「どでかい敵やな、しかし」
双眼鏡越しに覗いた今回のディアボロに、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は白い吐息をついた。
山村を飲み込む骸骨のディアボロ。ガシャドクロ型がその出入り口を塞いでいる。
だからと言って村に入れないわけではない。ただし出る者を拒む鉄壁の骨格作りの牢獄。
「ガシャドクロってのはあれか? でかいだけだな」
そう感想を漏らしたのはミハイル・エッカート(
jb0544)である。その弁にゼロが口元を緩めた。
「同意見。でかいだけでどうにかなると思ったら大間違いやってこと、教えてやろうか」
双眼鏡を振るったゼロはミハイルに向き直る。防寒具セットに身を包んだミハイルはその口ぶりの余裕さとは裏腹に寒そうであった。
「寒いんか? ミハさん」
「そりゃ、冬本番だからな。なぁ、どうして夏にあんなに暑かったのに、冬ってのはきっちり来るんだ? そいつが毎度のことながら不思議で仕方がない」
「四季折々言うんも楽しみの一つやからなぁ。どの季節がいいってのは一概には言えんし」
「過ごしにくい季節はまっぴらだぜ。なぁ、あの骨野郎、寒くはないのか? 全身、風を防ぐ手立てもなさそうだが」
「そりゃ、骨の怪物みたいなもんやからな」
「そいつを骨抜きにするのが、俺たちの目的ってわけか」
「骨相手に骨を抜いたら、何にもなくなりそうやけれどな」
笑い話にするとガシャドクロ型がこちらを振り返った。
その視線に二人が戦闘神経を走らせる。
「……気づかれたか?」
「いや、ただ単に周辺警戒やろ。この距離で勘付かれるわけはない」
空いた眼窩を凝視し、ミハイルが一人ごちる。
「不気味だな。見えているのか、見えていないのかさえも分からない、ってのは」
「怖いんか、ミハさん」
おちょくったゼロにミハイルが襟元を整える。
「馬鹿を言え。これから討伐するって相手だ。怖がっていてどうする」
「そやろうな。俺ら撃退士に限って言えば、恐怖なんてもんは無縁や」
停車した数台のトラックの威容に息をついたのは逢見仙也(
jc1616)である。
どこぞの大企業か、とでも構えていた彼に言葉が振り向けられる。
「ここまでご苦労様。後はお任せなさい」
降り立った斎凛(
ja6571)の姿に仙也はへぇ、と見渡した。
「これ全部、斎さんの?」
「当然ですわ。村民はさぞ苦しい生活を送っていることでしょう。彼らに戦闘後のケアも与えるのは当然のこと」
「当然、ね」
含んだ言い回しの仙也に凛はむっとする。
「何かおかしなことでも?」
「いや。当然の暖かい飯に、当然の冬、か。冬なんて鬱陶しいだけの季節だ。眠いし、誰が得をするんだろうか、って思ってね」
「冬には冬の趣がございます。ですが、あのような下世話な冬景色は」
その視線の先に巨大なガシャドクロ型が入っている。仙也も肩を竦めた。
「同感。無粋ってのはどこにいたって罰せられる」
「冬景色を楽しむのに、暖と温かな料理は必要不可欠。……冬の寒さはお嫌い?」
尋ねた凛に仙也は白く輝く息を吐いた。
「ああ、嫌いなほうだが……もっと嫌いなのは、自然が与えるものを捩じ曲げる奴らだ」
「自然が与えるものを分け隔てなく分かつ。人間に与えられた特権を奪うものを、わたくしたちは許してはおけない」
「案外に話が分かるじゃないか。でかいトラックをこんなに用意しているから、もっと気ままかと思ったよ」
「人のためになることを成すのは当然のこと。わたくしはこのトラック、必要と判じたまでのことですわ」
待機している人々はこの戦闘を終了させ、村人に振る舞う時を待ち望んでいる。
――自分たちは、その願いを届ける一本の矢じり。
矢じりは目標に突き刺さるまで、決してその勢いを弱めないものだ。
「行くか。矢じりの役目だ」
「矢じり……? 何のことですの?」
「サイズ的には初めての大物狩りだなぁ」
そうこぼした鬼塚 刀夜(
jc2355)に作戦を確認していた龍崎海(
ja0565)は胡乱そうに声を放つ。
「一人で先走っちゃ駄目ですよ」
「分かってるって。僕の役目は相手の注意を引くことでしょ。やることは何時もの通り。斬り合いを楽しむだけさ」
海は一振りの刀にのみ生きる刀夜の苛烈さをそこまで窺い知っているわけでもない。
多様な武器に頼らず、妖刀――鬼羅にのみ頼り、生きるその刹那性を咎める立場でもなかった。
「目を通してもらったと思うけれど、旋風を巻き起こしている個体と、出入り口を塞ぐ個体と別の班に分かれてもらう。鬼塚さんは旋風個体を相手取って……」
そこまで話したところで、刀夜が差し出したのは飴である。怪訝そうにその手を見返した。
「何を……」
「飴はいいよ。甘いし、栄養価も高い。素晴らしい食べ物だ」
「人の話を聞いて――」
「僕が囮、ね。面白い采配だ。だけれど、怪談噺をするのには随分と時期遅れだ。相手が何者であれ、やることは変わらないけれど」
咄嗟に飴玉で口を塞がれた形になった海がうろたえる。
刀夜は鼻歌混じりにガシャドクロの待つ極寒の村へと入って行った。
海が口中の飴を舐めて呟く。
「……そう、甘くいくものなのか」
旋風個体が巻き起こす風は一定であり、それそのものに誤差は存在し得ない。
しかし、途端に現れた影がその周期をぶれさせた。
舞い遊ぶように凛が出入り口を塞ぐ個体の鼻っ面に飛翔する。
しかし攻撃はしない。ガシャドクロ型がゆっくりと手を払った。それを軽やかに避けてみせる凛に注意が行った様子だ。
出入り口を塞ぐ個体がにわかに動き出す。
その時、待機していた撃退士たちが一斉に突入した。
関知範囲に入った者たちを見据えたのは、旋風個体のほうだ。
その鼻先を狙ったのは一閃。
刀夜の剣筋が空間に奔る。
「ちぇっ。狙ったつもりはないけれど、一発じゃいかないか」
射程の外を斬りつける術にガシャドクロが反撃しようとするのを海が歩み出た。
「まずは村人を苦しめるその旋風器官、止めさせてもらうぞ」
姿勢を沈め、アウルの輝きを放つ槍が投擲された。旋風の中心点に着弾するも、煙を棚引かせるだけで効力は薄いらしい。
連携個体が攻撃されたことにようやく気づいたガシャドクロが視線を彷徨わせる。
出入り口側を引き付けていた凛がフッと口元に笑みを浮かべた。
「最後の晩餐にようこそ。おもてなし致しますわ」
地上展開していたミハイルは別れ際、ゼロに言いやる。
「倒しちまってもいいんだぜ? 仕事が早く終わるのに越したことはない」
その語調にゼロが口角を吊り上げた。
「ま、片っぽは任しとき。はよせな、獲物は一人でいただいてまうで」
「抜かせ」
分散したミハイルが凛の引き付けを利用し、樹木を蹴って一気に肉迫した。
常緑樹から躍り出たミハイルの銃口が炎を帯びる。
狙うは敵の背後。弱点部位であるそのうなじ。
灼熱の弾丸と共に凛が弓を番えた。
「痺れるようなスパイシーな一撃はいかが?」
硝煙棚引かせる弾丸と弓の交錯は、まさしく双翼のロンド。
ガシャドクロ型が一点攻撃を身に受け、その身を傾がせる。
地上についたその手を一瞥したのは仙也であった。
「面倒な雪、眠気を誘う寒さ……冬なんてどこがいいんだか。だが、それは人並みの冬の場合だけだ。ディアボロの生み出す冬なんて願い下げだね」
携えた刀剣に紅蓮の炎が宿り地面についた手を焼き払った。
ボロボロに砕けた骨が弾けて舞い上がる。
「カルシウムを摂れよ、ガイコツ。まぁ、骨だけの奴に言ったところで仕方がないか」
返す刀の一撃にガシャドクロが逃れようと仰け反った。
しかし、その眼窩が捉えたのは、再び踊り上がったミハイルと、凛の矢じりの輝きである。
「見えてんのか、見えてねぇのかは分からんが、帰結する先は丸焼きだな」
炎が湧き上がろうとした瞬間、ガシャドクロが大きく仰け反った。顔面を接近させ、炎の連撃を自らの躯体でもって防いだのである。
しかし、ミハイルの炎熱攻撃はピンポイントだけのものではない。着火した途端、その身を焦がす灼熱地獄と化す。
「おーっ、ようやっとるやん、ミハさん」
旋風個体とは別の個体が手を払う。
凄まじい膂力の突き上げを物ともせず、ゼロがその射線に潜り込んだ。
「でかい、つぅんはこういう時不便やろ? 自分の身体のかゆいところも掻けへんからな。そんで一つ、言い忘れとったわ。俺をただの足止めやと思ってたら足どころか命まで止めてしまうで。……って骨に言うたところでもう死んどるんやったな」
巻き起こったのはガシャドクロの巻き起こす攻撃よりもなお鋭い旋風。
鎌が暴風域を作り出し、ガシャドクロの手を打ち砕いた。それに留まらず、ゼロの攻撃網は緩まない。
次いで咲いたのは舞い上がった雪花繚乱。
その下にある土くれさえも巻き添えにして、高速の辻斬りがガシャドクロを見舞った。
姿勢を崩したガシャドクロが無様によろけ、そのまま仰向けに倒れる。
雪崩のように雪が土砂を交えて上へ下へと流れる中、その空間だけ静止したように、ゼロは鎌をガシャドクロの首筋に添えていた。
「なるほどなぁ、そこが弱点ね。なら、一気に決めさせてもらおか!」
身動きを奪った相手に無慈悲に振るわれるのは幾千の刃。
まさしく魔を狩る者の異名を誇るかのように、ゼロの鎌が一点へと交差、連鎖、転変する。
亀裂が走り、ガシャドクロが吼えた。
発生したのは怒りの風圧である。
自身の肉体の耐久値を完全に無視した捨て身の辻風であった。
「ゼロ!」
覚えずミハイルが叫びを飛ばす。
その烈風に割って入ったのは仙也であった。
「……無茶をする」
炎が纏いしその刀剣が猛り狂ったように炎の魔術式を携え、極寒の風へとぶち当たる。
相殺された疾風の中、その中心軸にいたゼロは、ほとんど傷を負っていなかった。
「悪いな、逢見。まさか自分を巻き添えにするとは思わんくて」
「寝言は後でいい。こいつを――」
「片づける!」
切っ先が紅蓮に輝きゼロの生じさせた亀裂へと叩き込まれる。
その攻撃とゼロの一閃が突き刺さるのは同時であった。
ガシャドクロの頭蓋ごと砕け散り、頭を失った肉体が無様に跳ねる。
「雪刃散華。雪華に抱かれ刃に散れ」
その言葉が消えた途端、嵐のように雪が降り注ぐ。
舞い上がった雪原はそのまま、村を苦しめていたガシャドクロの埋葬地となった。
旋風個体の眼窩へと凛の矢が突き刺さる。首を巡らせて凛を索敵する相手に海が契機を見出し、じわじわと脆い部分に鎖を突き立てていた。
「骨ってのは、当然のことながら脆い部分と強固な部分の交差でできている。だから、強靭な部分のすぐ隣が、意外に脆いってのは儘あるんだ」
海に向いた注意を突くように凛の攻撃が咲く。
「よそ見するのなら、薔薇の一撃、受けなさいですの」
ガシャドクロが目標を見定められない隙を突き、その鼻先を刀夜の剣筋が常に狙い澄ます。
どちらに注力しても、どこからも攻撃を受ける状態であった。
ガシャドクロが旋風器官を高速回転させ、撃退士たちを退けようとするも、その手は既に打たれている。
地に縫い止められた鎖の拘束が旋風に支障を来たさせていた。
「俺たちだって、闇雲に攻撃していたわけじゃないんでね。一手ずつ潰させてもらった」
海の構えた槍の穂にガシャドクロが戦慄する。
その恐れが旋風器官に最後の命令を下した。
鎖の弊害がありつつも、その旋風器官が実行したのは逆回転だ。
つまり、こちらの射程から逃げおおせる風である。
逆回転に海がうろたえる。
「ここから、逃げる……」
「そのようなこと、できると思いまして?」
射線に入ったのは凛だ。盾がその行く手を阻む。
それでも強行しようとガシャドクロが旋風を強めようとする。
「おいおい、逃げるってのはなしだぜ。ここで腹くくれよ。……って、腹もねぇか」
骨子を蹴りつけ、ミハイルの身体が跳躍する。その銃口の先には弱点であるうなじが迫っていた。
炎熱地獄が骨の髄まで焼き尽くさんとする。
巻き起こったのは先ほどゼロを制そうとしたのと同じ、烈風の域であった。
だが、一度見れば、ミハイルにはその弱点は看過できていた。
「渦の中心! そこは無風地帯だ。シェイカーされるような気分になるが、ちょっとのガマンで討伐できるのならお釣りが来るぜ」
無風地帯を突き抜けたミハイルがガシャドクロの顔面に降り立つ。
その口腔が開き、牙がミハイルへと襲いかかった。
「おっと! 牙でやるかい? だが、ちょっと近過ぎるってもんだ」
相手の牙の一撃よりもミハイルの弾丸のほうが遥かに速い。
迫った牙をミハイルは正確無比に打ち砕いていた。
白く輝く呼気と共に、ミハイルが照準する。
「ガイコツの丸焼きか……いや、骨せんべいになるかもな」
その瞬間、旋風器官が肋骨を打ち破って跳ね上がった。突然に背後を取られたのはミハイルのほうである。
旋風器官のみが攻撃するなど予想の範疇にない。
その不意打ちは成功するかに思われたが……。
「駄目だね。切れ味が全然だ」
間合い、というものを把握しているのならばその一閃は届かぬはずであった。
しかし、刀夜の剣はそれを凌駕する。
旋風器官を一閃のみで打ち上げ、遥か高空で切っ先を返した。
「斬り合いが楽しめると踏んだけれど、相手にするのは大きなガイコツじゃなくって、その中身かぁ。ま、これも一つの斬り合いの世界ではあるかな」
垂直落下してきた旋風器官へといくつもの銀の閃光が浴びせかけられた。
直後には旋風器官は塵と化す。
「どぉれ。中身も砕いた。手足もねぇ。これでどうするよ? 寒がりさんはオサラバと行こうぜ」
ミハイルの銃撃がガシャドクロの弱点へと着弾した。
倒れ伏したガシャドクロを見やり、海が判断を下す。
「情況終了です!」
「ミハさん、よう生きとったな」
「てめぇに言われたかねぇよ」
ゼロと拳をコツンと合わせる。
山村を脅かしていたディアボロが、ここに討伐された。
凛の主催、ミハイルやゼロも調理番に加わり、大規模な村民への慰問が行われていた。
紅茶片手に、凛は優雅に微笑む。
「ストーブに身を寄せ合う。これが正しき冬の形ですわね」
「そうかな。俺は寒いのに人が多いのはちょっと苦手だが」
そうこぼす仙也も料理にはあやかっていた。
「鍋用意したぜ! 食いねぇ、食いねぇ!」
「日本酒! もう一本!」
ミハイルとゼロが一番この場を楽しむ中、刀夜は愛刀と共に月見をしていた。
「冬の月は綺麗だなぁ。斬りたくなってしまうね」
飴を頬張り、ニッと微笑んだ。