「無双の能力、なんて聞いたら真正面から斬り合いたくなっちゃうよ」
そう呟いた鬼塚 刀夜(
jc2355)の傍にいたジョン・ドゥ(
jb9083)は聞き返す。
「そいつは剣士としての性って奴か?」
「まぁね。会ってみたかったんだ、本当の鬼。テンション上がってくるよ」
飴を齧った刀夜の面持ちには喜悦が滲んでいる。心底、今回の討伐を楽しんでいるようであった。
ジョンは彼女が片時も手離さない刀剣を観察する。
――妖刀、鬼羅。
鬼を狩るために作られたような因縁の名前だ。加えて刀夜は鬼以上に、鬼らしい。剣にかける鬼がいるとすれば彼女のような存在か。
「言っておくが、あんまり近距離で戦うのはおススメしないみたいだぜ? 奴さんを嘗めてかかればいつだってまずいのが討伐任務だ」
忠告など自分のキャラではないと思いつつも、ジョンは目の前の少女が一度羅刹の道に堕ちれば、容易く向こう側に行ってしまうような気がしていた。
「安心しなって。僕は狩る側だ。狩られる側じゃない」
その慮った心境を理解してかしないでか、刀夜の声音にはいささかのてらいもない。
本心から、自分が狩人の側だと信じ込んでいる。その真っ直ぐさは愚直以上に眩しい。
「狩人の領域、か。ま、今回は囮役の面子もいることだし、俺らは遠距離からの攻防になりそうだな」
「遠距離の技は持ち合わせている。何も、不得意なわけじゃないさ。ただ……斬り合えないのはちょっとばかし拍子抜けかな」
斬り合いとは元来、自分の懐に飛び込ませるようなもの。いつだって斬られる覚悟がなければ出ない言葉なのだ。
しかし刀夜は言ってのける。
斬られる覚悟くらい、最初から持ち合わせているとでも言うように。
「……なるほどね。鬼になるか、そうじゃないかってのは案外、紙一重の代物なのかもしれないな」
結んだジョンの声音に何を今さら、と刀夜は返す。
「僕らが鬼になるか、そうじゃないかなんて力を持った時からハッキリしているだろう。壊すか、壊される側になるかなんて、カードの裏表よりももっと安直だよ」
人の世に堕ちる修羅は角が生えただけのヒトに過ぎない。
そう口にした紅 鬼姫(
ja0444)に龍崎海(
ja0565)は返していた。
「そんなに簡単かな。鬼もまた、人だなんて」
「そういうものですの。大体、人里に下りていくだけの鬼なんて、それはどこまでも半端な、鬼の成り損ない。腕力があるだけの、ただのヒト。鬼姫はそういう相手は嫌い、ですわね」
鬼姫は余裕を持って言いやる。海は顎に手を添えて考え込んでいた。
「羅刹……人の世を食い荒らす鬼、か。でもそんなものでさえも、人は共存の道を選んできた。これまでは、の話だけれど」
「関係ないですの。嫌いな相手は潰すだけ。そんな簡単な帰結に、何も疑問はないのですわ」
「鬼になるか、ヒトで留まれるか、か。問答だな」
真剣に考え込む海に対して鬼姫は森林地帯を眺めた。その赤い瞳が細められる。
「来るとすれば、陽動も含めて、でしたわね」
「ああ。囮隊として藍那さんと大空さんがうまくやってくれるはずだ。俺たちは網にかかった獲物を潰す」
「分かりやすくていいですの。その時になったらよく分かると思いますわ。所詮、鬼の、獣の領域に留まることしかできなかった側と、狩る側の鬼の違いを」
鬼姫は間違いなく狩る側だ、と海は背筋を震わせた。
赤い瞳には迷いがない。その迷いのない殺意を振り翳す対象を見据えている。
「……一歩間違えれば、自分でさえも」
その言葉に鬼姫は問い返さなかった。帰結する先は見えている。
――一歩間違えれば、誰であろうと容赦はしないであろう。
迷いのない純粋な殺気は正義や悪という観念を超え、通常の道徳観念の及ばない領域へと達している。
――狩人の領域だ。
胸の中にそう結んだ海はせめて相手は囮の通用する「ただの」鬼であることを祈った。
400CCのバイクのいななき声が山岳地帯を震わせる。
大空 彼方(
jc2485)は背後にロープで掴まる藍那湊(
jc0170)の体温を感じつつ、黄金のディアボロが徘徊する領域へと突入した。
「湊、練習通りアクセルターンの時は外側前方に体重を乗せてね」
湊は首肯し自由になっている両手で魔導書のページを捲った。黄金の鬼型ディアボロは三体、ほぼ密集陣形。
予め脳裏に叩き込んだ通りの戦法ができれば駆逐は可能だ。
「了解。振り落とされないようにしっかりくっついとく。作戦通り連携していこうっ」
傾斜道を駆け降りていくバイクはほとんど自由落下に近い。鬼型ディアボロがこちらに気を向けた瞬間、湊は魔術を練っていた。
氷のアウルが植物のように構築されてしなり、枝が棘を成してディアボロの腕に突き刺さった。
攻撃射程に入る寸前でUターンが身体を煽る。風圧に負けないように湊は腹腔に力を入れていた。
ギリギリの反転からの相手への牽制。効いたか、と湊は窺う。
一体がこちらの引きつけに注意を逸らされ、歩み寄ってきていた。
その一歩一歩の速度は鈍いものの、力強さを感じさせる。
だが湊はこんなところで及び腰になるほどやわではない。何よりも――今回は恋人の前である。
彼方の突撃銃が鬼へと弾幕を張る。その巨大な腕を翳して防御を試みる鬼であったが、少しずつ削れているようであった。
「鬼さんこちら、手のなるほうへ♪」
彼方の挑発に鬼のうち一体が乗った。丸太のような腕に比すれば随分と貧弱な足腰ではあるが、跳躍くらいは可能であろう。
姿勢を沈めたその時、空間が歪み鬼の下半身に重圧がかかる。
「悪いね、鬼役よ。俺たちゃ、ずるいからよ。遠距離で攻めさせてもらうわ」
歩み出たジョンが魔術書から繰り出される魔道射撃で鬼の背筋を叩き据える。
振り向いたのは誘いに乗らなかった二体であった。
無双の武器となる長大な両腕を盾にしてジョンへと歩み寄っていく。
「ちと、まずいかな」
「――いや、上出来だとも」
ジョンが左によろめいた瞬間、その首筋ギリギリから弾き出されたのは光り輝く槍であった。
一体の鬼がたたらを踏む。
片腕に煙を棚引かせていたがその腕はまだ健在。
ジョンが舌打ちする。
「……そう簡単には取らせてくれないってわけかい」
「でも、隙だらけですの」
降り立った影を鬼が視認する前に刃が瞬いた。小太刀であったがその実体は二刀。
瞬きの刹那のうちに鬼の肩口へと高速剣術が咲いていた。
血飛沫を浴びつつ、鬼姫が刃を返す。
「不本意ですが一緒に踊って差し上げますの。……手を取っていただくつもりはありませんが」
もう一体の鬼が貫手を放とうとする。
鬼姫は振り向きもせずに貫手の射程を読み切り、よろめくように回避した。
狩人の舞踏が奏でるのは鬼の調べ。
貫手を放った鬼は自身の膂力そのものによって腕が断絶寸前まで斬られていることに気づいたらしい。
慌てて飛び退り刃の入った肩口を目にする。
「あら、惜しいですのね。もうちょっとお粗末な頭なら、完全に落として差し上げてましたのに」
刃を立てた鬼姫に鬼は恐れを成したのか、標的を変えた。
ジョンたちに向き直った鬼に海とジョンは顔を見合わせる。
「どうやら、俺たちのほうが紅さんより弱く見える様子だぜ?」
「そいつは、大変に不本意だな。槍を受けてみるか? 今度は遠距離じゃない。お前たちの得意な距離で構わないぞ」
槍の穂を突き上げた海が一体の鬼を睨み据える。鬼が跳躍し海へと飛びかかろうとした。
後退した海は鬼の腕による攻撃をさばく。
瞬間、発生した斬撃が鬼の顔面を斬りかかっていた。
「惜しい、ね。鬼による鬼退治と洒落込みたいのに、ちょっと距離が足りない」
刀夜が妖刀、鬼羅を構え鬼の射程を掴もうとしていた。
遠距離で咲いた不可視の斬撃が足元をぐらつかせる。姿勢を崩した鬼の腕の表皮を、刹那の刃が切り裂く。
「ちくちくと攻めるのもたまにはありかな。そぉれ、鬼はどこまで耐えられる?」
次いで放たれたのは刀身が朧に揺れる強烈な突きであった。その一撃だけで空間が鳴動し、鬼の顔面へと深々と剣筋が刻みつけられる。
鬼が呻いて顔面を押さえつつ後ずさった。
好機、と判じたのだろう。刀夜が切り込もうと刀を翻す。
「案外、近くに寄らなくても削れるもんだね」
鬼が咆哮する。刀夜は石を放り投げていた。鬼がそれを弾き落とすのと同時に跳躍と剣術がその肩口を狙い澄ます。
だが、鬼の強固な腕を前に鬼羅の一閃は弾かれた。
即座に飛び退ったのは戦場での習い性だ。
「堅っ。斬り合いに持ち込むのにはちょっと難しいか」
鬼が刀夜へと狙いをつけようとするのを海が制する。
「どこを見ている?」
槍の一撃が足先へと入った。膝から先を奪うつもりで放たれた一閃に鬼が躊躇う。
「案外、長所以外の部分ってのは見えていないことが多い。足を潰せば安全に討伐できる」
躊躇いを見せる鬼へとジョンが魔術射撃を間断なく放つ。鬼が喚き、ジョンへと狙いを定めようとするが、その弾幕を前に近付けないようであった。
甲高い鳴き声が響く。
直後、もう一体の鬼がジョンに向けて跳躍していた。
「……おっと、連携もありか」
引き裂いた空間をジョンが飛翔して回避する。上空より弓を番えた。
「その黄金、貰い受ける……!」
放たれた矢が鬼の肩口に突き刺さった。鬼の頭上を越えてジョンは回り込み、銀糸を放った。
射程に入った、と全力攻撃を浴びせようとした鬼の身体を縛ったのは空間に固定されたワイヤーの銀である。
「悪いね。絡め手って奴を使わせてもらったよ。それでもまぁ、お前さんの力が強いってんなら止めはしない」
鬼が振り切ってジョンへと攻撃を放とうとした。その瞬間には、鬼の両腕は根元から断ち切られている。
ワイヤーが鬼の強力な一撃を逆利用し、腕の付け根から引き剥がしたのだ。
「――その腕がよほど要らないと見える。さて、鬼をも哭かせるこの王槍の力、鬼が相手となれば振るおうか」
両腕を失った鬼を眼前にしてジョンがその手に黄金の槍を具現化させる。
アウルの輝きと空間がひねり出される音叉がまるで鬼の慟哭が如く響き渡り、ジョンが愉悦の笑みと共にその槍を掴んだ。
刹那、鬼の胸元がくり貫かれていた。
漆黒の軌道痕だけが居残り、その一撃の強大さを物語る。
鬼が倒れ伏し、黄金の槍が霧散する。心臓だけを射抜いた槍の一撃にジョンはほおと感嘆の息を漏らした。
「こいつは驚いたな。鬼ってのは今際の際には哭きはしないのか」
もう一体の鬼がジョンの視線によろめく。鬼を屠った相手を軽んじてはいないのだろう。
自然と回避の方向に行きかけた鬼の背筋を鬼姫の刃が割った。
鬼が応戦の一撃を放とうとして、その刃がいなす。甲高い響きを携えて鬼の貫手が火花と共に散った。
「鬼姫、あまり寛容なほうではございませんの。静かに殺せないのなら、のこのこと出てこないで欲しいですの」
刃が奔り、鬼の首に至った。頚動脈を破るかに思われた一撃を鬼は天性の勘か、紙一重で回避する。
刃が空を切ったかに思われたが、その本質は二刀。もう一本の刃が鬼の顎下から迫りその黄金の顔面を縫いつけた。
「残念ですの。この程度で死んでしまわれて」
交差した刃が一閃し、鬼の首を十字に両断していた。
残り一体、と全員の無線連絡を受け、湊は先ほどから引きつけている鬼への討伐を決意した。
「彼方。二体は既に討伐したらしい。最後の仕上げにいこう」
「了解! 飛ばすわよ、湊っ!」
先ほどから鬼に繰り返しているのは射程ギリギリで反転し、氷の枝葉と銃撃による防御のすり減らしであったが、もうその必要はなくなった。
彼方の操るバイクが激しく咆哮し、鬼へと直進する。
鬼が片腕を引いて一撃への布石を充填する。
――お互いに覚悟は充分。
湊は呼気を詰めて彼方へと言いやる。
「作戦B、始動!」
その言葉と同時に彼方がロープを切る。自由になった湊が瞬時に掻き消えた。
どこへ、と首を巡らせようとした鬼の背後に、湊は降り立つ。
「ひとの彼女に注目していると、痛い目見るよ」
鞭のアウルが氷の属性を帯び、鬼の腕に絡みついた。鬼の両腕を拘束した形となった湊は、静かに武器を持ち替える。
「大剣、ってガラじゃないかもだけれど、今回ばかりはいいところ、見せさせてくれよ。黄金の鬼」
一閃が交差し鬼の両腕が肩口から落とされる。
鬼がその事象に気づく前に、彼方がバイクから跳躍した。
その手には大剣が握られている。
「いっただきィ!」
バイクの速度も借り受けた烈風が鬼の顔面に一太刀を浴びせる。
鬼が呆けたように口を開けた瞬間、その身体が両断された。
鬼を頭部から引き裂いた彼方は湊へと視線を向ける。
黄金の鬼越しに振り向いた恋人は愛おしいまま、その相貌に僅かな不安を翳らせた。
「練習よりすごかった……どこか削れて減ってない?」
彼方は微笑みかける。
「減ってないよ、大丈夫! いつもよりカッコいいぐらい♪ 大好き!」
抱きついた彼方が湊の頬にキスをする。
咳払いに二人はハッとした。
「お邪魔だったかな」
追いついてきたジョンたち相手に困惑する湊とは対照的に、彼方は湊を抱き締めていた。
「お邪魔かな? 今は」
「彼方……。ジョンさん、作戦は」
「無事成功、みたいだな」
サムズアップを交し合い、鬼の啼く闇夜は終わりを告げていた。
「あーあ、本当は斬り合いたかったなぁ」
ぼやく刀夜に海が言いやる。
「あんなのと真正面から斬り合っていたらどっちかが危ないぞ」
「そんなこと言ってぇ、龍崎さんは斬り合ったみたいなもんじゃん。下手に遠慮することなかったかもなぁ」
「まぁまぁ、今回ばかりは囮役の優秀さのお陰さ」
取り成すジョンに彼方は湊へと頬ずりする。
「見せ付けてくれますのね」
「そりゃそうじゃん。だって、そういうもんでしょ?」
放たれた言葉に男性陣が湊へと一斉に視線を向ける。湊は所在なさげでありながらも強い語調で言いやった。
「……まぁ、そういうことなんで」