「おーっ、本当にでかいドリル怪獣だな、ありゃ」
双眼鏡で観察の目を注いだ向坂 玲治(
ja6214)は、今回の獲物に得心する。
ドリルを有するクジラ、と形容されていたがその巨躯はまさしく陸に上がってしまった何らかの間違いを想起させる。
「関係ないわ! でっかい怪獣なんてあたいがやっつけてあげるんだから!」
戦闘意欲を剥き出しにした雪室 チルル(
ja0220)の声音に玲治は言い含める。
「慌てるなって。あんなにでかいと後処理も大変だ。できるだけ動きを止めつつ、こちらの攻撃を全方位から叩き込む……ってのが理想だろうな」
「でも、夕方までなんて待てそうにないわ!」
その言葉には首肯する。あれほどの巨体相手では被害が広がるだけだ。如何に素早く、敵のメインウエポンであるドリルを破壊するかが鍵となるであろう。
「それには賛成。待っていたら破壊の爪痕が大きくなっちまう。あのドリル、どうにかして取っ払う手立てを打つしかないな。こっちには剣の使い手が数人、か。近接戦闘になりかねない。奴さんをあの場に縫い付けるようにして戦うべきだろうな」
「あたいは真正面から! そうでないと張りがないもの!」
その言葉が来るのは半ば予想していたので玲治はすぐに頷いた。
「雪室さんは俺と同じで真ん前から、敵の注意を引く役目だ。側面攻撃は……任せていいんだよな? 雫さん?」
繋いでいた通話先で雫(
ja1894)が言葉を返した。
「ええ、側面からの奇襲は任されました。しかし、どうして証言はどれもこれも……ドリルに関する情報ばかりなのでしょうね」
辟易する思いで雫は情報を精査する。成人男性や少年たちの男心をくすぐるのだろうか。どれもこれもドリルに関連した情報ばかりである。
「主武装に関しての情報が多いのは感心するべきじゃろう。彼奴の動きはつぶさに観察するまでもなく、見えておるからのう」
双眼鏡を構えた白蛇(
jb0889)の視線の先でドリル怪獣は周囲へとぎらついた眼差しを送っている。
昼間には活動が本格化する。攻めるのならば夕刻だ、という証言があったが……。
「夕刻までは待てそうにない。あれでは被害が広がる一方じゃて」
「やっぱり、そう思いますか」
白蛇はうぅむ、と呻りつつ作戦をそらんじる。
「正面班の引き付けで彼奴がうまい具合に注意が削がれればいいのじゃが、クジラを思わせる巨躯というのは伊達ではないのう。大きければ存外にただの格好の的じゃとも思うが……、主はどう考える? 鬼塚殿」
その言葉に鞘に収めた刀を掲げ、鬼塚 刀夜(
jc2355)は声にしていた。
「うーん、新しい刀の錆びにするのには、ドリルってのは案外相応しいかな。相手が刀ならなおよしだったんだけれどね。側面からの奇襲に期待しているよ。僕らは空から仕掛けるから」
刀夜の目配せに雫は首肯する。
「私の攻撃でどのくらい相手が注目するか、ですね。その隙に鬼塚さんと白蛇さんは空中から仕掛け、一気呵成に」
「うん、畳み掛ける」
言葉尻を引き継いだ刀夜に雫は刀へと視線を向けていた。
「いつもの鬼羅じゃないんですね」
「せっかくだから試してみたいんだよね。鬼羅より攻撃力は高くって、コスト面では運用しやすいみたい。ま、剣客たるもの、常に他の武器も使えるようでなくっちゃね」
「銘は……」
刀夜は鞘に包まれた刀を掲げ、言い放つ。
「銘刀、虎徹。さぁ、馴染んでくれるかどうかは戦いの最中で呼び起こすもの。僕に見せてくれよ。その刀の因縁の赴く先を」
同じく剣を扱うものとして雫は驚嘆していた。
刀一筋に生きる修羅。その苛烈なる生き方は素直に眩しい。
「……さて、ドリルですが、何がいいんでしょうね? よく分からないですけれど、厄介な武装であるのは確か。さっさと切断してしまいましょう」
「この太刀筋がドリルに敵うかどうか、――勝負だ」
活発に破壊活動を続けるドリル怪獣が回転数を上げたドリルで住宅を破砕しようとする。その圧倒的な破壊に周囲でカメラを片手にする男性陣が湧いた。
「なんてドリルの勢いなんだ……」
高周波は市民の耳に害するものであるのは明らかでありながらも、ドリルに浪漫を感じる者たちはその射程ギリギリまで歩み寄ってシャッターを切る。
その時、音に反応してドリル怪獣が攻撃の矛先を向けた。
一斉に逃げ出す男たちの中に混じっていた少年が足をもつれさせて転げる。
ドリル怪獣の威圧的な眼差しが少年を射竦めた。
「誰か……」
高周波の嵐が少年へとかかろうとする。その牙がかかる前に降り立ったのはチルルであった。
大剣を掲げ、その切っ先が太陽を指す。
「あたいを前にして、好き勝手にはさせないわ!」
太陽剣が日光を受けて照り輝き、ドリル怪獣の射線に潜り込んだ。
ドリル怪獣が鼻先のドリルで剣を受ける。回転軸をいなし、剣とドリルが激しく打ち合った。火花が散る中、玲治は口笛を吹く。
「よくやるよ、雪室さんは。あんなでっかいのを前に一秒も臆することもないんだからな。まぁ、いちいちディアボロ程度にビビッてたら、撃退士の名が泣くっての」
星の輝きを誇るトンファーを構えた玲治が少年へと目配せする。
「少年、今のうちに逃げな。こっから先は、戦う者たちの領域だ」
少年が立ち去っていくのを目にして玲治は独りごちる。
「……さーて、怪獣映画になる前に叩くとしますか。こんだけデカイと割り込むのも一苦労だが、やってみるか」
チルルの剣筋がドリルと干渉し、大きく後退する。
ドリル怪獣が暴風域を作り出そうとした瞬間、幻影の騎士団を引き連れた玲治がその射線に割って入った。
トンファーの周囲を包み込むのは氷の術式である。瞬時に凍て付いた大気が震え、ドリル怪獣がまどろんだ。
「一気に決めさせてもらうぜ! 沈め!」
電磁を帯びたトンファーの一撃が表皮に深く食い込む。そのまま口腔部に染み入った電撃がドリル怪獣の粘膜を焼き切った。
覚えず、と言った様子で舌を出したドリル怪獣の鼻っ面へと連撃を叩き込もうとして、暴風が発生する。
「そう簡単には決めさせてくれないか……だが! 俺たちだけが!」
「――撃退士だとは思わないでください」
言葉を引き継いだ雫が側面から立ち現れる。その手に練り上げた魔術式が瞬間的に常闇の庭を作り上げた。
闇夜に沈んだ空間にドリル怪獣の動きが僅かに鈍る。
「夜にはお寝んねってわけだ。その鼻先の得物!」
「貰い受けます!」
玲治と雫が一斉に仕掛ける。怪獣は目を見開き、血走ったまなこで四肢をばたつかせた。
強制的に興奮状態に高める作用もあるのか、煌々と輝いた瞳からは眠気が失せている。
「自分でばたついてその痛みで自分を叩き起こすって寸法か。随分と荒療治で」
「ですが、有効策ではありますね。しかしながら、暴れられると面倒なので。沈んでもらいます」
逆十字の重力磁場が発生し怪獣の表皮を縫いつけた。膨れ上がった重力の前に怪獣はドリルを沈めて身を起こそうとする。
「今ならば、格好の位置にあると思われます。白蛇さん」
通信を受けた白蛇はスレイプニルを召喚し、うむと頷いていた。
「わしも司も好位置に入ってきたところよ。……しかし、見れば見るほど奇怪なものを作ったものじゃな。こういうものを作る天魔の考え方は相変わらず読めん。読めんほうがいいのかもしれんが」
重力に縛り付けられた怪獣の背は完全に空いている。スレイプニルの背に騎乗していた刀夜へと白蛇は言葉を投げた。
「どう見る? 鬼塚殿。この位置からでも行けるか?」
「充分、かな。飛び乗るよ、準備は」
「いつでも」
スレイプニルの背を蹴りつけ、刀夜が怪獣の頭部へと躍り出ていた。その手が刀の柄を握り締める。
「……いつだって、新しい刀との最初の邂逅は緊張するな。さぁ、僕の手に馴染んでくれるか、銘刀、虎徹。君の力とその名の証を、僕の手で刻ませてくれ」
引き抜いた虎徹の刃が宵闇の空間に銀の輝きを冴え渡らせる。
刀夜の刃が頭頂部に食い込み、鬼の血を覚醒されたその眼差しと共に呼気一閃。
断ち割った表皮へと夢幻なるステップで踊り上がり、その上に十字傷と重ねた剣を交差させていく。
怪獣が激痛に悶え、全身をばたつかせた。
刀夜が虎徹の刃を深く突き込ませ、振り落とされないようにする。
怪獣の横っ面を射程に捉えたのは白蛇であった。その手には巨大なロケットランチャーがある。
「どりるとやらの浪漫はさっぱり分からぬが、その大きな得物、邪魔なことだけははっきりしておるのう。どれ、耐えるかどうか試してみるか」
掃射されたアウルの砲弾が怪獣の横腹へと食い込み、その体躯を跳ね飛ばした。
粉塵に紛れ、玲治とチルルがお互いに両脇へと潜り込む。
「そのヒレ、邪魔だな。雪室さん、せーの、でいくぞ!」
「分かったわ! せーのっ!」
玲治のトンファーがヒレの付け根へと渾身の打撃を叩き込む。内部骨格が折れ曲がり、付け根を支持する神経が悲鳴を上げた。
チルルの剣筋がヒレを根元から断ち割った。舞い上がったヒレが重量感を伴わせて回転し、地表へと突き刺さる。
ドリルが回転数を高めた。この周辺域に暴風と回転音の攻撃を叩き込むつもりである。
回転するドリルの真下で、雫は眉をひそめる。
「……やはりドリルの何がいいのか、私には分かりかねますね。ただの喧しいだけの切削道具ならば、ここで潰えるのが運命でしょう」
瞬間的に凍て付いた大気がドリルの回転数を鎮めていく。刹那の間に、ドリル周辺の皮膚が硬直していた。
「皮膚とくっついているのが仇となりましたね。サイの角と同じようなものなのだとすれば、皮膚からの影響を免れるはずがありません」
前肢を断ち切られた形の怪獣はほとんど動きを止めたも同然。
刀を支点に刀夜は姿勢を立て直す。
「さて、ドリルの動きが止まり、身体のじたばたも止まったね。これで――落としやすくなった」
その眼差しが狙うのはドリルの付け根である。姿勢を沈め、放たれた居合いの一閃は影を引き裂き、ドリルの鼻先を叩き据えた。
それだけでも重量のある一撃だが、まだドリルと落とすには至っていない。
刀夜が刃を表皮に突き立てつつ、そのあまりある膂力で怪獣の皮膚を切り刻んでいく。
もう少しでドリルへとその太刀の射程に入りかけたところで、暴風が発生した。
回転数を火事場の馬鹿力で取り戻させた怪獣の暴風に晒され、刀夜が振り落とされかける。
その背中を受け止めたのは白蛇の司であった。
「もう少しであろう? あと一撃、しっかりと狙うといい」
「感謝するよ、白蛇様。あとで飴をあげる」
「世辞はいい。この距離から敵を断てるか?」
スレイプニルが怪獣の直上へと飛び上がる。刀夜は刀を構え直した。その構えは下段に切っ先を携えた形。全身の勢いを軸として一閃への布石とする。
「――充分だ。もらい受けよう、そのドリル!」
スレイプニルから跳躍した刀夜の視線の先にドリルが入る。虎徹の刃が回転軸を加えた刀夜の動きに呼応し、鉄を貫通せしめる一撃がドリルを根元から断ち切っていた。
宙に舞った形のドリルが空転し、猪突の軌道を描いて地面に深々と突き刺さる。
その反動で怪獣がよろめいた。
隙だらけの本体へとチルルと雫が大剣を構える。その構えは正眼。真正面から巨体を断ち割る心積もりである。ふふ、と雫が微笑む。
「ドリルがどこかに行っちゃいましたね。これで、あなたはただの大きいだけのディアボロ」
「でかいだけで、あたいたちを倒せるなんて、思わないことね!」
二つの影が一陣の風となって怪獣の身体を嬲った。こちらの巻き起こした烈風を前にその巨体が浮かび上がる。
真下に潜り込んでいたのは玲治である。
トンファーへと集中させた一撃に深く呼気を放つ。
「海洋系の怪獣の弱点はその見えない部位って相場が決まっているもんだ。そのだぶついた下っ腹、拝む前に打ちのめしてやるぜ!」
仰ぎ見た先には明らかに他の部位よりも薄い、怪獣の下腹部がある。玲治の放ったアッパーを思わせる一撃が食い込み怪獣の背筋まで衝撃波が突き抜けた。
拡散した衝撃が刀夜のつけていた刀傷を結果的に広げ、血潮が撒き散らされる。
怪獣へと放たれた最後の殴打が決め手となった。
よろりと傾いた怪獣がそのまま横倒しになる。
ドリルを失い、完全に虚脱し切った怪獣からは最早生命力は掻き消されていた。
虚像の宵闇がガラスのように砕け散り、常闇の庭は戦いの終わりと共に消えていく。
息をつき、玲治が報告の声を上げる。
「情況終了!」
突き刺さったドリルも怪獣本体も無論、回収対象であったが、ドリルを前に記念撮影する男性陣が見て取れた。
それを目にして雫は心底解せないように肩をすくめる。
「ドリルに何を思っているのでしょうね……。分かりかねます」
「まぁ、きっと、武器以上の何かだろうねぇ」
口にした刀夜は芝居がかった仕草で白蛇へと飴を献上していた。
「白蛇様、サポートありがとうございます」
「うむ、よきにはからえ」
飴を口に放り込み、白蛇が満足そうに頷く。
「ま、次の怪獣シリーズがないことを祈るばかりだな」
嘆息をついた玲治にチルルが不思議そうに首を傾げる。
「でっかい怪獣なら的も大きいから、あたいは大歓迎よ!」
「的が大きけりゃ当てやすいってか。とはいえ、ドリルに関しちゃ彼らの情熱には負けるよ。ロマンだとかそういうのは……俺にはちと分からんが」
言って玲治は後頭部を掻いた。