銃口より連続して吐き出される小さなアウルが、空しい音を立ててその表面を撫でる。
「撃て、撃て! 頭を押さえろ!」
千葉市内の駐屯地の南端に追い詰められた陸自の撃退士は一〇名。
いずれも自動小銃で絶望的な抵抗を示すが、彼らに近付くそれは、そのささやかな抵抗をものともしない。
――天界軍の装甲車。
地面を踏みしめる車輪の音が横に並んで、じりじりと男たちに迫りつつあった。
茂みの近くで血を払う少女を掴まえたのは、四人の撃退士だった。
「ヒサシブリだな、サキモリ……足はもう大丈夫、か?」
開口一番、一歩前に出つつそう声をかける紅髪の青年は、アスハ・ロットハール(
ja8432)だ。
「お陰様でな。お前も、もう傷は良いようだな」
言葉を返すシュトラッサー・零式。その彼女の格好に、アスハは違和感を覚えた。
豊満な胸元まで覆うタイツ状の衣服に、腕甲や脚甲を付けている。上腕や太腿などは露出しているが……普段の零式ならばしないと思われる、珍妙な格好だった。
不可解だが、同時に許せない。
そんなアスハの思いは知らずか、その彼の傍らで、久遠寺 渚(
jb0685)が目をきらきらさせつつはしゃぐ。
「何だか、物凄い格好良い鎧です! 私も欲しい!」
……欲しいと言われても、和服美少女である渚には壮絶に似合わないだろう。
一方、そう言われた零式は露骨に顔を顰めた。
「……。好きで着けているわけではない」
だが、そんな使徒の思いはどこ吹く風。渚と同じように目を輝かせる少女が、もう一人。
「ワふっ、何ですのあれ……カッコいいですワっ!」
人間界に惚れ込んで堕天した少女天使、ミリオール=アステローザ(
jb2746)だ。
彼女は、自身の得物とする金色の直剣を取り出しながら、天真爛漫な笑顔を使徒へと向ける。
「……それに、全力で楽しめそうなのですワ」
それは、楽しくなりそうな予感に胸を輝かせる少女の顔だった。
かつて振るっていた天使としての技。
それをアウルで再現した銀色の鍵をミリオールが発現させたとき、戦いは始まった。
その鍵の輝きを隠れ蓑に、ヤナギ・エリューナク(
ja0006)と渚が潜行行動に入る。
「……気配を消したか」
だが、零式はその二人には気を回さなかった。
何より結界を張って周囲の防御力を高めているミリオールが厄介と見たシュトラッサーは、日本刀を脇構えにすると一気に跳躍、堕天使を狙う。
もとより初撃から回避出来ると思っていないミリオールは、それを正面から受けた。敵の技の見極めも兼ねて。
「まだまだ、平気ですワ」
日本刀の一閃が少女天使を打ち据え、周囲に衝撃波を放つ。追加装甲の影響か、技が強化されているようだが、それはミリオールに重傷を負わせるには至らない。
「無意味な殺戮の、ツケを払ってもらおうかっ!?」
刀を振りぬいた使徒の背に、突如として声がかけられた。同時に使徒へ向かうのは、気配を殺して背後に回りこんだヤナギの放ったアウルの棒手裏剣。
戦闘が開始される前は飄々としていた青年は、しかし内心で使徒による意味の無い殺戮に怒りを覚えていた。
怒りの棒手裏剣が、違わずに使徒の背に突き刺さる。
十分なダメージではなかったようだが、それは零式の気を逸らせるに十分。
その隙を、渚が狙う。
「石化しちゃえば、こっちのもの……っ」
淀んだオーラがシュトラッサーを包み、さらに砂塵がその身を打ち据える。
その一発に思わず顔を顰めるシュトラッサーだが……しかし、石化はせずに耐え切ったようだ。
だが、それにより意識がさらに分散する。その瞬間を襲うのは、先の攻撃を凌いだ少女天使。
「さぁさぁ、こちらからも行くのですワ!」
彼女が手元に生成していく黒球は、天使の精神吸収を撃退士の技術と合わせ、昇華したもの。接触した相手の命を吸収するコラプサーが、ミリオールより放たれ、使徒へと向かう。
「くっ」
だが、その状況でもなお、使徒は避けてみせた。跳躍して逆さまになると、そのまま片腕を付いてさらに跳躍、後ろへと逃れる。
黒球が、零式の消えた地点を通過し霧散。
一方、跳躍して難を逃れたシュトラッサーの着地先を見越していたアスハは、その瞬間をこそ狙っていた。
着地した先へ、側面より仕掛ける。
――やはり、彼女の機動力を増す代物だったな。
紅髪の青年は、自身の予想が当たっていたことを確認する。零式とは何度か交戦しているが、あそこまで身軽だった覚えは無い。
「無粋、だな。その装甲、剥がさせてもらう」
振りかぶったバンカーは、アスハのアウルの流入を受け、さらに巨大化した。そうして貫通力の上がった得物を、零式へと突き立てる。
一発、二発、三発、四発、五発。
全ての杭が直撃し、空薬莢が音だけを跳ねさせたとき、その衝撃に零式の身体は大きく揺らいだのであった。
四人の撃退士が使徒と戦っているのと同じ頃。
敷地の南側に追い詰められた陸自の撃退士を救わんと行動に移ったのは、やはり四人の撃退士だった。
彼我の距離は……二〇メートルも無いか。
「弱いものイジメをするのは……あいつら? よーし、お仕置きだ」
陸自隊員が聞いたら涙しそうなことを呟きつつ駆け出すのは、緋野 慎(
ja8541)。その手に「神の腕」を意味する金属の糸が握りつつ、装甲車の片方を狙う。
同時に、桐原 雅(
ja1822)も突撃を開始する。狙いは慎とは別の装甲車。今回、撃退士たちは二輌の装甲車を各個に狙う戦術を採用していた。
一方、敵の装甲車は斜め後方より迫る撃退士たちへ反応を示さない。慎の読みどおり、堅牢な装甲に包まれている分、視界は大きく制限されているようだ。
二人の撃退士は、それぞれが担当する敵装甲車へと肉薄した。
「こちらを脅威と感じさせて、注意をこちらへ向けさせる……っ」
雅は駆け込む勢いをそのままに、ほのかに光る白絹の光沢を放つサイハイソックスに包まれた美しい脚を、一回転しての回し蹴りと共に無骨な装甲へと突き立てる。
美しい脚線が直撃した装甲車は、吹き飛ぶことも怯むこともなかったが、しかしその一撃の衝撃は中で操縦する骸骨兵の注意を引くに十分であったようだ。装甲車Bの足が止まった。
他方、慎は自らの手にあった金属糸を振るう。
「いくぞぉ!止まれぇ!」
装甲車へと打擲された神の腕の一撃は、装甲を撫でるだけに終わるが……しかし、慎の狙いはそこではなかった。
打ち据えられた装甲車Aが、その動きを止める。自らの影を縫い止められて。
装甲車の二〇メートル近く後方からその装甲車を狙うのは、御守 陸(
ja6074)だ。
銃に感情は要らない。息を殺し、心を殺し、敵を殺せ……。
スナイパーライフルCT-3を構え銃床に頬をやりながら目を瞑り、いつもしているように、自らへと暗示をかけていく。そうしないと、潰れてしまうから。
――だが、それも数秒の出来事。やがて、すっと開かれた陸の瞳は、金色に輝いていた。
金色の瞳が、狙撃銃のスコープを覗き込む。狙いは……慎の影縛りで動きを止めている、装甲車Aだ。
「……これ以上は、進ませません。ここで撃破します」
言いつつ、陸は引き金を引き絞る。同時に銃口から飛び出したアウルの弾丸は一瞬の後、貫いた弾痕を中心にその装甲を腐敗させていった。
一方、それらの攻撃を受けた二輌の装甲車はというと……突如として砲塔の上面ハッチが開き、中から骸骨兵が姿を現した。
どうやら、周囲の状況を確認するため、車長役の骸骨兵が上半身を露出させたようである。
それは、雅の突撃に遅れつつも前進し、空より装甲車Bの砲塔を無力化せんと狙っていたメレク(
jb2528)にとって、幸運だった。
黒髪の天使が手に持つは、雷の矢を撃ち放てる魔法書。その射程内にはまさに、無防備にも上半身を露出した骸骨兵がある。
「迂闊ですね……ですが、この好機は逃しません」
翼を広げて滞空したメレクは、魔法書を広げると、その上にそっと手を乗せる。そして、その狙いを定め……。
手にした魔法書から、雷の矢が放たれた。それは蛇行しつつも狙い違わず、骸骨兵を撃ち貫く。その瞬間、迂闊にも上半身を出した装甲車Bの車長は、消し炭となって消滅した。
僚友が消し飛んだのを見て、装甲車Aの車長が慌てて車内に退避する。
そして装甲車Aは、その砲塔を旋回し始めた。狙いを、装甲車Bに取り付かんとする雅へと定める。装甲車A自体には慎が肉薄していたが、彼は上手い具合に攻撃を受けない死角へと位置取っていたため、狙える相手を狙おうというのだろう。
雅へ向けられた砲身から、二五ミリの砲弾が発射される、のだが。
「そんな見え見えの攻撃になんてっ」
向けられた砲身は、次に誰が攻撃されるのかが丸分かりだった。そのまま雅は装甲車Bへとよじ登ることで、砲撃を回避する。
だが、雅によじ登られた装甲車Bは、これを振り落とさんと急加速を開始した。一瞬の後の急ブレーキ。車輪が地面を噛み締め、土煙を巻き上げる。
「!?」
一方の雅は、予想外だったか。
華奢な身体が跳ね、地面に叩き付けられる。さらに……身を起こそうとしたベレー帽の少女が目にしたのは、自身を轢かんと再び加速した装甲車の姿と――その前面に設えられた、ハッチ型の装甲で守られた覗き窓。
渾身の体当たりを受け、少女はまたもバウンドしながら地面を跳ねた。
地面に転がった雅へと追撃をかけんため、装甲車Aはその砲身を身を起こさんとうごめく少女へ定めた。
――それは、狙撃手にとっては決定的なほどの隙。
「やらせません……っ」
狙いを定めた陸の一発が、銃声と共に飛翔する。目標が細く、本来ならば難しいであろう狙撃は、しかし父母より過酷な軍事訓練を受けた少年には容易い芸当だったのかも知れない。
一発の銃弾が、今まさに砲撃せんと指向した対戦車砲の砲身を貫き、破壊する。
それを好機と見てとった慎も、今だ動けぬ装甲車Aに取り付き、砲塔上面にあった車内へのハッチをこじ開けた。どうやら、慌てて退避した車長役の骸骨兵は、ロックをかけ忘れていたらしい。
そのまま忍者の少年は、「神の火」の名を持つクローに究極の紅き炎を纏わせると、一気に振り抜く。緋色の光線が装甲車Aの車内を暴れ回り、車長役を消滅させた。
一方、身を起こした雅は、覗き窓の存在から操縦手がいることを予測する。
「装甲に守られているからって……安全とは限らないんだよ」
再び装甲車Bの正面へと近付いた少女は、アウルで輝く美脚を武器に、後ろ蹴りを放った。足先が前面装甲に突き立った瞬間、衝撃波が装甲車の中を駆け抜ける。
アウルの一点突破で貫く、発勁……。それは、装甲を貫通し操縦手をも葬り去った。
その後、装甲車Aの操縦手も、同じく雅の脚により僚車の後を追うことになる。
使徒と四人の撃退士による戦いは、機動力が強化され身軽になり攻撃を避け続ける零式と、高い防御力で使徒の攻撃を引き受け続けるミリオールの泥仕合の様相を呈していた。
ありていに言って膠着していたのであるが、時間は撃退士たちに味方していると言える。
「くっ……エンジェルズシェアはもう持たないか……っ」
最後の魔断杭を回避された際、本人は無意識に呟いたであろう言葉がアスハの耳へと届いたとき、使徒は意外な窮状を曝け出した。
――エンジェルズシェア。『天使の分け前』。これが、あの装甲の名か。
「攻撃を続ければ、勝機は、ある……」
「了解ですワ! 続ければ良いんですのネ!」
アスハの言葉にミリオールが応じると、少女天使はそのまま何度目かの吸引黒星を放って、零式の生命吸収を試みる。先ほどは一発が命中したが……今回のはバク宙で回避されてしまった。
その回避先を狙うのが、アウルの蛇。気配を殺したまま放ったのは渚だ。白蛇にも見える幻影は、回避を追え隙の出来ていた零式へ突進し、噛み付く。
使徒はその一噛みに顔を顰めるものの、毒にかかった気配も無い。抵抗力はやはり高いか。
その結果を見届けた直後、渚の心にどもり娘が戻って来た。スキルの効果が切れたのだ。
――気配の戻った一瞬の隙。それを、零式は見逃さなかった。
「殺らせてもらおう!」
脇構えからの刹那……使徒の姿が掻き消えた。……否、素早く跳躍し、渚へと接近したのだ。
「こっ、このままじゃ終わりませんっ」
事前にソードブレイカーを取り出していた渚は、零式の剣を見極め、これを受けんと欲した。あわよくば得物を破壊するところまで……。
だが。
そうは問屋が卸さない。
素早く振るわれた零式の日本刀が、展開されたアウルの網をも貫いて和服美少女の胸を大きく切り裂くと、さらに返す刀で重傷を負わせたのであった。
「試みは良し……だが。これで一つ」
倒れ伏す少女を背に、使徒は冷静に刀の血を振り払う。
「てめぇ、赦さねぇっ」
仲間を倒した敵に怒りを覚えつつ、気配を殺したままのヤナギは雷の如く飛び出した。だが、それは感情に任せた動きではない。敵の気が渚に向いているという機、それを最大限に活かす突撃だ。
ほぼ同時に、アスハも動き始めているのを目の端に捉えつつ、ヤナギは跳躍し零式の背へと肉薄すると、血の霞を起こすとも言われる忍刀を下方向から振るった。
黒髪の使徒の背に、血の霞が生じた。思わぬ一撃に顔を顰める。
「これ、で……!」
右腕のバンカーにアウルを集中するアスハ。その一撃は、文字どおりの切札のはずだったが――。
「舐めるなっ!」
それを跳躍で避ける零式。直後、自爆の炎が紅髪の青年自身を巻き込んだ。
同時に使徒はアスハへ近付くと、脇構えからの一撃を見舞う。自爆と敵の一撃と……。
過大な傷を負った青年は、駐屯地の敷地に倒れ込んだのだった。
「これで、二つ」
再び血を払う零式だったが、ここで異変が起きる。
身に纏っていた装甲が次々に変形し、格納されていくではないか。
「……時間切れか」
……一瞬の後、使徒の少女は普段のセーラー服にコートという格好へと戻っていた。
だが、切れた時間はそれだけではない。
「てぇい!」
雅の蹴りが使徒の側面を凪ぐと、さらに陸の狙撃とメレクの魔法射撃がその後に続いた。
装甲車を片付けた四人が、援軍に駆けつけたのである。
自身の連れてきた装甲車がいたはずの方角よりの敵……それが何を意味するのか、わからない零式ではなかった。
突如として脇構えを取ると、視線の先にいた慎へと狙いを定める。
「なっ!?」
跳躍。一閃。不意の一撃は避けさせる間も無く。慎が地に崩れ落ちる。
「……これで三つ。だが、これが限界か……」
悔しげに呟いた後、撃退士たちをねめ回す。
「また見えようぞ、撃退士」
そう言うなり、零式は得意とする二一の型の要領で、敷地の南端方面――装甲車の存在した方角へと去っていったのであった。
直後、零式は消え、装甲車の残骸は塩となっていたという。
戦いは、終わったのだ。
終