「定期的に物を移動するディアボロか。どこからどこへ……。気になるな」
狩野 峰雪(
ja0345)の発した言葉に木嶋 藍(
jb8679)は武装である銃器をもてあそびつつ、応じた。
「そもそも、こんな過疎地で対向車を襲うなんて、何を考えているんでしょう?」
今回の一件は暴走族が襲われなければ端を発しなかった怪奇である。狩野はいくつか可能性を列挙する。
「まぁ、目撃者を確実に消す、っていう一種の反撃……カウンターのための攻撃かな。つまり、攻撃自体が目的じゃなくって、物資の移送の邪魔を誰にも許させないって言う、そういう自動装置」
「気乗りしませんね。そういう、無差別みたいなの」
地形は均等な背丈の家屋が並んでいる団地。道路と言っても道幅がさほどあるわけではない。
「先んじて狙撃手の人たちと話は通しておいた。僕は相手の横っ面を叩く。君は……」
「ミハイルさんと、悠人さんに一端合流して、その上で戦略を決めます。それにしたって、カトブレパスっていうのは競走馬みたいに速いわけじゃないんでしょう? どうしてそんなまどろっこしい輸送を選ぶんでしょうか」
疑問に狩野は肩を竦める。
「その辺は何とも。ただ、相手が人界に害を成す存在であることだけは確かだね」
ため息が漏れた。
ミハイル・エッカート(
jb0544)はそれを目にして尋ねる。
「なに、陰鬱なため息ついているんだ?」
「憂鬱なのよねェ……。こう、近付けない敵に砂ってのは」
答えた黒百合(
ja0422)は先行情報で伝えられていたカトブレパスの攻撃方法を反芻する。
砂嵐に邪眼。真正面から倒せない敵にはちまちまとした攻撃しかできない。
「奴さん、荷物を大切そうに守っているらしい。俺からしてみりゃ、その荷物ってのが一番に怪しいな。……人間じゃなけりゃいいんだが」
「人を詰めて運んでいるって言うんですかァ? それはまた、奇怪ですねェ……」
「最悪のシナリオは、だよ。人間を連れ去る天魔が最近、多いからな」
しかしどのような荷物であれ、天魔の荷物にろくなものがないことだけは確かだ。
加えてそれを守るのが伝説上の生き物を模したものとなると。
「カトブレパス……、俯く単眼の水牛か。足を潰せりゃ、どうにかできるかな」
「威鈴。できるだけ俺の指示に従って、反対側にいる奴を押さえて欲しい」
浪風 悠人(
ja3452)は敵陣の位置関係を洗い出し、最小限の攻撃でその陣形を崩せる戦法を練っていた。
浪風 威鈴(
ja8371)は首をひねる。
「でも……、密集陣形、なんだよね……。一体の足を潰せば、もう一体がそれをカバーする位置につく」
「そうなっても、俺たちがうまく二者を潰せれば、後はミハイルさんの狙撃がつく。黒百合さんのサポートも問題ないだろう。ただ、今回、押さえるべきは荷物の位置だ」
眼鏡のブリッジを上げて荷物が相手のどの位置関係にあるのかを把握した。
「三角の陣取りの中央。つまり、相手の密集陣形を崩した先にある。俺は、できるだけ陣形崩しにかかる。威鈴もその補足についてくれ。ただどのくらい密集陣形が有効なのかを示すのには……」
「砂嵐、というわけねェ……。嫌になるわァ」
作戦を途中から聞いていた黒百合はまたしても憂鬱そうにした。悠人も狙撃班に気を配るとすれば砂嵐による悪状況の視界であると感じていた。
「僕が側面から行く。もしもの時のために追跡用の車やらの手配はしておいた」
狩野の言葉に藍が追従する。
「私は、潜行、奇襲で一気に畳み掛ける。うまく行くかは分からないけれど、陣形は崩せると思う」
「荷物か。問題なのは」
ミハイルが懸念しているのはもし中身が人間であった場合、迅速な判断が迫られるということだ。
「最悪、小鬼共が荷物を持ち出すかもしれない。足を潰しても油断しないよう」
そう結んで悠人を含む撃退士たちは首肯した。
敵へと攻め込む準備を。
カトブレパスの足並みは一定で、騎乗するゴブリンは何事かを早口で呟きつつ、そりを引いていた。
単眼の水牛は俯いたまま、道路を行く。
一定のリズムに突如として水を差すように、弾丸が襲来した。
三角陣のうち、右側面のカトブレパスの足並みが乱れる。後ろ足を叩いた弾丸にゴブリンがその気性を宥めた。
視線を巡らせたゴブリンの視界に大写しになったのはスーツ姿の狩野である。
闇の拳が地表から浮かび上がり、一体のカトブレパスを拘束した。
ゴブリンが鞭で叩きカトブレパスの脚力に火を灯そうとする。面を上げようとしたカトブレパスの首筋を狙い澄ましたのは、別方向からの狙撃であった。
「的確だね、黒百合さん」
翼を用いて飛翔した黒百合がその狙撃対象に入れたのは狩野が足止めした一体だ。
「まずは、一体ずつ。慎重に仕留めさせてもらうわァ」
スコープの中にカトブレパスの俯いた頭部が入る。ヘッドショットを狙った一撃が火を噴き、その狙い通り、カトブレパスの頭部が傾いだ。脳震とうくらいは狙えたかもしれない。貫通した、手応えはない。
「思っていたより堅いのねェ」
次いで視線を注いだのは三角陣が守っている荷物だ。荷物を守るべく、左側面に回っていたカトブレパスとゴブリンがこちらの射線を遮った。
「それほどまでに、大事なのかしら。でも、その射程は、私じゃないわよ」
火線が開き、別方向からの狙撃がカトブレパスの腹部を叩き据えた。
「悪いわね。こっちも嘗めてかかっているわけじゃないし」
思っていたほど陣形の統率は低い。
ミハイルの下した判断はそれであった。
ゴブリンが指示を出している様子だが、あまり有効とも思えない。そもそも、中央に陣取っているそりで引かれた荷物。今一度、スコープ越しに確認してみるが通気口もない。
「人間が入っているんじゃ、ないのか……?」
しかし油断は禁物であった。後方の守りを固めようとするカトブレパスへと再度、引き金を引く。
命中した弾丸はしかし、カトブレパスの表皮を裂いただけだ。致命傷ではない。
「思っていたより堅いな。しかし、チームプレイって奴じゃない。前が手薄だぜ、俯く水牛と小鬼よぉ」
突如として裂いた射撃攻撃に、前を行こうとしていたカトブレパスが蹄を打ち鳴らした。
猪突しようとして、その前方を防がれた形に、ゴブリン共々、苦々しいのだろう。慄いたのかカトブレパスが低い呻り声を発した。
悠人は前方を行くカトブレパスとゴブリンに集中火線を浴びせるよう、威鈴と事前に取り交わしておいた。
ミハイルが抑えている個体と黒百合が抑えている個体は順調に足並みが崩れている。
前を行く個体の足が潰せれば荷物の輸送自体を止めることができるだろう。
「……しかし、あの木箱。ミハイルさんが心配していた、人間の輸送、って感じじゃなさそうだ。何を運んでいるんだ、一体」
湧いた疑問に水を差すように、前方のカトブレパスが遠吠えをした。瞬間、カトブレパスの周囲が粗い砂流で取り囲まれていく。
「砂嵐です! 総員、対カトブレパス用装備に切り替え!」
放った声に、威鈴がゴーグルをつけたのが視界に入った。
悠人もゴーグルを装備し、砂嵐の中、のっそりと歩み出す前方のカトブレパスを目にした。
「言っておくが、そっちにはもう」
「私がいるんだから!」
ライダーゴーグルを装備した藍が突き上げるように拳銃をカトブレパスの顎へと直撃させる。
仰け反ったカトブレパスがゴブリンと共に後ずさろうとした。藍は追撃の火線を開く。
「言っておくけれど、逃がさない」
相手からしてみれば突如として出現したように映っただろう。ここまでの潜行に成功したのは全員の力添えがあったからに他ならない。
砂嵐が意思を持ったように蠢き、藍へと砂の刃が襲い来る。
ステップを踏んで後退しつつ、銃撃を緩めなかった。
カトブレパスが間断のない攻撃に晒され、騎乗するゴブリンが何やらを喚く。
「撤退なんて、させない」
懐に潜り込んだ藍が踵を返しかけているカトブレパス三体へと、同時射撃を放った。
俯いていたカトブレパスが面を上げようとする。邪視だ。
あまりにも深追いし過ぎた藍は逃げることを前提に考えていない。
「――ちょっとばかし、軽率が過ぎるよ。木嶋さん」
割って入った狩野が暴風のような攻撃を浴びせかけた。全カトブレパスが身体を煽られて邪眼の方向があちらこちらに分散する。
ミハイルの再三の狙撃がカトブレパスの退路を塞いだ。全隊が逃げ場を失い、たたらを踏んだ一瞬の隙。
黒百合の狙撃、悠人、威鈴の狙撃が二体のカトブレパスの腹腔に突き刺さった。
何度も攻撃していたお陰か、カトブレパスがようやく足を止め、膝をつく。ゴブリンが鞭をしならせてカトブレパスに檄を飛ばそうとした。
「駄目だねぇ、もう動けないんじゃ、どうしようもない」
狩野が砂嵐の結界内へと飛び込み、視界に入ったゴブリンと交戦に入った。しかし、勝負になるまでもない。
棍棒を振るったゴブリンの頭部を、狩野は狙い澄まして砕いた。
「防御は脆弱だ! 攻め込める!」
しかし、そのためには砂嵐の結界内へと飛び込む覚悟が必要だ。
藍はライダーゴーグルをしっかりとかけ直し、思い切って踏み出した。
「だって、砂が目に入るとめちゃくちゃ痛いんだもの……!」
飛び込んだ砂嵐の内部はほとんど台風の目であった。砂嵐はどうやら内側の守りには弱いらしい。
ゴブリン残り二体が棍棒を片手にこちらとの戦闘姿勢に入った。
カトブレパス二体も立ち上がる気力が凪いだだけでまだ邪眼は有効であった。首を持ち上げようとするカトブレパスへと、中天から放たれた弾丸が頭蓋を砕く。
「ようやく、追いついたわァ」
黒百合が砂嵐の無風地帯へと突入している。直上ならば砂嵐の特殊視界に晒されないと踏んでの行動だろう。
足音が弾け、悠人と威鈴が状況把握にこちらへと駆け出していた。
「威鈴、接近戦には持ち込まず、この距離を維持。俺が入る」
「了解」
威鈴がスナイパーライフルを保持し、射撃する。砂嵐の中では照準が僅かに逸れる。カトブレパスの頭部を狙ったはずの一射は、その首筋を掠めるに終わった。
「終わらせやしないさ。威鈴の作ってくれた隙だ」
飛び込んだ悠人が掲げたのは太陽の剣だ。ガラティンが白く輝き、宵闇を引き裂く。
威鈴の狙撃は無駄ではない。砂嵐の一部位を一瞬だけ弱めた。同じ風圧の場所ならば、剣先が徹る。
突いた悠人の剣が砂嵐を破り、内側へと飛び込んだ。
行動可能なカトブレパスは一体。その一体を逃すまいと、剣が奔る。
雄叫びと共に発した一閃がカトブレパスの後ろ足を吹き飛ばした。
「足を潰した!」
しかしその背後にはまだ鎌首をもたげようとするカトブレパスが。
悠人の剣先では間に合わない。
「何のために、ミハイルさんが殿を預かってくれていると思っている?」
裂いた弾速がカトブレパスの頭蓋を叩いた。ぐらりと揺れたカトブレパスの側頭部へと、藍の拳銃がゼロ距離で迫る。
「これで、一死!」
貫通した銃撃がカトブレパスを完全に沈黙させた。ゴブリンがカトブレパスから降りて木箱へと移動する。
そりを引く役目のカトブレパスも動けない今、ゴブリンがせっせと木箱の回収を行っていた。
「逃がすか!」
悠人が剣を振るおうとすると、棍棒を握り締めたゴブリンが跳躍して迫る。
仕方なく前方のゴブリンへと銀閃を叩き込んだ。
その間にも木箱を持ったゴブリンが逃げおおせようとする。
「悪いね。こっちも引き受けている」
狩野が追いすがり、地面を捲り上がらせてゴブリンの足場を崩した。よろめいたゴブリンが木箱を取り落とす。
手を伸ばしたゴブリンへと照準したのは黒百合である。
的確な狙撃が手首を弾き飛ばした。
「これで……」
倒し切った、と誰もが確信する。しかし、その思考に冷水を浴びせかけるようにカトブレパスが遠吠えした。
後ろ足を潰したカトブレパスが振り返って、全員を邪眼の虜にしようとする。
その首を射たのは砂嵐の外側から狙いをつけている威鈴であった。あえて砂嵐の中に入らない彼女は邪眼を阻止することができる。
逸れた邪眼が道路脇にあるカーブミラーに命中し、カトブレパスの身体が麻痺と石化に晒されていく。
「首はもらった!」
飛び込んだ藍がカトブレパスの首の付け根へと銃口を押し当てた瞬間、爆雷が貫いた。
首を落とされたカトブレパスが沈黙する中、ゴブリンが悪足掻きの棍棒を振るい上げようとする。
その頭部を貫通したのはミハイルの銃撃であった。
砂嵐の止んだ視界の中、接近した彼は背後からゴブリンにとどめを刺す。
藍は戦闘の終わりに青ざめていた。狩野がそれを窺う。
「気分でも……」
「ああ、大丈夫です。いつも、戦いが終わるといつもこうなんです。少し頭が痛くなっちゃうだけですから……」
「さて、木箱だが」
即座に歩み寄り、ミハイルは木箱を窺う。
「自爆の恐れは……」
慎重に制そうとした悠人に、ミハイルは首を横に振る。
「心臓の脈動も、ましてや機械の音も聞こえない。人間じゃなさそうだな。一度、開けてみるか」
木箱を開くと、中に入っていたのは禍々しい赤と黒の武器であった。
形状は折り畳みのできる鎌に近い。それが三本、入っていた。
「鎌?」
「武器、か……。何だって、こんなもの」
入っていたのは鎌だけではない。何やらの署名が成された資料が同封されている。
触れるのは得策ではないだろう。
「久遠ヶ原にこのまま送るか」
その見解で一致した。
全員が明けかけた東の空を眺める。
黎明の光が、燻る炎のように、この一件がただの偶然ではないことを物語っているようだった。