「これが所望の武器だ」
木箱を明け渡したのは三人の撃退士であった。
デッド・ローはカトブレパス型を率い、それを確認する。
黒百合(
ja0422)は明らかに口惜しそうに唇を噛み、向坂 玲治(
ja6214)も苦々しげな表情を浮かべている。
逢見仙也(
jc1616)だけは表情が読めなかった。
デッド・ローは再三、確認の声を発する。
「この武器は本物だろうな?」
「その前に聞く。人質を無事に返してもらえるのか」
率先して尋ねた玲治にデッド・ローは口角を吊り上げた。
――所詮は久遠ヶ原も及び腰か。
「ああ、約束しよう。無用な殺しもしない。迅速な対応に感謝さえするよ」
まさかこれほど速く取り戻せるとは思っていなかった。やはり人命優先。ぬるい連中だとデッド・ローは胸中に吐き捨てる。
カトブレパス三体が周囲を見渡し、いつでも砂嵐のフィールドを発生できた。
この状況下で下手に動けばまずいことくらいは相手も承知のはず。
デッド・ローはまず、木箱へと歩み寄った。
この時点で仕掛けがあればもう実行されているはずだ、だというのに、それもないというのは腑抜けを意味していた。
まず木箱を叩く。取引に用いたのは大鎌三つ。それなりに重さと物音がするはず。
重量からして人間三人分はあろう。木箱を叩いたところ、生き物らしき反応は見られない。
「人質を解放しろ」
仙也の発した声にデッド・ローは首をこきりと鳴らす。
「おいおい、いいのか。そんな態度で?」
「俺はその木箱を見たのが今回初めてだからな。何とも言えない」
前回のカトブレパスの運びに参加した撃退士の記録に、仙也はいない。さもありなん、とデッド・ローは納得する。
「木箱を開く。余計な真似するんじゃねぇぞ」
蓋に手をかけてゆっくりと木箱を開いた。
中には確かに、大鎌が三つ、整頓されて入っている。
だが、本物かどうかの見極めだ。自分はシャフトより武器の見極めの眼を養われている。
触れれば、それかどうかは分かるはずであった。
デッド・ローが鎌に触れた、その瞬間。
まるでガラスのようにそれが砕け散った。
ハッとしたその時には、木箱の底から蒼い蝶が舞い上がる。その蝶に視界を遮られた。
「何だこれは! 剥がれろ、クソッ!」
腰に装備した炎熱剣を振り回すデッド・ローに、いつの間にか仙也が肉迫していた。
「焦り過ぎたな、三下。凍て付け」
接触点から氷結していく魔術のうねりに、デッド・ローは咄嗟に飛び退る。
背後に感じた気配に肌を粟立たせた途端、銃弾が足元を抉り取った。
――狙われている?
一歩も動けなくなったデッド・ローはカトブレパスへと命令する。
「砂嵐を発生させろ! 一人たりとも逃がすな!」
その命令にカトブレパスが鎌首をもたげようとしたが、砂嵐発生前に射程へと飛び込んでくる影があった。
「オーケイ! ここからが勝負だヨ! ヴァニタス!」
長田・E・勇太(
jb9116)が口笛を鳴らし、カトブレパスへと召喚したスレイプニルを発していた。
「カチューシャ、カモン!」
スレイプニルの発生させた衝撃波がカトブレパスの視野をぶれさせる。その視界が人質を捉える前に、開いたのは銀糸の包囲網であった。
「嫌だわぁ、人質なんて真似。下世話としか思えないわねぇ……」
黒百合の手繰る銀糸がカトブレパスの頭部を引っ掴み、そのまま折れ曲がらせようとする。
デッド・ローは混乱していた。
どうして、この撃退士たちに自分はここまで踊らされている?
後ずさりかけたデッド・ローへと咲村 氷雅(
jb0731)の放つ蝶の乱舞が阻止した。
「こうもあからさまに出てくれば、この武器が重要だと公言しているようなものだ。さては貴様、頭の出来はあまりよくないな?」
「だ、黙れェッ!」
小銃を掲げて氷雅を狙い澄まそうとする。その照準をぶれさせたのは狙撃による銃弾であった。
小銃が手から離れ、デッド・ローは衝撃と激痛に手を痙攣させる。
「き、貴様ら……。いつから謀っていた?」
「最初からに決まっているだろう。行くぞ」
玲治が槍を下段に構えデッド・ローに接近する。
全て相手の手の内、という事実にデッド・ローは打ち震えた。
「今回の作戦を一言で述べるなら、トロイの木馬だな」
玲治の声に作戦を聞いている撃退士たちが険しい顔を突き合せていた。
「つまり、無害な木馬に誰かが入って接近する必要がある、というわけか」
氷雅の声に手を上げたのはアルティミシア(
jc1611)だ。
「あの……ボク、この場所からなら援護狙撃可能です。人質の命が最優先ですし、狙撃班に志願します。……怖いから、とかじゃありませんよ?」
「分かっている。狙撃は必要だろうさ。俺も引き渡し班に参加するが、あまり演技には期待しないでくれ」
仙也は壁に背中を預けたまま不遜そうに口にする。
「人質ねぇ……。スマートじゃないわぁ、このヴァニタス」
黒百合の評に勇太が応じていた。
「ミーも同感ネ。人質なんて許せないヨ」
「作戦指示通り、囮班と奇襲班、それに狙撃班に分かれる。引き渡しには二重底の木箱を用意しておいた。前回の撃退に参加した人々からの証言で極めて精巧に作ったレプリカだ」「中身は?」
「複製済みよ。触れれば壊れるけれど」
「俺が考えるに、こいつはあまり後先を考えて行動している感じじゃない。今、この瞬間さえも惜しいって焦っている気がするんだ。その弱みに付け込む」
「何を焦っているのだろうな。一度死んでおいて、死に怯える、というのもどこか馬鹿馬鹿しい」
仙也が嘆息をつく。
氷雅は顎に手を添えて考えを巡らせていた。
「それにしたところで、武器を引き渡せ、とはどういう行動なのだろうか。それほどに重要な武器であるのならば、ディアボロの輸送など考えもしないと思うが」
「俺も、それはミス、なんじゃないかと思っている」
「ミス?」
「つまりこいつは、自分の失態を取り戻そうって思っているんじゃないかな。だから焦っている。今回、派手な行動に出たのも全てそのため」
「だとすれば、どこまでも愚策な死体だな」
断じた仙也に黒百合は前回のカトブレパスの運びを思い返していた。
「ミス、ねぇ……。確かに迂闊ではあったと思うわぁ。でも、それを取り戻すために、って言うにしては、このヴァニタス、お馬鹿さぁんね」
「あまり機転の利くほうじゃないんだと思う。だから今回、ギリギリまで引きつける。その上での奇襲だ」
「二重底の中には俺が志願しよう。相手の視野を阻害するのは得意だ」
氷雅が軽く手を掲げる。勇太はウインクして手を差し出した。
「ナイスなアクションは囮班に任せるヨ。ミーは背後からの挟撃を行うネ。デッド・ローの足を殺す、こちらもナイスな役目ダヨ」
「私も囮班の振り分けでいいけれど、あんまり演技には期待しないでねぇ。ヴァニタスの間抜けさに、笑っちゃわないようにだけ気をつけるわぁ」
「ぼ、ボクも役に立てるように頑張ります! カトブレパスの頭と、できればヴァニタスに退路を防ぐように撃ち込めば有効でしょうから」
「よし、作戦は決まった。行くぞ。相手の鼻を明かしてやろうぜ」
ギリッと歯噛みしたのがこちらにも伝わってくる。
デッド・ローの炎熱の短剣と鍔迫り合いを繰り返すのは玲治であった。
闇の拳が影から這い登り、デッド・ローの退路を塞いでいる。それだけでも相手にとってしてみれば都合が悪いだろうに、アルティミシアの狙撃がプレッシャーを与えていることだろう。
「どうだ? ヴァニタス。俺たちが、ただの撃退士じゃないってこと、理解できたか?」
「……ふざけるなよ、お前ら。引き裂いてやる!」
炎熱の短剣が火を噴き、玲治の首を掻っ切ろうとする。
槍の掴み手で弾き返し、玲治は距離を取った。
退けない、とはいえ相手の接近能力も確かなものだ。
「窮鼠猫を噛む、じゃないが、火事場の馬鹿力ってところかな。退けない状況があいつにとって、逆に生還率を上げている」
「だが、それは俺たちにとっても好機だ」
玲治と交代する形で前に出たのは仙也であった。
氷の魔術が形成される前に、デッド・ローが口笛でカトブレパスの視線を誘発する。
「鏡があれば、と思っていたんだが、人の盾、という手もあったか」
「言ってくれる」
仙也と背中合わせに飛び出したのは氷雅であった。その手から蒼い幻想の蝶が舞い上がり、カトブレパスの視野が逸れる。
「ミーの出番ネ!」
視界の阻害されたカトブレパスの首筋へと、勇太のショットガンによる一射が弾けた。
カトブレパスの首が根元から引き裂かれ、血潮の舞う中を勇太は駆け抜けていく。
まるで一条の流星のようだ。
戦場を駆け抜けるその姿に、カトブレパスが翻弄される中、銀糸がさらにカトブレパスの頭部を絞め上げる。
「どこまで耐えられるかしらぁ? 案外、堅牢さをウリにしている連中ってこういうのには弱いのよねぇ」
その眼球がぐるりと流転し、黒百合を捉えようとした瞬間、咲いた狙撃の射線がカトブレパスの眼球を撃ち抜いた。
倒れ伏した一つ目の水牛に黒百合はぽつりとこぼす。
「……いいところを持って行ってくれるわねぇ、あなた」
その言葉に恐れを成したように、狙撃位置にいるアルティミシアが首を引っ込めた。
「こ、怖い……。でも、みんなの役に立ちたいですから……、頑張ります!」
アルティミシアが次に狙いをつけたのはデッド・ローの背筋であった。
先ほどから首筋にひしひしと殺気を感じているデッド・ローは気が気でないらしく、汗を伝い落とさせていた。
「お前ら! クソッ!」
短剣での弾き返しも徐々に粗雑になっている。
踏み込み時だな、と玲治は判じた。
「逢見! それに咲村さん! 取り時だ!」
「誰に物を」
「言っている」
仙也の氷結の魔術がデッド・ローの足を物理的に抑える中、背中合わせの氷雅が手を繰り上げると、無数の剣によって構築された檻が現れる。
「武器を所望していたな。――存分に受け取れ」
打ち下ろされた剣の群れにデッド・ローの体表が切り裂かれ、血が滴った。
歯噛みしたデッド・ローが戦闘本能を剥き出しにして短剣を握り締める。
「生きて、生きて帰さん、お前ら……!」
その時、勇太が歓声を上げた。
最後のカトブレパスが黒百合によって首根っこから引っこ抜かれ、その頭部を勇太の銃弾が吹き飛ばす。
「これでディアボロは潰した。デッド・ロー、ゲームセットだヨ。ドゥーユーアンダスタン?」
勇太のウインクに玲治は笑みを浮かべる。これで全戦力をデッド・ロー一人に叩き込める。
「だ、そうだ。残念ながら、生きて帰れる保障のないのはお前のほうみたいだな」
「……許さん。ここで、ここでェッ!」
短剣を振るい上げたその腕に絡みつくのは黒百合の発した銀糸であった。
「人質とか色々使ってくれたわねぇ……。たっぷりお仕置きしてあげる」
振るい上げたまま動けないデッド・ローへと、仙也の凍結魔術が纏いつく。
「死に怯える死者、デッドマンウォーキングはここまでだ。ここから先は、地獄へのピクニックと行こうか」
玲治が槍の穂を突き上げ、デッド・ローの腹腔へと叩き込んだ。かっ血するデッド・ローへと玲治は叫ぶ。
「咲村さん!」
玲治を跳び越えて氷雅が手を繰る。
その手に握られている曲剣が、デッド・ローの肩口を狙い澄ました。
「悪いが、死んでもらうわけにもいかないのでね。生かさず殺さずのラインを攻めさせてもらうぞ」
精密な一撃は肩の筋肉を切り裂き、デッド・ローは剣を握ることさえできなくなってしまった。
黒百合の銀糸がそのまま、デッド・ローを雁字搦めにする。
玲治は槍を担ぎ、デッド・ローに問い詰めた。
「さて、ここまで派手をやらかしてくれたわけだが、目的あってのことだよな? 誰の命令だ?」
無言を貫くデッド・ローに勇太が後頭部へと冷たい銃口を押し当てる。
「ミーは、口を利けない奴に言わせる術は心得ているヨ。痛いのがイイか、熱いのがイイか?」
慄くデッド・ローはぽつり、と言葉をこぼした。
「……お前らが悪いんだ。俺の明示した運輸ルートに割って入るから。だからボスはキレた。もう俺が生きていたって、ボスは何とも思いやしないよ」
そのボス、だ。それを聞き出せれば久遠ヶ原は大きく進むことになる。
「ボスってのは、誰だ?」
デッド・ローは全てを諦めたように顔を伏せて呟く。
「ボス――シャフト。悪魔の武器商人だ。俺は所詮、その子飼いさ。今回のルートから芋づる式に明るみになるのを恐れての行動だった。だが、もう関係ないな。ここまで力の差があるとなると」
「俺たちが知りたいのは、その悪魔のやり口だ。どういう取引をする?」
「いつもならばカトブレパスと俺に任せられていたんだが、前回はルートが安全だと見越してやっちまった。次の取引場所は、確か……」
デッド・ローが仔細に話そうとした。
その時である。
突然に空が翳った。
おかしい、と感じた次の瞬間、視界に大写しになったのは岩石の巨躯であった。
「天魔……」
呟いた氷雅が瞬時に行動に移す。
玲治が習い性で飛び退り、氷雅が反撃しようと曲剣を振るい落とすも、それを阻んだのは岩石の悪魔の腕に装備された手甲であった。
「武具、だと……。こいつ……!」
「俺を殺しに来たのか!」
デッド・ローの喚きに岩石の悪魔はその首裏に手刀を打ち込んで昏倒させる。
「雇い主からの命令でね。使えない部下だが、つらつらと話されると面倒なことも抱えている、とのことだ。回収を命じられてきた」
「何者だ……」
「お初にお目にかかる、奴もいるか。悪魔の傭兵稼業をやらせてもらっている。ディアマンだ」
ディアマンと名乗った悪魔はデッド・ローを抱えたまま離脱しようと姿勢を沈めた。
その背筋にアルティミシアの狙撃が撃ち込まれる。
だが、ディアマンは涼しげな様子であった。
「いい腕だな。だが、オレは退き際ってものには人一倍に敏感でね。この包囲でも、一回限りなら逃げ切れる自信がある」
「どの包囲だって?」
背後に回り込んだ仙也が攻撃を見舞おうとする。
その一撃に対してディアマンは振り返り様の拳を放った。手甲が変形し、瞬時にメリケンサックと化す。
仙也の賢明であったのはそれを受けるという愚を冒さなかったことだ。
直前に武器で弾き返す。
お互いに後退する形となったが、今のディアマンに無策に飛び込むのは危険だと誰もが判断した。
「また会おう、撃退士。こいつが口を滑らしたのであれば、その場所でな。きっとそこは、いい戦場になる」
跳躍したディアマンを追撃する者はいなかった。
今は、一つでも確定した事実が欲しい。
そのためにはこの苦渋も噛み締めるしかなかった。