六人の撃退士が、目的地へと転送される。
彼らの前に広がるのは、長い間守られてきた敵地だった。
左右に荒廃した街並みを見ながら歩くと、不意に踏んだ瓦礫が弾かれてかたかたと音を立てた。
群馬県、太田市。その偵察を請け負った撃退士のうちの一人、エルフリーデ・クラッセン(
jb7185)は身体を輝かせながら、弾いた瓦礫を目で追いつつ呟いた。
「出来るだけ情報を持ち帰れ、かぁ」
実に大雑把な指示。逆にそれは、取得情報の取捨選択が依頼を受けた者に任せられている、ということでもある。
「ね、大丈夫?」
「うぅ、まさか重傷になっちまうとはな……」
エルフリーデが気にかけるのは、光を纏いつつ歩くラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
ラファルは、先日に参加した依頼において重傷を負ってしまい、それを押しての参加だった。短期間でも自らの住んだ地域がどうなっているのか……気にならずにはいられなかったのである。
なお、彼女のみは常に遮蔽物を求めて動いており、時折他の撃退士と離れることがままあった。
「ベースキャンプに……できそうな……ところ……」
一方、空と地図とを交互に睨みつつ歩を進めるのは、金色の光を纏う柏木 優雨(
ja2101)。撃退士の両親から生まれた少女は、今後の活動に必要であろうベースキャンプ候補地を探していた。地図に因れば大通りを挟んで公園が二つ。後で行ってみなければならないだろう。
そうして優雨は、先ほどからしているように、地図を見る合間に空を見上げて上空を警戒しているというディアボロの姿を――
「敵……っ! 空、から……っ!」
弱々しい声は、警告の叫びに変わる。
エルフリーデや優雨、イシュタル(
jb2619)が回避行動に入る……しかし、三体の「ハヤブサ」と呼ばれるレシプロ戦闘機型ディアボロの襲撃は、撃退士たちが回避行動に入るより早かった。
一航過で弾丸の雨が降り、少女たちの身体を容赦なく切り裂いていく。
だが、旋回し再び攻撃に移ろうとしたハヤブサは、それを実行することは無かった。一撃目と二撃目(予定)の空白の間に、三人の撃退士はそれぞれ建物などに隠れて姿を消したからである。
攻撃対象を見失ったハヤブサは、その場から飛び去っていった。知能はあくまでディアボロであった。
「……いやぁ、危なかったな」
苦笑いしながら言うのはラファル。遮蔽物に隠れつつ動いていた彼女は、最初から発見されることなくハヤブサの攻撃をやり過ごしたようだ。一発でも当たれば昏倒では済まなかっただろう。
「しかし、なぁ」
現地に着いて、まだ一〇分程度しか経っていない。敵襲が早すぎはしないか。
ここで、エルフリーデがぱちんと手を叩いた。
「そうだ、光纏っ。ここは敵地なんだしさ」
敵地での偵察だというのに、誰も光纏のオーラを消していない。これでは、自分は侵入者ですと看板を掲げて歩いているようなものである。
四人は光纏のオーラを消し、改めて行動を開始したのだった。
それから偵察は、当人たちも驚くほど順調に進んでいった。
何といっても、町中に殆どディアボロがいないのである。たまに上空をハヤブサが飛んでいくが、どうやらこれも定期的にルートを回っているだけらしい。
「……いくつか……あるようだけれど……決まったルートなの……」
優雨は、ハヤブサの飛行ルートを、すでにベースキャンプに適した場所が記された地図にプロットしていく。ハヤブサは一定地点を基点に、扇状に飛んでいるようだ。警戒に便利な飛び方なのだろうか。
一方、イシュタルは敵の戦力や指揮官の情報を収集したい考えだったが、
「驚くぐらい、町中にディアボロがいないわね……」
町中で見かけたのはハヤブサぐらい。ゾンビといった一般的なディアボロでさえ、お目にかかれない。敵地にも関わらず、である。
「いささか、拍子抜けしたかしら」
せめてハヤブサの数ぐらいはと、飛んでいるのを確認してはメモしていくが、同一の固体も混じっている可能性があり、数に正確さを期すことは出来ないだろう。
エルフリーデとラファルは、情報源として住民……すなわち生存者を探していた。
その途中でラファルは、使い捨てカメラにより展開中のディアボロや防衛設備等の撮影を試みるが、建物の一部が崩れている他は、驚くほど無防備で。野戦築城どころか、ディアボロすらいない。
「どうなってやがんだ……これは」
「住人もいないね。情報、足りるかな」
訝る金髪ロング少女の声に、心配する金髪ポニテ少女の声が重なった。ここまで何事も無いと、不気味ですらある。
「だが、解せねぇ。情報にあった戦車ディアボロも見当たらない。じゃあ建物が崩れてる理由は……?」
ラファルが重ねて疑問を口にしたとき。
どこからともなく、甲高く短い音が響き渡った。
時は少し遡る。
ケイ・リヒャルト(
ja0004)と藤村 蓮(
jb2813)は、他の四人とは別行動を取っていた。
その目的は――ケイのほうには本拠地の割り出しや敵の画像の確保等もあったようだが――敵の能力の分析。
つまり、戦車ディアボロ……ロジーナとの積極的な交戦にあった。それに、偵察なら班を分けたほうが効率が良い。
……もっとも、光纏のオーラを消し忘れ、空襲を食らったのは想定外だったが。
「今後のためにも、出来る限りの情報を入手したいところだけれど……」
思わず呟くケイの視線は、何も無い周囲を見渡して。
「敵さんがいないのではな」
同意するように頷く蓮。……最も蓮の場合、内心ではほっとしている面があることは否定出来ない。友人のケイのために頑張るつもりではあるが、戦車型などと聞いただけで怖い。
だが、そのとき……ケイの長い睫毛に彩られた緑色の瞳が、視界の端に動くものを捉えた。いや、捉えた気がした。それは、曲がり角を曲がるかのように、すぐに消えてしまったから。
現在地からの距離は、少し遠かったように思う。
「蓮、今のは見えて?」
「今の? いいや、俺には」
友人の返答に、黒アゲハがその白く細い顎へと手をやる。もしも、あの動体が本物なら。
「……行きましょう、蓮」
「それは良いが、どこへ?」
優しい友人の問いに、ケイは答えた。
「もちろん、お仕事へ」
ケイが見たという曲がり角を曲がると……果たして、そこには人間に対し発砲する戦車ディアボロの姿があった。
曲がり角に近付くまでに、射撃音と破砕音と悲鳴とを聞いていた二人は、すでにそれぞれ得物を取り出し終わっている。
まず、蓮が先制した。ディアボロは狩りに忙しいらしく、背後に出てきた二人の撃退士に気付かない。
「友人のケイがいる。頑張るしかない」
空間を舞うのは、北欧神話の蛇の名が冠せられたワイヤー。それは確実に戦車ディアボロの弱点とされる、砲塔後部を傷付ける。
ロジーナはその一発に気付かない。無我夢中で、逃げる人間を主砲で撃とうとするも……しかし、戦車ディアボロの視界は霞み、真っ直ぐ撃ったはずの砲撃は、大きくぶれて逸れた。
甲高く短い音が青空に響く。
実は最初の一撃で、蓮は攻撃と同時にアウルの靄を戦車へと纏わせ、その認識を狂わせていたのだ。その影響がもろに出た形である。
その間にケイは道路の反対側へ移動し、遮蔽物に身を隠す。ヴィントクロスボウD80を障害物の上に載せて安定させつつ、妖艶なる少女は敵の弱点目掛けて引き金を引いた。
飛翔する、アウルの矢。
それは、違わずに戦車の弱点部分……砲塔側面を貫くと、様子がおかしいことに気付いたか、ロジーナは砲塔を旋回させる。
そうして回った砲身の先には、ワイヤーを構えつつ回避の態勢を取っている蓮がいた。
車体をも旋回させ、ディアボロは攻撃態勢を整える。
蓮への注意を逸らそうと、ケイは再びボウガンを撃つが、弱点部分に刺さったアウルの矢にディアボロは興味を示さない。体が大きいので、感覚もその分鈍いのかも知れなかった。
一方の蓮は、
「それで良い」
旋回の直後に撃ち放たれ始めた機関銃の雨を難なく回避していく。運動は父に似ず苦手であったというが、そのステップだけを見る限りは、とてもそうは思えない動きだ。
瓦礫に脚を取られぬよう注意しつつ、時には身体を捻り、時には軽く跳躍して。
ロジーナの機関銃は主砲同軸、つまり主砲の横に付いている。つまり、その銃口さえ見切れば避けれることも可能なのだが……それにしても、雨あられと降り注ぐ弾丸に掠り傷一つ負わないのだから、見事なものであろう。
戦車への二回目の目隠を除けば、それから動かなかった戦況。
それを変えたのは、撃退士側の増援だった。
ケイたちとは反対側の曲がり角から戦場に突入してきたのは、優雨ら四人の撃退士。
「これがT-34-85型ディアボロね」
言いつつ気配を消していくイシュタル。そのまま背後に回りこみ、様子を窺うと共に奇襲攻撃を仕掛ける算段なのだ。
「来たか」
なおも敵の機関銃を避けつつ、目の端に味方の姿を捉えた蓮だったが、しかしここで集中が僅かなりとも削がれてしまう。
ロジーナはまるで、その一瞬の隙を見つけたかのように、車体を後退させた。そして、長大な砲身が蓮へと向けられ……。
「レン!!」
「――!?」
気付いたときには、ロジーナの主砲から吐き出された砲弾が、蓮の身体を打ち据えて巻き込んで爆発していた。吹き飛ばされ、気を失う少年。回避のために生命力を削っていたのが、裏目に出たか。
倒れ伏す友人の姿を見たケイは、しかし同時に、たった今友人を倒したロジーナに隙を見出した。
――敵は蓮を倒して注意がそちらに行っている。今ならば……!
クロスボウを携えつつ物陰から出たケイは、そのまま戦車の車体側面へと肉薄する。これなら主砲は撃てない。
遅まきながら気付いたロジーナが、砲塔を一気にケイへと回す。主砲ではなく、その横の機関銃で接近者を攻撃するも、当たらない。蓮の与えた目くらましがまだ効いているのだ。
主砲の死角に入り込んだ少女は、そのままクロスボウを砲塔側面へと向けた。番えられた矢に、星の如き光が集い、輝き始める。
「護れなかった連のためにも――!!」
引き金を引く。アウルに輝く矢は真っ直ぐに飛び出し、その射線上にある砲塔側面へと突き刺さった後、霧散した。
あまりの痛みに戦車の車体が震えるが、しかしそれで終わりではない。
主砲がケイのほうを向いたことで、増援の四人の前に、弱点がはっきりと晒された。この好機を活かさない撃退士たちではない。
まず、優雨がケイとは反対側の側面に肉薄した。
「これ以上、好き勝手はさせないの」
雷を意味する霊的な紋様が描かれた、普通は手に持って使うものであろう護符を手に巻きつけている少女は、戦車ディアボロの履帯を目掛けてパンチを繰り出した。
拳が当たった瞬間、護符より雷の刃が飛び出して目標を撃ち貫く。おっとりした少女には、およそ似合わない攻撃法(当社比)であろう。
だが、その威力は高い。履帯の破壊には至らなかったようだが、少なくないダメージにはなっているはずだ。
そこに飛び込んでいくのがエルフリーデである。走りこんで来てからの、全力での跳躍。ポニテを揺らす少女は放物線を描いて――ロジーナの車体の上へと、着地した。本当は砲塔に降りたかったが、ちょっと距離が足りなかった。
「上、取ったぁ……」
安堵したように呟いてから、エルフリーデは改めて砲塔へとよじ登る。その腕には、大型フライホイールとシリンダーを内蔵した、まるで特撮ヒーローが使うような格好良い籠手が装備されていた。
そのまま振り上げた拳の狙いは……ロジーナの、主砲の砲身だ。
「砲身へし折れば、戦力半減以下だよ……ね!」
言いつつエルフリーデは、籠手へとアウルを注ぎ込む。フライホイールが唸りを上げて回転し、シリンダーが稼動して籠手が十全であることを示した。
その拳が……勢いを付けて振り下ろされる。
「はあぁ!!」
輝くアウルと共に、衝撃が砲身の根元を貫通していった。
並みの、例えば骸骨兵ならば粉々になるであろう一撃。攻撃を受けた砲身は、どうやら想定以上の頑丈さだったらしく、その一発を受けてもなお顕在だった。
……だが、砲身もディアボロの身体の一部。ロジーナ本体へのダメージは殊のほか大きかったようだ。
戦車がぐらつく。
だがそれでも、ロジーナは耐えていた。強力な攻撃を何発も受けて満身創痍となっていたが、なお懸命に砲塔を回すと共に車体を動かして距離を取ろうと、戦いを続けようとあがく。
「もう終わりよ、ロジーナ。大人しく、あなたが殺めた人々の後を追いなさい」
軽蔑するような、しかし凛とした声が響く。ロジーナの砲塔の後ろに回りこんでいたイシュタルだ。同時に優雨も側面より仕掛ける。
だが、このイシュタルの動きを戦車ディアボロは知覚出来なかった。大天使メタトロンの名を持つ聖槍を持つ堕天使は、気配を消したまま、その強力な槍を敵の弱点に突き立てたのである。
同時に履帯側面を襲った雷と併せて、それらの攻撃は、戦車ディアボロを破壊するのに十分だった。
戦いの終わった後、六人の撃退士たちは、五人の人間と一人の撃退士との合流を果たした。
戦闘の騒音を聞きつけたハヤブサを屋根のある建物でやり過ごしつつ、優雨は生存者にパンや飲み物を配る。煤けて疲弊していた生存者たちの顔に、わずかながら笑顔が浮かんだ。
一方、撃退士は先遣隊の生き残りだと述べ、同時に先遣隊が壊滅した理由を語る。
「偵察し終えたところに、彼らが……人間が逃げてきたところを見たんだ」
曰く、この太田市では市民は完全には殺されておらず、ごく少数の生き残りが市の北部にある工場に監禁されている。
戦車型のディアボロのストレス発散のために、たまに工場より『放流』されては殺されていく。それを、町を支配する悪魔は『狩り』と呼んでいる……。。
「酷い話だな。あいつらにとって、俺らはそんなんか」
ラファルが怒りの感情を篭めた言葉を紡ぐ。ちなみに、彼女は戦闘中、そのスキルを最大限に活用して隠れていた。重体ゆえのやむを得ない行動である。
「でも、その敵は連携しているわけではないようね」
ケイの言うとおり、派手に戦闘をやらかしたのに、他の戦車ディアボロは現れなかった。敵の規模を知りたかったケイとしては不本意なことだったが。
「そういえば、敵の指揮官ってどんなんなの?」
その金髪のドイツ少女の問いは、スポーツドリンクを飲む市民のほうに向けられて。
男はペットボトルから口を離すと、頷いた。
「悪魔アクァ・マルナーフって名前で……無念や悪意を司ってるって話だ」
その後、撃退士たちは生存者たちと共に収容班と合流、撤収することに成功した。
彼らの持ち帰った様々な情報は、多いに役立てられるであろう。
終