「うわー、大きい鶏だなぁ……。こんなのが暴れたら、ひとたまりもないんだろうなぁ」
藍那湊(
jc0170)は今回の標的となるコカトリス型ディアボロの写真に視線を落としていた。
超加速中の写真なので粗が酷いが、膨れ上がった脚部が窺える。この足が、凄まじい加速を生み出すのは想像に難くない。
「その鶏みたいなのね! あたいたちが倒すのは!」
雪室 チルル(
ja0220)が写真を窺う。威勢のいい声音が響き渡ったのは、現地から少し離れた位置にある丘であった。双眼鏡越しに軒を連ねた商店街は漏らさずシャッターが降りており、閑散としている。本来ならば春の祭りが催されるという情報を得ていたので湊は自然と引き締まった。
「すぐにでも、お祭りを再開できるようにしないと」
「大きい鶏だから、すぐにでも叩けばいいじゃない!」
シュッシュッと拳を振るうチルルのやる気に湊は微笑んでいた。
「そうだよね。僕らにかかっているんだ」
逢見仙也(
jc1616)の目に入ったのは、それほど大きくもない商店街の全容であった。バスに揺られて数十分。現場周辺では張り詰めた空気が充満しており、撃退士の証を見せてから、作戦の顔合わせを行うため、ほど近い公民館まで歩いていた。
「商店街、か。こういう小さな町の商店街に被害を及ぼすとなると、あまり歓迎できた春一番じゃないな」
「そうですよね。私たちがどうにかしないと」
その声の主に仙也が宙を仰ぐ。
浮いているユウ(
jb5639)へと声を投げた。
「ユウさん、何で浮いているんですか」
「えっ? だってほら、状況把握しやすいじゃないですか。後はまぁ……、飛んでいるのが好きなので」
照れ笑いを浮かべるユウに仙也は嘆息をつく。
「まぁ、浮かんでいようが何をしていようが自由だが、邪魔だけはしないでくださいね」
「あっ、ひどい。でも、今回の敵、素早いですね、あれ」
商店街のほうを窺うユウに仙也は目をしばたたいた。
「……見えているのか? この距離から?」
「浮かんでいるから、眼はいいんですよ」
そういうものなのか、と仙也は渋々納得しつつ、商店街を視界に入れる。
「厄介なディアボロも居たものだ。もっと有意義なことに、その加速能力を使えばいいものを」
「足が速いんだから……、発電とかに使えそうですね。ほら、よくあるじゃないですか。ルームランナーみたいな」
恐らくユウの思い浮かべている発電機は随分と時代錯誤なものだろう。遠い空想に思いを馳せつつ、仙也は淡々と歩いた。
「……今言った通りだ。作戦は以上とする」
黄昏ひりょ(
jb3452)が場を仕切って声にする。不知火あけび(
jc1857)は頷いていた。
「チルルちゃんや仙也君はきっちり頼むよ! 私にできることは精一杯やるから!」
「鶏倒すのね! 任されたわ!」
威勢のいいチルルの頭を、あけびが撫でる。
「そうだよー。チルルちゃんは相変わらず元気だなぁ」
嬉しそうにするチルルを他所に仙也は厳しい眼差しを注いでいた。
「何? 仙也君も撫でてあげようか?」
「そういうんじゃない。ディアボロは超加速の持ち主だ。それなりに気を張るべきだと、俺は思っている」
「気を遣ってくれているんだ? 優しいね」
優しい、という評に仙也は困惑してしまう。ただ単に事実を述べただけだ。
「まぁ、今回、小さな商店街が被害に遭っているのは、俺からしてみても看過できない。……みんな、春爛漫の一番素敵な笑顔を咲かせられる時なんだ。それを邪魔する奴は、許せない」
熱い一言に湊が首肯した。
「ですね。僕も善戦します」
「私も。商店街の人たちを悲しませているディアボロは許せません」
同調した声を感じ取ってひりょが号令する。
「――さぁ、本物の春一番を、見せてやりに行こうじゃないか」
コカトリス型は商店街の一本道を踏み締めていた。
たくましい脚部を有する大型のコカトリスが前衛を行き、小型が後方を見張っている。その眼に不意に、影が差した。
出現したあけびに前衛のコカトリスが注目する。
「さぁ、斬るも忍ぶもご随意に! 忍生まれのサムライガール、只今参上!」
あけびの一声に前衛のコカトリスが足を払った。超加速へと身を浸そうと二声甲高く鳴いた。
その瞬間、残光すら纏いながらコカトリスが超加速へ入る。塵芥が舞い上がり、土煙が十メートル近く地上から噴き上がった。
――しかし、その加速が捉えようとした嘴の先には、獲物がいない。代わりに割って入っていたのはひりょの装備する盾であった。太陽を模した盾がてらてらと輝き、陽光を鋭く反射する。
「悪いな、お前らの好きにはさせられないんだよ」
盾を翻した瞬間、光が拡散しコカトリスが後退した。
首を振るって再度、攻撃姿勢に移ろうとしたコカトリスがふと、上空に影を見つける。
浮遊展開していたユウがその眼に大写しになった。鎌を手にしたその姿はまるで死神である。
「迷惑なディアボロさん、沈んでください!」
振るわれた一撃がコカトリスの全身を貫き、衝撃波が落下してきた土煙を再度、上空へと舞い上げた。土くれの拡散する中、コカトリスが応援の要請をする鳴き声を放つ。
後衛を任されていた小型のコカトリスが振り返って超加速に身を浸そうと姿勢を沈めた。
その瞬間、横合いから飛び出したのはチルルである。
「商店街の地図、あらかじめ読み込んでおいて正解だったな。だって、こんな、ちょっとした迷路だよ?」
放たれた霧が小型コカトリスをよろめかせた。抗い難い眠気に、片膝を落とす。
「その時を待っていた」
屋上から跳躍したのは湊である。彼は片手をタクトのように振るい上げて氷の鞭を生成した。
「結氷、凍りつけ……!」
氷の鞭が小型コカトリスに絡みつき、その動きを制限する。加速を得ようとするが、その前に呼吸を止めでもしない限り、眠りを誘う霧から逃れられないだろう。
「さて、僕らはこっちの小さいのを潰させてもらうよ。このまま嫌でも春から冬に逆戻りするのを経験してもらう」
接触点を触媒とし、氷の鞭が根を張っていく。小型コカトリスが瞬時に足払いを決めて羽毛ごと抉り取った。防衛本能がこれ以上の湊との接触は危険だと判じたのだろう。
しかし、撃退士は湊だけではない。
「そっちがお留守だよ?」
跳ね上がった剣筋が小型コカトリスの首を狩ろうとする。寸前でその攻撃の気配にコカトリスが身を引いた。眼前を行き過ぎた剣に小型コカトリスが反応する前に、薙ぎ払われた剣閃が脚部を切り裂いた。
「鶏って、足がメインだよね? だってもも肉とか、すねとかよく言うし。だったら、足を潰せば、それって戦えなくなるってことでしょ?」
湊は小型コカトリスへと警戒の目を注ぎつつ、無線連絡する。
「こちら、コカトリスBを対応。押さえています。コカトリスAの迎撃は」
「任されているさ。あけびさん、守りは俺に。お互いに役目を果たそう」
無線連絡を引き継いだひりょが片手に保持した刀を振るい上げる。
コカトリスが大きく身を引いてその一撃をかわした。
「足を封じることさえできればっ!」
「……それなら、俺が適任かな」
不意に背後から湧いた声にコカトリスが遅い反応を示した時、その踵が鎖に触れていた。
いつの間にか張られていた鎖の罠が、コカトリスの足を払う。
仙也は鎖の先端を手に尋ねていた。
「鶏って言うのは、どうしたら料理しやすいと思う? 俺は生憎、丸焼きくらいしか知らない」
雷撃の剣が手より弾き出され、その足を切り落とそうとする。
仙也の剣はしかし、たくましい脚部より繰り出される足技に翻弄された。倒れたと言っても、本懐は足による正確無比な蹴りにある。仰向けのまま抵抗を続けるコカトリスに仙也は舌打ちする。
「……悪足掻きだな、それに足も速くって厄介だ。――しかし。読み切れないと、誰が言った?」
切り落としたのは足の継ぎ目ではなく、麻痺を発生させる爪の先端であった。正確無比なのは何も相手だけではないのだ。
「厄介な足の爪を落とした。後は蹴りだけだ」
「了解した! 足の腱をもらい受ける!」
ひりょの剣が奔る。コカトリスが片足を伸ばし切り、その剣筋を接近させないように対応した。
「あけびさん!」
「分かった!」
ひりょの背後から跳躍したあけびが印を結び、一直線の炎を発生させる。
焼いたのは顔面であった。コカトリスが炎熱に呻き、足の力が緩む。
「焼き鳥って、やっぱり屋台の定番だよね」
「そして、鳥をさばくのも、料理の下ごしらえの一つだ!」
応じたひりょの剣筋がコカトリスの足の腱を切り裂いた。仰向けのまま、コカトリスが無力化される。
「これって、俗に言う手も足も出ない、でしょうか? 元々、鶏には手はないですけれど」
ユウが上空から肉迫し、鎌を大きく振りかぶった。
その勢いから放たれる一撃はまさに鬼神の如きもの。
コカトリスが今まで自分が踏み締めた地面と同じく、塵芥に混じって血潮を散らせた。
「さて、大型をやった! 後は」
「僕らのターンのようです!」
通信を受け取った湊が氷の触媒をコカトリスに放つ。小型コカトリスは大型ほどのパワーがないもののその分、超加速には慎重なようだ。こちらを侮って加速に入る、という下策はしない。
「でも、普通の速度で避けられるほど、あたいたちも甘っちょろくなくってね!」
チルルの剣がコカトリスの羽毛を引き裂く。血飛沫を散らせたコカトリスはここが潮時と感じたのか、距離を取って姿勢を沈めた。
二度鳴き、超加速を放とうとする。
これは最早、玉砕も覚悟の一撃であろう。
「いいよ。――来い!」
光すら居残すほどの加速。残光が空間を射抜き、風圧が周囲の建築物を嬲る。
その加速の果てにあったのは、真っ直ぐに突き出されたチルルの切っ先であった。
超加速に対して逃げるでも、策を練るでもない。彼女が導き出したのはシンプルな――真正面からの迎撃。
「あたい、考えるのが苦手だからさ。もう、頭っから斬るしかないよね」
コカトリスの頭部を引き裂いた剣が払われる。コカトリスが一声鳴いて、その場に倒れ伏した。
罠も警戒して湊がしばらく見守る。しかし起き上がる気配もない。
「終わった……」
ようやく戦闘の緊張から脱した湊の声に比してチルルが緊張も何もない声を弾かせる。
「お腹すいたー!」
「……真正面から唐竹割り。相当な肝っ玉ですよね」
感心する湊を尻目に、大型コカトリスの対処に回っていた撃退士が合流する。
ひりょが撃退を確認し、全員と目配せした。
「さぁ、本物の春一番を吹かせよう!」
「さぁさ! 春のお祭りを始めるとしますか!」
ひりょが呼び込みをする。祭りは例年以上に豪華に催された。
被害を受けた店舗も少なくない。湊がそのような店舗の掃除に回る。
「僕は冷たい風しか生み出せないけれど……、一人でも多くの人に暖かい笑顔が戻るなら」
チルルが露店を巡り、両手にたこ焼きや串焼きを携えていた。
その手を引くのはあけびである。
「チルルちゃん。ソース、ほっぺに付いてるよ」
ユウは空を飛べる特性を活かしてバルーンを引いていた。空飛ぶ広告塔に町の人々が笑いかける。
「こりゃ、いつも以上に騒がしくなるな!」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいけれど……。でも、皆さん、笑顔で何より」
仙也は客を呼び込むため、紅白衣装に着替え、片手に旗を掲げていた。
「こうしていれば、お客が来るのか? まぁ、俺からしてみれば賑やかしの意味もあるし。とにかく、お客さん方、来てみない?」
目についた人々に旗を持ったまま声をかける。
その時、商店街を一陣の風が吹き抜けた。
正真正銘の、待ち望んでいた春一番だ。
強風に煽られてバルーンが飛んでいく。慌ててユウがそれを掴んで引き止めた。紅白衣装の仙也がたたらを踏む。チルルが吹き抜けた風に目を瞑った。
ひりょが町を抜けていった風の道筋を見やり、サムズアップを寄越す。
「本当の春一番、それにみんなの笑顔! また一つ、守れたな」