「あー、浮いているじゃないですか。だって言うのに、世の有識者や専門家はこれをトリックだって断じたんですか? 被害を増やす一因になったって自覚はないんでしょうか、まったく」
ぷんぷんと怒りを振り撒きながらRehni Nam(
ja5283)は手でひさしを作る。今も宙に浮いている円盤型は何の気も知らないように陽光を受けて照り輝いていた。
見た目からしてみれば何らかの合金、あるいは鋼の類だろう。
しかし妙に嘘っぽいのは実感できる。張りぼてのショーのように見えるのは納得であった。
「宇宙人との邂逅、だったらロマンがあったんだがな」
呟いたのは薄氷 帝(
jc1947)である。同じように浮かんでいる円盤を眺めてから、周囲へと視線を走らせた。
「ここが、今回の戦場か」
「ええ、既に生徒や教員などには避難命令を出していますし、村人達にもここには近づいてくれるな、と厳命を」
「根回しの早いことだ」
レフニーが選んだのは中学校のグラウンドである。村の東方に位置し、円盤型の周回コースに入っている。
「ウスライさんには囮になってもらいますが、よろしいですか?」
「よろしいも何も、俺は俺の任務を遂行するまでだ。個人が役目を果たしてこそ、団体行動の意味がある」
「おお、ついに宇宙戦争が始まるのか……」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は視界に入った円盤型を見るなりそう呟いた。同時に現場入りしていた仄(
jb4785)は空を指差して口にする。
「円盤、って、いうのが、何だか、妙、だね」
「妙、とはどういうことや」
「何故、わざわざ、円盤の、形状を、取るのか。本物、だったのなら、面白かった、のに、ね」
「おう、それには同意やな。本物の宇宙生物だったら充分な町興しになるで」
ゼロは予め撮影されていた写真を懐から取り出す。数枚の写真は円盤型をしっかりと撮影しているものの、円盤型の形状がレトロなせいで偽物臭さが際立っている。
これも有識者がトリックだと判断した材料なのだろう。
「皮肉なもんやなぁ。バッチリ本物がおるっつうのに、誰も信じん」
いや、案外にそういうものなのかもしれない。
本物を見た人間の反応というものは、存外に理性的なものなのだ。
「本物の宇宙人相手だったなら面白さ十倍だったのになぁ」
ぼやく天王寺千里(
jc0392)は紫煙をくゆらせていた。視界に入る円盤型はどこか嘘くさい。その嘘くささの理由を自分の中で探していると、不意に缶コーヒーが差し出された。
「朝も早かっただろうから。そこの自販機で買ってきた」
土古井 正一(
jc0586)が気さくな笑みを浮かべて缶を突き出す。作戦決行が昼間なものだから今朝は早めに起きたのだ。千里は素直に受け取った。
「……ども」
「UFO、ね……。昔はそういうのがやたらと流行った時代があったものだよ」
「土古井さんの時代には流行ったんすか?」
「みんな、二十一世紀になると銀色の服を着て、それでいつでも宇宙旅行できるって言う風になるっていう未来予想図があってね。車は宙に浮き、たくさんの前衛的な建物が居並ぶだろうと、誰もが予想していた」
「でも、実際はこんな消滅危険都市があって、車も宙に浮かないわけなんすよね」
煙い息を吐き出すと正一は缶コーヒーを呷った。
「その一方で、あんな円盤が浮いてしまうわけなのがね。世の中分からない」
「中に入っているんすかね、宇宙人」
「どうだろうねぇ? ディアボロだって久遠ヶ原が判断したんなら、やっぱりディアボロなんだろうけれど」
夢もないものだ、と千里は少しばかり落胆する。だが、あれがディアボロならば叩き潰す。それだけは確固としてあった。
「もし宇宙人がいるんなら、あれっすよ。あの有名な、ほら、二人の男の間に挟まって捕らえられているあれ、やりたいっすね」
「ああ、あれね。私もお土産に何か持って帰りたいな」
正一は携帯を取り出して写真を撮る。千里は煙草を足で踏み消してプルタブを開けた。
「やめたほうがいいんじゃないすか? 偽物臭いっすよ、あれ」
「でも、浮いているのは事実じゃないか」
「いや、そうっすけれど。なんか、見れば見るほど嘘くさい、って言うか」
実際に浮いているのに妙なものだ。あの円盤だけ景色から切り取られたように映る。
「そういう点では昔の特撮ってものはよくできていたものだ」
「はぁ……」
特撮を見ないので生返事しかできないが、千里は円盤型を倒すべき対象として認識した。
円盤型が中学校の付近を通過する。
地面からの浮遊はたったの五メートル。
浮いている、というよりも何かに吊らされているようにさえ思える。
帝はその進行方向に立ち塞がった。円盤型が動きを止める。
「おい、そこの円盤。言葉が分かるのなら俺を乗せろ」
円盤型は相対すると中に何かが乗っているとは思えないほどの小型である。反応しない円盤型に、帝は弓を取り出した。
「反応しない、ということは、攻撃してもいい、ということだな?」
弓を番えた瞬間、円盤型の各部が展開し、触手が一挙に押し寄せた。粘液が噴き出される。構えを取った帝に攻撃が命中するかに思われたが、その粘液が弾かれる。
飛び出してきたレフニーが片手を開いた。
「聖なる刻印。お得意の麻痺戦術は封じさせてもらいます」
それでも円盤型の触手は諦めずにのたうち、下段から帝を突き刺そうとする。その攻撃はしかし、帝に命中する間際で霧散する。
「若いからってあんまり無茶するんじゃないぞー」
校舎の陰から出てきた正一が声にする。予めかけておいたアウルの鎧が発動し、円盤型の攻撃を凌いだのだ。
だが、何度も当たるに任せるほどその鎧は堅牢ではない。
円盤型が本格的に帝を狙って上下左右から触手を放出する。帝は弓を一射してから背中を向けて駆け出した。
弓の攻撃は円盤型の表皮を掠めただけだ。
「遠距離攻撃はあまり意味がない、か」
触手が帝の駆け抜けた地面を抉り込む。円盤型が回転を加え、帝へと肉迫しようとした、その瞬間だった。
「――おいおい。あんまり一人を追い詰めるものじゃないやろ」
中学校の屋上から飛び立ったのは二つの影だ。ゼロが黒い翼を顕現させ、円盤型の背後を取る。巨大な鎌を後ろに引き、ゼロは思い切り円盤型を打ち据えた。
しかし、円盤型の装甲が一撃では破れない。
「かった! これが宇宙の謎金属か!」
だが一面だけで円盤型を捉えようというのではない。反対側から回り込んできた千里がクロスボウを乱射する。惑った円盤型が攻撃対象を絞り切れない間断を縫って、ゼロが切り込んだ。
「悪いな。その触手、邪魔やで!」
一本、また一本と触手を切り裂いてゆく。円盤型へと再度肉迫しようとしたが、急回転が加えられたかと思うと、円盤型は宙へと躍り上がりつつ、体液を撒き散らした。
「うおっ! 緑色の血かいな!」
「ますます嘘くせぇ、なっ!」
接近してトルネードランスに持ち替えた千里は貫こうとしたが、円盤の回転速度が急激に上がり、粘液も手伝ってその軌道を読み切れなかった。
「縦回転……」
「こりゃ、UFOちゃうで」
縦回転で躍り上がった円盤型が戦闘宙域を離脱しようとする。
その時、校舎の屋上にいる人影が手を払った。
「縦、に、回転、するんなら、もう、UFO、じゃない、よね」
仄の放った業火の塊が円盤型を焼き尽くす。すると甲高い鳴き声と共に円盤型の表皮が反転した。
「コア露出!」
ゼロの報に千里が直上に飛翔してランスを持つ手に力を込める。
「一気に目標をひねり潰す!」
しかし円盤型は触手を回転と同時に薙ぎ払わせ、千里のトルネードランスの一撃をいなした。千里はもう片方の手でクロスボウを番える。
「中身を見せてもらうぜ、UFOちゃん」
コアへと狙いを定めた攻撃だったが、円盤型はそのまま落下した。その行動には誰もが目を瞠る。
「自ら墜落を……?」
「好機やろ!」
ゼロの追撃の大鎌が円盤型を狙って放たれようとした。触手を切り裂き、その肉を断とうとしたが――。
円盤型は地面に落ちた瞬間、触手や身体全体を使って砂を巻き上げた。
即席の砂嵐。接近し過ぎていたゼロはもろに食らうはめになってしまった。一瞬だけ閉ざされたに過ぎないといってもその一瞬だけでも討伐の好機が過ぎ去る。
再び浮き上がった円盤型が装甲を仕舞い込もうとする。また、元の形状に戻ろうとするのを全員が阻止するために駆けた。
「させない! ここでっ!」
「落とさせてもらう、よっ。そーれ、次はこうだ!」
レフニーの放った光り輝く鎖が円盤型を絡め取り、正一の放った彗星の一撃がそれに拍車をかけた。
墜落する円盤型へと千里がトルネードランスを突き出す。
「何度も避けてくれちゃって、こっちはストレス溜まんだよ!」
薙ぎ払われたトルネードランスの一撃はまさしく暴風であった。触手が断ち切られ、塵芥と化す。
「コアを焼き落とす! 滅ビノ嵐ヨ、全テヲ、朽チ、果テサセヨ」
ゼロの紡いだ詠唱が灼熱の勢いを伴い、鎌を振るい上げたゼロそのものが一つの太陽のように照り輝いた。
打ち下ろされた一撃がコアへと叩き込まれる。だが、円盤型は触手をまるで茨のようにコアの周りに展開させて直撃を防いでいた。触手は丸焼きになったもののまだ残っている。
「しぶといですね! でも、これで!」
レフニーが日本刀を打突の構えとする。瞬間、アウルの光が逆巻き、巨大な包丁の像を作り出した。
「包丁――、一閃!」
斬、と円盤型へと一閃が刻み込まれる。グラウンドを抉り、地面に一筋の爪痕を刻み込んだ。
円盤型のコアに亀裂が入っている。あと一撃なのは全員に伝わった。
「あたしがやってやる!」
千里がランスで叩きのめす。円盤型は回転でその攻撃をいなしつつ、浮上しようとしていた。しかし、まだレフニーの鎖は有効である。飛びたくても飛べない円盤型が無残にグラウンドを跳ね回る。必死の抵抗のつもりか体液を噴出してゼロや千里から距離を取ろうとしていた。
「悪足掻きを……!」
しかし戦いが長期化すればそれだけ消耗も激しくなる。円盤型の足掻きにあと一撃が欲しい。
「――悪足掻きは、みっともないぞ」
その声の主は屋上から跳躍した。いつの間に校舎に入っていたのか、飛び立った帝が直下の円盤型に狙いを定める。弓を引いて矢をコアへと数本突き刺し、背中に弓を回して片手を開いた。
掌に電磁の魔力が充填されてゆき、次の瞬間、雷撃の剣が出現する。
「墜落するのは、UFOなら慣れっこだろう?」
雷撃の剣がコアへと深々と突き刺さった。
その瞬間、コアが膨れ上がり、周囲へと緑色の体液を撒き散らす。
膨張したコアは形状を崩壊させていた。
花弁の様相を呈していた円盤型が黒く朽ち果ててゆく。
帝は、といえば、正一の咄嗟のフォローで体液の直撃は受けずに済んだ。
「まったく、若いということに任せて無茶をするようではいけない」
ゼロと千里が舞い降り、レフニーが円盤型の殲滅を確認して声にする。
「情況終了、です!」
千里が円盤型の死骸を目にして舌打ちする。
「んだよ、宇宙人も焼きそばも入っていないじゃねぇか。まぁいいや、腹も減ったし」
飯を食いに行く奴、と千里が誘うと仄と帝が手を上げた。
「しかし、これが、UFO、の正体、見たり、となる、のか。外宇宙、の、使者、が、来る、のは、まだ、捨て切れん、な」
「どちらにせよ、UFOってものは墜ちるから、ロマンがあるんだろう? 手に入りそうで入らないもどかしさにこそ、意義がある」
仄と帝がそれぞれのUFO観を言い合う。
「私は後始末があるので」
レフニーも空腹ではあったが、まずはこの中学校を貸し切ってくれた教育機関への報告だ。
「では私は帰ろうかな。しかし、今回は物事の実態をきっちり把握しなかった、人災でもあるのだろう。このことが、次に繋がればいいね」
正一はバス停へと向かってゆく。
そんな中、ゼロだけは円盤型の死骸をしげしげと眺めて思案していた。
「なぁ、これ使って町興し、とか、ゆるキャラ、とかできんか? ほら、デフォルメしてやな」
「……そういうのは、村の役場に提案してもらえませんか? 私には何も」
「あー、マージンの一割でもこの際ええから、もらえんかなぁ。なかなかないやろ? モノホンのUFOの残骸のある村、って」
「ディアボロですけれどね」
正午を告げるサイレンが鳴る中、撃退士達はそれぞれの道へと――。