重傷を負った撃退士に肩を貸しながら、真間手児奈は千葉街道を西進していた。
流れる汗を拭うことも出来ず、ただ後悔に身を焦がしながら。
彼が傷を負ったのは、わたくしのせい。だから……。
「誰か……誰か、助けて下さいまし」
必死に助けを求める少女の視線の、その先に――
六人の、撃退士がいた。
神嶺ルカ(
jb2086)は、目の前から迫るサイ型のサーバントを見て、目を丸くした。
「なんや、あれ……サーバントも近代兵器の時代なんだ?」
ライノの背に取り付けられているロケット発射機に、驚きを禁じえない。
「もう少しだ、あとは俺たちが引き受ける!」
千葉街道を西進……すなわち自分たちの方向へ逃げてくる警戒隊へ、君田 夢野(
ja0561)が叫ぶ。
その言葉を聞いた四人の警戒隊員の顔が、若干明るくなったのが見えた。
その夢野の隣では、花菱 彪臥(
ja4610)がライノの顔に雄雄しくそそり立つ角を見て感嘆の声を上げ。
「サイの角って格好良いよなぁ」
そこに気が行くのは、リラックスしている証拠か。
だが、その間にも警戒隊が近付いて……そして、撃退士たちと交わった。
「……後は任せろ」
手児奈の顔を認めたアスハ・ロットハール(
ja8432)は険しい顔をしつつも、行き違う背中へ向けてそう言い放っていた。手児奈が微かに頷く。
六人の眼前には、四体のライノと八体の骸骨兵。一列に並んで進むライノの両側面を骸骨兵が固めている。
公務員部隊による陽動は無事に成功したようだ。
「行きましょう、皆さん!」
『神の雷光』の紋章をその手の甲に輝かせつつ放たれた、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)の凛とした声が、開戦を告げる狼煙となった。
進撃するライノの先頭に対し、夢野と彪臥、ルカが前に出た。
その後方にシェリアと点喰 縁(
ja7176)が配置し、アスハもその近くに控える。
それに対し、先頭のライノは撃退士たちを敵と認めたか……鼻息荒く、素振りをするかのように脚を前後させた。
突進に入ろうというのか。
――しかし。
「犀のくせに、猪突猛進は許されないわ」
抑揚に乏しい声が響くや、側面の路地から一筋のアウルの迸りが撃ち放たれた。側面を守る骸骨兵ともども切り裂かれたライノが、苦悶の叫びを上げる。
そのまま赤く染まった刃を持つ斧を構えながらライノの横へ躍り出るは、橋場 アトリアーナ(
ja1403)。側面攻撃のために一人脇道を行っていたのだ。
だが、それだけでは致命打とはならない。それはアトリアーナも承知のところ。だから、彼女はさらに近付く。ライノのそっ首を叩き落すため。『死刑執行人』と名付けられた斧を構えて。
側面からの奇襲に完全に不意を突かれ、注意をそちらへ持っていかれるサーバントたち。だが、それはさらなる危険を持っていた。
アトリアーナとは逆側の路地から、ワイヤーを煌かせて敵へ肉薄するのは……
「盾役が動きを封じる時間、稼がせてもらうぞ」
鐘田将太郎(
ja0114)だ。アウルの体内循環により痛覚をシャットアウトしつつ、彼は手にしたワイヤーを放ってライノの脚に巻き付ける。拘束の際にワイヤーが食い込んで、またも不意のダメージにライノが鳴いた。
だが将太郎のそれは、タイミングが悪かったようだ。
ワイヤーで脚を拘束したは良いものの、護衛の骸骨兵はすぐさま態勢を立て直し、拘束する青年へと槍を突き出す。さらに二番目のライノを護衛していた骸骨兵が攻撃に加わった。
一方、ライノを拘束している手前、将太郎はその場からあまり動けず……槍の切っ先が、将太郎に突き刺さった。痛みは無いとはいえ、突かれた衝撃が将太郎の身体と眼鏡をずらす。
将太郎の拘束の緩んだ隙に、先頭のライノは角を槍のように見立てつつ突進を開始した。使い込まれたアスファルトが震動する。
ライノの目先にいるのは、夢野と彪臥。二人は突進を回避すべく横にずれるのかと思いきや――。
「いよいよ来るぞ、歯ァ食い縛れッ!」
「おう! 真っ向勝負、気合い入れてやる!」
二人とも盾を構えて、ライノと向き合ったではないか。夢野に至っては、腰を落としてさらに支えられる態勢を取っている。
これが撃退士たちの作戦。正面から敵を受け止めて、その隙に倒そうというのだ。成功すれば警戒隊への追撃阻止も兼ね、高い成果を発揮しただろう。
……だが。
ライノの角、そして身体が二枚の盾に触れた瞬間、衝撃が二人に襲いかかった。ライノ本来の体重に加え、ロケット弾発射機も加えた超重量の衝撃が。
その結果として……夢野と彪臥は弾き飛ばされてしまい。2メートルほど後ずさったのだった。
一方、護衛の骸骨兵たちはアトリアーナへと襲い掛かりつつあった。
無慈悲な槍の穂先が、忍装束の少女に向けて突き出されるも……その槍が少女へ届くより先に、骸骨兵の手元へ黒い影が潜り込む。
「密着すればその程度!」
騎士の如き鎧へ向けて、パイルバンカーから杭が放たれめり込む。強烈な弾みを食らった骸骨兵が後退。
紅い髪を靡かせて、銀髪の少女を守るかのように立つのは、アスハだ。
「あまり無茶はしないように」
「わかっている、よ」
友人同士の短い会話。しかし、それはお互いへの信頼の証。
「さて……撃ち抜いて欲しい奴から、前に出ろ」
後ずさった、またはアトリアーナを狙わんと駆けつけてきていた骸骨兵を前に、黒羽を伴った黒霧を纏いしダアトは、毅然と言い放ったのだった。
痛みを感じぬとはいえ傷は負う。縁は将太郎へと急いでスキルの最大射程まで近寄ると、金色のアウルの光を送り込んだ。
「あの人らだけでなく、あなたもなかなか無茶をする人のようですねぇ」
緑が苦笑する間に、みるみる傷が癒えていく。数瞬の後には、将太郎の傷は完全に無くなっていた。
「サンキュ……と、お前らと遊ぶ気は無い!」
前者は縁に、後者は群がらんとする骸骨兵たちに叫びながら。
将太郎は一回目の突進を終えたライノへ向けて再び接近し、そのまま再びワイヤーをライノの脚へと放った。
金属製のワイヤーが灰色の脚へと巻きついて、さらに切り裂く。再び拘束に成功……と、思いきや。
「鐘田さん!」
「!?」
縁の短い警告が飛ぶが、すんでのところで間に合わない。骸骨兵――今度は四体に増えていた――の槍の波状攻撃が将太郎へと殺到する。
将太郎の目が迫る槍を捉え、刹那の思考を促した。回避……いや、間に合わないか。
次善の対応と、その場に踏み止まるべく咄嗟に腰を落とす将太郎だが、増えた槍による衝撃はそれを許さない。
青年は三本の槍に貫かれ、またも拘束を緩めざるを得なかった。
だが……アウルの体内循環のリミットは近付いている。効果が切れれば、自分は問答無用で倒れることになるだろう。
その前に――
「おおおお!!」
突き立った槍をむんずと掴んで力任せに引き抜くと、将太郎は三度、ライノへと向かった。晴天の青空が如きワイヤーが、陽光に煌く。
――重傷人がいるんだ、絶対に邪魔させん。……それが、俺がここにいる理由だ!
三度放たれたワイヤーは寸分の狂いも無くライノの脚へと伸び、三度これを絡め取った。
……だけに留まらず、ワイヤーは完全に右前脚の厚い皮膚を貫いてサーバントの肉を切断すると、カチューシャライノはバランスを崩して、その場へとくずおれていく。
自身に加えてロケット弾発射機を装備したライノは、超重量。一度倒れてしまえば……起き上がる術は、無い。
そこへすかさず駆け込むアトリアーナ。紅き斧で狙うは、ライノの首だ。
「はっ!」
気合いと共に、斧が一直線に振り下ろされる。重量と勢いの乗った刃が首の皮膚に深く食い込んだ。……いや、まだ切断し切れていない。思ったより首の皮が厚いようだ。
引き抜いてさらに攻撃しようとするアトリアーナだが、ライノも必死なもの、角を振り回してこれを妨害する。
回避のため距離を取ったアトリアーナに変わってサーバントへと接近したのはルカだ。普段は楽器を奏でる手にツヴァイハンダーDを持つ彼女は、振り回される角の動きをよく見ていた。
「まぁ、避けきれなくても、痛いのは結構好きなんだけどね」
冗談か本気かそんなことを呟きつつ、彼女は大剣をしっかり掴み、振り回される角が遠ざかった隙に敵へと肉薄。
あと一歩まで迫った深き傷を確実に捉え……大剣で、首を切り落としたのだった。
仲間たちが擱坐したライノに総攻撃を仕掛けて撃破するのを目の端に捉えながら、アウルの循環が途切れた将太郎は、吐血しながらその場に倒れこんだのだ。
当たらない、当たらない。
骸骨兵に心が、言葉があるのなら、そんなことを思い、呟いていただろう。
ライノ部隊の左側にいた四体の骸骨兵全てを引き付けることになったアスハだったが、一対四の状況にも怯むことはない。
アスハを取り巻く黒い羽根が、彼に対して繰り出される骸骨兵の槍を妨害し、傷付けることを許さない。それはあたかも、彼を気遣う伴侶のよう。
「まだ撃ち抜かれ足りない、か」
その隙を確実に突いて敵の懐に潜り込み、パイルバンカーをぶち当てた。骸骨兵が思わず後ずさる。
このアスハの奮戦が、ライノと戦う仲間たちの負担を大きく軽減したのだった。
とはいえ、敵はまだライノ三体と骸骨兵八体が残っている。敵の頑丈さもあって、戦いは長期戦の様相を呈しつつあった。
鐘田の倒れたのち、彼を攻撃していた骸骨兵は縁へと殺到していた。彼が最も鐘田……すなわち、敵に近かったからである。
方々から繰り出される槍を、盾を構えて防ぐ縁。仲間たちのほうへ後退すべきだが、倒れた鐘田を放置しておくわけにもいかない。
剣に持ち替えて反撃する機会を伺うも、次々と繰り出される敵の攻撃にそれもままならなかった。
その状況下、護衛の骸骨兵の意外な苦戦を余所目に、ライノたちは着実に前進していた。背中のロケットを撃つ気配は無いようだ。
徐々に護衛の骸骨兵との距離が開き始めた。
「なかなか手強い、ですわね……っ」
ライノの脚を稲妻で攻撃しながら、シェリアは小さく呻いた。放たれた稲妻は確実にライノの脚を捉えるが、大きく傷を負わせるまでには至らない。
アトリアーナたちも攻撃を加えるが、敵は随分と頑丈で。
そのとき、二体目のライノが夢野たちへ向け突進を開始した。地響きと共に巨体が迫る。
彪臥はすでに防壁陣を使い切っていたが、シールドの活性化はまだ出来ていない。
「仕方無いですわね……っ」
言葉と共にシェリアが前に出る。彼女の眼前に半透明の魔法の障壁が作り出されて。
一瞬の後、夢野の盾とシェリアの障壁にライノの胴体がぶつかる。
瞬間的な、強力な衝撃。
「ぁっ!?」
障壁は敵の力をわずかに減殺するが、それでもなお有り余る力がシェリアを襲う。小柄で軽い身体が吹き飛ばされた。
突進を終えたサーバントへ向けて、攻撃が集中する。何回も攻撃して、ようやく傷がつき始めたか。
「や、やって、くれましたわね……っ」
よろよろと立ち上がるシェリア。その視線の先には、今しがた自分を吹き飛ばしてくれたライノがいた。
「いきますわ……っ!」
バルディエルの紋章が輝き、稲妻の筋を無数に発生させる。それはライノの頭部の傷に吸い込まれていき――。
雷に貫かれてライノはようやく、絶命した。
同じようにして三体目が屠られた頃……撃退士たちとライノの戦場に、六体の骸骨兵が姿を現した。
それは、つまり……。
「……きみら、やってくれはったな」
思わず素の関西弁を出しつつ、ルカは骸骨兵の相手に切り替える。
槍を突く敵に対し、バックラーを緊急活性してこれを受けると、そのまま剣に持ち替え、横に大きく薙いだ。
大剣を叩きつけられた敵は思わず態勢を崩す。元々バランスが悪いのだ。
ルカはその隙を狙い、鎧の隙間を突いた。肉厚な刃が鎧の無い部分を的確に攻撃し、骸骨兵の本体を抉り、重傷を負わせる。
一方、これまでずっとライノの突進を受け止めてきた夢野だったが……
「くっ、盾が活性化できない……っ」
ついに、盾を活性化するスキルが底を尽いた。
『交響撃団』の団長でもある夢野は、周囲の状況を分析する。負傷者は多く、これ以上の戦闘継続は厳しい。
「何としてでも、あいつを倒そう」
戦友から譲り受けた大切な大剣を構えつつ、宣言する。夢野の言葉にアトリアーナや彪臥が頷いた。
まず、豹の子のような容貌を持つ少年……彪臥が、四体目のライノと相対する。手には複雑な紋様が描かれた陰陽護符。
「サイの角って格好良いけど……迷惑をかけるサイは格好良くないなっ」
構えられた護符からは、淡い光が放たれ始め……次の瞬間、光の波がライノへ向けて殺到した。
密度の濃い波を正面から受けて、ライノは傷を負うと共に後方へ吹き飛ばされる。
そこに、側面から走りこむのはアトリアーナだ。
「……固まってるなら、好都合ですの」
走りこんだ先にはライノと、護衛の任に戻ったらしき一体の骸骨兵。
「はぁっ!」
少女は、手にある斧を、回転させるようにしながら高速で一閃させる。その刃は、目には見えない。
……次の瞬間、骸骨兵の首が落ちると共に、ライノの首に深い傷が穿たれた。
「これで最後だ!」
アトリアーナとは反対の側面から、夢野が近付いていく。
大剣を握る手が光を得ると、彼の得物は高周波の振動を得て。
見た目には変わらぬ、しかしその切れ味を遥かに増したツヴァイハンダーFEは――
――最後のライノを深々と切り裂いて、その命を奪ったのだった。
攻撃隊の切り札であったライノの全滅により、敵は撤退を開始。
同時に国府台橋頭堡へ攻め寄せていた敵部隊も撃退され、天界軍の奪回作戦は失敗する。
戦闘が終わり……橋頭堡の救護所。
警戒隊長やアスハ、将太郎、縁が横になる簡易ベッドの脇に、撃退士たちや手児奈がいた。
横になる将太郎が、手児奈の浮かない顔に気付き。
「なぜここにいるのか悩んでいるようだな。いるのに深い理由はいらねぇよ」
力強い言葉。
次に声をかけるのは、彪臥だ。
「必要とされて、ここにいるんだろ?」
ふふん、ねーちゃん、まだ子供だなっ。中学一年生はそう言って無邪気に笑った。
「ま、正解はなくとも納得を探すのもありじゃねぇのかねぇ?」
ベッドに横になる縁が、イテテと痛そうにしながらも言う。
同じく横になるアスハは、知人からの言伝だ。
「『誰のために戦っているのか? そしてそれは生者か死者か?』だ、そうだ。確かに伝えたから、な」
手児奈は答えない。……否、答えられない。
そんな少女の手をそっと包み込んだのは、シェリア。
「撃退士は天魔を倒すことだけが使命では無いと思います。人を救うことも立派な役目ですわ。今の手児奈さんみたいにね?」
「今の、わたくしみたいに……」
言葉を反芻する手児奈の表情には、戸惑いと思案が浮かんでいたのであった。
終