菱形の一辺を地面に付け、その両側に全周囲を覆う履帯を、側面に砲郭を持つ張り出し部を取り付けた兵器、菱形戦車。
史料に掲載された戦車にそっくりのディアボロが守るのは、栃木県日光市・足尾地区である。
三台の戦車が、何かを警備するかの如くバイパスと県道の交点に配置していた。
睥睨する牛の顔。それがふと、山中のとある場所に釘付けになる。
ディアボロ戦車の視線の先には……木々の合間を進む、色とりどりの光があった。
ときおり双眼鏡で足尾地区の基幹道路・足尾バイパスを見張りながら、斥候班に属する龍崎海(
ja0565)が口を開いた。
「この時期に群馬近辺での行動か、半月型関連かな」
群馬県の存在を忘却させているディアボロ。その絡みの依頼が最近、教室に複数持ち込まれている。
増して今回は、群馬に程近い場所での依頼なのだ。
「恐らく、そうでしょう。そうでなければ、このようなところにディアボロを配置する意味はありません」
海の言葉に賛同するのは、彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)。自己暗示に使っている眼鏡の奥にある瞳が、かつて銅山の町として栄えた足尾地区の方面を見据える。
一方、別のことを思う撃退士も居た。宇田川 千鶴(
ja1613)だ。
「戦車ねぇ。確かに観光地には不自然で不似合いやわな」
まるで戦車のようなディアボロが居る、という学園側の情報を思い出し千鶴はそんな感想を抱くが、その横を歩く石田 神楽(
ja4485)はまた違ったことを考えているようだった。
「戦車ですか……。正面から撃ち抜けるか、ちょっと試してみたい所ですが」
「あほぅ。撃ち抜けるわけないやろ」
神楽の言葉に、即座に千鶴からのツッコミが入る。そうですね、と笑う神楽の笑顔は明るく、関西弁の少女は不覚にも頬を赤らめ……るわけもなかった。
だが神楽の……千鶴の恋人の笑顔は、張っていた心を幾分か温かくする。
千鶴は、ため息を吐き終えた顔に微かな笑みを乗せようとするが……そんな彼女の表情を、一発の砲声が撃ち砕いたのだった。
木々を透過しながら進む三台のディアボロ戦車の姿にも動じないのは、歴戦の勇士たる証。
雪室 チルル(
ja0220)は眼下に見える戦車を見て、うーんと唸った。
「こういう時ってこう言うんだっけ? 『対戦車戦用意ー!』って」
「今、考えることじゃないと思うの……」
華奢な指に五本の指輪を活性化しつつ、チルルの言に若菜 白兎(
ja2109)が小声でツッコむ。
一方、木々の間を登ってくる敵との距離を測りつつ、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は目を細めた。
「どうして、こちらに気付いたんだろうね」
疑問を呈するソフィアだが、その実、理由には察しが付いた。
今回の依頼では、敵の防衛目標を迅速に破壊するため、敢えて山中を通り敵を迂回する作戦を取っている。
木々に紛れ敵の目を眩ますのが狙いだったのだが……ソフィアの周囲の撃退士たちは、金やら淡青といった光で輝いていた。
つまり、光纏の際に生ずるオーラの光が、木々の間から敵に視認されたのだろう。
ちなみに、ソフィア自身はオーラの光は消していた。斥候班の龍崎もオーラは消しているはずだ。
「これは……バイト感覚じゃ務まりそうにないな……」
オートマチックCS5の活性化と阻霊符の発動を同時に行いつつ、これからの戦闘の予感に息を呑んだのは一柳 春樹(
jb5662)。
どこか気だるげなこの青年は今回が初めての依頼であるが、敵の奇襲にも動じない。
阻霊符により実体を現したディアボロ戦車は、驚くべき踏破性で木々を押し倒しつつ、なおも撃退士側の本隊のほうへ突進。
思わず歯噛みしたソフィアの瞳に、こちらを向く砲口が映った。
「砲撃、来るよ!」
咄嗟に散らばり、射線上から退避する本隊の四人。ばすん、というどこか抜けた音が響き。
次の瞬間、散らばった四人の間にある木が砕かれ、その破片が撃退士たちを襲った。次々と、擦り傷や切り傷をこさえていく。
その間も突撃を続ける敵戦車。幹の破片に頬を切り裂かれてもなお敵を見据えていた、イタリア少女の腕が動いた。
片手でも持てるぐらい小型の、それでいて強力な魔法書のページを開く。
「まずは太陽の弾で!」
言いつつ撃ち放たれるのは、『太陽の弾丸』と名付けられた魔法の弾丸。
地中海に照りつける太陽の如く煌々と輝くアウルの塊は、剣の形を成して先頭のディアボロ戦車へと飛翔。その体へと突き刺さる。
牙の並ぶ牛の顔が、苦悶に歪んだ。
「や、やった、の?」
「そう簡単にいくか?」
白兎の呟きを、弓に持ち替えつつ春樹が否定する。
実際、戦車は少し怯んだだけで、こちらへの前進を再開していた。意外と頑丈だ。
「てやあああ!」
その間に、チルルが自分の身長より巨大な大剣を構え、坂を下るように加速しながら突撃。一撃を見舞うも、装甲に弾かれてしまう。
一方、白兎は五つのリングを嵌めた指を突き出し、攻撃されたことで速度を落とした先頭の戦車へと狙いを定めた。
「ここは……私が頑張らなくちゃ、なの」
内心は、迫るディアボロ戦車が怖い。不気味だ。
だが、仔ウサギと形容される少女は、それでも敵を見据える。いくら強力な敵でも負けられない。
「鎖よ……っ!」
柔らかい星の光が突き出した腕に集ったかと思うと……次の瞬間には、光の鎖が戦車へ向けて放たれていた。
木々の間を縫うように一直線に伸びた光の鎖は、先頭のディアボロ戦車へと絡みつくと山肌を踏みしめていた履帯ごと雁字搦めにして、その進撃を妨害する。
アストラルヴァンガードの『審判の鎖』……ディアボロには効果覿面だ。
「よしっ、さすがだね! 次もお願いす――」
次なる魔法攻撃の準備をしつつ、白兎へ声をかけようとしたソフィア。そこに響くは、一発の砲声。
直径五七ミリの砲弾が、真っ直ぐに褐色の少女を目指す。通常ならばそうそう当たるものではなかったが、不運にも彼女は、別の敵戦車へ『花びらの螺旋』を撃ち放つべく足を一瞬だけ止めていたのだ。
そこを襲う、ディアボロ戦車の主砲弾。
直撃を受けた少女は、まるで放り投げられた人形のように吹き飛ばされ……健康的な肢体が足尾地区の山中へと叩きつけられ。
「ヴァレッティさん!?」
事態に気付いた春樹の悲痛な声が、木々の間に響いた。
その直後、斥候班が本隊の元へと駆けつけた。
七人がかりで履帯破壊や審判の鎖によって敵を足止めした撃退士たちは、敵の防衛目標を求め、足尾銅山への進撃を再開したのであった。
オーラを消しつつ、バイパスを行く別の戦車隊を横目に見ながら、撃退士たちは足尾銅山へと到着した。
見つからぬよう山中を行くのは正解だったようである。
「今までの報告書から半月型自体には戦闘力はない。分散しても向かうべきか」
海の言葉に全員が頷く。鉱山の敷地に入る門の付近に敵はおらず、敷地内への侵入は容易そうだ。
「この門を守っていないということは、敵は目標と共にいるはず。そうなると、ある程度開けた場所に展開している可能性が高いかと」
彩の予想にも、撃退士たちはめいめい頷く。
そして、その予想が間違っていなかったことは、すぐに判明することになる。
通洞坑口。
内部へ続く線路が敷かれ、本来はトロッコ電車が走っているはずの銅山の入口は、今は電車ではなく戦車に支配されていた。
生命探知で敵の場所を探り当てたのは、斥候班として銅山の敷地内でも先行していた海。その情報は彩の用意した光信機で本隊の三人へと伝達され、彼らは今、七人で通洞坑の見える位置で遮蔽物に隠れていた。
なお、重傷のソフィアは敷地内のやや外れた場所に身を隠している。
「あれが目標だ……簡単にはいかなさそうだが」
「破壊を最優先にしたほうが良いでしょうね」
障害物の陰から見える、通洞坑口を塞ぐように置かれている白い半球。あれこそが、敵の防衛目標だろう。
春樹と神楽の言葉に頷き合った七人は……各々の得物を携え、総攻撃を開始した。
遮蔽物を飛び出して敵戦車の集団へと駆け出したのは、チルル、春樹、千鶴の三人。さらに彩が側面へ回り込むように動き始める。
それは完全な奇襲となり、三台のディアボロ戦車は揃って対応が遅れた。遅まきながら砲を指向して、近付く撃退士への砲撃を試みようとする。
その砲郭を狙う銃口が、ひとつ。右腕と同化した『黒終』と名付けられし大型拳銃を、胸と並行にした左腕を支えに構えるのは、トレンチコートを羽織った青年。
狙いを研ぎ澄まし、銃撃の機会を待つ。
一方のディアボロ戦車は、突撃する三人への追従のためか、まさかの超信地旋回により車体の向きを変え始めた。
大型の車体が徐々に向きを変えていき……そして、彼が射撃するにベストな角度で止まる。砲郭を垂直に撃ち抜くための。
「千鶴さんの言うとおり、正面からは無理でしょう。……ですから」
構えられる拳銃に、アウルの光が灯った。距離、風向。角度。全てが良い。……さぁ、撃ちましょうか。
拳銃……いや、腕銃を構える青年……神楽は、三発の銃弾を解き放った。
乾いた音が三つ、連続で響く。
黒いアウルを残滓として排莢する長銃を離れた銃弾は、神楽の狙ったとおりの直線を描いて……ディアボロ戦車の砲郭、その主砲の可動部に突き刺さった。
アウルの銃弾は弱い可動部を貫通し、ディアボロ戦車の車内で跳ね。ぎぎゃああ、と牛の頭が苦悶の声を上げる。
間髪入れずに、神楽は次なる三連射を放つ。歴戦の狙撃手は狙いも正確で……ディアボロ戦車は、同じく可動部を貫通して再び車内を跳ね回った銃弾に、絶命させられたのだった。
その間にも、戦闘は進んでいく。
チルルの正面突撃に、別のディアボロ戦車が側面から戦車砲を撃ち放つも、走る目標にそうそう当てられるものでもない。
撃破された戦車から狙いを変え、その横にいるディアボロ戦車へと。
近付く相手に、ディアボロ戦車が折りたたまれた首をもたげ、チルルのほうへと突き出した。迫りくる、牙の並んだ牛頭。
だが、それはチルルには届かなかった。
「やれると思っているのですか、怪獣戦車」
伸びる首が突然、二本の剣で斬り付けられる。痛みに首の勢いは衰え、チルルは難なくこれを回避した。
慌てて戻る首の横には、右文左武を構えた彩の姿。彼女は遁甲の術で気配を消して側面に回り込むつもりだったのが、位置的にチルルへの攻撃の妨害が可能だったため、これを妨害したのだ。
「ありがとう、彩!」
「礼には及びません。それより余所見はいけません、よっ」
二回目の首の攻撃を再び阻みつつ、彩は本来の迂回行動へと戻っていった。
一方、春樹は撃破され沈黙したディアボロ戦車に、苦無を手によじ登る。
そして、健在な敵戦車の様子を伺った。……いずれも、地上より迫る撃退士への対応に追われている。
――今が好機。
「……いくぞ」
両脚にアウルが集い、光を放つ。次の瞬間、春樹はディアボロ戦車の頭上目掛けて全力跳躍していた。
苦無の刃を閃かせ、敵の頭部を狙う。
刃は短いながら牛頭へと突き刺さった。だが、浅い。絶命させるには至らず、ディアボロ戦車を怯ませるに留まったようだ。
だが、その隙に春樹の怯ませた敵戦車へ跳躍して登る影が一つ。
その眼鏡に陽光を反射させつつ後頭部を狙うのは……彩だ。
「脳までは届かなくても」
殆ど音もさせずに頭部へと肉薄すると、双剣を収納し空いた右手の五指を揃え……迷うことなく、後頭部へと突き入れた。いわゆる貫手だ。
鍛えられた指が後頭部へと突き刺さり眼球を目指すも……意外と頑丈な頭なのか、はたまた素手での攻撃が効きにくかったのか。
戦車の痛覚を抉っただけで終わったようだ。
他方、白兎の審判の鎖の最後の一回が別のディアボロ戦車を拘束するも、戦車たちはまだ完全には無効化されていない。
健在なほうの砲が白兎を、彩と春樹を背に乗せたままのほうの砲が神楽を、それぞれ指向し、五七ミリの砲弾を吐き出した。
鉛色の砲弾が目標とした二人は、ディアボロ戦車への拘束や援護射撃を実施しており反応が遅れ……爆発。黒衣の狙撃手と白き仔ウサギを吹き飛ばした。
「大丈夫か、若菜さん!」
近くにいた海が、その瞳に心配の色を滲ませつつ駆け寄る。さっと見たところ、傷は小さくはない。
「くっ……今、治すっ」
海は撃退士だが、その前に医師志望者でもあった。傷付いた少女の身体をさっと眺めて、どの部分の傷が深いかを、瞬時に把握する。
それは、医学部を希望し勉強した日々の賜物。
傷の深い場所へ手を添えると、海はアウルの力を発現した。大海原を思わせる、透き通るような青い色のアウルが傷口を包み込み、白兎の細胞を活性化して傷を塞いでいった。
一方……。
「何をしてくれたか、わかってるんやろな」
何とか気を失わずに堪えた神楽の姿に安堵しつつも……恋人の無残な姿に、千鶴は怒りを禁じえない。手にした古びた刀……八岐大蛇が、怒りのあまりにかたかたと震える。
抑え付けているはずの破壊衝動は、しかし恋人が大怪我を負ったことで歯止めが効かなくなりつつあった。
「神楽さんをやったんは……お前かっ」
刀を手に、千鶴は走り出す。目標は、神楽を撃ったディアボロ戦車。
ここまで撃退士が優勢に進めているように見えるが、決してそうではない。戦車自体には殆どダメージは与えられていないし、砲声で敵の増援が来ることも考えられる。
怒りながらも、千鶴の撃退士としての部分はそう判断した。あの防衛目標の破壊が最優先だ。
ゆえに千鶴は、戦車の側面へ走りこみながら……手にした刀へとアウルを篭める。白銀の混じった黒いオーラが、身体だけでなく刀をも包み込んだ。
「せやぁぁぁ!」
そして、一閃。
黒い迸りが真っ直ぐ、一直線に戦車へと向かう。次の瞬間、千鶴の一撃がディアボロ戦車の車体に直撃した。
刹那、戦車の車体がまるで雷に打たれたかのように震え、痺れを訴える。
千鶴の雷遁・雷死蹴が上手く決まった形だ。
これで、防衛目標への攻撃を阻害する存在は無い。千鶴が、そしてチルルがそこへ走りこむ。
まずは、動きの速い千鶴が先に半球へと斬りつける。びしり、と亀裂が生じた。
続けて、追いついたチルルがツヴァイハンダーFEを振りかぶる。
「あたいの剣は、とっても痛いよ!!」
戦車のような硬目標を正面から攻撃するには不向き。だが、半球のような軟目標を攻めるには……チルルの剣は、この上ない威力を誇っていた。
自身より大きく、ともすれば暴れてしまいがちな大剣を持ち前のパワーで捻じ伏せ。
「これで、終わりに!!」
チルルは、そうして得られた大剣の力を、亀裂の入った半球へと振るったのであった。
かくして、足尾地区にて生起した戦いは終わり……群馬の存在を意識から切り離す『半球』の一つは破壊されたのであった。
終