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マスター:シチミ大使
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:4人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/07/27


みんなの思い出



オープニング

 それを目にした通行人は余さず足を止め、並々と注がれた水に浮かぶそれを凝視した。
「おおきいきんぎょ!」
 子供が指差す。
 プールに入っているのは通常の金魚の十倍ほどはある、巨大金魚であった。
 屋台の主は立て看板を叩く。
「はいよ! 世紀の金魚すくいだ! この金魚、すくえたら世界記録ものだよ! さらに、もしすくえた場合、百万久遠贈呈しよう!」
 その無謀な挑戦を挑んだ猛者はそれなりにいたのだが、全員が無理だと判断した。
 ルールは至極簡単なのである。
「このプールから、一キロ離れた市民プールまで一回も地面に降ろさずに金魚を運べ」
 手で掴んでも可。車を使う者もいた。
 だが、金魚はヌメヌメしており、手で掴むことはまず不可能。
 さらに言えば、この金魚、活きがいいにもほどがあった。
 軽トラの荷台に乗せて運ぼうとすると暴れ回り、軽トラ一台をおじゃんにしてしまうほどの体重と活きのよさ。
 これにはさしもの市民も全員がため息である。
 挑戦不可能なこの金魚すくいに、誰もが諦めていた。
「こんなの、誰ができるって言うんだ……」

「依頼です」
 久遠ヶ原学園の事務係の職員の女性が淡々と告げる。
「金魚すくい、そろそろ季節ですね。その金魚すくいなのですが、ある屋台が話題になっています。その金魚、運べれば百万久遠、との触れ込みで」
 SNSに投稿されたその写真には小さなプールからはみ出すほどの巨大金魚が確認された。
 通常の金魚の十倍以上はあるだろうか。
「この巨大金魚、屋台の主は釣ったのだと言い張っていますが、こんなものが野性にいるはずもありません。この屋台の主も怪しいですね、調べを進めましょう。さらに、無理難題としてこの金魚を一キロ離れた市民プールに一度も地面に降ろさずに運べればこの金魚と百万久遠を贈呈するとのことなのですが、これも挑戦者と脱落者が次々と……。この金魚のあまりの強靭さと、水から離れても生き続けていることからディアボロと断定します。しかし、屋台で公然とこの金魚を討伐するわけにもいきません。ここは正々堂々、一キロ先のプールにまで運び、その所有権をもらってからの討伐となりそうです。討伐の関係上、百万久遠はどうなるか分かりませんが……。悪魔の活動領域はなく、自律型と思われます。この依頼を引き受けますか? 引き受ける場合はこちらにサインをお願いします」


リプレイ本文


「市民プールまでの安全なルートの確保、お願いできますか?」
 警察にそう直訴した佐藤 としお(ja2489)に、上層部は僅かに渋った。
「あの金魚でしょう? 確かに話題にはなっていますよ。SNSとかで拡散されて。でも、わざわざそれを達成するために、道を開けろというのは」
 としおが口を挟みかけて、賦 艶華(jc1317)が前に歩み出る。
「これは極秘情報なのですが、あの金魚、天魔の可能性があります」
 その言葉に警察上層部は目を丸くする。
「て、天魔? ただの金魚だろうに」
「あんなもの、野性でいるとお思いで?」
 としおの一押しに警察はようやく折れた。
「……分かった。ただし、時間制限は付けさせてもらう。市民プールまでの道は夏季休暇に入った今、少しでも封鎖するのは多大な迷惑となるんだ」
「重々、承知していますよ」
 としおは笑い返したが、艶華はどこか得心の行っていない表情であった。
「これで、道は確保した。ようやく第一段階、ってところかな」
「……下手に出る意味、ないんじゃないですか? だって最初から天魔だって明かせば」
「下手なことを言えば、混乱が広がる可能性もある。人払いとルート確保以外ではあまり警察も頼りたくないんだが、今回ばかりは目標が目標だし」
 艶華は嘆息をつく。
「金魚すくい……、市民プールまで運べれば百万……、正直、無理難題です」
「まぁ、市民プールの許可は取り付けたからプールで暴れることに関して言えば心配ご無用。戦闘に関してはつつがなく行われるだろう」
「そうではなく……、情報通りの金魚、関係していた屋台の主は元撃退士だと」
「ディアボロの能力を知っていての悪事か。それも追々、だね。今は金魚すくいだ」
 としおの切り替えのよさに艶華は少しばかり辟易しているようであった。
 社交辞令の笑みを浮かべつつも、やはり内心が浮かび出ているかのように眉根を寄せている。
「撃退士をやめたら、こんな職業をやるはめになるんでしょうか」
 妙に達観した声音にとしおは言い返していた。
「やめたら、ねぇ……考えたこともなかったけれど、金魚売が第二の人生ってそれもまた、どうなのかな」
 肩を竦めてやると艶華は頬を膨らませる。
「真面目な話ですよ」
「僕も真面目だよ。ただ、今はこうして自分の力を活かせる場がある。それって結構、幸福なんじゃないかな、って思うんだ」
「幸福、ですか。私は幸福云々よりも、天魔を利用しての人間の蛮行のほうが度し難いですけれど」
「金魚売なんてまだかわいいもんだよ。さて、もう一方はうまくやってくれているかな?」
 通話をかけたとしおはすぐさま声を吹き込んだ。

「あ、はい! 今、精一杯集めているところです!」
 高野信実(jc2271)が奔走しているのは出店で集められるだけ水風船や、ヨーヨーを集めておくように、ととしおから指示されたからだ。
 今回の作戦、金魚に水を浴びせなければならない。自分はその役目である。
「しっかし……分からないですよねぇ。そのドでかい金魚、水に晒されなくっても生きているなんて」
『それが天魔という証だろうね。水の供給役は任せた』
「了解っす! にしても、浴衣姿の方々ばかりで、艶やかですね。さすがはお祭り」
 半分浴衣の女性たちに目を奪われていた信実は目の前に屹立した男に気づけなかった。
 ぶつかってから、鼻っ面を押さえて謝罪する。
「あっ、すいません……」
「いいってことよ。……うん? 何だ、撃退士じゃないか」
 土古井 正一(jc0586)は笑みを浮かべて信実の様子を観察する。
「あっ、撃退士、っすか?」
「非番だったんだが、何かあるのか? 人盛りができている」
「これからなんです。その……」
「土古井、だ。土古井正一という」
「正一先パイ! 協力していただけますか? 俺だけじゃ、どうにも水風船集めるだけで精一杯で……」
「お、おお、いいが、どういうことなんだ?」
 半分水風船を持ってもらって信実は指差す。
 その先には問題の屋台があった。
 巨大水槽に入っているのは溢れんばかりの巨大金魚。
「うおっ、何だあれは? 金魚か?」
「金魚っすよ。あれがディアボロの可能性があるって言うんで、俺たちがこれから運ぶんす」
 看板に書かれた文句を正一は読み取る。
「なになに……、市民プールまで運べたら百万久遠? とんだ無理難題だな」
「ひゃくまん久遠……!」
 覚えず生唾を飲み込む。正一は顎に手をやって呻った。
「胡散臭いなぁ……。私はこれから出店で買い食いでもしようかと思っていたんだ。家族も土産を待っている」
 踵を返そうとした正一に信実がすがりつく。
「待ってくださいっす! 一人でも協力してくださると、ありがたいっすよ!」
「……まぁやぶさかではないが、ほら、こんなものを運ぶのなんてそれなりに準備が」
「準備なら、できていますよ」
 現場に訪れたとしおに正一は頬を引きつらせる。
「なるほど。既に一蓮托生というわけか」
「頼みます、土古井さん。時間はかけませんから」
「……まぁ、金魚すくいは祭りの十八番だ。私もその腕前、披露しようか」
 屋台の主が腕を組んで、憮然と佇んでいる。
「やるってのかい? 言っておくが、撃退士って言っても甘くはないぜ? この金魚、活きがいいからよ」
「活きがいいうちに、僕たちは討伐する。文句はあるまい」
 その言葉に店主は鼻を鳴らした。
「やってみな!」
「初撃は僕が!」
 火を噴いた重火器による一撃に、金魚が宙を舞った。
 そのあまりの巨大さに空が翳る。人々が口々に言いやった。
「空飛ぶ……金魚……」
 次を引き継いだのは艶華である。Tシャツとスパッツの軽装に着替えた彼女は即座に落下位置に回り込んだ。
「要は、バレーボールの要領ですね」
 クロスボウを一射し、金魚がさらに高空へと誘われる。
 ――飛距離、高さ共々今のところは問題なし。
 そう判じた一行が高速道路へとその歩を進める。
 基本は艶華ととしおの二連攻撃による金魚への連携であったが、相手はディアボロとは言え生物。
 当然、イレギュラーは巻き起こった。
 金魚が口腔を開いてとしおの放った銃弾を飲み込んだのである。
 射線を考えていたとはいえ、空中の相手への正確無比な射撃は思っているよりもずっと精神をすり減らすもの。
 一発や二発の誤射は予想されてしかるべきであった。
「そのために、私がいるのだろう」
 翼で飛翔した正一が蹴り上げて射角のミスをカバーする。
「うわー、でっかいきんぎょだ!」
 子供が指差して封鎖線の中に入ってきた。そのイレギュラーに対応したのは信実である。
「俺たちは、この金魚を……あそこの市民プールまで、連れてっ……行くんだよ!」
 放った銃撃が金魚を狙い撃ち、子供たちを守り切る。
「にいちゃん、すげー!」
「いや、それほどでも……」
 頬を緩める信実に艶華が鋭く言いやる。
「気を緩めている場合ですか」
 クロスボウによる連続攻撃で金魚のカーブを補助する。
 スレイプニルを召喚したとしおがその攻撃網を強化していた。
「曲がり角で落ちられちゃ、敵わないからね!」
 金魚と自分たちに残されたのはあと一本道のみ。
 市民プールの間際になって人が急激に増えてきた。警官たちでも抑え切れないようである。
「おいおい、SNSで拡散されているぞ」
「あの主人の一手か……どう足掻いても、僕らに百万は与えたくないらしい。まぁ、報酬は二の次なんだけれど、ねっ!」
 一射した銃撃に金魚が浮かび上がる。
 その下腹部へと信実は取っておいた水風船を投げつけた。
「これで水の補充は完了のはず! ダメ押しで!」
 構えたのは水鉄砲であった。金魚へと狙いをつけたその一射は不意に飛び出してきた軽装の女性に浴びせかかる。
 びしょ濡れになったキャミソールの女性に、信実は赤面した。
「わ、わざとじゃないっすよ! 本当っす!」
「ともあれ、あと五十メートル前後!」
 艶華のサポートが咲き、としおが先導する。正一が持ち上げて投擲した。
「せっかくだから祭りのかけ声で行こう! 金魚祭りだ! ワッショイ! ワッショイ!」
「……言ってる場合ですか」
 艶華がぼやき、落下地点を予測して壁を駆け抜ける。
 跳躍した艶華が振り返り様にクロスボウを放った。
 角度が調節され、プールへの最適角度まであと三十度ほどの調整が必要である。
「スレイプニル! モグラの要領だ!」
 スレイプニルが並び立ち、それぞれ段々の並びとなって調整攻撃を放つ。
 角度が調節される。
 プールには水が張ってあり、人払いも済んでいた。
 しかし、あと十度……最適角度には足りない。
「このままじゃ……水面で跳ねてプールから飛び出す恐れも……」
「任せて欲しいっす!」
 水鉄砲とリボルバーを両手に保持した信実が跳ね上がり、下腹部へと銃撃を見舞った。
 角度が調節される。
 あと五度……。
「最後は、私の踵落としでも食らうといい! ワッショイ!」
 極めつけの踵落としが決まり、金魚がプールに無事、着水した。
「着水確認!」
 としおの声に艶華と信実が証拠写真を撮影する。
「撮影しました!」
「行けるっす!」
「よし! 討伐だ! 食らえ、一斉掃射!」
 としおの保持する銃火器が一斉に火を噴き、金魚の体躯を震えさせた。
 艶華がプールサイドを走り込んで、反対側に回り込む。その手に保持するのは爆風霊符である。
「食らい知りなさい!」
 巻き起こった暴風が金魚を煽った。プールの水面だというのに、まるで沖合いのように嵐が発生する。
「おう! 台風の目に目がけて、ヴァルキリーナイフ! アンド、コメット!」
 放たれたアウルの短刀と彗星の輝きが発生した風の中心軸に向けて放たれた。
 金魚の攻撃が突き刺さった地点が赤らみ、水を取り込んで頬袋を形成していく。
 信実はその様子をしっかりと目にしていた。眼鏡のブリッジを上げて首肯する。
「頬袋、確認……! あった! そこっすよ!」
 一射したリボルバーの攻撃が吸い込まれるように頬袋を捉える。
 瞬間、金魚の口腔部が膨れ上がった。
「効いている! 全員、一斉射、用意!」
 としおの呼びかけに全員が配置につき、金魚を包囲する。
 膨れ上がった弱点へと、全員の攻撃が相乗した。
 艶華の巻き上がらせた風に乗せて、正一の攻撃が誘われる。
 両側面から同時に攻撃を叩き込んだのはとしおと信実であった。
 両者の攻撃陣が巨大な炎の重奏となって、金魚を叩き潰し、最終的にその表皮を引き裂いた。
 金魚から溢れ出したのは鮮血ではない。
 全員に降り注いだのは水である。
「うえ……しょっぱい」
 信実がその水の味に舌を出した。
「金魚って言っていたのに……、これじゃ海水みたいだな」
 水を舐め取ったとしおがぼやく。
「軽装でよかったです。こんな討伐になるとは……」
 艶華の声音に舞い降りた正一が笑いかける。
「金魚の正体見たり、ってところか」
「金魚討伐完了! さて、僕はこの後、プール掃除の約束がある。でも、その前に」
「分かってるっす! 主を抑えるんすね!」
「店主、ともすれば逃げ出している可能性がある。よろしく頼む」

 信実が訪れた時、店主はちょうどSNSで結果を知ったらしい。
 逃げようとするのを背負い投げで制した。
「負けた挙句、逃げるなんて許さないっすよ! ……にしたってあれ、結局金魚だったんすか? 妙にしょっぱくって」
「ああ、毎日塩味のポップコーンや屋台の焼きそばで育てていたから、そのせいかな……」
「うえ……その食べたものの名残ってわけですか……何でこんなことを?」
「いや、その……魔が差したというべきか。でかい金魚のディアボロででっかく一儲け、という奴だな」
 その短絡的な動機に信実はため息をつく。
「金魚は小さいからいいんすよ」

「よし、連絡受け取った! 店主にはこれまでの損害賠償程度は払ってもらう。その決定で警察に回そう」
 そう口にしたとしおはプール掃除に励んでいた。
 水着を中に着込んだ艶華が嘆息を漏らす。
「ここまで義理立てしなくても」
「いいや、使った場所はきっちり片づける。基本だよ。そういえば土古井さんは?」
 首を巡らせるとしおに艶華は言いやった。
「お土産買って帰る、とのことです」
「自由だな、あの人も。よし! これが終わったらみんなでラーメンだ! 頑張るぞ!」
 俄然やる気を出すとしおに艶華はため息をつきつつ、撮影した金魚の写真を呼び出す。
 端末の待ち受けにそれを設定し、デッキブラシをこすらせた。
「……やっぱり金魚は、小さいに限りますね」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ラーメン王・佐藤 としお(ja2489)
 ハッカー候補生・賦 艶華(jc1317)
重体: −
面白かった!:4人

ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
気合を入れる掛け声は・
土古井 正一(jc0586)

大学部4年149組 男 ルインズブレイド
ハッカー候補生・
賦 艶華(jc1317)

高等部3年1組 女 鬼道忍軍
かわいい後輩・
高野信実(jc2271)

高等部1年1組 男 ディバインナイト