獅子を屠るのにその立ち姿は見合っていた。
雪室 チルル(
ja0220)が腕を組んで団地を見下ろす。
「獅子舞ごときなんのそのよ! 返り討ちにしてやるわ!」
その高らかな宣誓を聞き届けていた雫(
ja1894)はうぅむ、と呻る。
「それにしたところで、獅子舞、ですか。見た目に反して随分と凶暴な敵の様子ですね。団地に行かせないように気をつけないと」
チルルは速攻で敵を片付けることを優先するであろう。自分は、人口密集地にディアボロを到達させないことをせめて心がけておく。
「凶暴って言ったって、獅子舞なんて敵じゃないわ!」
チルルの自信が今は心強い。凶暴と言っても、今回の敵は弱点がはっきりしている。攻める手立ては既に練ってあった。
「多人数による包囲攻撃……相手の逃げ場をなくし、その上でヒットアンドアウェイ戦法を取る」
「あたいはヒットする側につくわ! 絶対に逃がさないんだから!」
シュッシュッと拳を振るうチルルに雫は団地の俯瞰図を眺めた。
「獅子舞の射程距離は短いので、恐らく感知するのはこちらが先になるでしょうね。相手をどれだけ速く詰ませられるか。それが鍵でしょうか」
チルルがヒットする側につくのならば、自分は翻弄する側につかなければ。
獅子舞を対峙するための手はずは、既に整いつつあった。
「ラファルよぉ、俺は今回、補助を意識した戦闘スタイルを取らせてもらう」
切り出したジョン・ドゥ(
jb9083)の声音にラファル A ユーティライネン(
jb4620)はペンギン帽を弾いた。
「んだよ……、転ばせて中身を見てやろうとかそういう気じゃねぇのか?」
「いや、俺も中身は大変気になるんだがな。まぁ、作戦上仕方なくって感じだ。バタバタ働かなくていいから楽だし」
むしろジョンからしてみれば、気になるのは今回の面子ならばすぐに仕留められそうな敵の耐久である。
――さて、どれほど持つかな、と余裕さえ漂う。
「獅子舞と来たからには様式美を追及してやらねーとな。何も正月だからって獅子舞姿で人狩りなんて、悪魔も何だ、洒落込むねぇ」
「そういう気質なんだろうな。天魔も正月だから浮かれて作ったディアボロなのかも」
その言葉にラファルはけっと毒づく。
「だったら、獅子舞らしく火炙りされて、グェーと鳴いて欲しいもんだぜ。炎には弱いみたいだし、それも込みで天魔連中は設計したのかもな。だとすりゃ、案外に凝ってるじゃねぇか」
ジョンにはラファルの言うグェーと鳴く獅子のことが分からなかったが、どうやら彼女の心に宿った闘志は充分な様子だ。
「今回はすげぇ砲台使わないんだって?」
「ああ、せっかく敵が獅子舞なんてやってくれてんだ。こっちも応えないとな。俺の今回の装備は火炙りに最適だぜ」
「祭囃子は平和のためにあるもんだ。俺たちがやることは決定されている」
「ああ、連中の殺人囃子なんてクソ食らえだ。もっといい声で鳴いてもらう」
「その獅子舞、凶暴につき、ですか……。いつも思うのですが、天魔はそこいらのものから即席の化け物でも造れるキットでも所持しているんでしょうか?」
仁良井 叶伊(
ja0618)の発した声音に応じたのは逢見仙也(
jc1616)であった。
「さぁな。連中の思惑なんて知ったことか。でも、正月だから獅子舞ってのは、祝いたいのか呪いたいのかよく分からんな」
「獅子は災厄を払い、人々に幸福をもたらすための神獣です。それで殺戮行為……許せませんね」
叶伊が拳をぎゅっと握り締める。仙也は肩を竦めた。
「連中を許す気なんて俺は一ミクロンも持ったことはないけれど。仁良井さん? って呼べばいいのかな。そっちはサポートで?」
「ええ、私は相手を片方ずつ、きっちりと攻めたいと思います。この面子から逃れるほど相手が優秀だとは思いませんが、念のために退路を封じる気持ちで。……正直、今回は……足を引っ張らないようにガンバリマスが……どうなんでしょうね」
ははは、と力なく笑う叶伊に仙也は言葉を投げる。
「いいんじゃないのかな。適材適所ってもんだし。俺は攻めるけれど、どこかでブレーキ役は必要だろ? 仁良井さんにはその役割で徹してもらえれば。俺には問題はないし」
「そう言ってもらえると気が楽です。にしたって、獅子舞の殺人ですか……。天魔連中は何のつもりで、決戦も近いって言うのに」
「……だからじゃないかな?」
不意に発した言葉に叶伊は問い返していた。
「だから?」
「みんなの集中が決戦に向いている今だからこそ、こういう小手先の天魔が幅を利かせる。ある意味では撃退士の一極集中を乱すつもりなんだろう。まぁ、久遠ヶ原がその程度で乱されるんなら、今まで戦えていないはずだけれど」
なるほど、と叶伊が納得する中、仙也は戦場となるであろう団地を見据えていた。
「夜半戦闘になる。敵の位置取りを頭に叩き込まないと、熟練の撃退士であっても一応は、ね」
ぐっと唾を飲み下す叶伊に、仙也はフッと笑みを浮かべる。
「そこまで張り詰めることもない、って言うと矛盾しているけれど、大丈夫だろう。新年を祝うのに、獅子舞の首とは随分と豪勢だ」
獅子舞型は背中合わせ。
二体がそれぞれの死角を補うように展開する。今宵もまた、運のない獲物を探し求めているのは血で塗れた金色の牙。
その時、不意に索敵範囲へと円形の照準陣が発生する。爆発の余韻を響かせながらなだれ込んできたのは既に包囲を済ませた撃退士たちだ。
ジョンの亜空砲による開戦ののろしに呼応してチルルが駆け込んだ。
月光に輝く大剣を掲げ、獅子舞型に特攻する。
「獅子舞なんて、あたいがぶっ潰してあげる!」
祭囃子を体内から発生させ、おっとり刀で応戦しようとした獅子舞型の頭部へと刃が引っかかった。
獅子舞型が口腔内から風の刃を発生させ、一時的に飛び退る。
その反応速度は想定していたよりも素早い。
「ちょっと速いですが、でも対処できない速さじゃない」
雫が剣先を沈める。大地に描く三日月が中空の月光と共鳴し合い、獅子舞型を震わせた。
「――地すり残月。二体両方、もらいました」
背中合わせが仇となったのか、双方にダメージが及ぶ。獅子舞型はしかし、その戦闘姿勢を崩さないまま跳ね上がった。
「おいおい、律儀にもまーだ背中合わせかい。ちょっとは単身で戦うってこと、覚えろよ」
踊り上がった獅子舞型を襲ったのは炎の術式である。仙也の練り上げた灼熱が獅子舞型をようやく弾き飛ばした。
獅子舞型が元のスタンスに戻ろうとするのを遮ったのは叶伊である。
「すみませんね……、こちらとしても連携は厄介なので潰させてもらいます。まずは各個撃破を目指して」
獅子舞型が金色の牙を突き出し、突進攻撃を見舞った。しかし、愚直なる突撃を制したのは翼の如き形状の斧槍であった。
叶伊が長大なその得物を振り回し、手足のように払う。
姿勢を崩した獅子舞型の足元を払い落とし、その頭部へと一撃を叩き込んだ。
「すみません……あまり時間をかけていいとも言われていないので、速攻で決めさせてもらいます。あと……やっぱり中に人はいないんですね」
頭蓋に亀裂が走る中、獅子舞型が金色の瞳をぎらつかせた。戦闘本能に染まった獅子舞型が祭囃子の音頭を高らかに発し、再度突進を見舞おうとする。
その行く手を阻んだのはチルルと雫、二人の大剣であった。
太陽剣が煌き、持ち手を握り締める雫が鍔を返す。
「申し訳ありませんが、正月だからと言って遠慮をするつもりは全くありません。全力で、叩き潰させてもらいます。私の剣をその程度の顎で噛み付いたこと、後悔させてあげましょう」
咆哮が迸り、雫の膂力が獅子舞型を吹き飛ばした。粉塵の舞う中、獅子舞型がケタケタと外れた顎で嗤おうとする。
塵芥を引き裂き、チルルの剣筋が頭蓋に至った。
「あたいから逃げられるなんて思わないことね!」
瞬間的に明るい色の頭蓋が濁る。紫色に塗り替えられた頭部から毒の霧が発しようとした、その時であった。
遠距離より獅子舞型の頭蓋を打ち抜き、その身体から力を凪いでいく弾頭がもたらされる。
偽装解除したラファルが超重量のライフルを構え、射撃音の後から魔導の烈風が獅子舞型を塵芥に還そうとする。
「魔導バズーカ命中! こっから先は、グェーって鳴くまで許しはしねぇぜ!」
毒の霧を発しようと悪足掻きする獅子舞型をチルルの刃が突き飛ばす。
その射程の先にはラファルが重機の如き振動を響かせながら肉迫していた。
「てめぇは、ここまでだ!」
突き上げた拳が獅子舞型を浮かせる。
ジョンが目を細め、獅子舞型の上を取った。
指鉄砲を作りフッと口元に笑みを浮かべる。
「聞こえたか? 終わりの祭囃子が」
標的を狙い澄ました瞳が終わりの熱照準を番える。ロックオンサイトから導き出された熱伝導攻撃の威力を示す数値が跳ね上がり、直後、爆発の光を中空に瞬かせた。
棚引く噴煙に、ジョンは赤い長髪をなびかせる。
「一体撃破。さて、適材適所、適材適所、っと」
二体目を止めていたのは叶伊であった。斧槍で相手の足並みを崩し、なおかつ頭蓋に叩き込む一撃を狙っているのだが、片割れを失った獅子舞は思ったよりもずっと警戒心が強い。
「なかなか、射程に入ってくれませんね。でも、そういう足掻きも無駄なんだって、そろそろ理解できませんか?」
金色の牙を打ち鳴らし、獅子舞型が猪突する。その行く手を遮ったのはラファルの掌から放たれる不可視の念動力である。じりじりと浮かび上がっていく相手に、ラファルがもう片方の腕を翳す。
「デビルズバイスによる吊り上げ、そんでもってここからが、てめぇのショーって奴だ! いい声で鳴けよ。グェーってな!」
指先から放たれたのはアウルの火炎である。領域を瞬く間に火の海と化す煉獄に、獅子舞型の身体が震えた。
「さて、グェーとは鳴かないのか。こりゃ、もっと火をくべる必要があるかな」
仙也がラファルの火炎放射にさらなる炎を追加する。獅子舞型の胴体が膨れ上がり、瞬く間に風船のようになった。
降り立ったジョンがパチンと指を鳴らす。炎熱の照準器が熱量を上げ、獅子舞型を焼き尽くした。
遂には獅子舞型が断末魔の叫びを上げる。
「おいおい、グェーだろ? そこは。鳴けよ、ディアボロ」
見守る雫はその光景に唾を飲み下した。
「すごい、灼熱地獄……にしても何で皆さん、縛り上げて火炙りに? よく分かりませんが、グェーって悲鳴が聞こえてきそうです」
風圧の刃が拡散し、一時的にせよ、炎の網から逃れた獅子舞型が黒焦げになった身体で逃げおおせようとする。
ジョンがすっと指を掲げた。
「逃がすわけないだろ。今回の俺は大人しく丁寧に、でも敵の嫌がることを確実に、な」
空間が歪み、重力、斥力の乱れが発生する。引っくり返る形となった獅子舞型の視界に大写しになったのは刀を肩に担いだチルルであった。
開放された氷結のエネルギーが獅子舞型を吹き飛ばす。ミキサーのような空気の流れの只中を、チルルは悠然と歩み、大剣を中天に掲げた。
「これで、終わり!」
獅子舞型の脳天が砕かれ、血潮を撒き散らす。
灼熱地獄が効いたのか、毒の霧は放出されないまま、ディアボロは沈黙した。
「んだよ。グェーって鳴けっての」
ラファルの小さな不満を残し、獅子舞二体は塵芥に還った。
「あんだけ焼いたのにグェーって鳴かないんだもんなぁ。拍子抜けだぜ」
屋台でイカ焼きを買ってきたラファルが頬張りつつ文句を漏らす。
「まぁ、パチモノだったってことなんだろ。所詮連中も、な」
仙也もイカ焼きを片手に戦場を眺めていた。
団地には被害が及ばず、今回の敵は完全に排除という結果となった。
それに安堵したのは雫である。
「よかった。人的被害は最小限で」
「あたい、もっと獅子舞を斬りたいわ! ねぇ、次はいつやってくるの?」
チルルの問いかけにジョンが応じる。
「そうだなぁ。次は獅子舞じゃないかもしれない」
「二月はなまはげか? 連中ならやりかねないよな」
上機嫌なラファルがイカ焼きを頬張り、中天の月を見据えた。
「いずれにせよ、正月から五月蝿い連中だったな。正月くらい、静かにしろよ。天魔連中」
仙也のぼやきは冬空の宵闇に消えていった。