「身体は一つ、しかし、腕は六本か。奇異な敵もいたものだね」
そうこぼしたジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は嘆息一つで今回の標的が集合する公園を見やった。
射程に入らなければ動きはない。公園から外に出る可能性も鑑みて監視は怠れないが。
「腕が六本なんて生意気ね! あたいが全部叩き斬ってやるわ!」
雪室 チルル(
ja0220)の戦意にジェラルドはふぅむ、と顎に手を添える。
「六本腕、そんなに腕があってどうするつもりなんだろうね。ボクだったら、逆に困っちゃうかな」
「あたいは困らないわ! でも腕が六本もあるなんて気味が悪いわね!」
チルルならば腕が六本もあればその分、相手に攻撃を仕掛けられる数が増えそうだと思いそうである。ジェラルドは今回の敵の造形センスを疑った。
「シリンダー、ってのは随分とまぁ、現実寄りなんだか、そうじゃないのか。回転軸を予め想定することによって安定した命中率と攻撃性能を誇る、か。ちょっと前衛は怖いかもしれないね」
「何で? あたい、むしろ六本も落とす腕があるなんてやり甲斐を感じるわ!」
チルルは前向きである。比してジェラルドは狙撃に当たる、と告げていた。
「六本腕の相手と真正面から打ち合うのは怖そうだ。ボクはちょっとばかしチクチクと攻めさせてもらう」
「俄然、相手と打ち合うわ! あたいの剣が勝てば、通るだけの話だもの!」
「いいね☆ そういう風に戦う前には相手との戦力差なんて考えない、いや、考えても勝つことしか思い浮かばないほうがいい。六本腕の阿修羅が三体。彼らが地獄を見るか、あるいはボクらが阿修羅の地獄を見せられるか」
勝負だ、とジェラルドは笑みを浮かべた。
六本腕の阿修羅型の報告を改めて受け取ったラファル A ユーティライネン(
jb4620)はまず、馬鹿だなと結論付けた。
「腕が六本あったところでお前、身体は一個だろ? じゃあ、一回に攻撃できる回数なんて限られてるじゃねぇか。んなもん、脅威にも上がらねぇな。腕がたくさんあればヒット数が増えると思った天魔の勘違いだな。いいか? 格ゲーでも、六本も腕がある奴なんて逆に器用じゃなくって使いようのない性能に落ち着くんだよ。六本腕があってもゲームじゃ一回の攻撃にしかならねぇし、どうせスティックとボタンは限られているから限界性能までの攻撃なんて出せやしないんだ」
「……案外、リアリストですね、ラファルさん」
その言葉を受け取ったのは雫(
ja1894)であった。今回の敵を見誤らないように、雫は厳戒態勢で応じている。
阿修羅道に続くかもしれない天魔との戦いの連鎖。此度の敵は、ともすれば終わりのない無間地獄を形作ったものなのではないか、と。
しかし、そのような殊勝な態度はラファルの肌には合わないらしい。
「シリンダー式の腕なんて微妙にロマンがあるんだかないんだか分からない形に落ち着きやがって。腕が六本あっても手数じゃこのラファルさんを上回ることなんてできないんだってこと、刻み込んでやるっきゃねぇな」
ペンギン帽を弾いたラファルの瞳には既に戦意がみなぎっている。雫は阿修羅型との戦闘姿勢をそらんじた。
「三班に分かれ、それぞれ狙撃役と前衛で交戦。熱暴走を狙い、その期に乗じて一気に畳み掛ける。問題なのは前衛役が相手の拳の応酬をさばき切れるかどうか、ですね」
一撃でももらえば、そのまま拳の巻き起こす突風のような連続攻撃にさらされるであろう。気は抜けないな、と雫は感じ取ったが、ラファルはけっと毒づく。
「拳が足りないから六本つけました、みたいなディアボロで俺を超えられるとは、随分と吹かすじゃねぇの。だったら、俺はそいつをぶっ飛ばす。瞬き一つの間に、阿修羅型って奴は倒れ伏しているぜ。よく見ておけ」
ラファルならばそれくらいはやってのけそうだ。しかし、雫には懸念があった。
「三体……本来は阿修羅とは三面六臂の仏像なのであると聞いています。三体がそれぞれ、視界を補い合っている可能性もあるので……」
「分かってんよ。後方から不意打ち、ってのが通用しないかもしれないんだろ。ま、俺は前から行くけれどよ、その辺の判断は狙撃連中に任せればいいんじゃねぇのか? だって真正面から行く前衛に、いちいち考える時間があるとも思えないからな。考えている間に、拳は来る。だったら、紙一重で避けてこっちの一撃を叩き込む。そいつだけを考えておくべきだ。シリンダーの熱暴走なんて待たずしてカタはつける」
前から六つの拳をいなす自分たちには恐らく熟考の時間は与えられないだろう。
考えるな。感じろ――それがこれほどまでに当てはまるとは。
「まぁ、てめぇの獲物はてめぇで確保するしかねぇだろ。今回、ゆったり戦っていたら自分の獲物取られちまう。それくらい、全員が手だれだと思ってるからよ」
「阿修羅、って最初聞いた時には、学園の誰かが言い出したデマかと思ったんだが……」
ミハイル・エッカート(
jb0544)が濁したのは双眼鏡から覗ける阿修羅型を実際に目にしたからであった。
「昔の漫画にいましたね。ああいうの」
首肯するのはRehni Nam(
ja5283)である。ミハイルは観察を注ぎつつ、レフニーに尋ねる。
「あれ、六本腕で全開攻撃をすれば突風とか出せるのか? それとも手足を縛って逆さ吊りのまま叩き落すとかも?」
「いえ、今回の敵は、確認されている限りでは拳のみだとも。……まったく、どうしてこうなった、と言いたくなりますね。もっと器用なディアボロを作ればいいのに。ちなみにその昔の漫画の往年の必殺技は実際にプロレスで使われたこともあるらしいですよ」
「詳しいな……。でもまぁ、あんまり器用じゃないほうが戦いやすい。三面六臂、だったか、伝承の阿修羅って奴は。仏教の神様の名前なんだろ? 八部衆って言うネーミングからしてカッコイイ知識だ。俺は今回、そいつを得られただけで得した気分だぜ」
「阿修羅と言っても、所詮はディアボロ。期待しないほうがいいのかもしれません」
レフニーは先ほどから読んでいる漫画本をパタンと閉じた。ミハイルが双眼鏡から視線を外して問いかける。
「……それは?」
「コンビニで売っていた先ほどの昔の漫画の奴です。参考になるかと思って」
どれどれ、とミハイルが覗き込む。三つの顔を持つ敵は明らかに強者のオーラを醸し出していた。
「こいつ強そうだな……」
「実際に強い敵で、主人公勢のいいライバルですよ?」
「……詳しいな」
「それほどでも」
阿修羅型が関知網に捉えたのは初撃。
打ち下ろされたチルルの剣であった。
「腕、もらったわ!」
シリンダーを初手から狙い澄ました一閃を阿修羅型が巧みに腕を交差させ受け止める。
まさかの白刃取りにチルルが呆然とした途端、下方の二本の腕がその身へと襲いかかった。
シリンダーの回転台の関係上か、チルルを後方に投げ飛ばすのと、二本の腕が叩き込まれようとしたのは同時。
「――おっと、レディを投げ飛ばすとは、なってねぇな」
背後から咲いたのは青い光の弾丸であった。阿修羅型の腕から力が凪いだのを見計らい、チルルが蹴って離脱する。
他二体が射線を読もうと視線を動かした。
狙撃したミハイルは遊具の合間を縫いつつ通信機に吹き込む。
「奴さん、どうやら視界を同期しているみたいだ。一体への攻撃は他二体への経験値になる。あまり同じ手段では補えそうにないな」
駆け抜けるミハイルを狙って阿修羅型が動き出そうとするのを一発の弾丸が遮った。
阿修羅型が射線を読んで腕を交差させる。表皮で跳ねた弾丸はしかし、直後にその耳を削ぎ落とす。
正確無比な狙撃に通信機から口笛が上がった。
『自分の一番の弱点は知っているものだけれど、二番目、三番目はおろそかになりがちだよね♪ 耳を潰した。今ならその個体、攻め放題だよ☆』
「オッケイ、ジェラルド。そいつから速攻で、叩き潰す」
戦場に舞い降りたのはペンギン帽のラファルだ。応戦の阿修羅型へと掌底が叩き込まれた。
連携から排除された個体は今、音による関知が潰されている。
そのせいか、阿修羅の拳は行方を見失ったように彷徨った。
その期を逃さぬラファルではない。四肢を分離させ、六体の義体の分身が阿修羅型へと怒涛の勢いで襲いかかった。
「まずはシリンダーの腕! そいつをいただくぜ!」
『はいはい。ま、ボクの射線に入った以上、もう魔性の域ってことで』
照準器を覗き込むジェラルドの狙撃が孤立した阿修羅型のシリンダーを突き刺す。一発一発は大したことがない狙撃ではあるが、その精密さが明暗を分けた。
シリンダーの回転軸にみしりと嫌な音が混じる。
弾丸が回転台に滑り込み、動きを阻害しているのだ。それも織り込み済みのジェラルドの銃弾である。
接近したラファルの回し蹴りが阿修羅型の頭部を打ちのめした。
「いいか? なんちゃって六本腕! これが本当に六体で戦うってことだ!」
下段から浮き上がった掌底が阿修羅型を浮かせる。後方に回り込んだ分身がその背筋を蹴り上げ、さらに高空に位置するもう一体が拳を固めて頭頂部を打ち砕いた。
間断のない暴力の応酬に阿修羅型の身体へと亀裂が走る。回転軸の六本腕がその瞬間、突風さえも巻き起こして稼動した。
咄嗟の防御判断である。
過負荷を無視してでも今、防御しなければやられるという決死の動作であったのだろう。
だが、交差された六本腕の防御陣はすぐに解けた。
腕同士がもつれ合い、紐のように絡まる。
「瞳術をもう食らってんだよ、たわけ阿修羅が。てめぇはもう正常な判断ができねぇ。そんでもって、こいつで――」
ウロボロスの文様を瞳に浮かび上がらせたラファルが片腕を払う。構築されたナノマシンの刃が阿修羅型の胴体を貫通した。
「とどめって奴だ。一呼吸だったな、なんちゃって阿修羅野郎」
刃を抜いた途端、内側から阿修羅の身体が膨れ上がった。膨張し切った阿修羅型が破裂し、公園に血の雨を降らせる。
一体撃破の報が飛ぶ前に、雫がもう一体と応戦の火花を散らせていた。
チルルが飛びかかったのとほぼ同時の作戦展開であったが、雫は阿修羅の拳を剣でいなし、堅実にその手数をさばいていく。
「私たちは、戦場で時に仏となって仏を斬り、鬼となって鬼を斬ってきました。……この道が阿修羅道に通じるというのならば、その通りなのかもしれませんね。私が阿修羅になる分ならば、まだいいです。でも、関係のない一般人まで、その道に引きずり込むことは許さない。少なくとも、この身は敵を見定めて振るう刃。その刃が敵と判じたのならば……」
拳が瞬間的に暴風を発生させ、雫へと叩き込まれる。雫は左右にステップを踏み、熱暴走を誘発させるべく均衡を保たせていた。
回転台へと銃撃が命中する。
阿修羅が振り向いたのは銃を握るレフニーにであった。
「どうしました? せっかくの阿修羅とは言ってもやっぱり、あの漫画みたいに無敵じゃないですね。いいライバルには、なれそうにありません」
レフニーの手の中で練られていくのは自然発火の炎であった。小さな種火が瞬間的に膨張し、阿修羅型の背筋を煉獄に落とし込む。
シリンダーが加熱に耐えかねて熱暴走の煙を棚引かせた。
その好機を雫は見逃さない。剣術が阿修羅の腕を一本、また一本と切り裂いていく。
「迷いなんてない。たとえ私も阿修羅と呼ばれようとも……。この剣を振るうことを、迷っていてはいけないんです」
残りの腕は左右一対のみ。阿修羅型が最後の足掻きとでも言うように回転台の熱暴走を起こしつつ雫へと特攻する。しかし、あまりに遅い阿修羅の拳は、雫にとって止まっているに等しかった。
剣の腹で受け止め、返す刀で袈裟斬りにする。
よろめく阿修羅に雫は言い置いた。
「人に仇なす仏に、未来は語れないんです」
倒れ伏した二体目にミハイルが報告の声を飛ばす。
「二体目撃破! ラスト一体に攻撃を集中! ジェラルド!」
『見えているとも。ここに位置取ってよかった。たまには狙撃も悪くないね☆』
ジェラルドの狙撃待機位置は公園を一望できる近場のマンションである。特別に許可を借り入れ、地上七階建ての屋上でスナイパーの引き金を絞る。
しかし首裏を完全に掻いたはずの一撃は回転台の放つ怒涛の拳に遮られることになる。
「見えている……? いや、違うね。経験則、か。二体の犠牲を経て、後ろを取られることを極度に恐れている」
シリンダーが高速回転し、背筋と首裏を守る鉄壁の旋風を生み出す。
「でもそれってさ。前が見えていないんじゃない?」
その言葉を裏付けるように、真正面から斬りつけたチルルの太刀筋への対応が遅れた。
阿修羅型が後ずさるも、そのすぐ背後にはラファルがナノマシンの刃を片手に佇んでいる。
「諦めろよ。いくら六本腕の怪力超人って言っても、後はないぜ?」
「どうなさいますか? どちらを相手取っても、そちらには不利益しかありませんが」
レフニーも常時、炎による攻撃が撃てるように相手を視野に入れている。
雫が大剣を担ぎ上げた。
ミハイルが照準する。全包囲を固められた阿修羅はどう動くか――。
全員が固唾を呑んで見守る中、回転台の動きが止まった。ぴたりと静止した阿修羅が前に位置するチルルへと六本の拳を固める。
どうやら最後は玉砕覚悟でも正面衝突で、という構えらしい。
チルルが剣先を沈めた。
「いいわ! あたいが相手になってあげる!」
阿修羅の拳が一斉にチルルへと襲いかかった。その速度、今までの比ではない。敵を一体に絞ったその膂力は余りある。
チルルは暴風のように身体を煽りに来る拳を刀身で受け止め、剣先から氷結の一撃を生み出した。
チルルの身体が浮き上がり、剣を軸としてその身が阿修羅の頭上で反転する。
背後を取ったチルルの剣と、振り返り様の拳が交錯したのは一瞬。
永遠にも思える一撃同士のクロスカウンター。
それを制したのはチルルの剣であった。阿修羅の胸元を貫き、その身体が傾ぐ。
刹那の決着に、ミハイルが報告を飛ばした。
「情況終了!」
「終わっても不良の溜まり場になるんじゃいただけないな。役所に公園の管理も言付けておくぜ」
討伐の報告を行ったミハイルにジェラルドが言いやる。
「阿修羅型、思っていたよりもずっとやりやすかったけれど、最後の足掻きは……」
「ああ、こっちも阿修羅なんだって逆に言われているみたいだったな」
刃を振るう以上、覚悟がいる。その覚悟を問い質すのが、仏であるのならば――。
「鏡、か。ボクにはああいうのは似合わないけれどね」
刃を振るい続ける阿修羅になるのが撃退士ならば、この勝利でさえ、そのうねりの只中にある。
せめて、今はうねりを忘れて、日常へと。
それだけが願いであった。