畑道を行くのは雪室 チルル(
ja0220)であった。
隣で狩野峰雪(
ja0345)が周囲に視線を配っている。
村人たちは昼間でもあまり外には出ないらしい。特に、この道は、といったところか。
今回の三人地蔵に行きつく道は一直線で、この道をこぞって使いたがる人間がいないのが窺える。
「どうにも、随分と閑散としているようだ」
「お地蔵様に化けるなんて罰当たりね! あたいがやっつけてやるんだから!」
チルルが手を振るう。狩野は顎に手を添えて考え込んだ。
「それにしたってお地蔵様に擬態するディアボロか。世界の森林にいるカマキリみたいなのは花や他の虫に擬態する能力があると聞く。これもその類かな」
「関係ないわ! 倒すのには変わりないもの!」
違いない、と狩野は微笑んだ。
道すがら何人かの村人とすれ違ったが、やはり皆、この道を通っているだけで異端のような目で見る。
村人の中ではこの道を通ることそのものが、既に余所者の発想なのだろう。
「さほど荒れている道でもない。踏み固められているし、しっかりした道だ。だって言うのに、昼間でさえも人が立ち寄らない、か」
狩野は視線の先にある地蔵を眺めようとして、その地蔵を検分している人影に行き当たった。
ミハイル・エッカート(
jb0544)が地蔵を上から下へと眺めている。
「早かったね」
「ああ、峰雪。こんなのが日本にはあるんだな。どんな地域にも?」
狩野が首肯するとミハイルは興味深そうに観察した。
「なるほど……、三体に増えるのなら一体くらい持って帰りたいものだ」
「イースター島のモアイじゃないんだからさ。どこにでも置けばいいってもんじゃないんだよ、こういうのは」
ほう、とミハイルが感心する。
「しかし、汚れているな」
地蔵を見やればすぐに分かる。ろくに掃除も行き届いていない。
善意の第三者も見かねるわけだ。
「地域信仰が生きているから、今回の依頼もあったのだろうね。夜半に増える、三人地蔵か」
ミハイルは虫除けスプレーを手に吹きつける。飛び回っている羽虫を手で払った。
「この時期の日本は嫌な虫が多いな……。まぁ、世界中どこに行ったってそうだが、特にこのシーズンは気持ちが滅入るぜ」
「それは日本人も一緒だよ。この滅入る時期に、滅入る依頼が来たものだ」
「寒村って言っても、コンビニはあるんだな」
そう感想を漏らしたラファル A ユーティライネン(
jb4620)が買い付けたのは依頼遂行の後に必要になるであろう、お供え物であった。
不知火藤忠(
jc2194)もコンビニ袋を掲げる。
「今時、コンビニもないってなると、それこそ陸の孤島だな。まぁ、それほどの過疎地でもないという証明だろう」
「俺さぁ、なーんで、ディアボロがお地蔵様なんかに擬態すんのか、全然理解できないんだけれど」
ペンギン帽を弾いて言いやったラファルに藤忠は思案する。
「擬態機能を持て余したディアボロを寒村に送った、とも考えられなくはない」
「だからって、お地蔵だぜ? ミョーに汎用性に欠けるよな」
「まぁ、街中にいれば目立つタイプではあるな。しかも内部は虫らしい」
「どこにいたって虫けらは嫌われるもんだな。罰当たりなディアボロだぜ」
藤忠は事ここに至って村人の姿を見かけていないことに気がついた。コンビニ店員もどこか余所余所しかったのを思い返す。
「だが、その虫けらが、一つの村を圧迫している。それを許していいわけじゃない」
「とっとと虫退治と行こうぜ。この村じゃ、俺たちもある種異端めいた目で見られている感じがするし」
そうだな、と相槌を打とうとした藤忠の視界に入ったのは、赤髪の少女であった。
依頼情報とは別の道祖神を眺めている。
「あのぉ、このお地蔵様が増えるんですかぁ?」
藤忠はまさか、と歩みを止める。
「……驚いたな。君も今回の依頼の?」
「増えるお地蔵様を倒しに来ましたよぉ。アミィとあそんでくれますかぁ?」
アルフィミア(
jc2349)のあどけない声音に藤忠は少しばかりたじろぐ。
こんな子供でも、撃退士なのか。
「んだよ、子供に声かけるといくら美形でもロリコン扱いされるぜ? おー、カワイイじゃねぇーの」
カワイイ、という言葉にアルフィミアが猫耳を立てて反応する。
「カワイイですかぁ?」
「おー、カワイイ、カワイイ。こんなカワイイのが撃退士やってんのかよ。ほぅーれ、ほれ。猫じゃらしだ」
猫じゃらしを振ってアルフィミアの気を引こうとするラファルに、藤忠は辟易する。
「おいおい、本当の猫じゃないんだぞ」
「いいじゃねーか。どれ、今回の依頼を受けたんなら、用意するもんは分かっているよな?」
「はいっ! おそなえものですっ!」
きっちりと買っておいたことを誇示するアルフィミアの頭をラファルが撫でる。
「いい子だなー。そうだぞー、きっちり買っておくのがベストだ」
「おい、ラファル。甘過ぎやしないか?」
「いいんだよ、こーいうカワイイのは褒めて伸ばす。分かってねぇな、案外」
乙女心を分かっていないと言われてしまえば、藤忠にも一家言ある。
「俺とて、分かっているとも。多少の心得はある」
「うはーい♪ 増えるお地蔵様ですよぉ! お化けですか? 怪奇現象ですか〜? ワクワクしますね〜!」
アルフィミアの食いつきにラファルも少しばかり面食らう。
「お、おう、増える地蔵だぜ。すげぇだろ?」
「アミィ、がんばっちゃいますよぉ〜」
スキップしていくアルフィミアの背中を眺めつつ、ラファルが声を潜める。
「……ちょっと変わってね?」
「今さらか、お前は。可愛ければ何でもいいんだろう?」
「いや、そうだけれどよ……。ま、まぁ、冒険心のあるほうがいいよな。うん」
無理やり納得したラファルに藤忠はため息をついた。
斜陽が村を染め上げ、夜の帳が落ちようとしている最中。
その二つは音もなく出現していた。
三人地蔵。
闇の中から現れたに等しいそれは、歩み寄ってくる気配を感知する。
今宵の獲物だと、地蔵の面が割れた。
縦に引き裂かれた顔面から唾液を引き、背筋を破ってカマキリを思わせる鎌が出現する。
払ったその一撃が獲物を捉えたかに思われた、その瞬間である。
「――やっぱり、クソディアボロじゃねぇか。そんじゃま、ちょっくら掃除と行ってきますかね」
地蔵型が捉えたのはラファルの作り出した身代わりである。
直後に森林から飛翔したのはナイトビジョンを装備したアルフィミアであった。
「うほーい♪ 本当に怪奇現象ですねぇ〜。ワクワクしますぅ!」
森林から光が上がった。
鳳凰が翼を広げて、格調高く一声発する。
それが合図であった。
奇襲装備をつけた藤忠が地蔵の背後へと肉迫する。
「まずは感覚を狂わせる!」
鎌首をもたげた二体の地蔵がそれぞれの連携を失い、お互いにあさっての方向を引き裂いた。
突如として照明の明かりが点き、一体の視野を眩惑させる。
地蔵型に突き刺さったのはチルルの白い軌跡であった。
瞬間的な加速と突き上げ。
剣の切っ先が銃口のように地蔵を照準する。
「現れたわね! あたいがやっつけてあげるんだから!」
発射されたのは氷の散弾。仰け反った地蔵型がもう一体と離れた瞬間、その背筋にぴったりと触れたのは狩野の背中であった。
「嫌だね、虫と背中合わせってのも。でもま、雪室さんが目立ってくれたお陰で、僕はここまで接近できた」
地面から浮かび上がったのは植物の根を利用した鞭である。地蔵型を拘束したその一撃に留まらず、狩野は割れた顔面の口腔へと銃撃を叩き込んだ。
融解した顔面の激痛に悶え、地蔵型が鎌の腕を薙ぎ払う。
飛び退った狩野はフッと笑みを浮かべた。
「この射程なら、ちょうどいいかな?」
「――ああ、充分に狙えるぜ」
一射されたのは炎の塊である。強大な熱量に地蔵型が呻いた。
ミハイルは口笛を吹いて命中を確信する。
「結構、効いたんじゃないか?」
「いや、油断はするもんじゃない」
藤忠が片手を払い、地蔵型へと押し潰すかのように炎の術式を練り上げる。
地蔵型がうつ伏せになった。
それを好機とチルルが氷の散弾と共に斬りかかる。
「もらったわ!」
刹那、地蔵型が跳ね上がった。
氷の散弾を跳ね返したのは擬態していた地蔵の表皮である。
節足が生え揃い、第二形態へと移行していた。
剣筋を捉えたのは先ほどまでと同じく鎌の腕であったが、さらに発達している。
チルルの剣を一度受け流し、地蔵が姿勢を沈める。
「第二形態移行を確認。俺はあっちを援護する。こっちの後始末は」
ミハイルの言葉尻を藤忠が引き継ぐ。
「ああ、充分だとも」
踊り上がった狩野が手にした拳銃を地蔵の口腔へと狙い澄ます。
一射と地蔵が地を跳ねるのは同時であった。
「第二形態、という名は伊達じゃないようだ。でも、根本的な勘違いとして」
地蔵型が甲高く二声鳴く。
毒霧を発生させようとした口腔部へと、跳躍したチルルが剣を突き下ろした。
「――あたいたちは、それ以上ってことね!」
毒霧発生前に口腔を中心として亀裂が走る。
「そういうことだ。第二形態、結構なことだが肝心なこととして……修練が足りないな。地蔵を模すこと、その罰を知れ」
薙刀を構え、呼吸を長くつく。
その一撃へと精神を集中し、戦闘神経を走らせ――。
落下してきた地蔵の節足を、閃光のように払われた薙刀の刃が切り裂いていた。
宙に舞い上がった節足が舞い落ちる前に、藤忠はその足さばきで全ての節足を切っ先で刺し貫く。
再生さえも視野に入れた藤忠の攻撃に、狩野が駄目押しに片手を払った。
炎の陣が形作られ、地蔵型を焼く。
その身体から黒煙が上がったのを確認し、首肯した。
「地蔵型、一体を破壊し……」
その声を遮るかのごとく、地蔵型の節足が素早く動いた。
鎌の腕が狩野の首を刈ろうとする。
地蔵型の確信めいた動きは取った、という感触を伴っていた。
しかし、鎌は払われなかった。
狩野が掲げた銃が鎌の腕を寸前で留めている。
「危ない危ない。油断大敵、だね。改めて、言うよ。地蔵型一体の――」
振り返り様に銃撃を連鎖させる。
的確に急所を狙った弾丸がその表皮を射抜いていた。
「破壊を確認」
銃口から棚引いた硝煙を吹いて狩野は殲滅を確認した。
もう一体の地蔵型は先ほどからチクチクと攻撃を仕掛けてくるアルフィミアに翻弄されていた。
アルフィミアに注意を割けば、ラファルが肉迫する。
振るわれた鎌の一撃をラファルは軽い挙動でいなす。
「あぶねーな。でも一撃ごとは単調で、振るい方も大雑把。こういうの、見えていればどうってことねぇって言うんだよ」
「ひっとあんどあうぇいってヤツですよ〜! イったいの、いくです〜!」
その言葉通り、アルフィミアは常に機動しており地蔵型の射程には近づかない。
その代わりのようにミハイルが炎の術式を地面に形作った。
「焼かれちまいな」
爆発と炎が連鎖し、地蔵型が面を伏せる。
「第二形態に移行するはずだ! 距離を取れ!」
ミハイルの言葉にラファル、アルフィミアは息を詰めた。
節足が地蔵の表皮を割り、第二形態が顕現する。
「さすがに、女子供には刺激が強いか……?」
ミハイルのその声にアルフィミアが予想に反した声を発する。
「うほーい♪ 怪奇現象ですぅ! ワクワクですねぇ!」
その反応に肩透かしを食らいつつも、ミハイルは地蔵型を照準する。
「いいか? 相手は一体。慎重に狙えば、何一つ怖くない。このまま、押し潰すぞ」
炎の陣が構築されようとするのを地蔵型は跳躍して回避した。ミハイルは咄嗟に横っ飛びする。
樹木を巻き添えにして鎌の一撃が薙ぎ払われた。
舌打ち混じりに再び咲こうとした炎の華の前に、アルフィミアが地蔵型の直上を取った。
降下と共に彼女の火薬庫が火を噴く。
炎と爆撃の連続に地蔵型が潰されたかに思われたが、射線に入ったアルフィミアを横合いからの薙ぎ払いが捉えた。
地蔵型は確実に仕留めたとその手応えで感じ取った。
だが、現実には――、アルフィミアは接近さえしていない。
その違和感に勘付く前に、ラファルが妖しく光る眼差しのまま肉迫していた。
「俺の眼を見ただろ? ――蛇輪眼・万華鏡。お前が捉えたのは、アルフィミアの幻だよ」
振り返りかけた地蔵型の節足をラファルが構築した刀で切り払う。
「そんでもって、お前は俺を見ることもねぇ。三秒だ。振り返る前に全てが終わる」
地蔵型が鎌の腕で払い落とそうとする。
その腕が根元から切り落された。
「一」
ラファルの姿は既に地蔵型の視野の中にはない。その身体を地蔵と地面の間に潜り込ませて、直下からラファルは刀を突き上げた。
「二」
突き刺さった刃から侵食する。
地蔵型がラファルへと全身の節足で拘束を試みようとする前に、内部から発生したナノマシンが地蔵型の全身を食い破った。
内側から膨れ上がり、地蔵型の表皮が風船のようになる。
ラファルが刀を抜き去り、舞うが如く地蔵型の射程から抜けた。
「これで、三、だ」
まさに神業。
三秒の刻限の後に、地蔵型は粉砕されていた。
地蔵型二体の破壊を全員が確認し、よし、と狩野が手を打った。
「掃除開始と行こうか」
「――で、結局朝方かよ」
文句を漏らしつつも細部まで掃除を行ったラファルは汗を拭った。
「ほら! この辺、あたいが綺麗にしたんだから!」
「アミィもがんばりましたよ〜。ここ、アミィがやったんですぅ」
「おーおー、いいな、あの二人は、カワイイ班で。こっちおっさんばっかりじゃねぇの」
「おっさんって……、まぁ俺はいいにしても、藤忠は嫌なんじゃないのか?」
「ラファルの言うことにいちいち目くじらを立てていれば負けだ」
藤忠は竹箒で土ぼこりなどを払っている。
「様になるねぇ、不知火君は」
狩野はここからが仕事の本番だ。村人に三人地蔵の怪は去ったと連絡せねばならない。
お供え物をしてから全員で拍手を打つ。
どうか、この村に安息が訪れるよう。
直後にミハイルがお供え物にぱくついた。
「美味い! 置きっ放しはよくないんだぜ。こういうのをお下がりというのだろう。俺、知ってる」
「それは法事とかの場合だけだろうに……」
呆れ声を出す藤忠にアルフィミアがミハイルの真似をしてお供え物を食す。
「おいしいですぅ♪」
「おーおー、本当にカワイイな、お前は」
黎明の光が差し込み、地蔵が以前と同じく、親しまれることを全員が予感した。