眺めた視野の先にいたゴールデンワンコ型に、雫(
ja1894)はため息をこぼす。
「九連休ですか……。我々撃退士の職業に、カレンダーが赤いのも平日も関係がないような気がしますが」
「彼奴らはさしずめ、休みを忘れられない亡霊か。しかしながら、犬なのか獅子なのか……ハッキリして欲しいものじゃな」
応じた白蛇(
jb0889)はオフィス街中心地に陣取る三体を目にしている。隠れる場所だけには事欠かないため相手の行動をつぶさに観察することは難しくない。
だが仕掛けるとなれば話は別だ。相手の位置は開けた交差点。どこから攻撃の基点を開始しようとしても誰かはその射程に潜り込まなければならないだろう。
雫は耳を指差す。
「消防からの連絡、入りました。警察も。作戦、いけそうです」
「うむ。連中の動きを封じられればそれでよし。避難誘導も作戦実行時に可能じゃろう。……休みが欲しいのは百も承知じゃとて。それをいつまでも引きずるのは女々しい、という」
「ですよねぇ。誰だって休みが欲しいのに決まっています。九連休……魅力的な数字でしょうね」
「そんなに休めばふやけてしまいそうな気もしなくなないがのう。やはり人は気持ちをしっかりと保つために、アクセルとブレーキの配分が大事じゃろう。ユウとやら。作戦概要は頭に入っておるか?」
尋ねた白蛇の視線の先にいたユウ(
jb5639)がスナイパーライフルを構えた。
「位置取り自体は掴めています。連休を偲ぶディアボロを討伐しましょう」
「じゃが、分からんよのう。ディアボロも天魔とて、休みなどないに等しいものじゃろうに」
「人の歩みを止めるのが天魔ですから、人の休みに便乗するのも相手のやり口なんじゃないでしょうか?」
雫の憶測に白蛇は腕を組む。
「じゃとすれば、連中も暇よのう。ちょっかいを出す余裕があるのならば人界を見よ、と言いたいものよ」
「人の世を眺めて手を出すのも天魔にとってはある種の暇潰しなのかもしれませんね。どう足掻くのか、見たいとか」
推測するユウに白蛇は呆れ返る。
「相も変わらず、奇妙な奴らが奇妙なものを造る。足掻くのが見たければ連中同士で足掻き合いを見せるのがよかろう。人の子を巻き込むのはお門違いというもの」
「でも、がっつりお休みがあるっていうのは、人間特有の文化ですよね。そこを羨んでいるのかな……?」
ユウが小首を傾げていると雫が剣を携える。
「いずれにせよ、対処すべき相手への戦いこそ、我々の本懐。人の世を掻き乱すと言うのならば、それは敵以外にあり得ません」
「同意じゃのう。なに、連中は聴覚が弱点と聞く。手数は多いほうがいい。作戦を実行するのに、準備は万全」
「行きましょう」
首肯したユウに、白蛇と雫が続いた。
「九連休と言われても、学生の私にはいまいち、ピンと来ませんね……」
呟いたRehni Nam(
ja5283)は理解に苦しむとでも言うように呻っていた。
「関係ないのね! ゴールデンウィークはもう終わったのよ!」
雪室 チルル(
ja0220)にも休日があったのだろうか。レフニーはふと考える。
「大型連休って言ってもありがたみを感じられるのは社会人になってからなのですかね……」
「それも分からないわ! でも、あたい、ディアボロをぶっ潰すのだけは休日も平日も関係ないもの!」
それはその通りであろう。撃退士にとって天魔のさじ加減一つで休みも何もなくなってしまう。
「当たり前に休みが来るもの、というのも私たち学生の感覚なのかもしれませんね。あのディアボロはその具現なのかも」
「不満だから暴れているのかも! 分からないけれど!」
社会人の憤懣が凝結し、あのようなディアボロを造り上げた。だとすれば天魔も随分と世知辛い事情で造ったものだ。
「いずれにせよ、止めることには変わりありませんが。弱点は異常発達した聴覚ですか。大きな音でかく乱、その後、各個撃破、という流れに変わりありませんよね?」
「あたいは叩き切るわ! 他は分かんないけれど!」
チルルには敵へと真っ直ぐにぶつかっていくのが一番の適任だろう。自分たちはできるだけそのルートを潤滑にするだけだ。
「しかし位置取り自体は相手のほうが優位です。四方八方が見渡せる交差点の中心。隠れる場所に事欠かないとは言っても、それは仕掛けるのには相手の好都合な場所に誰かが出なければならない、という弊害もありますし」
「だったら、出て行けばいいじゃない! あたいは関係ないわ!」
敵のほうの陣取りを如何にして覆すか。消防との連携が取れるのは既に確定とは言え、三体のディアボロのうち、取りこぼす可能性すら出てくる。
その場合の追撃も加味しなければならない。
「敵の位置においての優位を叩き潰しましょう。こちらもカレンダーが赤くとも関係がない、ということを突きつけるのに、何も不都合はないはず」
「打ちのめすのみよ!」
チルルは大剣を片手に戦場を見据えていた。
ディアボロのうち一体がふと空を振り仰いだ。
音が消えたことに、彼らは周囲を見渡す。人々の営みの音が消え、不意に静寂が降り立つ。
その意味をはかり切る前に、その聴覚を震わせたのは火災報知機のけたたましいサイレンである。
聴覚神経が音を捉え、ディアボロがそれぞれ蹲る。
攻撃にすぐさま転じたものは一体もいなかった。
だからか、滑るように戦場に立ち現れたチルルの剣筋に一体は確実に胴体を叩きのめされる。
ビルに突き飛ばされた仲間の被害に気づいた途端、視線の先にいた雫がすっと手を掲げた。
ヒリュウが召喚され、その威嚇が戦闘神経を逆撫でする。
「目標、こちらに気づきました。殲滅戦に移ります。避難は……」
『既に完了しておる。しかしながら、火災報知機の音……なかなかに耳障りよの。作戦に必要とは言え』
鳴り響き続ける火災報知機の狂騒の中、チルルが大剣を掲げ、先ほど突き飛ばした一体に向けて追撃を放つ。
粉塵を引き裂いてディアボロがチルルへと三回鳴いた。腕の回転攻撃が放たれ、烈風がその身を嬲る。
姿勢を沈めたチルルは大剣を軸にしてその場で防御の体勢に入った。烈風が交差点から辻風を巻き起こす。
その辻風を上空から見下ろしていたのは白蛇であった。身の丈以上のスナイパーライフルを構え、回転攻撃に意識を傾けている敵を照準する。
「悪く思うな、代弁者気取りよ。その蛮行、目に余りある。撃ち抜かれるは必定の運命」
弾丸がディアボロの片耳をそげ落とした。急速にその身体から攻撃の意思が消え失せていく。周囲を見渡すディアボロの弱視では眼前のチルルすら捉えられないのだろう。
「ゴールデンウィークの、幕引きよ!」
その大剣がディアボロを一刀両断する。もう二体の攻撃の矛先を遮ったのはレフニーの盾であった。
「私の接近も見えていないみたいですね。火災報知機、なかなかのお仕事です」
レフニーを叩き潰さんとディアボロが腕を掲げた直後、一気に距離を詰めて来たのはユウであった。
ディアボロの真上に立ち現れ、その喉から強烈な咆哮が発せられる。
ディアボロが聴覚を潰され、その場でよろめいた。その隙をレフニーは逃さない。盾の代わりにその手が紡ぎ出したのはフライパンである。
ただのフライパンではない。戦闘用にも使える優れものだ。バトルフライパンと共にもう片方の手で構えた武器にアウルが宿る。
形成されたアウルの輝きは一つの物質を構築させた。
お玉である。
「悩むんですよね。どこで殴るか。でも、今回はフライパンも込みなので、どこで殴るのかは決定済み、ですっ!」
お玉の底でバトルフライパンと叩き合わせて騒音を発生させる。
完全にこちらを見失ったディアボロが明後日の方向を爪で引っ掻いた。
その背後をレフニーが取り、お玉を天高く掲げる。
ビルの壁面を蹴りつけたユウが交差し様に銃口をディアボロの頭部へと狙い澄ました。前後からの挟み撃ち。
「九連休は既に終わりました。だから、貴方達ももう逝きなさい」
レフニーのお玉アタックとユウの銃撃が交錯し、ディアボロの頭部を砕く。
破砕された頭部から粉塵を上げながら、ディアボロは倒れ伏した。
残り一体へと権能を出現させた白蛇が手を払う。審判の雷が楔のように天地を縫い止め、雫と対面する最後の一体を痺れさせた。
「電気系統の魔術に弱いとのこと。神の眷属の放つ神鳴はさぞ効くじゃろう?」
ぷすぷすと黒煙を上げつつ、ディアボロが三回咆哮する。
攻撃の合図だ、と雫が警戒神経を走らせた。
「総員、突風警戒! 耳を潰します!」
雫の声に心得た者たちがそれぞれの位置についた。
近接戦闘を主軸とする者たちが距離を取る中、ユウがエクレールの安全装置を解除する。
「耳を落とします。最後の一体ですからちょっとした無茶でも活路を拓きましょう」
首肯したレフニーが盾を携えた。
「攻撃一回分程度ならば余裕でいなせます。お覚悟を」
疾風のように敵の射程に潜り込んだレフニーとユウがそれぞれ交差し、ディアボロの耳へと攻撃する。
突風攻撃が中断され、ディアボロが呻いた。片耳が焼け落ち、周囲を見渡すその瞳にはこちらが映ってはいないのだろう。
雫が声を飛ばした。
「雪室さん!」
「叩き割ってあげるわ!」
太陽剣が陽光を反射して煌き、二つの剣閃が相乗してディアボロの胴体を寸断した。
胴を割られた形のディアボロが血を撒き散らしながらその場で駆逐される。
ユウは上空に舞い上がり、被害状況を確認、報告の声を発した。
「情況終了です!」
「お休みって、毒にも薬にもなるんですね」
警察と消防に今回の協力の感謝を述べていた雫のすぐ傍でユウが呟く。
白蛇は当たり前であろう、と頷いていた。
「休み過ぎても、逆に働き過ぎてもいいことなどない。ちょうどいい妥協点を見つけ出すのが人の営みよ」
「九連休、ですか。何もできなければ、お休みもそうでなくとも変わらないものです。特に私たち撃退士には、カレンダーの祝日も、あまり関係がないですから」
レフニーの言に雫は言いやった。
「でも時にはお休みも必要ですよね。それが訪れる時には、平穏であることを何よりも望みますけれど」
明日が平和であるために。その刃は振るわれるのだ。