.


マスター:シチミ大使
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2017/03/01


みんなの思い出



オープニング

 ――すべる、おちる、という単語はこの時期にはご法度である。
 受験シーズンも大詰め。ここに来て進学先が決まっていないとなれば、最早それは焦りよりも諦観の域に達しているのだろう。
 一人の少年が受験票を手に大学に向かう。
 その通路に現れたのは小柄なゴブリンであった。
 その威容に気圧される前に、ゴブリンがささやく。
「お前はすべる」
 ゴブリンの舌鋒に少年がうろたえている間にもその声が連鎖する。
「お前はおちる」
 ゴブリン六体に囲まれ、少年がまごついている間にも、おちる、すべると言われ続ける。
 逃れようと踵を返した瞬間、姿勢を崩し、本当に滑ってしまった。
 ゴブリンは追ってこない。
 しかし、少年の受験結果は推し量るべし、であった。

「このシーズンにおいて、おちる、すべるはご法度です。特にもう受験も大詰め。ここでミスをすると本当に先がありません。そんな彼らに鞭打つような存在が……依頼です」
 久遠ヶ原学園の事務係の職員の女性が淡々と告げる。
「住宅地にゴブリンが六体出現。特筆して能力が高いわけではないのですが、一つの特殊な能力が。彼らは呪いの言葉を放つのです。受験生からしてみれば最悪の言葉を。おちる、すべる、です。それだけならばただのイタズラで済むのですが、連中はどうやらそれを確定事項として盛り込む事象変化の能力を持つようで、おちる、すべるは絶対に現実になります。それが受験であれ、事実として転ぶのであれ。戦闘において、一瞬でも滑ったり、転んだりするのは相手からしてみれば隙を確実に作るということ。確定事項として隙を生じさせることの出来るディアボロは脅威と判断し……それ以上に受験生の心情を鑑みて即時討伐が望まれます。悪魔の活動領域はなく、自律型と思われます。この依頼を引き受けますか? 引き受ける場合はこちらにサインをお願いします」


リプレイ本文


「たかがゴブリン、あたいが薙ぎ倒してあげるんだから!」
 息巻いた雪室 チルル(ja0220)を見やったルナリティス・P・アルコーン(jb2890)は白く輝く息を吐いた。まだ冬なのだな、と彼女は感じ取る。
「言葉には力が宿る……言霊信仰か。受験生におちる、すべるは禁句、という。そういったタイプの事象具現化能力を持っていながらただ単に嫌がらせとは趣味が悪い。背後関係を詮索しても野暮だろうが、誰だこんなものを創ったのは」
「どっちにしても倒しちゃうだけね!」
 チルルの前向きさにルナリティスはふんと鼻を鳴らす。
「地上にいる者たちの中では随分とひたむきなことだな、お前は」
「当然! それがあたいだもの!」
「それが自分、か。そういう風に、自分に自信さえ持てていればこの程度の言霊、と思うのだが、人は熱しやすく醒めやすいもの。大方、この時期の受験生もそのようなものなのだろうな」
 ルナリティスは足元の小石を拾い上げる。その様子を怪訝そうにチルルは観察していた。
「それ、武器にするの?」
「何でもかんでも武器になるとは思ってはいないが、ないよりかはマシという奴だ」

「イタズラにしては度が過ぎるっす! 俺、こういうのは許せないんで」
 言葉を荒らげた高野信実(jc2271)に対し、同行するユリア・スズノミヤ(ja9826)は微笑みを浮かべていた。
「言霊は悪いことばかりじゃないもん。きっと、いい言葉はいいことも起こしてくれるはずだよねん」
 望んだ坂道はただでさえ滑りやすいように凍結している。信実はその先に待つゴブリンの編成を目にしていた。
「前衛の皆さんの助けになれば、と思っているっす。できるだけ、多くの人に。勇気の言葉が伝わるように。……すいません、ちょっと俺、今回試したいことがあるんです」
 拳を握り締めた信実をユリアは優しく見守っていた。
「うみゅ。そうだねん。悪いことばかりが現実になるんじゃない。きっと、いいことも同じくらい現実になるって示さなきゃ」
 ゴブリンへと割って入ったのは雫(ja1894)であった。薄く化粧をしており、頬を軽く撫でる。
「おちる、対策に化粧をしてきました。ただ、化けの皮がおちる、に作用しなければの話ですが」
「俺も、おちる対策はしてきたぞ」
 並び立ったのは陽波 透次(ja0280)であった。精悍な面持ちの青年であったが彼の服飾は胸開きタートルネックである。
 雫が言葉を彷徨わせた。
「その……似合っていると言えば……」
「いや、似合っていればそれはそれで困るんですが……。これこそ、まさしく出落ち、というもの」
 その段階でようやく雫はその衣装の意味を解した。
「ああ、なるほど。おちる対策ですか。てっきりそういう趣味なのかと」
「そんなわけないでしょう! この寒空ですよ! ……まぁ、気を取り直して。さぁ小鬼共よ。これでも俺を落とせるか?」
 ゴブリンが密集陣形を作ろうとする。雫が片手で練って召喚陣を作り上げた。
「フェンリル!」
 召喚されたフェンリルが吼え、ゴブリンへと飛びかかった。ゴブリンのうち一体が言葉を口にする。
「すべる」
 直後、フェンリルが盛大にすっ転げた。対象までの距離はさほど開いているわけでもない。いかに坂道とは言え、召喚獣の能力値さえも変動させるものではない。
「やはり、言霊を現実の事象と化する能力。厄介ですね……」
 透次が魔剣を構える。その格好とあまりにかけ離れた佇まいだが、構えは確実に敵を相手取った撃退士そのものだ。
 剣筋に土くれが纏い付き、アウルの輝きが流星群のようにゴブリンへと降りかかった。
 ゴブリンが散開しようとしたところで戦局に割って入ったのはチルルである。
「ちっちゃい鬼ね! あたいの敵じゃないわ!」
 太陽剣が煌きゴブリンのうち一体をその膂力が巻き上げた。
 防御力自体はさほど高いわけではない。胴体を割られた仲間に他の数体が一斉に攻撃網を加えようとする。
「すべる」
 次の攻撃を与えようとしていたチルルが盛大に滑った。その無防備な身体へとゴブリンが飛びかかる。
 その時、横っ面を叩き据えた弾丸があった。翼を展開したルナリティスがスナイパーライフルの照準を覗き込んでいる。
「おちる、すべるはほぼ絶対の攻撃、か。だが単体能力があまりに低いな、ディアボロよ。それでは私には遠く及ばない」
 ゴブリンが喚くようにおちる、すべるを連呼する。
 中空のルナリティスは小石を落とし、フッと笑みを浮かべてみせた。
「おっと、手が滑った。それ、おちた、ぞ。これですべる、おちる対策はできたも同然。その程度の呪術で私を本当の意味で墜とせるとは思うな」
 スナイパーの銃弾から逃げ惑うゴブリンへとフェンリルが食らいかかる。絡まり合ったゴブリンの逃走網を崩すべく、雫が大剣を腰だめに構えた。
「さて、その滑りのいい舌を切り落とし、貴方たちの命をここで落としてもらいましょうか」
 放たれた斬撃の前に二体のゴブリンが真っ二つになる。
 他のゴブリンは必死におちるすべるでフェンリルの追撃を逃れようともがいたが、刃が舞い遊び、その矮躯を突き飛ばしていく。
「あたいに、生半可な呪いなんて通じないわ!」
 チルルはおちる、すべるの呪いを受けつつも大剣からもたらされる衝撃波でゴブリンを押していた。透次が魔剣を携え一体ずつ斬りさばこうとする。
「すべる」
「そうだな。魔剣は負けん。ほれ、すべっただろう? それに、こんな格好を晒しているんだ。おちるには万全の対策のはず。俺は相当にやり難い相手だろう?」
 おちるすべるを連呼するゴブリンの鉤爪と透次が打ち合う。
 劣勢を感じ始めたのか、ゴブリンは一体でも逃げおおせるように戦局を変えようとしてきた。
 おちる、すべるを攻撃にではなく、逃亡用の道具にしようとしているのがありありと伝わってくる。
「させないっすよ!」
 銃撃がその逃げ場を封じた。信実の構えた銃口にゴブリンが喚き散らす。
「おちる! すべる!」
 信実の放った弾丸が急に速度を失い、重力の過負荷が発生してその軌道をぶれさせた。
 透次が感嘆する。
「まさか……事象変化がここまで及ぶなんて」
「それでもっ! 弾丸は当たる! 打ち克つ!」
 銀の弾痕がにわかに動きを変えた。ゴブリンの呪術の言葉と信実の前向きな言葉がぶつかり合い、事象の変化が起ころうとしているのだ。
「おちる! すべる!」
 照準する信実がその場で滑りそうになる。しかし彼は銃身を立てさせて必死にゴブリンへと弾丸を見舞った。
「起き上がるぞ! 立ち上がるんだ! 弾丸は当たる! 打ち克つ!」
「なるほどねん。これが、信実ちゃんの試したいこと、って奴なんだね。うん、前向きでとてもいいよん」
 ユリアが炎の魔術を番えゴブリンへと狙いをつける。ゴブリンのおちる、すべるに対して彼女は余裕ありげに微笑んだ。
「そうだね。恋はするものじゃない。おちるものだよねん。間違ってないもーん」
 振り翳したのは金平糖の入った袋である。降り注いだ金平糖にゴブリンたちが色めき立つ。
「今でごじゃる! 信実ちゃん」
「ああ! 俺の弾丸は当たる、打ち克つ! 絶対に当たると思えば、それに勝る思いはない! 心が命中することを信じれば、マイナスの言葉なんて掻き消せる! ジンクスなんて、吹き飛ばせるんだ!」
 ひたむきな言葉の強さか、あるいはゴブリンの注意が逸れたためか。銃撃がゴブリンを叩き据えその身体を砕いていく。残り二体となった小鬼たちにルナリティスが正確無比に照準する。
「お前らの創造主は何を考えたのかは知らんが、随分と俗世に塗れたディアボロよ。おちる、すべる、か。だがいつだってそういうものを乗り越えてきたのが、ヒトの強さというものよ」
 ルナリティスの狙撃から逃れようとしたゴブリンの腹腔へとチルルの大剣が叩き据える。
「よそ見している場合じゃないわよ!」
 剣の腹がゴブリンの内臓を砕いていく。その先にいたのは透次だ。
「ルナリティスさんの言う通りだ。人は常に、最悪だけを想定してきたわけじゃない。最善だって考えてきた……人の思いは、言葉だけに集約されるものじゃない!」
 剣筋がゴブリンの頭蓋を割ろうとする。鉤爪で弾き合ったゴブリンが後退した瞬間、雫が剣を振るい上げた。
「おちる、すべる!」
「布団が吹っ飛んだ、とかですかね……下手な攻撃よりもダメージがきついです。こういうすべらされるのは」
 打ち下ろした剣筋が変位し、突き上げる勢いを伴う。その剣先に漂わせているのは怒りだ。
「理不尽だとは分かっていますが……八つ当たりでもしないと私の気が済まないので!」
 大剣の切っ先がゴブリンの身体を両断し、返す刀がその亡骸を吹き飛ばした。
 残り一体に迫ったゴブリンは最早、逃げおおせることしか考えていないようである。
 その矮躯を活かし、攻撃網から逃れようとするのを信実の銃弾が遮った。
「おちる、すべるだなんて、そんなことで諦めて欲しくないっす。言葉はきっと、いいほうにも傾くはずだから」
「うみゅ。信実ちゃんの言う通りだよね。みんなはこれからまっさらな階段をのぼっていくんだから、元気と勇気を出して! 絶対に、大丈夫だよ」
 ゴブリンが鉤爪を振り翳し、信実へと襲いかかる。
 その口から呪いの言葉が発せられた。
「おちる! すべる!」
 信実はその場で倒れ込みそうになりながらも、構えた銃口を落とすことはない。
「気持ち次第……なんて無責任なことは言えないっすけれど、気持ちで負けたら、何で勝つって言うんですか。少なくとも、気持ちだけは負けないっす! 太陽が昇らない日が来ないように、明日が絶対来るように! この世界に、言葉一つで終わるものなんて何一つないんですからっ!」
 銃弾がゴブリンの脚部に突き刺さる。
 遂にはゴブリンの顎が外れ、その口から発せられる言葉が激しくなった。
「おちろ! すべれ!」
「……へへ、もうこじつけもできなくなっちまったようですね。思い込み、そんなものに左右されなくたって、俺たちは明日のために戦うんすよ!」
 銃口がゴブリンの額を狙いつけた。
 発せられた銀の弾丸にゴブリンが呪いを吐きつける。
 弾丸の速度が「落ち」、その軌道が「滑り」そうになる。
「当たれ! 打ち克て! 今日からお前は、太陽なんす!」
 弾丸の軌道が変位した。
 ゴブリンの呪いが掻き消え、その弾丸は吸い込まれるように額を貫いた。
 ゴブリンが完全に機能を停止し、その場に倒れ伏した。
 信実は勝利の感慨もそこそこにへたり込んでしまう。
「信実ちゃん?」
「すんません……ユリア先パイ。ちょっと苦しいくらいのこじつけだったかもしれません。お陰様で、気疲れって奴ですかね……。でも、前向きな言葉って何度も言っているうちに気持ちまで前向きにならないっすか? その辺を込めたつもりだったんですけれど……」
 言葉の途中でユリアは信実に抱きついた。信実が赤面する中、ユリアが何度も頭を撫でる。
「頑張ったねー☆ えらいえらいっ! ……それに信実ちゃんの真っ直ぐな言葉、ちゃんとみんなに伝わっていると思うよん」
 降り立ったルナリティスがうむと首肯する。
「人を変えるのは、いつだって可能性のあるほうの言葉、か。勉強になった」
「おちる、すべる、ですか。でも、人は前向きになれる。どれだけ絶望的であっても……」
 ぽつりとこぼした雫に透次が言いやった。
「その通りですね。勝てる、という思いが勝利に繋がった……」
「いい言葉だけれど、その格好じゃちょっと形無しだよん」
 ユリアが茶化すと透次は赤面した。

 後日、学園宛にいくつかの手紙が届いた。
 あの時、精一杯声を張り上げて坂道のゴブリンを倒してくれた撃退士に勇気をもらった、という投書であった。
 その受験生たちは無事受かったのだという。
 報告を受けた信実は蕾を膨らませた桜の木を目にしていた。
「開花しない花はない、っすからね」
 


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
理系女子・
ルナリティス・P・アルコーン(jb2890)

卒業 女 ルインズブレイド
かわいい後輩・
高野信実(jc2271)

高等部1年1組 男 ディバインナイト