.


マスター:シチミ大使
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/04/21


みんなの思い出



オープニング

 場所取り、というのはいつだって新人の役目である。
 花見の場所取りに最初の仕事が集約されていると言っても過言ではない。
 その日も、レジャーシートを広げた花見客は朝の五時からぽつぽつと現れていた。
 仮眠を取ろうとした場所取り役は夢うつつの中、急に首根っこを引っ張り込まれた。
 振り返ると青白い肌の怪物が場所取りを行っている花見客たちを一人、また一人と吹き飛ばしていく。
 青い獣は桜の下を独占しようと言うのだ。
 場所取りは命がけである。敵が怪物でも実行しなければならない。レジャーシートを引っぺがし、次々と場所を取って行く怪物へと新人たちが石を放り投げた。
 瞬間、投擲された石が空中に凝固される。
 緑色の反射膜が彼らの視界に入った。
 まるで風船のように反射膜が膨れ上がり、直後には弾き返された石は弾丸の勢いを伴わせた。
 数人がその凶弾に倒れただろうか。
 場所取りの青い獣は低い呻り声を発して桜の舞い散る空間を独占した。

「この季節には花見が似合います。しかし、桜を目にできるのは実に限られた期間です。その数週間か、あるいは数日間のうちに散る桜の姿に人は諸行無常を覚えてきたのでしょうか」
 そのような浪漫とはほど遠い場所にいると思われるのは、青い獣だ。
 桜の下で醜い外観を晒している。周辺を警戒する獣の総数は三。青い獣は関知範囲に入ったと思われる鳥を緑色の反射膜で弾き返した。
「青い獣が人の儚い楽しみに水を差しています。依頼です」
 久遠ヶ原学園の事務係の職員の女性が淡々と告げる。
「青い獣三匹は桜の下で場所取りをしていた民間人に反撃。今、目にしていただいたのと同じ反射膜……バリヤーのようなもので射撃や物理攻撃を跳ね返します。両腕はそれなりの握力のようですが撃退士ならば容易に突破可能でしょう。問題なのは、やはりこの反射膜。解除するのには敵陣への接近が絶対条件だと考えられます。懐に飛び込み、反射膜の展開時間である五秒の壁を突破し、風情も何もないこの獣を討伐していただきたい。悪魔の活動領域はなく、自律型と思われます。この依頼を引き受けますか? 引き受ける場合はこちらにサインをお願いします」


リプレイ本文


「場所取りってのはルールとマナーがあるんだ。それも分からずして身勝手に場所を取るなんて」
 嘆かわしいとでも言うように浪風 悠人(ja3452)は獣を双眼鏡の先に捉えた。
 桜の特等席を独占している獣にはしかし、花見のような機微は分かっていない様子だ。それも当然か、と悠人は結論付ける。
 獣は獣だ。花見という儚くも人間文化の根底に根付いた風習を理解できるとは思えない。
「なに、花見を邪魔するとは、ええ度胸やのぉ……。きっちりシメたるから覚悟せぇよ」
 ゼロ=シュバイツァー(jb7510)の発した言葉に悠人は嘆息を漏らした。
「お酒が飲みたいだけだろう?」
「ま、花見って言うのは宴席の一つやからな。酒飲みにとってしてみれば、邪魔されるのは気分が悪い」
 肩をすくめるゼロに悠人は敵のデータを脳裏に呼び起こす。
「反射膜、バリアーみたいなものだったか。どの程度まで反射するのだろう」
「さてな。小石程度で有効なのか、あるいは武器レベルまで通さんのか」
 手近な小石を拾い上げたゼロは手の中でもてあそんだ。
「反射されるんだ。位置取りによっては敵に優位になる」
「やったら、そうならんように務めるまで。俺らは撃退士やからな。獣とは違うんやってこと、しっかり教育したらな」
 ゼロは最初から反射膜など恐れるまでもないと思っているようである。否、その後の花見が本懐か。
 悠人は観察の眼を注ぎつつ、標的の弱点を探っていた。
「何だって青白いんだろう」
「ほれ、吐き気を催しとるんちゃうか? 花見と言うと青白い顔の奴が多い」
「みんながみんな、酒盛りに必死みたいに言うなよ。とはいえ、場所取りなんて世知辛い真似をするのは、やっぱりそういう人間かな」
「花見に乗じて盛り上がりたいってのが本音やろ。まぁ、その本音も、建前に隠すのが大人なんやけれどな」
 獣はまるで子供のような言い草だ。
「建前さえも通用しないってことか」
「建前も言えん、ってことかもな。そういう奴ほど悪乗りはする。場所取りは恒例行事みたいなもんや。そこに水差すとはこのディアボロ、どう切りさばかれても文句は言えんな」
 フッと笑みを浮かべ、悠人は同意する。
「ああ、再教育だ、ディアボロ。場所取りの本場の力、見せてやる」

 ミハイル・エッカート(jb0544)はお花見とあって少しばかり浮き足立っていた。
 だがそれも現場に到着し、青白い獣を目にすると減退したらしい。
「ブルーシートでお花見をするのが、この国のスタイルなんだろ? 青けりゃ何でもいいのか?」
「そんなわけ、ないのです。あれはいけないこと、なのですよ」
 応じた華桜りりか(jb6883)は春の温もりに眠たげな声を発した。
「どうした? 眠いのか?」
「春眠暁を……と言うの、です。この季節はみんな眠たげなの、ですよ」
 その言葉にミハイルは興味深そうに頷いた。
「なるほどねぇ。その調子で連中も眠ってくれれば平和的にお花見としゃれ込めるんだが、奴ら目だけはギンギンだ」
 炯炯とした獣たちの瞳にミハイルは皮肉めいた笑みをこぼす。眼光だけが鋭いのは獣の証。
 りりかは不満げに頬をむくれさせる。
「んむ……お花見を独占するのは、いけないことなの、ですよ。お花見は、みんなで楽しむから良いの……」
「そいつは同意見だ。花見で振る舞われるという酒や料理は特上と聞く。俺はそいつにありつきたいね」
「食いしん坊、なの、です」
「春は暖かくなるから身体が動かしやすくなる。身体を動かすと腹が減るのは当然だろ? 化け物には美しい桜は似合わないぜ。一掃してやろうじゃないか」
「ふむ……かたづけは早めにすませる、のがてっそくなの、です」

 依頼書には即座にサインした、と天険 突破(jb0947)が告げるとふぅんと胡乱な声が飛んだ。
「何か? 俺は即断即決をモットーにしている。何よりも、花見を邪魔するなど言語道断。許せるはずもない」
「でもですね、花見なんてゴチャゴチャして、僕はあまり得意ではないです。場所取りっていう恒例行事も、いまいち理解はできかねます」
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は手元のトランプを繰りつつ自嘲気味に語る。突破はふんと鼻を鳴らしていた。
「まだ分からぬこともあるだろう。年長者ならではの感覚、というのもある」
「お酒が飲めるのが偉いってことですか? それとも馬鹿騒ぎが? まぁ、何よりもこうしてトランプを手に取っているのが一番に落ち着く。連中の動きはどうなっています?」
 突破は双眼鏡越しに窺える敵の動きを注視した。
「連中、動きそのものは鈍そうだ。事前の作戦通りならば、裏を掻くことも難しくないだろう」
「ま、実戦にならなきゃ分からないこともありますよ。それは確率論では決して割り切れない世界ですからね」
「……受け持ちは一体ずつだと聞いた。自信でもあるのか?」
 突破の疑問にエイルズは笑みを浮かべる。
「自信、ってほどじゃないけれど、勝つのにいちいち理由がいるんですかね。天険さんも随分と自信があるみたいですけれど」
「自信ではない。これは誇りだ。勝つという信念。それが俺を衝き動かす」
 拳を握り締めて語った言葉にエイルズは手を叩く。
「ご立派なことです。拳で語るのは、僕は本業ではないので。代わりに少し、願掛けでもしますか?」
「願掛け?」
 エイルズがトランプを差し出す。突破は怪訝そうに見やった。
「引いてみてください。なに、戦闘前のちょっとした、度胸試しですよ。僕はその柄を当てます」
 突破はトランプを一枚引く。その柄はまだ見ていない。
「引いたが」
「では僕に見えないように表にして、頭の中で数字とマークを思い浮かべてください」
 スペードのAであった。一瞬しか目にしていない上に、エイルズの位置からは見えないはず。
「確認した」
「ではこの束の中に戻して。僕がしっかりとシャッフルします。……おや? 出たがりの子がいますね?」
 シャッフルすると一枚だけ弾き出されたように躍り出た。エイルズがそのトランプを空中で掴む。
 それは今しがた突破の手にしたスペードのAであった。
「これじゃありませんか? 天険さんのカード」
「……驚いたな。どういうカラクリで?」
「別段難しくはありません。そうだ、花見としゃれ込むのならば、このトリック、お教えしておきましょう。きっと盛り上がります」
「戦闘後に、是非ご教授願おう」
 トランプを翳したエイルズはフッと笑った。

 獣は関知する。
 三人、であった。眼前に立ち現れたのはゼロ、悠人、りりかである。
「さて、まずは初手、と行こうか」
 飛翔したゼロを嚆矢として悠人が石を放り投げた。途端、緑の反射膜が発生する。
 その軌道を読んで悠人は反射攻撃を回避した。
「なるほど。ほぼほぼ直線、か。しかし、反射速度が速いな。常人では目で追えない。……ゼロが飛んでいなければなぁ。反射、目で追えないのに」
「不穏なこと言うなや。でもな! お前らが相手取っているのは撃退士や!」
 舞い降りてきたゼロが大鎌を振り翳し接近攻撃を見舞う。反射膜がそれを弾こうとするが悠人の放った小石のほうに反応した。
「射撃、投擲武器に優先度があるようだ。同時攻撃なら、接近攻撃には対応し切れない」
「――つまり、お前は呑まれる、いうこっちゃ」
 鎌を閃かせ下段からの攻撃が青い獣を押し上げる。獣が甲高い鳴き声を上げ、桜の樹の上へと跳躍した。
 その軌道を遮ったのはりりかの盾である。
「桜の樹は、守るの、ですよ」
 弾き返された獣が転がり再びゼロの射線に入る。腹腔へと叩き上げた一撃に獣が呻き声を上げた。
「さーて、お前はだいまおーの一撃に耐えられるか?」
 突き上げる形で獣が中空に舞い上がる。射線を見据えたのはりりかであった。
「ゼロさんってば……あたしはだいまおーではないの、ですよ」
 りりかの持つ日本人形が妖しく輝き、術符が空間に浮かび上がった。
 瞬間的な光の瀑布に獣が痙攣したようにのたうち、地面に倒れ伏す。
「どーやらだいまおーには敵わんかったようやな」
 鎌を振るい上げたゼロがその首筋へと刃をかける。その瞬間、横合いから二体目が押し寄せてきた。
 猪突気味の攻撃は明らかに仲間個体を守るためのものだ。前足が膨れ上がり、地面を捲り上がらせる一撃を放つ。
「大層な拳で」
 拳が未だ塵芥に煙る標的を狙い澄ました。
 しかし粉塵の向こう側にいたのは狙っていたゼロではない。
 ミハイルの銃撃が電磁を帯びて獣の体表を突き破った。
「そっちをさっさと片づけないと、こいつは俺が殺っちまうぞ」
 矢継ぎ早の銃弾が獣を打ち据え、怯んだ獣が反射膜を張って反撃の体勢に移ろうとする。
 その二体を離れた位置で見守っていたのは最後の一体であった。
 狙っていたのはミハイルの背後である。その一体が拳を振り上げようとしたその時、トランプが桜の花びらに混じってはらはらと散った。
「嫌だなぁ、そのバリアー。ちょっと厄介かもしれない」
 エイルズの接近に反応できなかった獣が瞬時に振り返って薙ぎ払おうとする。
 踊るようにエイルズは獣を中心に据えて円弧を描いた。
 小石を投げつつ、その投擲にトランプを混ぜる。
 緑色の反射膜にトランプが突き立った。
 命が宿ったかのようにトランプの軌道が変化し、獣の表皮を引き裂く。
「トランプマジック、花見には余興が必要だろう?」
 シルクハットを傾けたエイルズは不敵に微笑む。吼え立てる獣にエイルズは、ナンセンス、と判断を下した。
「そうだね。獣には、マジックなんてあまり興味がないか。でもさ、場所取りなんて面倒な真似するんだからちょっと遊んでいきなよ」
 無数のカードが獣を覆い尽す。引き裂こうとして、その腕が硬直した。
 エイルズはゆっくりと告げる。
「急がないことだ。それがマジックの鉄則だよ。さて、戦局は――」
 ゼロの振るい上げた一撃に獣の腕が飛ぶ。もう一方の腕で格闘戦術に持ち込もうとするのを悠人が制した。刀の切っ先が顔面を切り裂く。
 うろたえて逃げ腰になった獣へと息を詰めて急接近する影があった。
 太刀を手に突破が肉薄する。
「その首、貰い受ける!」
 反射膜が形成されるも前衛の三人が小石を投げて牽制させた。
 不出来な反射皮膜に突破は刃を押し当てる。火花が激しく散り、干渉波で砂塵が舞い上がった。
 腹腔から発した「烈」の声による一閃が浴びせかけられる。
 反射膜が断絶され内側の獣から血飛沫が舞う。反射膜がその血潮を弾いていた。
「ご苦労なことだ。桜を汚さないその精神だけは見上げたものだと評価する」
 だが、と刀が翻る。
 獣の胴体が両断され、突破は刃を返した。
「青白い獣は、花見の季節に似合わん。散るのは潔いほうがいい」
 一体目を撃破したゼロは即座にミハイルの相手取る獣への応戦に入った。
 銃弾の雨を浴びせかけるミハイルは笑みを浮かべる。
「これ終わったらタコヤキ焼いてくれ!」
「応よ! タコヤキでも何でも焼いたらぁっ! 腰には来とらんか、ミハさん?」
 窺う眼差しにミハイルはふんと鼻を鳴らす。
「そんな弱音を吐けるかよ。楽しい酒が――」
「待っとるんやさかいな!」
 皮膜の内側に潜り込み、ゼロの鎌が獣を打ち上げた。
 その射程にりりかの術符が浮遊し空間に獣を固定させる。
 落下地点に先んじて訪れていた悠人と突破が剣を掲げていた。
 切っ先はお互いに獣の心の臓を狙い澄ましている。
「散らせ。その命」
「花見桜よりも散り急げ!」
 両者の太刀筋が獣の心臓を射抜き、細切れに突き崩した。
 最後の一体の引き付けを行っていたエイルズは肩をすくめる。
「みんな、お花見ムードみたいだ。お酒好きは怖いね、敵に回すと」
 悠人が武器を持ち替え、銃撃がその足を撃ち砕く。たたらを踏んだ獣へと突破が踏み込んでいた。
「受け持ってくれてありがとな。後でカードマジックを教えてくれ」
「宴席で盛り上がるのを提供しますよ」
 担いだ刀の一閃が獣の腕を引き裂いた。のたうつ獣へと術符が叩きのめす。
「お待たせしました……です。さっさと終わらせてお花見なの……」
「だいまおーの一撃は辛いやろ? でももっと辛いんはなぁ」
 ゼロの鎌が獣を打ち上げる。中空の敵をミハイルが狙い澄ました。
「おいしい酒と!」
「お花見が堪能できないことや!」
 雷撃を纏った銃弾と雷を纏った一閃が交差し獣の肉体を塵に還した。
 鎌を振るい、ゼロが声にする。
「さぁ、お花見といこか!」

 芳しい香りが運ばれてきてカードマジックを学んでいた突破は面を上げた。
「これは……たこ焼きか」
「一朝一夕で覚えようって言うんですから、集中してください」
「ああ、すまんな」
 ミハイルは鍋にぐつぐつと具材を煮込ませ特製闇鍋を振る舞っていた。
 頭にネクタイを巻いた完全なる宴会仕様である。
「正しい花見スタイルで俺自慢の闇鍋を食らいな! ほれ、天険。お前もこっち来いって」
「ああ、然るにカードマジックを――」
 シャッフルしようとして突破はつんのめってしまった。エイルズが腰に手をやる。
「カードマジックはそう簡単にはできないんですから」
 桜が散る中、ゼロはたこ焼きと焼酎を振る舞っていた。
「やっぱり桜の下で食うたこ焼きと酒は格別やな。ほれ、これでゆーはんの友達も完成や!」
 たこ焼きにソースで眼鏡柄を書いてみせる。悠人は呆れたようにため息をついていた。
「お前をたこ焼きにしてやろうか? ……まぁ、そんなのがなくてもお前は俺の友達なんだけれどな」
「早くも酔っとるんか? あれ、りんりん? 何で酒飲んでるん?」
「あたしが成人だから、飲んでいるの、ですよ? はい、ゼロさんもお酒をどうぞなの……」
「お酌もできるようになったんか? 成長したな」
 りりかはチョコと酒を配り終えるなり桜吹雪に舞い遊ぶ。
「はかない桜。でも今はえいえんよりもいとおしく、なの」
 宴席は桜の花に彩られ、その刹那に永遠を刻み込んだ。


依頼結果