「派手にスクラップにしちゃって、まぁ」
双眼鏡で覗き込んだ現場に、嘆息を漏らしたのは逢見仙也(
jc1616)であった。
四駆の闘牛は縄張りに半壊した車体を配置しており、それそのものが燃え盛るステージを演出している。
「粉みじんに砕くまでだぜ。ああいうのはよ」
胡坐を掻いてラファル A ユーティライネン(
jb4620)は漫画を片手にしていた。バイオレンス系の漫画を読み込んでいる。
「粉みじんと言っても、奴自身が相当なスピード狂だ。動きを一度止め、その後の処理、か。面倒そうだな」
「一番に面倒なのは縦貫道のスペース確保だろ? 後々の処理は任せるぜ。俺は倒すことしか考えないからよ」
帰省ラッシュのこの時期に一本とは言え道路が使えないのは相当な痛手のはずだ。
早期討伐が望まれる中、ラファルが、おおっと声を上げる。
「やっぱり、百裂拳かなぁ」
「……漫画のようにはいかないだろ。俺たちの仕事はいつも」
「まぁなぁ。ただ、年越しも近い。漫画みたいな爽快感で年を越しちまえれば、一番なんだろうがよ」
「どうだかな。追々の処理で時間が取られそうでもある。俺の仕事じゃないにせよ、年越しまで仕事があるって言うのはなかなかに」
「難儀なことだな」
言葉尻を引き継いだラファルがペンギン帽を弾いた。
刀一辺倒、というその生き方は時に苛烈。
咲村 氷雅(
jb0731)は飴を頬張る鬼塚 刀夜(
jc2355)に声を投げていた。
「どうだ? 刀の調子は」
刀夜は飄々と言い返す。
「悪くない。一度として、この鬼羅に不満なんて持ったことはないよ。さすがは先輩、だね」
くくくっと笑いを漏らす刀夜に氷雅は眉根を寄せた。
「その実力、はかったことはなかったな、そういえば。鬼羅の性能を十二分に引き出している、と風の噂には聞いているが、それは所詮、伝聞に過ぎない」
「何が言いた――」
その言葉を引き裂いたのは氷雅の剣であった。曲剣が鋭い双眸と相まって持つ者の心の鋭さを具現する。
その剣筋を刀夜の鬼羅は受け止めていた。
磨き上げられた銀の刀身。鍛え上げられた殺意の太刀筋。
「……鈍ってはいないようだ」
一太刀を受け止めた刀夜に下した氷雅の結論はその一事であった。
刀を鍛え上げた側の責任、というものもある。
持つべき者に力が備わっていないのならば、それは取るも已む無し。
しかしながら、今の交錯だけで刀夜が鬼羅をある程度は使いこなしていることが窺えた。
「撃退士としてはそっちのほうが先輩だからねぇ。どうあったって経験の差はあるだろう。でも、純粋に殺意を練り上げて、その純度を高めていった存在で言えば、一辺倒には言えないはずだよ、ヒョウ君」
「ああ、その通りだな、元師匠殿。刀の調子も悪くはないらしい。当然、振るう側の人間の調子も、な」
とはいえ撃退士としては一日の長がある。この作戦における面子に不安はないものの、刀夜自身の実力に関しては氷雅の中ではまだ疑問が残った。
「言うねぇ……。確かに僕は刀一辺倒。戦場も渡ってきたとは言え、人、相手だったから撃退士として言われてしまえばそっちに少々の分はあるかもね。よろしく頼むよ、先輩」
くくくっと刀夜が鬼羅を鞘に収め嗤う。
氷雅も剣を収め、言いやった。
「もっといい武器を設えてやれればよかったんだがな」
「確かに、君の提供する武器は魅力的だけれど、僕は結構、この刀が気に入っちゃってね。さすがは僕の惚れた鍛冶屋だ」
「言葉を繰り合っていても仕方あるまい。お前の強さ、戦場で示せ」
「言われなくとも」
二人は遥かに煙る火の戦場を見やった。
「……足がついている意図がいまいち分からんディアボロだな、しかし」
ぼやいた向坂 玲治(
ja6214)に龍崎海(
ja0565)が応じていた。
「いつだって天魔のやることには疑問符がついて回る」
「にしたってよぉ……あんなの一昔前のおもちゃだぜ? ほら、引くとゴム製のモーターが駆動して、手を離すと発車するって言う」
「往年のおもちゃと相手が違うのは、人を害する、その一点かもしれないな」
「かもなぁ。敵は一体。とっとと終わらせちまおうぜ。ローラースケートのブームはとっくに終わってんだよ」
四駆闘牛型の周囲にはガラス片とひしゃげた車体が広がっている。
自らの縄張りを誇示するが如く、四駆闘牛型が吼えた。
その時、いななき声を発して縄張りに突入したのは一騎のバイクである。
ヘルメット越しの鋭い視線が四駆闘牛を見据えた。
「縄張りに入れば襲ってくるんだろう? 来いよ」
海が片腕に巻きつけていたのは赤い布である。掲げて振り回したそれは、開戦の合図。
四駆闘牛がその誘いに乗った。
車輪が高速回転し瞬時に加速度を得る。その視野に入った海へと突撃が見舞われようとしたが、割って入ったのは新たな車体である。
「悪いね。囮は二人編成なんだよ。ひらりとかわせるわけじゃないが、闘牛士の真似事といこうか」
縄張りに自動車を滑り込ませた玲治は車体の背後に佇んでいた。
四駆闘牛に浮かんだのは僅かな逡巡。
どちらを狙うのか、という一瞬の迷いに過ぎなかったが、その迷いを見過ごす者たちではない。
「絡め取る!」
海の発した声音と共に鎖が引き出され、四駆闘牛を絡め取った。しかしながら急加速を得るその突撃力は健在。
咄嗟にバイクを蹴らなければ海も巻き添えを食らっていただろう。
鎖を引き千切ろうと四駆闘牛が暴れ回る。その角に灼熱の属性が纏いつき、蒸気が上がった。
踊り上がった玲治が車輪部分へと銀の穂を突き上げる。
「そら、まずは足からだ!」
その攻撃と交差したのは四駆闘牛の角であった。突き上げられたその威力に玲治が舌打ちを漏らす。
「そう容易くはやらせてくれねぇか」
「――だがな、隙だらけだ」
飛翔していた氷雅が片腕を払う。その瞬間、銀の十字架が空間を引き裂いて四駆闘牛へと突き刺さった。
四駆闘牛の動きが鈍ったその角先へと凍てつく刃が差し挟まれる。
仙也が氷の長杖を保持し、七本の刃が一斉に四駆闘牛を狙い澄ました。
「動きも無駄だらけだな。……まぁ、そもそもが無駄の多いディアボロだ。舗装された道なら確かに四駆が便利なのは理解できるが、それは自動車の話。お前は車ですらない」
怒りと攻撃色に駆られ、四駆闘牛の角が燃え盛る。沸点を超えた角が灼熱の域を凌駕し、赤く煮え滾った。
「おーっ、なかなかに燃えるんじゃねーの。ただし、煮えるのはお前のはらわたのほうだがな!」
飛び出したラファルが瞬時に偽装解除し、究極の戦争モードへと移行する。
「戦闘用義体、射出! 攻め込め、六神分離合体、ゴッドラファル!」
四肢から分離した六体のラファルの義体が高速で四駆闘牛へと叩き込まれる。
燃え盛る角をかわし、一体、また一体とその肉体へと急所を狙う一撃を繋いでいった。
「車輪を狙うぜ! 龍崎!」
「分かっている!」
海の発した稲光と玲治の突き上げた槍の一撃が前足の車輪を粉砕した。
つんのめった形となる四駆闘牛へとゴッドラファルが追撃する。
腹腔を蹴り上げ、一体はなんと四駆闘牛の背に跨った。
「闘牛士ってのはこういう気持ちなのかぁ? ほらよ! 大人しくしな、牛野郎!」
首筋を締め上げた一体の攻撃を嚆矢として、他の五体が鋼の拳の応酬を浴びせかける。
四駆闘牛の瞳にその瞬間、煮え滾る炎が宿った。
ハッとしたラファルの分離体が反応したその時には、背に跨っていた義体が焼かれていた。
角だけではない。
眉間から背筋にかけて、一直線に炎が燃え盛り、体毛を焼いているのである。
その姿、まさしく業火球と呼ぶしかない。
「怒らせちまったか?」
分離したラファルの一体が声にする。
鎖による束縛効果は継続しているものの、炎を全身から棚引かせた相手に、どう攻め込むか、全員が決めあぐねていた。
その時である。
「あれ? 前情報とちょっと違うなぁ。でもま、やることは同じか」
刀夜が炎の闘牛へと真っ直ぐに歩み寄っていく。その足並みにはいささかの迷いも見られない。
すっと、指先が刀の柄に触れた。
刹那には灼熱の角の片側が切り裂かれていた。
誰も、その軌跡さえも追うことはできなかったほどの剣筋。
「――秘剣、絶影」
撃退士たちの耳朶を打ったのは鍔打ちの音のみ。その高速剣術の銀の太刀を、誰も認めることができない。
ただ一人、この場においてその性能を熟知している氷雅だけは、鬼羅の発揮した神速の居合いを理解した。
「高速剣術……その極みには、まだ遠いが、そこまで至っているか」
四駆闘牛が刀夜を見据え、炎熱の角を振るい上げた。
伝承にある炎の蛇を思わせるようにのたうち、業火球と化した四駆闘牛が刀夜を焼き尽くさんと迫る。
後ずさった刀夜がその足にアシストを感じ取った。
先んじて刀夜のステップを踏む先を予見したのは氷雅である。
「やるね、先輩」
「お前こそ、この居合いで斬るのには逸っているぞ、元師匠殿」
「分かっているよ。だからこそ、もう一撃への布石が欲しいんじゃないか」
姿勢を沈ませ、刀夜が四駆闘牛へと一気に接近した。すれ違い様の太刀筋は刀夜の身体も焼いたかに思われたが、その角がごとりと音を立てて崩れ落ちる。
「串刺し、とまではいかないが、これで攻撃手段は潰した」
「上出来だ!」
玲治が槍の穂を突き上げ、四駆闘牛へと突撃攻撃を見舞う。それに併せ、仙也が空間を奔った。
電撃の刃が後ろ足の駆動域を奪い取る。
「これで、動けまい」
「決めるぜ!」
ラファルの瞳に魔術が宿り四駆闘牛と視線を交わす。
四駆闘牛が暴れ回り始めた。相手からしてみれば時間を極端に引き延ばす毒である。
四駆闘牛の脳細胞は所詮、闘牛のそれでしかない。
だからか、もたらされた瞳術の時間差にはその脳がついていかなかった。
海が鎖を解き、魔術書を開く。
「総員、稲光で相手を射抜く! 後は……」
海の号令で仙也と玲治が武装を叩き込んだ。氷雅が空間に魔剣を構築する。黄金の光を棚引かせる複数剣術が四駆闘牛を狙い澄ました。
「魔剣流星、その輝きを知れ」
魔剣が四駆闘牛の頭部へと突き刺さった。血に塗れた四駆闘牛が持ち直そうとしたその途端、刀夜の剣が朧に霞む。
「スピード違反の牛さんには違反切符を切らないとね。一、二の……」
切っ先が四駆闘牛を串刺しにした。頭蓋から射抜かれ、四駆闘牛の瞳から生気が失せていく。
その身へと見舞われたのは一筋の斬撃であった。
いつの間に接近していたのか、ラファルの構築したナノマシンの刃が四駆闘牛の肉体へと滑り込む。
「経絡秘孔、前屈から鬱屈を突いたぜ。お前の命はあと三秒」
すっと刃が仕舞い込まれる。四駆闘牛が振り返ろうとした瞬間、内側からその身体が食い破られた。
全身からナノマシンを迸らせ、四駆闘牛が血の海に沈む。
「三秒持たなかったな」
呟いたラファルが笑みを浮かべる。
「情況終了!」
玲治の声音に全員が武器を収めた。
「廃車がこうも多いと何もできないな。整備作業は全員でやるぞ」
仙也の声にラファルが横倒しになった車に張り手を見舞う。
「こんなの、任せちまえばいいじゃんか。年越しだし、ソバ食いに行こうぜ」
「事後処理が面倒だな。牛だからって暴れ過ぎだっての」
玲治がぼやきながら廃車の修繕見積もりを書類に書き留める。
海は重軽傷者のケアに余念がなかった。
「そういや、あの二人、どこ行った?」
「咲村と鬼塚か。なんか、思うところでもあったのかねぇ」
車にもたれかかり、玲治がふと呟いた。
「言っておくが、これは余計な戦いだぞ?」
真正面に見据えた刀夜に、氷雅は言いやる。
「分かってる。でもさ、やっぱり牛を斬ったくらいじゃ、収まりがつかないんだよね。鬼羅の性能も見てもらいたいし、斬り合いにはそれ相応の敵じゃないと。先輩」
その言葉に氷雅はフッと笑みを浮かべる。
「よく言う。元師匠殿」
曲剣を構える。刀夜が鬼羅を掲げ、構えを取った。
一呼吸、歩みは平時。
しかしながら、その神経は戦闘時よりもなお色濃い。
殺気に沈みかける己を自覚しながら、二つの影が駆け抜けた。
交錯したのは一瞬。
呼気と共に灯した刃に、朧に揺らいだ影が月下によろめく。
「――半端ではないようだ」
頬に走った一条の傷をさすり、氷雅は言いやった。
刀夜は、というと極度の緊張がもたらした過負荷で硬直している。
硬直したまま、刃を受けたのであった。
その肩口に一閃が走る。
「どうも、ヒョウ君」
「慢心しなければこれ以上があるだろう。だが今は、まだだな」
「鬼羅のせい? それとも僕の?」
その問いに氷雅は笑みを浮かべる。
「それは自分で見つけろ」
朧月の下、二つの影が離れていった。