「でっかい恐竜ね! あたいが剥製にしてやるわ!」
双眼鏡から覗いた今回の標的を見据えるなり、雪室 チルル(
ja0220)は快活に叫んでいた。それをいさめるのはアルティミシア(
jc1611)だ。
「ふわぁ……凄く、大きいです。ボクに、出来るでしょうか。……ううん、頑張らなくちゃ」
不安げな声音にチルルが胸を張る。
「恐竜なんでしょ? だったら、倒せるに決まっているじゃない! ずうっと前に全滅したんだから!」
「そういう問題じゃないような気も……、ブルドーザーみたいですよね。あんなのが昔はわらわらいたんですかね」
想像するだけで怖気の走るアルティミシアにチルルは言ってのけた。
「ディアボロはとにかく討伐! 恐竜だって言うのなら、あたい、受けて立つよ! だってあたいの剣で貫けないものなんてないもの!」
自信満々のチルルに対してアルティミシアは不安が勝っている様子だった。
「ボク、役に立てますかね……」
「あたいがいるんだから、安心よ!」
胸を反って口にするチルルの前向きさにアルティミシアは少しばかり微笑ましくなった。
――自分も、戦いに来ているのだ。
ぎゅっと拳を握り締める。
役に立たなければ。
少しでも、微力でもいい。誰かの役に。
「……アレをトリケラトプスなど、断じて認めん。ただのブルドーザーの亜種だろ」
そう断じたのは既にトリケラトプス型の移動した場所からその情報を読み取った数多 広星(
jb2054)である。移動中にトリケラトプス型の痕を見つけ、慌ててバスから飛び降りて検分しているのだ。
狩野峰雪(
ja0345)は顎に手を添えて首をひねった。
「いや、分からないものだよ。オジサンが若い頃、ティラノサウルスだって今言われているみたいな羽毛がある、なんて露ほども思われていなかったんだ。トリケラトプスが本来、どんな形状だったのかも、実のところは分かっていない。恐竜ってのはそれだけ、ロマンなんだが……今回のはロマンの欠片もないな」
重機の如く街を踏みしだいていく敵にロマンを求めるのは間違いかもしれない。
広星はふんと鼻を鳴らした。
「トリケラトプスがたとえどんな姿形だろうと、自分は認めませんよ。人に仇なす存在なんて」
「それに関しては同感だ。僕も、恐竜ってのはもっと自由でなくっちゃいけないと思っている性質だし。一日の移動距離が数百メートル。ここから先――」
そう見据えたのは瓦礫がうず高く積まれた移動痕だ。トリケラトプス型は明らかな破壊行為を行いながら悠然と進んでいる様子である。
「さほど遠くない距離に、まだいるってことですか。自分、リアリストなんで、ロマンとかよく分からないですけれど」
「まぁ、少なくとも僕たちは多少のリアリストじゃないとやっていけない職業さ。数多くの天魔と渡り合う、っていうのがね。もう既にリアルだとか空想だとか言っていられない」
「夜桜さん。武器は大丈夫かい?」
龍崎海(
ja0565)がそう尋ねたのは今回の標的が堅牢な部位を有している、との情報を得たからだ。
それに対し、夜桜 奏音(
jc0588)は手持ち武器である刀に視線を落とす。
「業物、ではあります。銘を小太刀二刀、桜月と」
海が受け取り、それを検めた。
確かに名のある名刀ではある様子。しかし、今回の敵に通じるかどうかの観点で言えば、少しばかり怪しいのは……。
「刀身が細い。造りは細やかで、とても美しく流麗ではあるが、パワー勝負となった場合、貫けるかどうか」
懸念事項に挙がるのはトリケラトプス型ディアボロの表皮の硬さ。
打ち込めば入る、と紙面にはあったが、それは徹るではない。
入っただけでは恐竜の威容を持つ今回の怨敵、仕留められるかどうかの確証には至らない。
「住民の避難、もう済んじゃっているんだよね?」
確認の声に奏音は首肯した。
「あの巨体ですから。避難だけはすぐに済んだようです」
「まぁ、図体がでかいのもある種の助け、か。力の誇示にもなるだろうし、何よりも」
双眼鏡で海はトリケラトプス型を注視する。
今は前進するべき時ではないと心得ているのか、それとも動いてはいるが自分たちの言う「動作」のレベルではないのか、相手は沈黙しているようだった。
「私は、相手がさほど感知に優れていないと判断し、奇襲を狙います。龍崎さんは」
「俺は前衛だ。雪室さんと一緒に攻める。しかし、盾のような頭部とはよく言ったもの。まさしく砦だ」
小さな鳥がその頭部に止まった。トリケラトプス型は小鳥程度ならば感知の外なのか、小鳥がチッチと鳴きながら巨体の上を滑っていく。
「多少、街に被害が出るのは目を瞑ってもらえるのかな」
疑問に奏音が応じていた。
「もう既に相当な被害ですから、戦闘時の被害程度は上塗りにもならないかと」
「そうか。ならば安心だ」
双眼鏡から視線を外し、海はふぅと深呼吸する。
これから始まる戦闘の空気に身体を慣らしておかなければ。
トリケラトプス型の動きは緩慢である。
人間の感知レベルで言えば、それは前進でさえもないのだろう。ゆっくりと前足を進ませるその姿は王者の威容さえも漂わせる。
問題なのはその発達し過ぎた頭部のもたらす破壊の連鎖。
今も瓦礫を押し退けて無理やり前進しようとするその巨躯に踊りかかった影があった。
「いっくよー! あたいの、攻撃!」
剣を保持してチルルが猪突する。その攻撃を受け止めたのは盾の頭部であった。
鋭く火花が散り、剣の発生させた圧力を減殺する。
「雪室さん、愚直過ぎだ。やはり情報通り、真正面からの打ち合いは不利」
横合いから飛び出した海が振り回したのは、空気を引き裂き、しなるように下段に保持された槍であった。
コォーンと空洞の音が響き渡る。瞬間、旋風のように槍の一撃がトリケラトプス型に食い込んだ。
盾の防御圏内だが、これも作戦の範疇。
重機竜は頭部を身体の内側に埋没させ、それと共に表皮を波打たせる。
揺らめいた表層部から浮かび上がったのは針の群れであった。
全方位を叩きのめす針の一斉掃射。
海は声を張り上げる。
「防御陣形!」
「分かってるってば!」
海はシールドで、チルルは剣の刀身で防御する。
一斉掃射が成された後の街並みはまさしく地獄に堕ちたと形容しても相応しい。ブティックのガラス窓が割れ果てて、中のマネキンが横倒しになっている。
重機竜はゆっくりと頭部を戻しつつ、この戦闘の只中に眠りについた。それこそ狙っていた本懐だ。
トリケラトプス型の背後を取ったのは狩野と広星である。
狩野がアサルトライフルを構え、一射した。食い込んだ弾丸が体内で誘爆し、どろりと表皮が融け始める。
「とっておきさ。食らうといい」
狩野が手を払うと蛇の幻影が出現し、その攻撃部位に噛み付いた。
傷口が押し広げられる。見据えた広星が双剣を携えた。
「傷の具合から診て、さほど頭以外は注力していないと見えるな。……やっぱりトリケラトプスなんかじゃないよ。お前は、ただのディアボロだ」
振るい上げた一撃を腐敗の始まった傷口に叩き込んだ。幻術の蛇が傷口をさらに押し広げようとする。
「これは、攻撃してくれって、言っているようなものじゃないか」
片腕に力を込める。そのまま突き出そうとしたその時、咆哮が耳を劈いた。
「思っていたより、こいつ、痛覚が鋭いのか……」
下がれ、の指示を海が出そうとした瞬間、背面に針が密集陣形を作り、瞬時に打ち出された。
頭部は瞬間的にポンプの要領で押し込まれている。
その被害を一番に受けるのは肉迫していた広星に思われた。
しかし、その針の一群を止めたのは氷の皮膜である。ハッと広星が振り仰いだ空間に、アルティミシアが浮かんでいた。
「サキュバスは、戦闘種族ではないですが、弱い訳では、ありませんよ!」
急速に凍て付いた大気が震え、トリケラトプス型を包囲した。広星は舌打ちして跳び退る。
「……油断したわけじゃないんだけれどね。それにしたって、今は休眠期のはず。こいつを試させてもらう! 影縛の術!」
印を結んでトリケラトプス型の影を射止める。頭部を戻し、前進するという選択肢を奪った。
「この隙に」
「――私が仕掛ける、という寸法です」
ビルの影を移動し、今の今まで感知網の外にいた奏音が一気に肉迫して抜刀した。
桜月、一の剣舞は敵への接近と共に足の腱を裂くことであった。
「あまり動かないようにしてもらいませんと。影縛が成されているとは言え、物理手段を取られると困るので」
続いてその瞳が見据えたのは急所のサーチ。跳躍と共に桜月を投げつける。
投擲された桜月がトリケラトプス型の首に突き刺さった。
奏音は腰に備えた鞭を使用し、桜月に巻きつけて瞬時の接近を可能にした。
突きによって巨獣の背に佇んだ奏音が次に講じたのは、桜月の二の太刀による一閃。
「根元は、ここですね」
首の裏に至ったその技量は伊達ではない。重機竜は完全に、攻撃網の外を突かれた結果となる。
突き刺さった一撃目に加えて閃いた二の太刀にさらにだめ押しとして突き刺さった剣へと奏音は鞘を叩き落した。
さらに深く、桜月が食い込む。
「これで、首の神経を……」
やった、と口にしかけた時、トリケラトプス型が身悶えし、表皮から針が浮かび上がった。
瞬間的な攻撃。
しかし何の策も講じていない奏音ではない。
「やはり、痛みには敏感でしたか。ですが、既に」
ちり、と突き刺さった剣に光が宿り、直後には雷鳴が轟いていた。
着弾点を起点として、刀が雷の属性を帯びたのである。
首裏の一撃はそれだけならばただの刺突に過ぎなかったが、雷ほどの熱量を保有した一撃が桜月に流し込まれ、トリケラトプス型が痙攣した。
さしもの重機竜といえど内側を焼かれたに等しい。
「そのまま痺れていてください。そして、終の舞、と行きたいところですが、この針の掃射では……」
距離を置くしかない。奏音の眼は未来の着弾点すら予測していたが、それらが導き出す答えは自分の後退であった。
携えた二刀のうちの一刀で針を弾き、奏音は背後から攻める三人よりも後ろまで下がらされていた。
「ここまで距離を取るとなると……」
その懸念を狩野が受け止める。
「いや、よくやってくれた。見るといい」
トリケラトプス型の針の放出が先ほどまでよりも遅れている。復活もそうだ。
頭部の戻りが悪くなり、突進攻撃も難しそうである。
「影縛に雷撃が効いたな。こいつ、もう前進出来なさそうだ」
広星が口元を綻ばせる。
狩野が前に出て手を振り払う。
「その頭部も凍らせてもらうよ」
前衛も遅れを取っていない。頭部の盾が不充分と見るや海が槍を突き出した。
しなるような一撃がトリケラトプス型の頭部再生を僅かに遅らせる。
「雪室さん!」
跳ね上がったチルルが剣を叩き落そうとした。そのまま首が落とされる、かに思われたが――。
直後、跳ね上がっていたのは撃退士だけではない。
巨獣が吼えて、後ろ足だけで持ち上がったのだ。
「うそ……」
突然に跳ねた盾の頭部によって切っ先がぶれる。
突飛なことに全員が唖然とする中、海が忌々しげに口走った。
「前進を渋っていたのは、何も瓦礫と移動速度の問題だけじゃなかった……。前足に、全神経を集中させて、土壇場の馬鹿力を」
読み切れなかった。しかし、ここから先を補うのは先見の明だけではない。
「これ以上、壊させる訳には、いきません。ボクが、全力で、止めさせて、もらいます」
浮遊していたアルティミシアの凍結が重機竜の首筋に届く。突き刺さったままの桜月を基盤に、氷の華が咲いた。
トリケラトプス型は急激に体内を冷やされたせいか、一時的に硬直する。
その時こそ、好機であった。
「腹を見せたな、恐竜もどき。往々にして、横腹ってのは柔らかいんだよ!」
海の放った渾身の槍による突撃がその腹部を引き裂いた。
脱力したトリケラトプス型の頭頂部を目指し、チルルが盾の頭部を駆け上がって直上へと至る。
目まぐるしく回転する視野の中でチルルは一点のみを睨み据えた。
桜月の刺さった部位。
それが基点だ。
「アルティミシア! 桜月目がけてもう一撃、出来るか?」
海の声にアルティミシアは術式を練り上げる。
「こ、怖い……ですがみんなと、力を合わせれば、出来ないことは、ない、です!」
再び咲く氷の華。冷却域が桜月の発生させた傷口を一挙に凍傷に晒す。
「そこが弱点だ! 雪室さん!」
「あたいの眼でも分かる! 赤黒くなっているところ! チャンス到来ってことね! その首もらったー!」
振り落とされた一撃が桜月の入った部位へと一閃を浴びせる。その瞬間、重機竜の首筋に襟巻きのような亀裂が走った。
ごとり、と首が落ち、トリケラトプス型は生き別れになった胴体をよろめかせて、次の瞬間、仰向けに倒れた。
見事なまでに切り落とされた頭部を目にして、着地したチルルは勝どきを上げる。
「取ったわ! 恐竜の剥製の完成ね!」
「や、やったんですか……」
恐る恐るのアルティミシアの声音にチルルが飛びつく。
「弱点を分かりやすく示してくれたお陰よ! ま、あたいの敵ではなかったということよね?」
「そうだな。今回は、アルティミシアの功績が大きい」
海の言葉に全員が寄り集まっていく。地面に落下していた桜月を奏音が拾い上げた。
「まさか、こんな形で役立つなんてね。でもよかった」
「や、やりました! みんなのお役に、立てました♪」
喜ぶアルティミシアに微笑ましくなる。
「さて、これ以上、街も壊れやしないし、どうするかな」
「俺たちが去るのが、多分一番の安心になるでしょう。久遠ヶ原には連絡しておきます」
海の配慮に狩野がその肩を叩いた。
広星が街の一角に歩み寄る。針に巻き込まれたのか、小鳥が血を流していた。
まだ生きている。
回復を施すとすぐに翼を広げた。
「優しいんですね」
飛び去っていく小鳥を眺めていた奏音が呟く。広星は身を翻した。
「勘違いするな。別に街を壊した贖罪とかじゃないし。受けた仕事のアフターケアまでこなすのがモットーなだけだから」
「そうですね。ただ天魔を倒すのだけが、撃退士ではありませんし」
巨獣の倒れた街を撃退士たちは歩み始めた。