「それ、裏か表かどっちやろうねぇ」
コインを弾いて手の甲の上で隠す。それを難しい顔をして睨むのはエイネ アクライア(
jb6014)だ。
「むむっ……、裏か表か……。これで何か変わるんでござろうか?」
「そうねぇ」と応じた麗奈=Z=オルフェウス(
jc1389)は耽美な仕草で頬に指をやる。目線を向けている銀行員達の男性陣がその仕草に見とれていた。
「茶菓子なんかはどう? 任務が終わったら全員でおいしいお菓子でも食べましょう。レフニーちゃんとエルムちゃんも。作戦会議もいいけれど、ちょっとは気を緩める事も大事よ」
声を振り向けられたRehni Nam(
ja5283)は銀行員から聞かされていた金庫内の位置取りをメモしていた紙から視線を上げた。
「それはいいですけれど、今はまず金庫内の材質とそれと通貨型ディアボロを殲滅しきった時の事ですよ」
隣にいたエルム(
ja6475)も微笑んで同調する。
「そうですね。日本のお茶菓子は魅力的ですけれど、場合によってはそんな都合のいい時間に帰れるとは限りませんし」
エルムは長丁場になる事をある程度想定しているようだ。その不安にはエイネも腕を組んで首肯する。
「その通りでござるなぁ。今回、倒しきったかどうかを確かめる術、というのが重要になってくるでござろう。せめてサンプルの一体くらいあれば」
「既に被害に遭った銀行員の方が取り上げてきたサンプルが一枚だけあります。ただこの一枚、全く反応を示さないんですよねぇ」
半透明のガラス箱の底に入っているのは間違いなく硬貨である。それが通貨型か、それとも本物の通貨なのか。それを判別する術を模索中であった。
「攻撃するのが一番に手早いんやないかね」
麗奈の言葉にエルムも、「それはそうなんですが」と言葉を濁す。
レフニーはある程度銀行員から金庫内の情報を聞き終えたのかこちらの雑談に参加してきた。
「通貨型の特徴としましてはこの一枚だけでも指を引き千切るくらいはできるそうですが……。誰か指を入れますか?」
「せ、拙者は嫌でござる!」
エイネが過剰反応する。麗奈は、「ジョーダンきついわね」と口にした。
「私達だって誰も指を千切られたくないわよ」
「棒かなんかで突くとか?」
エルムの提案にレフニーは顎に手を添える。
「逆に言えば、刺激を与えない限りずっと通貨型はその擬態を解かない、と言えるわけですよね」
その言葉に思うところがあったのは麗奈だ。
「なるほど。つまり普通の硬貨と変わらない反応を示す、というわけか。やるじゃない、レフニーちゃん」
「こ、これくらいは別に」
レフニーは頬を赤らめる。同性でも麗奈の色気はどこか人を惑わせる。
「それって炎による攻撃や電気も通すって事ですよね。これは通貨型を倒すのに大きな情報ですよ」
エルムの声にレフニーは咳払いして調子を取り戻す。
「今回、私が先導して金庫内に入ります。金庫内の見取り図ですが」
レフニーがメモした金庫内の簡易見取り図を示す。通路は一本道であり、縦横比と高さが書かれていた。
「飛翔には問題のない高さなのでエイネさんと麗奈さんは高空から追い討ちを頼みます。エルムさんと私で先陣を切り、相手を逃がさないように炎と電気の攻撃をメインに仕掛けます」
「拙者も力足らずではござるが、きっちり役目はこなすでござる」
エイネの声にレフニーは首肯して見取り図を指差す。
「通貨型は集合して千枚で一体の獣型、別名総体となる事が確認されており、その総体時に狙いましょう。できるだけ多くの枚数の時に狙ったほうが打ち漏らしは少なくなると思います」
「最悪、999枚を相手取るのは骨が折れますからね」
エルムの声音に苦笑が混じった。
「獣型がどれほどのものなのかは未確認ですが、強度が増すのは明らかなようです。手加減せず、一切合財葬り去るつもりでいきましょう」
「一枚も残しちゃいけないのはどこかもったいない気もするわねぇ。ほら、五百ウォンなら五百久遠玉として使える、みたいな裏技も昔あったし」
「……頼みますから一枚の倒し漏らしもないようにお願いしますよ。今回は裏技なしで」
麗奈の冗談にレフニーからの注意が飛ぶ。エルムが、「そんな裏技あったんですか?」と懐疑的だ。
「そうよぉ。自動販売機がある日本ならではの裏技ね」
「その噂も結構怪しいですけれどね。私の伝え聞いた話では今はもう使えないとか」
硬貨の噂話に華を咲かせる撃退士達を見やり、銀行員はぼやく。
「あの子達、大丈夫なのか……」
「なんか全員浮世離れしているよな」
「むむっ、しかし、この通貨型でぃあぼろ、何度見てもそれっぽくないでござるなぁ」
「ディアボロっぽくないって事ですか?」
エイネの疑問にエルムが応ずる。エイネがサンプルを保持し、凝視していた。金庫内までは銀行員が案内してくれている。
「金庫内の材質は既に調べ済みで、炎も電気も大丈夫そうですが、今回は味方を巻き込まないのを何よりも優先順位に掲げましょう。出入り口は一本ですからね」
前を行くレフニーが声を振り向ける。三人ともがそれぞれ了承の声を出した。
「そうねぇ。造形センスがないっていう事かしら」
麗奈の言葉にエルムは興味津々だ。
「ディアボロは作った悪魔のセンスが問われるとは聞いていますが……。今回の場合、なくなった通貨はどこへ行ったんでしょうね」
「拙者としてみれば、随分と変わり者の主もいたものだと思うでござるよ。通貨を真似るなんて面倒な事この上ないというのに」
「それも一万枚もね。随分とマメなご主人なんじゃない?」
それぞれの話が咲く中で銀行員が振り返る。
「あの、本当に大丈夫で……」
「ああ平気です。むしろこれくらい緩いほうが久遠ヶ原っぽいって言うか。今回の通貨型、一般流通だけは止めなければっていう心はみんな同じですし」
銀行員の不安はそれだけではないらしい。
「一万枚ですよ? 普通の銀行員でも骨が折れる枚数を、あなた方が」
倒し切れるのか、と言外に告げた言葉にレフニーは強く返す。
「大丈夫ですよ。私達、撃退士にとってしてみればディアボロは倒すべき悪に他ならないのですから」
金庫の扉が視界に入る。パスワードを入力し、網膜認証をしている銀行員をエルムが物珍しそうに眺めた。
「すごいですよ。銀行の金庫ってこうなっているんですね」
「滅多に見られないでござる」
「あら素敵。こんな金庫にお金がたくさん入っているのねぇ」
めいめいの言葉を受けて金庫のロックが解除され重々しい扉が開く。銀行員はその瞬間まで、こんな少女達にと侮っていた。しかし、金庫が開いた瞬間、駆け込んだレフニーの瞳に浮かんでいるのは既に戦士の気迫であった。
先導したレフニーが白い長髪をなびかせて手を払う。
「まずは結界! これで接近を防ぎます!」
次いで先ほどまで呑気な声音だったエルムが切り込んでくる。白い衣服に小麦色の肌の映える戦士は音もなく内部へと突撃した。
電気が点いていなかったのだがエルムの突入のタイミングで照明が点灯する。麗奈が手元にスイッチをいつの間にか持っていた。
「さぁ、出て来なさい!」
レフニーの威勢に答えるように金庫内をざざっと波打ったのは無数の通貨だ。反復運動を繰り返し徐々に形成されていくのは四足の獣である。
「総体になった!」
エルムの声にレフニーの背後から二つの影が飛び上がる。飛翔した麗奈とエイネがそれぞれ敵を見る眼を金庫の中央に据えた。波打つ通貨は寄り集まって獣となる。形状だけ見れば獅子のそれだ。
「あら、通貨なだけあって高貴な姿を取るのね。まぁ形だけだけれど」
麗奈の軽口に総体となった通貨型が口腔を開く。弾き出されたのは火炎放射と見紛う程の硬貨の渦であった。それが先陣を切ったレフニーに振りかかろうとするがレフニーには一切効果はなかった。
「言ったはずですよ。結界だと。さて、銀行員さん。先ほど仰いましたね。大丈夫なのか、と」
銀行員は既に彼女達の戦闘を放心気味に眺める事しかできない。レフニーは振り返って微笑む。
「それは、この戦いの行方が証明します」
レフニーが手を払うとその範囲内にいた総体が突然湧き上がった炎に焼き尽くされる。通貨型は予想通り融解した。
「炎は有効!」
「合点にござる!」
総体は一箇所に留まっていない。壁を伝い逃げ切ろうとするがそれを阻んだのはエイネだった。赤黒い光纏を顕現させて太刀に集中させる。
「抜刀、雷閃!」
放たれた雷の刃が押し広がり、総体と化そうとした通貨型一枚一枚が剥がれ落ちて消滅した。
「電気も有効にござる!」
「これで、戦術通りにいけますね。一万枚を一枚ずつ切っていくのはさすがに面倒ですから、獣型とやらになるといいですよ。まとめて叩き切ります」
エルムが手近に構築されようとしていた総体へと剣を浴びせる。しかしその総体は前足を振り上げて一撃目を防御した。
「その身体、コイン千枚分ですか? それとも二千枚かな? 全部、真っ二つにしてあげます!」
直後、エルムの放ったのは実体のある剣ではない。目にも留まらぬ速度で放たれた剣戟が総体を打ち崩しその形状を完全に崩壊させた。崩れ落ちる総体を背にして銀色の剣をエルムが鞘に戻す。
「無影刃・阿修羅斬!」
その立ち振る舞いからは想像もできないほどの研鑽された刃。
通貨型は再び四方から撃退士の網を突破しようと試みる。しかし、その通貨型の波に触れる影があった。
「もったいないわねぇ。一応、お金として使えそうなのに。まぁ、一万だし小銭だから大した金額じゃないしねぇ」
不意打ち気味の声に通貨型がおっとり刀で総体となったがそれを引き裂いたのは鎌による一撃であった。引き裂かれた通貨型が霧散する。麗奈は身の丈を超える鎌を肩に担いで、悪態をついた。
「あーもう、数多すぎぃ……。まぁ振り回していれば当たるだろうけれど」
通貨型は逃れようとするが全く軌道の読めない麗奈の鎌の扱いに翻弄される。たちまちそちらからの逃亡を試みていた通貨型が軌道を変えた。
「地上からが一番、って? でも床から行くのもえげつない、お姉さんがいるわよぉ」
「えげつないは余計、です!」
瞬間的に熱量が膨れ上がり、床から逃げ出そうとしていた通貨型を焼き払う。レフニーは一呼吸を置いて、「残り、大体で!」と声を飛ばした。
「現在、総体四体の破壊を確認!」
エルムが発すると同時に通貨型へと駆けていく。逃げるように波打った通貨型に突き刺さったのは空中から放たれた雷撃であった。エイネが誘導先の通貨型を破壊する。
「大体五体にござる!」
「あと五体、ね。もう総体になっちゃいなさいよ。五千枚でも私達には敵わないわよ?」
その声が通じたのか、あるいはこのままでは殲滅させられる危機感を感じ取ったのか、通貨型は二手に分かれた。一方は地上にいるレフニーとエルムを狙った総体。もう一方は壁に根を張って空中の二人を相手取る総体である。
「あら、言葉通じた? 光り物は嫌いじゃないけれど……ごてごてとしたものは下品なのよね」
総体が接近し、麗奈を引っ掴もうとするが麗奈はもてあそぶようにして回避する。
「ざーんねん♪ そんなんじゃ当たらないわよ? それにここからは」
爪による一撃を受け止めたのは鎌であった。麗奈は一切動じる事もなく攻撃をいなす。
「世界一高価なお葬式になるのよね。硬貨だけにね♪」
鎌で切り返し、肩口を抉り取る。総体と麗奈は同時に後退した。
「ここで距離を取る意味が分からない? せっかく随分と高価な感じになってもらったけれど、バラバラの小銭に崩してあ・げ・る♪」
そこから先の麗奈の攻撃はちくちくと攻めるようなものへと変化する。爪による一撃があればその爪を削ぎ、弾いて攻撃してくる硬貨があればそれを弾き落とす。ことごとく相手に無駄だと分からせるような攻撃方法だった。
総体は業を煮やしたのか麗奈へと突っ込もうとする。麗奈はそれと同時に総体の胴を掻っ捌いた。生き別れた上半身と下半身に突き刺さったのは炎の槍であった。エイネの放った槍が通貨型を焼き尽くし、完全に消滅させる。
「こっちは終わりにござる!」
「こちら、もっ!」
エルムがステップを踏んで総体の攻撃を回避し様に切り返す。褐色の肌の戦士の姿が硬貨に乱反射する。
「食らえ、秘剣・翡翠!」
エルムの足元が窪み、その膂力を思い知らせる。勢い放った刺突が通貨型の頭部を破砕した。それでも通貨型には意思があるらしく、まだ爪が僅かに動いている。
「とどめは!」
「私の役目!」
彗星の輝きが放たれ通貨型を押し潰す。脚部が弱まった隙をつき膨れ上がった炎が足を焼いた。
「動けない相手ならば、確定で潰します!」
エルムが両断し粉々になった相手へとレフニーの炎熱が畳み掛ける。
金庫内はもう一枚の通貨型も存在しなかった。
銀行員は今しがた行われた戦闘行為に唖然としていた。あれほどふざけていた少女達が戦闘になればまさしく鬼のように強い。
「さて、終わりましたし、銀行員さん」
レフニーが振り返って声にする。
「通貨型の打ち漏らしがないか、金属探知機で探しましょう」
「お小遣い程度もあるかなーって思ったけれど、ざーんねん」
金属探知機で隅々まで探し終えた麗奈が呟く。
「一枚でも残っていればそれはそれで厄介ですけれどね」
エルムの声にエイネが腰に手を当てて応えた。
「でも、一枚ずつ倒す手間が省けたでござるよー。もし一枚一枚しらみ潰しかと思うとぞっとするでござる」
金庫内を精査した撃退士を銀行員が迎える。銀行員は覚えず頭を下げていた。
「その、ありがとうございました」
侮っていた自分への恥でもある。レフニーは謙遜する。
「いえ、そんな。ディアボロを倒すのは撃退士の務めですし」
銀行から出た麗奈が、「どこかでお菓子でも食べましょうか」と提案した。思っていたよりも早く任務が終わったためだ。
レフニーがいち早く反応する。
「食べるなら、紅茶の美味しいお店がいいです」
「拙者、日本の茶菓子がいいでござるよー」
「私はどちらでも」
めいめいの声に麗奈がコインを取り出す。
「よし。表なら和菓子、裏なら洋菓子ね」
レフニーは少し呆れた。
「一生分コイン見た後にそれはちょっと……」
「いいじゃない。さて、どっちになりますか」
弾いたコインを手の甲で確認する。裏であった。
「結局、コインの裏表って誰が決めたんですかねー」
ケーキと紅茶のセットを頼んだ一同が話題にする。
「そりゃ偉い人でしょ」
麗奈の声にケーキを頬張るエイネが、「どっちでもよかろう?」と返した。
「お金には違いないのでござるから」
「でもコインの裏表で、色々決まっちゃう世の中ですからねぇ……」
「そうやねぇ。まぁ、表にしろ裏にしろ、私達はどちらかを決めるんじゃなくって、その結果を超えたところにあるものでしょ?」
超越した善悪の向こうを、撃退士は今日も行く。