックに、にやりと笑みを向けるのは黒百合(
ja0422)。
「あらァ、女の子を苛めちゃダメよぉ?」
どことなく妖しげな雰囲気は、その口調から来るのか。
その横で堕天使のメレク(
jb2528)が、視線を外しながら呆れたような顔を返す。
「下らない……良いからきちんとズボンを履きなさい」
「へっ、本当は俺のが見たいんじゃねぇのか。見たいなら見せてやるぜ?」
言われたヴァニタスは、下卑た視線をそのままにしつつも言葉とは裏腹に、見せびらかそうとはせずズボンを履き直した。
一方、ユウ(
jb5639)はその敵の言動に、露骨に顔を顰めて。
「汚らわしい……そんな粗末なものなど、誰が」
不愉快な気分を隠そうとはせず、投げつける言葉も刺々しい。普段は、笑顔を絶やさない少女なのだが。
「んなこと言って……今夜は俺のことを忘れられなくしてやるから、覚悟しなオンナども? 俺のは――」
「ああ、無理はしなくていい。頑張って人語を話す必要はない。君は君らしく鳴いていいのだ。ウッキー、とね?」
軽薄男の言葉を遮るようにして、鷺谷 明(
ja0776)が言う。浮かべられた笑みに不快感と挑発を乗せて。
「しかし、天魔の力は驚嘆すべきものだな。猿に人語を解させるとは」
明はさらに言葉を重ねて、敵を煽っていく。
「猿以下の食料が何をほざいてんだ、あぁん!?」
思いっきり煽られつつ、アルズアックはグールたちに前進の指示を出した。
雑談の時間は、終わったのだ。
前進する四体のグールに対し、まずは黒百合が動いた。
素早い動きでグールたちの側面に回り込むと、携えた漆黒の大鎌に黒い霧を纏わせ。
続いて振るわれた刃から飛翔した黒い斬撃が、グールの身体を一撃で切り裂き、真っ二つにする。
「こんなんじゃ、すぐに忘れちゃうわァ……?」
グールを一体片付けてから挑発するように笑む黒髪の少女に、ヴァニタスは凄惨な笑みを向けたのみだった。
その黒百合に遅れること数瞬、撃退士たちが動き出し始める。
メレクとユウが翼を広げて空中へと展開し小銃を構え、ラグナ・グラウシード(
ja3538)もまた小天使の翼で浮遊して、空中に手のひら大の炎を設置していった。
地上ではアスハ・ロットハール(
ja8432)と咲村 氷雅(
jb0731)が迂回しつつ倒れたシュトラッサーの元へと向かい、また明がヴァニタスを引き付けるべく前進する。
そして神削は、二体のグールを直線上に見るように動きつつ、
「今はここだな、最も有効な射線が取れるのは」
グールたちへ向けて一瞬で息を吹きかける美貌の少年。
その吐息の色は黒く、直線的に二体のグールを覆う。
続けて、霧のような黒い吐息に向け、神削がグランオールを撃ち付けると……。
十六メートルの直線に渡って、爆発が起こる。
暗記術を応用した弐式《烈波・破軍》で二体のグールを瀕死に追い込んだ神削は、さらに追撃をかけて、グール一体を撃破した。
ほぼ同時に、メレクの射撃が降り注いで瀕死だったもう一体のグールを破壊する。
「助かる!」
「まだ油断はせずに!」
短く言葉を交わして、二人は次の目標へと向かった。
「ちっ……『狩り』殺した市民どもめ、クソの役にも立たねぇなぁ、おい!?」
付近で戦闘中の他のグールを呼び戻すべきか思案しつつ、自ら前進したヴァニタスはグールと交戦していた撃退士を狙う。
「殺っ――」
「――たとでもォ?」
標的となったのは黒百合だったが……ヴァニタスの魔法ワイヤーが殺到し刺し貫いたのは黒髪の少女ではなく、一着のスクールジャケット。
空蝉の術。ニンジャの代表的な技の一つである。
そこへ、一個目のトーチを設置し終えたラグナが登場。
「外道はどうしようもないな! リア充以下だ!」
外道とリア充が比較対象になろうとは、神様も思うまい。
ラグナは八つ当たりの白き波を放ち、外道ことアルズアックを攻撃した。
対するヴァニタスは、魔法ワイヤーを舞わせるように腕を振るって、うっすらと見えるワイヤーで網目状のドームを形成する。
殺到した白い波は、魔法のドームにぶち当たって……次の瞬間にはズタズタに切り裂かれ、千切れて散った。何条かがヴァニタスに当たるが、彼はそれを意に介していない。
「んだぁ? 今のシケた攻撃は。んなへっぴり腰でオンナとヤってんのかテメェはよ」
くひひ、とバカにしたような笑いを漏らす軽薄外道男に、ラグナは状況を理解した。
「触れるものは何でも切り裂くのか……っ」
それが人間の身体でも、アウルの塊でも。
猿腕のヴァニタスはラグナの言葉に否定も肯定もせず、ただ笑っているのみだった。
立ちはだかった二体のグールを、ユウと神削の援護射撃を受けつつ撃破したアスハと氷雅は、彼らの目指すところ……シュトラッサー・零式のもとへと辿り着いた。
折りしも零式を運ぼうとしていた三体のコボールト……子供大の人狼型サーバントは、二人の姿を認めると移送を中止して、それぞれ剣と盾を構える。
二人のことを、敵と認識したか。
「戦うつもりは無い、が……」
呟くアスハだが、相手はそうは思ってはいない。そう思う知能も無いだろう。
氷雅も、仕方ないという顔をして銀色の拳銃を構えた。
「交戦は避けたかったが、そういうわけにはいかないか」
あの敵の情報も得たいからな。言葉が終わるや否や、人魔のハーフはコボールトへと射撃を開始した。
銃弾型アウルが胸部に突き刺さったコボールトが怯むも、他の二体が剣を振りかざして勇敢にも氷雅へと立ち向かう。
斬りかかって来る剣を右に左に避けると、最初に銃弾を食らったコボールトが攻撃態勢に入っていた。
「……っ!」
数撃ちゃ、を地で行くサーバントたちの攻撃であったが、それもそこまで。
「待たせた、な」
誓いの闇を纏うために出遅れたアスハが、コボールトのうち一体を貫く。
想定外のダメージを受けた氷雅も、すぐに態勢を立て直して、アスハに加勢する。
程なくして、三体のコボールトはその全てが撃破されたのであった。
氷雅らがサーバントと矛を交えるときから、少し遡り。
「猿と戯れるのも、悪くはない」
ラグナのリア充滅殺剣を悠々と凌いだアルズアック。その敵の元に突撃したのは、夜色の斑紋を蠢かせる少年・明だ。
ドーム状に張り巡らされたワイヤーの結界に、前に進むたび全身を切り裂かれつつも……しかし、彼は笑みを浮かべて、敵を、的を、目指す。
「バッカじゃねぇの!? 自分から飛び込んできやがってよォ!?」
嘲笑する『猿』の言葉には耳を傾けず、結界を抜けた明は、変わらない笑い顔を『猿』へと向けた。
そして、彼は口を開く。
「糸の結界か。ちなみに私も罠を一つ仕掛けていてね」
「んだとォ――」
突如として轟音が鳴り響く。ヴァニタスの足元より現れたのは、異形の大顎。巨大な砂蟲のようにもラフレシアのようにも見えるそれが、身動きの取れぬヴァニタスを下半身から噛み砕かんと牙を突き立てた。
明の分体による攻撃だが、見ている者も受けた者も、それが最初から仕掛けられた罠であるように感じたことだろう。
異形はすぐに霧散して消えたが、不意の攻撃による傷は消えはせず。
アルズアックの顔は、怒りに震えていた。
「エサのクセに上等じゃねぇかぁぁ!!」
叫ぶ男の足元に、魔法陣のようなものが展開されたかと思うと、次の瞬間には、まるで影で構成されたような狐型のディアボロが三体、殺意をむき出しにしながらアルズアックの周囲へと出現していた。
「三体同時、だと」
「逝っとけやエサガキがあぁぁ!!」
回避には自信があるからこそ、明は前衛でアルズアックの相手を引き受けた。それは間違いではない……敵が一人だけであったのならば。
群がる影狐にもう一発の喰罠を放ち一矢を報いた明ではあったが、結界を無理矢理に突破した際の傷が深く、また数に任せる狐たちのラッキーヒットを受けて、彼は地に倒れ伏した。
「全く、派手にやられた、な……キミともあろう者、が」
「くっ……何とでも、言え……」
コボルトを殲滅したアスハと氷雅は、シュトラッサーの少女の悔しげな顔と対面していた。
すでに戦う力も無いのか、零式は荒い呼吸で二人の顔を眺めるのみだ。
「……これでも着ておけ」
「……感謝する」
全身をずたずたにされ見るも無残となったを見かねたか、氷雅はジャケットを取り出す。
されるがままにジャケットをかけられる零式だが、それでも吐息の間から何とか小声で礼を述べる。言葉を発するのも苦しいのかも知れない。
「礼は良い。それより、あのヴァニタスの情報が欲しい」
「……」
話すとでも思うのか、と言いたげな瞳で氷雅を見る零式だが、それが本気だと悟ったらしい。
荒い息をふぅと落ち着けて、口を開こうとした、そのとき――。
血しぶきが舞い、アスハや零式に降りかかる。
氷雅の胸を貫く魔法のワイヤーは、彼の身体を抉り、傷つけ。
数瞬の後にはそれは引き抜かれるが……支えを失った少年の身体は、重力に従って地面に叩き付けられる。
倒れた少年の後ろには、猿腕のヴァニタスがいつの間にか立っていたのであった。
哄笑、哄笑、哄笑。
不愉快な笑い声が、夕暮れの駅前に響く。
「この俺にィ! 背ェ見せて無事でいられるとでも思ってたのかよォ!? ぎゃはははは!!」
返り血を浴びながらも、それを意に介さないアルズアック。
彼は明を撃破し、新たに召喚したディアボロを撃退士へとけしかけた後、不意に「シュトラッサーの元にいる撃退士」を発見し、背後から攻撃をかけたのだ。
明の他には黒百合がアルズアックを押さえるべく動いていたが、明の伏した後、歴戦のニンジャとはいえたった一人でヴァニタスを押さえられるわけもない。
撃退士たちの、ディアボロを優先しすぎる作戦が裏目に出た形だった。
すぐ隣にいた撃退士が倒れ、その背後に敵を確認したアスハは……それを認識した瞬間、傍らに落ちていた抜き身の日本刀を手に取っていた。
零式が得物としている、V兵器の刀。笑い続けるヴァニタスに肉薄し、それを振るう。
「彼女らへのツケ、払ってもらうぞ、ヴァニタス」
袈裟懸けにされた刀を腕で防ぎつつ、アルズアックは舌打ちした。
「んだそれ。あの使徒オンナの意趣返しのつもりかァ!?」
片腕で防御しつつももう片方でワイヤーを展開しようとした猿腕の男だが――
「たまには後ろから入れられるのもオツなものよねぇん?」
妖しげな声が響くや、飛来したアウルがヴァニタスの背に突き刺さる。思わずたたらを踏み、ワイヤーの展開を阻止される。
何事かと見たアスハの視線の先には、駅舎の二階でスナイパーライフルSR-45を構える黒百合の姿。
さらにそこへ、影狐を仕留めた撃退士たちが合流する。
「お前を非モテにしてやる!!」
「いや、それはおかしいだろう……」
地上からはラグナと神削が。
「二度と、粗末なものを見せびらかせなくしてあげます!」
「見せびらかす隙は見逃さないけれど」
空中からはメレクとユウが。
その来援に、ヴァニタスはまたも舌打ちしながら、わずかに距離を離す。
そのまま結界を展開し、撃退士が追ってくるのを待ち受ける策のようだ。
最初に反応したのは、神削。最後の弐式を放たんとヴァニタスを射線に収める。
「――!?」
途端に、少年の視界が黒に包まれた。何も見えない。敵の能力か。
だが、神削はヴァニタスの位置を記憶している。脳裏に焼き付いたそれを目掛けて、黒い霧を放った。
吹き出された黒い液体が、アルズアックの方向に向かうも……。
手ごたえは、無い。
「どこ狙ってやがんだこの男オンナがぁ!!」
馬鹿にするような笑いに歯噛みする神削。
視界を奪われた仲間が、最後の遠距離スキルを外した様子を見ていたユウは、はっとして叫ぶ。
「月詠さん、ペンライトを持ってましたよね!? それを!」
神削が影響を受けたのに、自分たちには何の影響も無い。ならばそれは、煙幕や目潰しの類ではない。暗闇にいるときと似た状態なのか。
果たして、ユウの言葉どおりにペンライトを手に取って作動する神削。
――視界を失ったときと同様、途端に視界が開けた。
「お前の手品は、仲間が見破ったようだぞ」
舌打ちするヴァニタスの肩を、神削の放ったアウルの矢が貫く。
一方、ベネボランスへと持ち替えたユウは、一撃を見舞うべく降下を開始。途中で結界に阻まれ、斬り傷を刻まれながら……しかし彼女は、気までを持っていかせはしなかった。
「たああぁぁぁ!!」
気合いとともに突き出された『慈愛』の名を持つ槍は、ヴァニタスの脇腹を抉り深手を負わせる。
「あとでヒイヒイ言わせてやるからなぁ、覚悟しときやがれメス悪魔がぁぁ!?」
猿腕が恨みの叫びを上げる間にも、攻撃は続く。
『あれで斬られたら非モテがうつる』とさえ囁かれる大剣を構えて、躊躇無く結界内へと飛び込むのは、ラグナ。ユウと同様に全身を刻まれるが、そんなことより非モテのほうが辛い。この程度はへっちゃらだ。
「女性の窮地は見過ごせぬ!」
「ぐっ!?」
上段から振り下ろされた剣は、アルズアックの肩口に深々と食い込み、その余裕を奪い去った。
それでも、結界を解除したアルズアックは、反撃とばかりユウの身体に魔法ワイヤー絡ませ、締め付ける。
全身から血を噴き出したはぐれ悪魔の少女は、今度は気を失って倒れ込んだ。
続けてラグナを……と振り向くヴァニタスだが――
「やらせると、思っているのですか」
その瞬間、メレクの構えたアサルトライフルMk13が火を噴いた。
空中からの激しい、それこそ雨のような弾に反撃を妨害され、ヴァニタスは憎々しげに黒髪の天使を睨み付ける。
アルズアックの攻撃は、メレクには届かない。彼は、あの堕天使の攻撃を受け続けることになるだろう。
そして、下卑て狡猾な男は、思い至る。潮時だと。
「ちっ……」
舌打ちを一回、魔法ワイヤーを展開した。ドーム状ではなく……トランポリンのように。
「てめぇら、いつか絶対殺すからな!! ちくしょう、群馬はどっちだよ!?」
典型的な捨て台詞とともに、ヴァニタスは弾力を持たせたワイヤーを足場に跳躍。いずこかに去っていったのだった。
その後、市内のディアボロは全滅。
瀕死だったシュトラッサーも別のサーバントに回収され、今回生起した戦いは幕を閉じることになる。
終