「雪って言うと、馴染みがあるようでないですね」
仁良井 叶伊(
ja0618)の放った言葉に雫(
ja1894)が小首を傾げた。
しんしんと降り積もる雪を目にしての発言だったのだろう。雫からしてみても、雪にあまり馴染みはない。
「降り積もりますねぇ」
「会場全体の俯瞰図を手に入れてきました。まずはこの辺りから」
示されたのは雪祭り会場の配置図であった。最奥にハート型が配置されており、入り口付近にミロのヴィーナスに地蔵型、今回最も大きいと言う雪だるま、鬼の首に、サンタクロースだ。
「ディアボロのタイプは寄生型。正直、人に寄生するタイプじゃなくってよかったです」
「それは私も思っていたところです。それに、こいつは雪山とかに逃がしてはいけない。街中での戦闘は、ある意味では僥倖でしたね」
夜間に作戦行動が開始されるため、雫はナイトヴィジョンを首から提げていた。
叶伊は観察深く、記された雪像の脅威度を分析している。
「我々が一番のようですが、他の方々にもきっちり作戦を頭に入れてもらいましょう」
降り続く雪が肩に止まったので、雫はふっと息を吹きかけた。白い吐息が、景色に消えていった。
「なぁ、聞きたいんだけどな」
降り続く雪にも負けず、バスや往来の人々は多い。
それらを眺めつつ、向坂 玲治(
ja6214)は尋ねていた。隣を歩く長田・E・勇太(
jb9116)は眉を上げる。
「何ですか?」
「向こうさんでも、雪だるまって作るのか?」
勇太は今までの経験から思い返していた。
「作りますけれど、ミーの感じだと日本ほど凝ったものは。あんまり雪の降らない国なのに不思議ですね。どうしてだか日本人は凝ったものを作りたがる」
「それが今回、裏目に出ちまったわけだが」
予め作戦概要をメールで確認しておいた。当然、雪像の配置に関しても、である。
「Oh……、芸術作品もありますね。壊すのはもったいない。それに、Holy shit.It‘s not a joke ……Nante combat in the snow」
「ん? 何だって?」
「こんな悪条件での戦いなんて、冗談じゃない、って言ったんです」
「ああ、そいつは同感。雪積もりそーだもんな。ディアボロが寄生先を作るのにはもっていこいだが、俺たちは単純に寒いし、しんどい」
玲治が眉根を寄せていると、手袋をつけた手に雪玉を握り締めている小学生の一団が目に入った。
各々、雪玉を投げつけて遊んでいる。
「雪玉程度ならなぁ? まだ痛くも痒くもないんだが」
「せめて、子供たちが平和に雪合戦を楽しめるように、尽力しましょう」
「真冬なのにホラーか。雪だるまが動くとか」
ぼやいたゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の傍にいた葛城 巴(
jc1251)は渋い声を出す。
「というか、これは相手もまた面倒な躯体を選んだものですね。雪だるま、ですか」
「さっさと片付けて、熱燗でも行きたいところやなぁ」
くいっと手首をひねると巴も同調した。
「ですね。少なくとも暖房のあるところには行きたいです」
「分かってるやん。でもま、まずはお仕事、お仕事ってな」
叶伊より送られてきた作戦概要の通りに動くことが決まっていた。ゼロは目下のところ機動力を殺ぐことに意識を注ぐ。
「私の攻撃がどのくらい通るかはやってみないと分かりませんが、雪ですからね。熱には弱いはずです」
「会場用の投光機とイルミネーションの使用も視野に入れているみたいやし、少なくとも真冬のホラー合戦、というわけにはならなそうやん?」
行きますか、とゼロが腰を上げる。巴もその後に続いた。
しん、と静まり返っている。
降り積もる雪に光が当てられ、暗闇に一点の墨のように光が差し込んだ。
玲治は片手にポリタンクを手にしていた。会場内に入るなり、中身をぶちまける。
「さてと、ちともったいないが、暖を取るとしよう。それとどのくらい硬いのか。まずは小手調べと行こうぜ」
彼の取り出したのはマッチであった。着火して手放した瞬間、ポリタンクに入っていた油に引火し、一気に燃え盛る。
延焼の危険性はない、ということは既に叶伊の周辺への聞き込みと調査で確認済みだ。
燃える景色に雪化粧の雪像が映える。
さて、どこからか、と視線を巡らせていた瞬間、視界の隅で何かが跳ね上がった。
地蔵型の雪像だ。
六体の中では一番に小さいためか、その動きは迅速であった。
跳躍からの突進。直情的だが、自分一人を狙うならば、これ以上とない奇襲。
「でも、俺、一人じゃないもんで」
剣を手にした雫が特攻してきた地蔵へと切り払い攻撃を放つ。
地蔵の頭部が剣閃に弾け飛んだ。
「これくらいがちょうどいい気温な感じがしますね」
皮肉を吐きつつ、雫は玲治と背中合わせになる。
「だな。で、この地蔵がすぐに敵の迎撃、とは行かないらしい」
倒れ伏した地蔵から雪原を這い進み、骨格型ディアボロが次の目標を選ぼうとしていた。
「おっと、選り好みはさせねぇ。捕まえてやんよ!」
放った闇の拳が骨格型ディアボロを掴み取ろうとする。その時には既にミロのヴィーナスへと入り込まれていた。
「リビングスノースタチューってか? まぁ、とりあえず落ち着け」
動けないミロのヴィーナスへと、スターライトハーツを手元で回転させながら玲治が歩み寄ろうとする。
その瞬間、ミロのヴィーナスの頭部が変形した。正確に言えば、髪の毛に当たる精緻な部分が一つ一つ、意思を持ったように刺々しくなった。
「やっべ……!」
油断していた玲治へと髪の棘が襲いかかる。
それを制したのは叶伊だった。電撃の剣で薙ぎ払う。
「変幻自在……、どこまでも雪の特性を理解しての行動か。ですが、好きにさせるのもここまでです!」
雷撃の剣の切っ先を向けてミロのヴィーナスへと叶伊が突っ込む。髪の包囲陣が茨のようにその道を阻んだ。
「何の、これしき!」
払い上げた一撃で髪の茨が解けるも、動くのは髪だけではなかった。闇の手が掴んでいるのはミロのヴィーナスの胴体部。下部の貝殻が瞬時に離脱し、特攻を仕掛けてきた。
その攻撃には叶伊も瞠目する。
「雪像の、分離?」
視界いっぱいに広がった貝殻が大口を開けて食いかかろうとする。
「させへんで! 滅ビノ嵐ヨ、全テヲ、朽チ、果テサセヨ」
黒翼を広げたゼロが口上を発する。貝殻の直下の地面から嵐が巻き起こり、雪と砂利を舞い上げて炎熱と凍結が際限なく襲う。
「せっかくの作品さらえてもらうんも悲しい気もするけれど……、まぁしゃーないか」
貝殻が中空へと巻き上げられた。ゼロが追撃の一撃を見舞おうとするが、空中で骨格型は別の雪像へと憑依の矛先を向けた。
貝殻の強化が解け、ゼロは雪をおっ被ることになった。
「ぺっ! ぺっ! 何や、奴がいなくなるとすぐ溶けるんかい!」
次なる目標は最も大きい雪だるまであった。入り込むなり、地鳴りを起こしつつ雪だるまが持ち上がっていく。
ずん、と腹の底に響く重低音の足音が木霊する。
「でかい、な……」
「それでもやるしか――」
「Hey snowman.At first,how about by a blitz?」
流暢な英語が放たれたかと思うと勇太がフェンリルを召喚した。
雪だるまの背後に回ったフェンリルが電撃を見舞う。神経伝達の阻害された雪だるまの動きが鈍った。
好機だと判断したゼロが背後から火炎の砲弾を放つ。雪だるまの腕や足を狙った攻撃であった。
「パッカーン、いくんは背中なんやろ? なら俺は、裏からいかせてもらうで!」
火炎の砲弾が雪の表皮を溶かしていく。雪だるまはこのままでは埒が明かないと思ったのか、なんと自ら倒れ伏した。
押し潰されかけて、前から攻撃を仕掛けていた三人は飛び退く。
「特攻?」
「いいや、こいつは……」
ゼロが声を濁したのは、巻き上がった雪による一時的な煙幕の効果だ。
それを利用して、骨格型はまたしても自分の肉体を換えた。
今度動き出したのは、鬼の首である。
鬼の首が跳ね上がったと思うと、ゼロへと食いかかった。
「飯にはさせん!」
翼を翻したゼロが避けるが、鬼の首の真の目的はゼロへと追撃ではなかったようだ。
叶伊が瞬時に判断する。
「鬼の首は、牽制……。真打が来ますよ!」
鬼の首の目指すところはサンタクロース像への道標であった。じりじりと目指しているところへ、影が割って入る。
「言っておきますけれど、通すつもりはないんです」
巴が手にした黒い鉄条網を広げて鬼の首を絡め取った。網にかけられた鬼の首が動きを鈍らせる。
「チャンス! です!」
「一気に肉迫する!」
剣を掲げた雫と電気の剣を振り上げた叶伊が猪突する。
鬼の首を雫の剣が吹き飛ばし、叶伊の振り上げた剣が骨格型の足を切り裂いた。
「これで逃げは封じた! サンタクロースに入る前に、倒す!」
玲治がトンファーをぶん回して骨格型の脊髄へと直撃を食らわせた。その衝撃で骨格型がたわみ、宙に投げ出される。
勇太の構えたアサルトライフルの弾丸が骨格型の表層を叩いた。
「ゲームは終いにしようじゃありませんか」
しかし、骨格型は諦めていなかった。むしろ、全ての撃退士の攻撃を受けた上で、軌道を計算していたようだった。
その身体が食い込んだのは、他でもない、サンタクロース像であった。
「こいつ……! 俺らの攻撃の軌道を読み切ってあえて受けたな!」
サンタクロース像へとずぶずぶと骨格型は潜入し、次の瞬間、サンタクロースが震えた。朗らかに笑うサンタクロースの顔とは裏腹に、その手にした袋を振り回す膂力は並みではない。
「サンダーボルトで動きを鈍らせる!」
勇太の声に応じたフェンリルが雷撃を見舞うが、サンタクロースは手にした袋をまるで槌のように使って全員の足場を震わせた。
つんのめった雫に狙いを定めたサンタクロースが足を上げる。踏み潰そうと言うのだ。
「させない!」
巴が立ちはだかり、炎の術式を練り上げる。溶解したサンタクロースの足は冷たい水となって二人に降り注いだ。
姿勢を崩したサンタクロースがたたらを踏む。その横っ面へと、ゼロの放った火炎の砲弾が食い込んだ。
「悪いな、冬の風物詩。笑い顔崩れるけれど、勘弁やで」
ぐずぐずに溶けたサンタクロースがブリキ人形にようにぎこちなく、首を巡らせようとする。
跳躍した叶伊がサンダーブレードを振るい上げた。
「ゼロ距離で叩き込みます!」
突き刺した電撃の剣を足がかりにして、もう片方の手を開く。炎の槍が顕現し、首筋へを貫いた。
頭部を崩されたサンタクロースが残った口腔を開く。
ハッとして、叶伊が離脱した。
雪の高速散弾が中空を射抜く。それに乗じて、首から出てきた骨格型が最後の雪像へと入り込んだ。
ハート型の雪像がびくりと震え、周囲の雪原を共鳴させて振動攻撃を放つ。
「心臓だけに、振動ってか? 笑えんぞ! さ、そろそろかくれんぼは終わりにしよか!」
ゼロが銃撃を放つ。会場全体を震わせる鼓動に、勇太が口笛を吹いた。
「なかなかのハートビートだけれど、上っ面だネ。本当に心臓だって言うんなら、電気マッサージが必要かナ!」
フェンリルの電撃がハート型に突き刺さる。
玲治がトンファーを振り回し、ハート型へと間断のない攻撃を与える。
「鳴らすなら、このぐらい鳴らせよ! 偽物!」
最後に蹴りも与えて飛び退った。雫と叶伊が跳躍して突き上げる。
「動くと言っても残りは心臓だけ。剥き出しの心臓に、防御の当てはない!」
「右に同じく! 射抜かせてもらいます!」
炎の槍が内部を射抜く。ハート型の雪像からディアボロの骨格だけが抉り出された。
それを待っていたとでも言うように巴が巨大なハサミを振るい上げた。
「雪像より、仏像のほうが強いんです。中から出てきたカルシウム不足の骨は、ちょん切ってしまいましょう」
ハサミの一撃が骨格型にとどめを与えた。上半身と下半身が生き別れになった骨格型が雪原に落下し、そのまま鉄錆びのようになって消滅していく。
「やりましたが……、やり過ぎたほどですかね……」
巴が周囲の惨状を目にして呟く。
炎、雷、なんでも使ったせいで雪像も、あるいは原材料の雪もほとんど溶けていた。
「せめて、代わりの雪像でも作っておきましょう」
「この調子で雪が降ればギリギリ間に合うでしょうし、やりましょうか。何もないでは寂しいですからね」
「もうちょっと、右にバランスつけたほうがいいんじゃないですか?」
雫の声に、ゼロは首を傾げる。
「そうか? 俺としちゃ、理想的な配置なんやけれど……。というか、そっちこそ何や? それ」
「雪だるまですが」
雫の作った雪だるまはどこか丸みが足りない。どうしてだか、背びれがついている。
「もうちょっと芸術性を持たせないとネ。こうやって……」
勇太はわざわざコンクリートを補強するために使う道具を用いて精緻な雪細工を構築していた。
「難しいですね。こう、ですか?」
叶伊は犬の雪像を作っていた。
玲治は、というと初手で燃やしてしまった雪を掻き集めて、できるだけ手伝いに回っている。
「ま、力仕事は男のものだからな」
シャベルを手に雪を掻き集める。
「皆さーん! 鯛焼き買って来ましたー!」
巴の買ってきた鯛焼きに、全員がありつく。
「うまっ。寒い中での鯛焼きは格別やな」
「はい、玲治さん。半分ずつになっちゃいますけれど、よかったらどうぞ」
巴の笑顔と共に受け取った玲治は作業を中断し、鯛焼きにかぶりつく。
夜明けの頃には、ゼロは退散していた。
「ほな、俺は帰って熱燗でもあたりながら、一眠りさせてもらうわ。あとはよろしゅうな」
メンバーが思い思いの雪像を作り終え、会場を後にする。
後日、雪祭り会場に赴いたのは玲治と巴だった。
「賑わってるなぁ」
「あっ、あれ!」
巴の指差した方向にはしっかりと復元された雪像たちがある。
「戦った雪像も、こうして見ると暖かいよな。寒いのに暖かいってなんか矛盾してるけれど」
「また買ってきちゃいました」
巴の手には鯛焼きがある。玲治はかぶりついて感想を述べた。
「うん、うまい。寒い中で食うあったかいもんは、格別だな」