コンビニを抜けてきた赭々燈戴(
jc0703)は大きめの手鏡を手にして、ふぅんと得心したようだった。
「このイケメンが、さらにイケメンに写るってのか。そいつは楽しみだぜ」
「買い物が長いぞ。何を選んでいた?」
神風 豹牙(
jb2823)の問いかけに燈戴が手鏡を照り返させる。
「いやぁ、リアルジジィだからな。どんな風に写るのか今から楽しみだ」
豹牙は嘆息をつく。
「どうせ、悪魔の所業だ。それは、奇跡なんてものを野暮に写しただけの、ただの仮初めだろうさ」
「でも、それならなおさら気になるだろう? そんな奇跡を、世の中に流布できるという、その写真館の真実が」
壁に背中を預けていたローニア レグルス(
jc1480)が言葉を差し挟んだ。
「俺はできるだけ無言でいいんだな?」
「ああ、日本語ワカリマセーン風で大丈夫。むしろそのほうが動きやすいかもな。写真館は敵の巣窟だ。できるだけ慎重を期す必要が……」
そこまで喋ってから、豹牙は煙草を取り出して火を点ける。
その背中に注意の声が飛んだ。
「あ〜、吸っていいですか? って聞かずに吸っちゃいけないんですよ〜」
この場に似つかわしくない声音に全員が振り返る。
アルフィミア(
jc2349)が豹牙を指差していた。
「……子供か」
「特にぃ、今回のディアボロさんたちは許せませんねぇ〜。アミィはいっつも、吸っていいかどうかを聞いてから吸っているんですぅ。それを勝手に吸うのは間違いじゃないですかぁ」
「どこに怒っているんだ……」
呆れつつ、豹牙は紫煙をくゆらせる。
燈戴がアルフィミアの目線に屈んで言いやった。
「でもよ、今回の敵、魂を吸って老人にされちゃうみたいだぜ? お兄さん方はいいけれど、お嬢ちゃん、おばあさんになっちまうかもよ?」
燈戴の脅しにもアルフィミアは屈せず、笑顔を振りまいた。
「それならぁ、とびっきりの大人っぽく撮ってもらえるとぉ、アミィ感激ですぅ」
「かはは、これは一本取られたな。この子、元からそういうの怖がっているタイプじゃない」
そのやり取りにローニアはふんと鼻を鳴らす。
「別段、やれるのならば、子供でも問題はない。問題があるとすれば、この面子で入れるのかどうか、だ」
自分と豹牙、燈戴まではギリギリありだったかもしれない。アルフィミアをどう扱うかが議論であった。
「妹とかでいいんじゃね? どうせ困った時にはSNSで知り合ったって言えば大概今はどうにかなる」
「こんな子供が、か」
ローニアの言い分に、アルフィミアが返す。
「アミィは、立派なレディですよぉ。その証拠に、いつでも可愛い服に着せ替えできますしぃ」
くるりと一回転すると、アルフィミアの姿が変貌していた。
リボンをあしらったピンクのドレス風の洋服である。ほお、と燈戴が感心した。
「魔装か。下らんことに使うな」
「下らなくないですよぉ。女の子にとってぇ、洋服って言うのは命よりも大切なんですからぁ」
「女の子と言っても、まだ年端も行かない。少しばかり懸念が残る」
ローニアの言葉に燈戴がまぁまぁといさめた。
「この子の存在が逆に相手にとっては油断の一因になるかもしれないし、その場合は全く不利益じゃない。それに、集団写真に彩りは欲しいだろ?」
豹牙はアルフィミアを見やり、煙草を靴で揉み消した。
「すいません、煙草を吸っていいですか、か。実際にはなかなか聞かん文句だ」
「ディアボロは許せませんねぇ。だって〜、勝手に吸うのはるーる違反ですよぉ。アミィががんばって吸っているのに、これじゃ台無しじゃないですかぁ」
「そうだなぁ。吸うのに頑張っているのに相手から一方的に吸い上げるのはルール違反だよなぁ」
得心する燈戴に豹牙が言いやる。
「あんまり合わせてやる必要もないんだぞ」
「いやいや、こういうのが案外、役に立つもんよ。ほぅれ、お嬢ちゃん。コンビニのオマケでもらった飴玉だ。とりあえず作戦の時には口チャックするためにこれでも吸っておきな」
「わーいですぅ。あまーい♪」
完全に子供の反応であるアルフィミアに一抹の不安を抱きつつ、一同は歩み出した。
「集団写真希望の、四名様、ですね」
写真館の主人はすぐに対応した。
「雰囲気ある写真館だよな! こりゃ撮るっきゃないっしょ!」
燈戴の率先したペースで豹牙が続く。
「撮影、できますか?」
「可能ですよ。全員で、ですね?」
階段を上がる際、古びた階段が四人分の体重でキィと軋んだ。
「いやぁ、それにしてもボロ……いや、趣がありますねぇ」
燈戴がそこいらをべたべたと触っている。写真館の主人は咎める様子もなく、カメラの準備をしていた。
――相手からしてみればそれが一番に気を遣うことだろう。
バックが設営され、全員で並ぶように指示された。
「カッコよく頼む……ちょっと待った。イケメンさが足りねぇ……」
手鏡を見やって髪をセットする燈戴を待っている間に、ローニアが反対側に回っていた。
カメラを触ろうとするのをさすがに主人が咎める。
「これは扱いが非情に繊細で」
「センサイ……? ニホンゴ、よくワカラナイ」
「あー、すいませんね。俺らSNSで集まった同士なもんで、あんまり連携取れてないんですよ」
豹牙が率先して謝る中で、燈戴がカメラのレンズ部分を覗き込んでいた。
「どうやって撮るんだ? これをこうやって?」
レンズをちょんちょんと突く燈戴に主人が手を払う。
「駄目ですって。きっちり配置についてください」
全員がばらけた状態にあった。
豹牙は主人の背後に回り込んでいる。ローニアはその側面を固めていた。
燈戴が不意に大きくくしゃみをする。
――それが決行の合図であった。
豹牙の振るい上げた短刀が主人の額を割り、同時に発生した霧が視界を押し包んでいく。
瞬時のことに対応できないのか、主人がたたらを踏んだ。
「貴様ら……」
「撃退士だ」
その声が弾けると共に氷結の領域が主人へと襲い掛かった。耐え難い眠りに誘われて、鬼に変貌する前に主人が膝を折る。
「これ、は……」
「写真を撮る撮影手を止めれば、後はどうする?」
ローニアの声に主人が叫ぶ。
「動け! 怪奇カメラ共よ!」
カメラの立脚が変形し、節足となって壁を駆け抜ける。
それに追従したのは豹牙であった。
狭い空間でありながら壁走りを駆使してカメラ型ディアボロの動きを阻害するように短刀を振り翳す。
「虫ってのはあまり好かないんでね。まずは足をもらうぞ」
奔った剣閃がカメラ型ディアボロ一体を絡め取った。カメラ型は床に転がると同時にレンズを中空の豹牙へと向ける。
撮影効果が起こる前に、それを遮るように現れたのは燈戴であった。手鏡を突き出しており、それがレンズの光を反射する。
「こうするとどうなる? まぁ、結構興味はあるんだぜ? 俺はリアルジジィだからどうなるのかな、ってね」
カメラ型が足を失ったまま、その場でのたうつ。
その頭上に現れたのは怪物のスピアを振るい上げたアルフィミアであった。
「だめですよぉ〜、勝手に吸うのは、るーる違反、ですっ!」
振るい落とされた一撃にカメラ型が粉砕される。
それだけで終わるとも思えなかった。全員が緊張を走らせる中、ローニアが主人を足蹴にして問い質す。
「カメラ一台だけ、ってわけじゃないだろう? もう一台はどこにある?」
主人はその質問に口角を吊り上げて、嗤ってみせた。
「――もらった」
その言葉と共に天井裏が焼け落ちた。天井裏に潜んでいたカメラ型が全員を標的にしてレンズのフラッシュを焚く。
瞬間、発生する炎熱にローニアが舌打ちした。
「味な真似を。……おっと、日本語が分からない設定だったな。だがまぁ、あれは嘘だ」
カメラ型の動きは前の一体よりも素早い。恐らく仲間がやられたことで警戒しているのもあるのだろう。
まさしく虫のように這い回り、一瞬でさえも同じ場所にいない。
「ゴキブリだな、ありゃ」
燈戴の評にカメラ型が何度か撮影の光を灯らせる。
手鏡で防御する燈戴であったが、他の面子は別だ。
豹牙は突然に襲い来る感覚の遅れを自覚した。
自分の思っているよりも動きが鈍くなっている。
「これが、話に聞いていた老化、か。確かに、動きにくいな」
さらに撮影するのはローニアに、であったが、彼は少しだけ眉をひそめた程度だ。
「今、撮影された、な。だがまぁ、俺はやんごとなき理由でね。少しばかり常人とは身体のつくりが違う。そして、いい被写体はここにいるぞ」
主人を盾にしてローニアがカメラ型に接近する。
うろたえたカメラ型の判断に差し込むように、燈戴が至近の距離まで肉迫していた。
「あんまし近くてもいい写真撮れないだろ? でもま、接写って文化もあるし、とくと味わえよ」
三節棍の強烈な一撃がカメラ型の頭部を揺さぶった。
よろめいたカメラ型へと主人が突き出される。
二体して階段から転げ落ち、盛大に粉塵が舞い上がった。
「さて、ここからが」
「本番、だな」
ローニアと燈戴が二体を睨み据える。
逃げ道を探そうと主人が歩み出しかけて、その進路を塞いだのはアルフィミアであった。
「駄目ですよぉ。逃げる道なんて残されていないんですからぁ」
立ち止まった主人とカメラ型が背中合わせになり、お互いに行く手を彷徨わせているようだった。
「そんな暇あるのか? 言っておくが、お前ら、射程内だぞ」
ローニアが両手を繰り出し、闇を練り上げて砲弾を成す。乱れ撃ちの闇の砲弾が降り注ぎ、カメラ型が遂に我慢できずに動き出した。
二階層を目指そうとしているのだが、それを阻んだのは手鏡片手の燈戴である。
「あのよぉ、イケメンに撮ってくれ以外のオーダーはねぇの。ここで暴れるって選択肢は、やめとけ。一応はカメラだろ?」
炎の魔術が燈戴へと襲いかかるが、瞬時に駆け抜けた燈戴がカメラ型の体躯を蹴り上げた。
中空に放り投げられた形のカメラ型に燈戴は指鉄砲をかます。
「悪いな、お前のとどめは、俺じゃない」
その言葉が消えるか消えないかの刹那――、天井が破れ、二階層が崩れてきた。
雪崩れるようにカメラ型に接近したのは豹牙である。
少しばかり皴が刻まれているだけで、その双眸に宿った闘志はいささかも衰えていない。
「動きのレベルが減る。追従できない。だったら――お前が真下になればいい」
その言葉通り、直下の射線に捉えたカメラ型に豹牙が攻撃を叩き込む。
一閃。その動き回る節足を八つ裂きにする。
さらに二の太刀が閃き、カメラ型のレンズへと一撃が見舞われた。
レンズに突き刺されたそのとどめによってカメラ型が完全に沈黙する。
主人は今さらに鬼へと変身し、対応しようとするが、撃退士全員の視線に射竦められたようになった。
「や、やめろ。降参……」
「ていっ!」
背後から巨大なスピアで主人が両断される。
「駄目ですよぉ。けんかを売っておいて逃げるのも、るーる違反です」
目線を交わし合い、情況終了を確認する。
豹牙の老化現象は元に戻っていた。
「老化、と言っても一般人レベルなら一瞬で老人にできただろうな。だが俺たち撃退士にはイマイチ、といったところか」
「俺は結構期待していたんだぜ? マジにジジィだからどうなんのかなぁ、って」
燈戴の弁に豹牙は嘆息をついて煙草を取り出す。
とりあえず一服だ、と思った矢先、ローニアがカメラ型の死体を検分して気づいた。
「おい、こいつ、写真を吐き出しているぞ」
その言葉に一番に食いついたのは燈戴である。
「マジか! どれだけイケメンに写ってるんだろ!」
ローニアから引っ手繰った写真には白いフラッシュの中に佇む自分の姿があった。今にも天に召されそうである。
「おいおい、これじゃ遺影みたいじゃんか!」
文句を漏らす燈戴にローニアが冷静な声を浴びせた。
「鏡で反射したからだろうな」
「もう二枚あるみたいですよぉ」
アルフィミアがカメラ型から取った写真には、眉をひそめるローニアがまるで映画スターのように煌びやかに写されていた。
しかし当のローニアにはイマイチピンとこないようだ。
「俺をこんな風に写しても、価値があるのか? これは」
「いいなー、羨ましいなぁ! 鏡で反射しなければ!」
燈戴が悔しがる中、アルフィミアが豹牙に写真を差し出した。
老化現象を真っ先に受けたはずだ。
どのように仕上がっているのだろうか、と燈戴が覗き込もうとするのを、豹牙は素早くポケットに入れて遮った。
「写真館の始末は久遠ヶ原に任せよう。ここはさっさと退散する」
「なぁー、見せてくれよ。どんなイケメンに写してもらったんだよ」
食い下がる燈戴を無視して豹牙は歩み出た。
全員が、この写真館に巣食っていた悪夢の討伐を胸に抱いていた。
豹牙はポケットに丸めたそれを取り出そうとして、やはり、とジッポで炙った。
結局、見ないまま終わった。
「でも、これでいいのだろう。奇跡は起こらないから奇跡と呼ぶんだ。それを安売りするなんて、それはきっと、よくないことに決まっている」
風の中に、写真の塵が溶けていった。