松戸街道を南下し、矢切駅の近くに至った中年の中国人シュトラッサーが見たものは、木々や看板が倒され、道路上に障害として存在している光景だった。
馬の脚に踏み砕かれた木片が、ぱきんと音を立てる。
街路樹や看板が、自然にこうなるはずは無い。だとすると。
朱多禅は愛馬・武天をその場に留めると、自身の脇を固める護衛の骸骨兵にも進撃停止を命じた。
そして、馬上から周囲をねめ回したシュトラッサーの視線に……。
朱多禅に先んじて現地に到着した、六人の撃退士がいた。
「あのお嬢さんが持って帰ってきてくれた情報だしねぇ。……ここでしっかりやらねぇとな」
眼前には何も見えない。だが、木が踏み砕かれたことでわかる、絶対にそこに存在するであろう敵。
その敵を見据えて、点喰 縁(
ja7176)は霞状のオーラを迸らせた。
その彼のやや前では、鉄塊のような試作品の大剣を構えた銀髪の少女が目を細める。
「なるほど、厄介な能力持ちですね」
話には聞いていたが、実際に見ると厄介そうなのがよりわかる。見失ったら厄介なことになると感じるのは、雫(
ja1894)だ。
一方、本人的には猫だがどう見ても碧の虎の如き光纏を発動するのは、カーディス=キャットフィールド(
ja7927)。街路樹や看板で道路を封鎖することを考え付いた張本人である。
「ご覧のとおり、この道は通行止めです。速やかにお引取り願いましょう」
その猫青年の横で大鎌を構える鐘田将太郎(
ja0114)が考えるは、今は重傷を負い橋頭堡で静養している撃退士のこと。
「真間が重体か……。今回は共闘できると思ったんだがねえ」
面識のある少女のもたらした情報。それを無駄にしないためにも自分が身体を張らねばならないと、青年は大鎌の柄を握り込む。
その彼らの視線の先にいる男……シュトラッサー・朱多禅は、眉尖刀を持ち直すと、剣呑に目を細め。
「猪口才な真似をする。……だが、良いだろう。速やかに打ち破って、橋頭堡にゲートを設置してくれん。骸骨兵どもよ、かかれい!!」
撃退士の目には何も無い空間から響いた、男の言葉。それが、開戦を告げる号砲となった。
踏み抜いた音を頼りに、最初に朱多禅の結界――半径10メートル以内の対象を隠蔽する――へと足を踏み入れたのは、敵将と同じく中国で育った九十九(
ja1149)。
「距離の取れない相手はしたくないんだがねぇ」
その彼が、練ったアウルを神鳥「飛廉」を刻みし愛弓の矢に付与して打ち出すのを、朱多禅は見ていた。
見ていたが、足場が悪く、乗馬したシュトラッサーは回避に手間取り。自身の身体にマーキングすることを許してしまう。
そこに走り込むカーディス。マーキングにより正確な位置を把握した彼は、絶妙な位置取りで朱多禅の結界内へ侵入した。
「密集したのが仇となりましたね」
手の内に、黒くも透き通った棒手裏剣をいくつも形成。これを投擲する。投げられた棒手裏剣状のアウルは、朱多禅と、その周囲に展開していた全ての骸骨兵たちへと突き刺さっていく。
突き刺さったアウルが消失したとき、瀕死でない骸骨兵はいなかった。
マーキングを頼りに、雫と君田 夢野(
ja0561)も結界内へと飛び込むと、まずはクールな銀髪の少女が、取り出したオートマチックP37で朱多禅の愛馬・武天を撃った。弾丸は一直線にその頭部へと突き刺さり、軍馬サーバントが苦悶に身を捩る。
そのサーバントの正面を見据える夢野は、『animato』の文字が刻まれしツヴァイハンダーを大きく振りかぶった。
「今の俺は久々に熱いぜ、シュトラッサー。この場を簡単に抜けると思うなよ!」
伝令を務めた手児奈の覚悟を無駄にしないために。アウルを纏った大剣が、袈裟懸けに振るわれる。
大剣に薙がれた一瞬の『音』。凝縮されたそれは、目標を過たず武天と、そのサーバントに騎乗する敵将を薙ぎ払った。歌うような一撃――ティロ・カンタビレ。
強力な攻撃を連続して叩き込まれて、軍馬サーバントが無事でいられるはずもなく。
武天は、その場でどうと倒れこみ、消滅した。
主将が落馬して倒れたのちも、骸骨兵たちは与えられた指示に従順で、彼らは弓を撃ち放ちつつ前進を続ける。
結果、その場で身を起こさんとする朱多禅とは距離が開いた。
その隙を見逃す雫ではない。
大剣を構えると、その刀身にアウルを集中させていく。
「敵は、減らせるときに減らします」
言うなり、大剣を振り下ろして地面へと触れさせる。切っ先からアウルの衝撃が迸り、看板や街路樹を砕いて飛び散らせながら緩く弧を描く。
まるで三日月を描くかのような軌道……それこそが『地すり斬月』の名の由来。
地に描かれたアウルの月は、確実に二体の骸骨兵を捉え、消滅させた。
「ぬう……厄介な技を使う」
一方、眉尖刀を手にしたシュトラッサーは、その場で身を起こすや、自身の配下が二体まとめて吹き飛ばされるのを目にした。
元々瀕死だったとはいえ、骸骨兵を塵も残さぬ攻撃力。残しておくは厄介か。
「ならば、まずは貴様から行かせてもらおうか」
激しい闘気を発し自身の力を高めつつ、朱多禅が雫へと接近した。攻撃を終えた直後の隙を突かれた格好だ。
「くっ……雫さん!」
九十九がすかさず暗紫風を放ち、朱多禅の眉尖刀に風を纏わり付かせ矛先を鈍らせようとするが――
「甘いぞ、撃退士!!」
「っ!!」
朱多禅の刃は一直線に、以前に受けた依頼の傷が回復していなかったのであろう雫の、華奢な身体を切り裂いた。
「くっ、よくも雫さんを!」
大剣を手に夢野が、気を失った雫から視線を外した主多禅へと接近する。
そのまま彼は、殆ど密着と言って良い位置にまで潜り込んだ。
シュトラッサーの得物は眉尖刀……つまり、長物だ。長柄の武器は振り回してこそ威力を発揮する。
零距離まで近付けば、振り回せない。
「零距離戦闘ならば、ツヴァイハンダーのソカットを使って……!」
大剣の刀身の根元、ソカットと呼ばれる部分を持ちつつ剣を振ろうとする夢野。
……だが。
「効かぬわ!」
朱多禅は、得物の柄を少し動かしただけで、これを受け止めた。
ソカットは元々、大剣を長柄の武器のように取り回すための部位。夢野の得物は本来の威力を発揮出来ず、零距離で威力が大きく減殺されたのだろう。
顔を顰める夢野の背後に、骸骨兵が近付く。剣を振り終えたばかりの音楽家少年は回避できず――
「点喰さん。敵将の左二十度、角度水平。そのまま撃っちゃって下さいねぃ」
「わかりました。……さて、ちゃんと飛んで下さいね鶺鴒さん」
刹那、骸骨兵目掛けて矢が飛来する。撃ったのは、結界の外にいる縁。
矢は違わずに剣を振り下ろさんとする骸骨兵の頭部を貫いた。衝撃によろめいた後、骸骨兵が消滅する。
本来、結界の外にいる縁に、骸骨兵は見えないのだが……そこに九十九の管制が加わることで有効な射撃を実現したのだ。
的確な管制と、管制を実現する技量の見事な連携であった。
「やりおるわ!」
夢野を石突で弾き飛ばすようにしながら、朱多禅は九十九を見据えた。その服装が目に入る。
「……貴様、中国の出身か?」
「いいえ。……育ちは中国ですが」
九十九が着用するのは、愛用の白い刺繍が入った黒い長袍。中国人の朱多禅が思わず反応するのも無理は無い。
「そうか。……敵同士でなければ、思い出話に花を咲かせたものだがな」
あくまで真面目な顔で、朱多禅。対する九十九も真剣な表情を崩さない。
「そうですね。残念ながら、ここは戦場です」
違いない、と短く言い捨てて、シュトラッサーは眉尖刀を構える。九十九の管制を厄介なものと見たのだろう。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
右腕を赤く燃え盛るオーラに包んだ将太郎が、横合いから朱多禅に迫る。
「馬はすでに射られたから、俺は将を射させてもらおう!」
「ぬう、小癪な!」
博識なる悪魔の印が刻まれた大鎌は紫焔に包まれており、通常よりさらに冥界寄りの力を将太郎へと与えている。その彼の刃が、天使の眷属を過たず捉え、振り向こうとした敵の胸部を大きく切り裂いて。
強力な一撃を受けて、思わず後ずさる。朱多禅の足が木片をばきりと踏み砕いた。
その音を始めに聞きつけたのは、ただ一人結界の外に留まって、九十九の管制に従い二体目の骸骨兵を貫いた縁だった。
「?」
人間にしては軽い足音が、複数。鉄の擦る音と共に近付いてきて。
「……増援か!」
曲がり角を曲がってきた骸骨兵と、振り向いた縁との目が合う。
現れた骸骨兵は五体。挟撃だ。
「後方より敵襲、皆さん注意を!」
すぐさま、縁は他の五人へと警戒を促す。
縁の声に、最初に反応したのはカーディスだった。
生き残った骸骨兵を倒さんとしていた彼は、咄嗟に反転し、後方より現れた敵の別働隊を狙う。
「私に任せていただきましょうか」
「おうともさぁ、よろしく頼んまぁ!」
思わず口をつくべらんめぇ口調は、親交のある相手への信頼の証。
二人は頷きあい、猫青年が影手裏剣での攻撃態勢に入った。
一方の縁は敵の別働隊から距離を取りつつ、通信機で橋頭堡へと連絡を取る。敵の別働隊があった。他にいないとも限らない。注意されたい、と。
予備兵力の枯渇した橋頭堡の防衛に就くのは、夕凪颯(
jb0662)とラファル A ユーティライネン(
jb4620)。
「そっか、わかった。そっちも気を付けてな」
縁からの通信を受けたラファルは、より一層、自身の読みに自信を深めた。
――シュトラッサーは陽動だ。敵の別働隊は、線路沿いに西進したのち、川沿いを南下してくるに違いない。
「川沿いの道が危ない。行くぞ、夕凪!」
「わかりました」
二人は、江戸川沿いの道路へと警戒軸を定める……。
戦いは、今やたけなわとなりつつあった。
点喰は別働隊の五体の骸骨兵から集中攻撃を受けたものの、負った傷を自ら治して対処する。
その間に、最後の影手裏剣を放って骸骨兵の多くを破損させたカーディスは、今回の戦いにおいては正しく八面六臂の活躍と言って良いだろう。
一方のシュトラッサーも傷が重なり、それが無視できない状態に入りつつあった。
もはや、敵将に余裕は無い。
「おのれ、撃退士め!」
「言ったはずだシュトラッサー、この場を簡単に抜けるとは思うなと!」
斬りかかって来た将太郎の刃を何とか弾いた朱多禅の元へと駆け込んだのは、夢野。
その得物は、まるで圧縮されたかのように歪んで見える。
「さぁて派手なナンバー1曲、冥土の土産に聴いて逝きな!」
グラデーションを黒ずませつつ放つは、ゴシックビート。冥界の力を乗せつつ武器と共に空気圧による打撃を与える技。空間が歪んだと思わせる一発が、朱多禅の鎧を貫く。
強力な一撃をモロに入れられたシュトラッサーは、思わずたたらを踏むが……だめだ、まだ倒れない。
「侮るでないわ、童ぁ!!」
何とか堪えた朱多禅の眉尖刀が、夢野に向かうが……態勢の整わぬ音楽少年には、それを回避しえず。
振るわれた刃は銀に閃き、少年の血が紅に散る。
倒れ伏した夢野を背に、朱多禅は残った四人の撃退士を睥睨した。
「……我が刃、届かなんだか」
悔しそうに顔を歪めつつ、敵将は呻く。撃退士のうち二人を戦闘不能に陥らせたが、その代償として自身の傷も深い。
「この場は、退いておこうか。……また見えようぞ、撃退士」
朱多禅は、一方的にそう言い残すと、転移の術を使って姿を掻き消えさせたのだった。
時間は、それから少しだけ遡る。
川沿いを警戒していたラファルの耳に届いたのは、怒号。
「何だ!?」
それは、国府台城址……橋頭堡の司令部から聞こえてくる。同時に、乾いたパンパンという銃声。
「……っ、まさか!」
短く考えたのちに状況を悟った夕凪がストレイシオンを急行させ、その後ろから二人で橋頭堡司令部へと向かうと――。
果たして、司令部は敵の襲撃を受けていた。
兵力は骸骨兵がわずか五体に過ぎないが、撃退士がいないため、十分すぎる惨禍をもたらしている。
「おもしれー奴らだな……殺すのは最初にしてやる!」
「突破は許した……だが、これ以上はさせないぜ!」
聖なる剣を取り出したラファルを先頭に、二人の守備隊は反撃を開始した。
良い気になって司令部要員を殺傷していた骸骨兵たちは、新手に全く気付いていない。
さらにラファルは、俺式光学迷彩を展開して、さらに風景と溶け込んでいた。
このままでも奇襲は成立するが――
「じゃーんじゃーん!!」
本人曰く、古式に則り。口で銅鑼の音を真似つつ突撃を開始する金髪の少女。
その突然の口銅鑼に、骸骨兵がびくんと反応する。言葉があれば『げぇっ!』とか言っていたことだろう。
そんな敵を向くラファルの肩口に、一瞬だけ姿を現すのは華奢な少女とは到底似合いそうもないVLS。それは発射口を開くと、ミサイル状となったアウルを複数空へ向けて一斉に発射した。
飛翔したアウルミサイルは、そのまま急降下を開始すると……突如、弾頭を弾けさせ、飛び出した影の刃は、まるでクラスター爆弾のように降り注いで、骸骨兵を切り裂いていく。
「どんなもんだ!」
次に全砲門を開こうとした少女だが、そうは問屋が卸さないとばかり、別の骸骨兵がその背中を狙う。
無慈悲なる刃が、再度の攻撃準備に入った少女を貫き……は、しなかった。
ラファルの身体が、青く輝く。ストレイシオンのスキルだ。
「好機到来です。ストレイシオン!」
普段は歌を紡ぐ声に、今は相棒への命令を乗せて。攻撃直後で態勢の崩れている骸骨兵を、暗青色の竜が見据える。
「撃ち砕け、人を傷つけたサーバントを!」
竜の口が開かれると、すぐさま白銀色の光がそこに溜まり始めていく。
ぐぉぉぉ!!
竜の低く重い雄叫びと共に撃ち放たれたそれは、ラファルをかするようにして骸骨兵を側面から襲い、命中した上半身を消滅させてしまった。
「サンキュ! だけど、ちっと危なかったんだが」
「……大丈夫、きちんと狙っています」
二人は頷きあうと、生き残った骸骨兵の掃討を開始した――。
終わってみれば、主戦場の千葉街道、裏道の松戸街道ともに、人類側の勝利となった。
とはいえ、松戸街道の朱多禅隊からさらに分遣された別働隊が陸側から橋頭堡を襲い、橋頭堡の司令部要員を多数殺傷。
これにより、橋頭堡の指揮能力は大きく損なわれることになる。
橋頭堡に設えられた野戦病院で寝ていた手児奈を、何人かの撃退士が見舞った。
「よぉ。しばらく見ないうちにいっぱしの戦士の顔になってきたじゃねぇか」
今では仲間として受け入れられる。そう思えるようになった少女へ、ラファルはニカっと笑いかける。
「どういう心境の変化だ?」
「……人を助けることも、わたくしが戦う理由の一つだったんだと……気付かせていただいたからですわ」
将太郎の問いに、手児奈は顔を赤らめつつ答えたのであった。
終