●香味1「あの子を助けに来たみんな」
「みなさん、今回はお手伝いに来ていただきありがとうございました。改めまして、大田鉢小鳥と申します。よろしくお願いします」
礼儀正しく挨拶した少女は、ぺこりとお辞儀した。
それに対し、参加した撃退士たちも挨拶を返す。
「初めまして、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)と申します。僕も、料理を少し嗜みます。よろしくお願いしますね」
「わぁ、オッドアイかっこいい! まるでマンガの『邪眼王子』みたいですね!」
「これ、小鳥! ……いやはや、失礼しました。この通りお転婆で、困ってしまいます」
同席していた父親、大田鉢新三郎が娘を窘める。
「こんにちは小鳥ちゃん、自分は神棟星嵐(
jb1397)です。よろしくお願いします」
「はい! こっちのお兄さんもかっこいいなあ、好きな乙女ゲーのキャラより素敵だよー」
「小鳥! ……まったく、申し訳ありません。なにぶん変な趣味に入れ込み過ぎてるようで、本当に困った娘ですよ」
二人に続き挨拶するは、小鳥より年下の少女。
「……ん。私。最上 憐(
jb1522)。よろしく」
「…………」
「……ん。何か。問題。気になる事。変な点。あった?」
「……きゃーっ! かわいい! お人形さんみたい! 妹にしてお持ち帰りしたーい!」
いきなりぎゅっと抱きしめ、頬すりすり。
『ゴツン!』この音は、小鳥が父親に鉄拳制裁された時の音。
「……痛いよー、とーちゃんー」
「小鳥、いい加減にしなさい。確かにかわいいお嬢さんだが、やっていい事と悪い事があるぞ?」
「ははは。お父さん、感情豊かな娘さんじゃあないですか。ボクの目には実に魅力的に映りますよ」
優男風の青年が、新三郎に声をかける。
「おおっと、自己紹介が遅れました。ボクは藤井 雪彦(
jb4731)と申します。以後、お見知りおきを」
軽く、フレンドリーな口調で、彼は花束を差し出した。
「この花は、コンテストの優勝を願い、カレー好きな美少女と、その美人なお母上に捧げます……」
「あ、これはこれはどうも! かーちゃん……じゃなかった、母も花が好きでした。あとで仏壇に活けさせてもらいますね」
彼に続くは、豊かな胸と、プラチナブロンドのショートボブな髪を持つ女性。
「あたしは、三島 奏(
jb5830)。小鳥ちゃん、お母さんのカレー、思い出すきっかけになれたらと思うよ。よろしくね」
「はいっ……あ、あの……?」
「ん? なんだい?」
「……その……今、ふっと思い出しそうになりました。もっと思い出すために……ぎゅって、そのおっぱい……じゃなくて、胸で抱きしめてもらえませんか?」
と、そのまま返答を待たず、小鳥は奏に抱き付き、その胸に顔をうずめた。
「え? ひゃあっ!」これは、奏の戸惑いの声。
「小鳥!」これは、父親が激怒した声。
『ゴツン! ゴツン!』これは、小鳥が父親に更なる鉄拳制裁された音。
「いやはや全く、なんてうらやま……もとい、怪しからん事を。申し訳ありません。小鳥! これ以上はとーちゃんマジに怒るぞ?」
「うう〜。だって、すごくカッコいい美人さんなんだもん。おっぱいおっきいし」
言いつつ、自分の小さな胸を絶望的に見つめる小鳥。
そんな彼女に、最後に控えていた少女が名乗った。
「失礼、自己紹介させていただくでござる。拙者、エイネ アクライア (
jb6014)。『かれえらいす』とは、美味な食べ物と聞いたでござるが、よくわからないでござる。なので、味見専門でお手伝いするでござるよ! ときに……」
「? なあに?」
「小鳥殿は、こすぷれ、なるものをするのでござったな。拙者も着てみたいでござる。よろしければ、服を選んではくださらぬか?」
「もちろんだよー! そうだなー、エイネちゃんだったら、あれやこれやソレや……」
ゴツン!の三乗。三度小鳥は、父親に鉄拳制裁されたのだった。
●香味2「おいしいカレーの構想レシピ」
カレー作りは、次の日から。
担当はそれぞれ、以下のように振り分けられた。
:神棟、グラルス:調理手伝い(兼当日雑用)。
:奏、藤井:調理アシスト。
:憐、エイネ:味見役(兼コスプレ要員)。
現在、大田鉢家の台所にて。アイデア出しも兼ね典型的なカレーをまずは作っていた。エプロン姿になった小鳥は、手際よく食材を処理し、炒め、基本のカレーを作っていく。
「で、小鳥ちゃんのお母さん、どんなカレーを作っていたのかな?」
「んー、そうですね……おいしいのなら、どんなんでも良いんですけど……」
神棟からの質問に、小鳥はあいまいな返答をした。母の作ったカレーは、正直覚えがない……というか、毎回全く異なるカレーを作っていたので、これといった特徴が思い出せず、思いつかないというのだ。
「ただ唯一、『肉入り』って事だけは毎回共通でした。とーちゃん……じゃなくて、父も肉好きでしたし。だから、肉を、それも塊で入ってたら、いいかなって」
「お母さんの好きな肉は、羊肉だったと聞いているけど。だったら、ラムまたはマトンのカレーにする? それとも、ビーフや牛すじカレーみたいな方向で作ってみようか?」
グラルスの提案に、ぐつぐつと煮込み始めた鍋をかき回しつつ、小鳥は考えるように目を閉じた。
「そうですね……牛はメジャーすぎて、ちょっとインパクトに欠けますが……ハズレは無い安定したカレーが出来ますし。羊肉はちと癖があるけど、インパクトや個性って点なら、牛よりポイント高いですし……」
うーんと唸る小鳥へと、憐が呟く。
「……ん。牛と。羊。どちらも。おいしそう。美味そう。期待できそう。両方。食べてみたい」
「……両方?」
その言葉に小鳥は、豆電球がぴこんと飛び出したかのような、閃いた表情を浮かべた。
「それだよ憐ちゃん! 両方やっちゃおう! ダブルカレー! 二種類のルゥを一つのお皿で楽しめる! うん、豪華だしインパクトあるし、これはいける!」
そして、しばらく。
小鳥は、カレーを仕上げた。
「とりあえず、これは牛すじカレー。まずはこちらを食べてみて! エイネちゃんも!」
「おお、これは美味そうでござるなぁ!」
出来上がったカレーを、味見係の二人へと差し出す。続き、奏たちへと、美味そうな匂いが立ち込める一皿を差し出した。
「では……いっただきまーす!」
小鳥とともに、テーブルを囲みカレーを食す一同。
「……ん。味見は。任せて。いくらでも。飲めるよ。飲み干せるよ。飲みつくせるよ?」
言いつつ、胃の腑へとカレーを流し込む憐。
「これは、実に美味でござる! むむ……少しばかり辛味が効いているが……この独特の旨み。匙が止まらぬ!」エイネもまた、憐に続きカレーを口に運び、味わう。
「あら、なかなかいけるわ。さすがはいつも作っているだけのことはあるわね」
「いやぁ、全く。とろけるような味わいですね」
奏と藤井もまた、その辛味と旨みとを味わっていた。
「みなさんのアイデアで、なんだか光明が見えてきた気分です。これ食べ終わったら、早速構想を練りましょう……でも、その前に」
小鳥は、憐へと向き合った。
「憐ちゃん、『飲める』とか言ってたけど、ひょっとして『カレーは飲み物』って思ってるクチ?」
「……ん。カレーは。飲み物。飲み下すもの。ごっくんするもの。違うの?」
「……なんてこと言うの!」
くわっ!といった様相で、小鳥は憐へと詰め寄る。
「……そんな事、当然じゃあない!」
力説したのち、ぐっと拳を握る。
「でも! わたしたちが作るのはカレー『ライス』! すなわち、米とのコラボが前提であり決め手! そしてお米は、よーく噛んで食べなきゃあダメ!」
更に力説し、小鳥はビシ!という効果音とともにある方向へと指を向けた。
「お米作ってる新潟の人に、謝るべき! でしょ? そーよね? そーだわよね?」
小鳥にそう言われ、憐は、小鳥と同じ方向を向くと、ともに一礼した。
「……ん。米農家の。おじさん。おばさん。謝罪します。謝ります。ごめんなさい」
その様子を、言葉を失いつつ見守る一同。
「……っていうか、カレーっていつから飲料だったンだ……」
ぼそっとつぶやく奏。見なかった事に、聞かなかった事にしようと、即刻心に決めた彼女だった。
そして、さらにしばらく。
羊肉と牛肉のダブルカレーに決定した後、レシピはとんとん拍子で進んでいった。
「スポンサー米を用いた、ガーリックライスですか! 藤井さん、奏さん、肉に合って美味しいかも!」
「うん。で、ルゥだけど……」
羊肉用と、牛肉用の二種類。
基本は、インド風のスパイスカレーをベースに。あまりサラサラしすぎず、とろみを出すように。
「……この通り、出来上がり」
ぱくっ。
味見役の憐とエイネともに、小鳥はできたそのルゥを味見。
「……ん。いける。悪くない。いい感じ」
「ふむ、これは……良い味わいでござる」
「……うん、おいしい!」
そして、さらにさらにしばらく。
「……ん。美味だけど。もう。少し。インパクトが。欲しいかも」
「うん。憐ちゃんの言う通り、もうちょっとコクが欲しいかなー」
「グラルス。ガーリックライス、カレーにかけるのなら味は薄目がいいかしら?」
「そうですね奏さん。炒めるのもバターでなく、オリーブオイルの方が良いかもしれません」
「福神漬けは、どこのが良いでしょうかね。神棟さん」
「ネットで調べたら、この銘柄を見つけたよ。取り寄せてはどうかな」
「藤井殿ー。もう少し味見したいでござるー」
熱きカレーの、気合のレシピは。徐々に完成に近づきつつあった。
●香味3「コスプレ本番お料理開始」
コンテスト当日。
「キラキラ輝くみなぎる愛! ここで勝たなきゃ女がすたる!」
フリルのついた、赤とピンクの黒ゴス風姿になった小鳥が、くるりと回る。
「勇気リンリン叡智の光! 気合のレシピを今見せる! ……なんだか、恥ずかしいでござるなあ」
同じく、青と緑色の白ゴス姿のエイネも、同じくくるりと回って決めポーズ。
「何言ってるのエイネちゃん! めがっさ似合ってるよー。……さ、憐ちゃんも!」
小鳥に促され、なぜかコス姿の憐も、また決めポーズを。
「……ん。……紫ローズは。乙女の秘密。……って。やっぱり。恥ずかしい」
「……っきゃーっ! かわいーっ! やっぱり似合ってるーっ! 恥ずかしがってるとこもかわいーっ!」と、再び頬すりすり。
その様子を、父・新三郎はじめ、他の皆は生暖かい眼差しで見つめるのみ。
「小鳥……いやはや、全くなんというか……」
「……ま、まあ。良いんじゃないでしょうか」
「……かわいいし、ねえ」
グラルスと奏は、そう言うしかなかった。
……しかし、コスプレに限らず、珍妙な姿での参加者は、小鳥たちだけではなかった。
「……ん。あの女の子たち。全員。着ぐるみ着てる」
「あっちの男性たちは、筋骨隆々でふんどし姿……消防団ですか、辛そうなカレーを作りそうです」
それが関係しているのか。コンテスト開始の時が近づくにつれ、小鳥の表情が固くなっていくのを藤井は見た。
「……気になる?」
藤井が、穏やかに声をかける。
「あ、ううん。大丈夫、です。ちょっと……かーちゃん……母の事、思い出しちゃって」
笑顔を見せ、彼女は所定の位置へと付いた。そろそろ、始まる。
「……ちぇっ、かぶるなぁ〜」
これは本当に、全力で手伝わなきゃねっ♪
母を思う気持ちは同じ。自身の母の形見のハンカチを握りしめ……藤井もまた、アシスタントとして所定の位置につく。
『それでは、これよりコンテスト……開催いたします!』
アナウンスが響き、カレーコンテストがここに始まった!
羊肉と牛肉の、ダブルカレー。
二つのルゥを造るのは、ちと骨が折れる。が、不可能ではない。
肉はそれぞれ、下処理したのち、マトンはヨーグルト漬けに、牛は薄切りで赤ワイン漬けにして、柔らさを出し臭みを取っている。
小鳥は、ルゥに取り掛かった。コスプレ姿の上にエプロン。手元は作業しやすいように腕まくりし、具となる野菜を刻んでは、ボウルに入れていた。奏も、その作業を手伝う。
「グラルスさん、神棟さんのアドバイス通りに……」
厚手の鍋にサラダ油を入れ強火。玉ねぎを入れて、強火から弱くしつつ黄金色になるまで炒め。
黄金色になったら、すりおろしニンニクとショウガ、各種スパイスを加え、さっと炒め合わせていく。
「……ん。とっても。いい匂い。いい香り。おいしそうな匂い」
離れた場所で、応援している憐のもとにも、匂いは漂い伝わってきた。
やがて、パウダー・スパイスと塩、香菜、ミントの葉を取り出した小鳥は、それらを半カップ程の水とともに鍋の炒め玉ねぎ加え、中火にし、煮込んでいった。
福神漬けの用意を終えた後、鍋の中、その表面にスパイス色の油が浮き出るのを確認したら。
食材の王道、「肉」の用意だ。
表面が白くなるまで、肉を炒め。数回に分けて湯を足す。
この状態で沸騰させ、その後に弱火に落とし、蓋をして煮込む。
「……30分程したらヨーグルトを加え、45分経ったら塩加減を調整して……」
終えたら、ライスの用意。
炊き上がった、真っ白なごはん。そのままでもいいが、炒め、そして世界へ向けて味付けを。
「下処理他は任せろっ!」
藤井がアシストとして加わる。そのかいあって、これまで以上に無く、早く、確実にできあがっていた。
「君は料理に想いを、お母さんへの愛情だけを込めるんだ!」
藤井の言葉が、新たな勢力を変える。そして……。
コンテストの時間は、終わった。
●香味4「戦い終わって日が暮れて」
「‥‥ん。食べ放題。つまり。ココのモノは。全て。食して。良いんだよね?」
食べ放題の店にて。
憐の前には、食べ放題ブッフェ。そしてそれを前にして、舌なめずりしている憐。
コンテストは、見事に優勝した。大量の肉とともに、小鳥は優勝カップをもらい、藤井からも優勝記念として言葉をかけた。
「良かったね♪きっとお母さんも喜んでるよ☆」
「はい! これもみなさんのおかげです! ありがとうございました!」
そして、優勝が決まった時。エイネは、喜びのあまり小鳥の元へ突撃。抱きしめて、腰で身体を持ち上げ、くるくる回り始め……
「おめでとうでござるよ、小鳥殿〜!」
そして、目を回して倒れてしまった。
その後日、すなわち今。
小鳥は白老牛を手に入れ、仏壇……すなわち母親へと供えた。
そして、食べ放題開始。皆、食欲とともに肉を消費していく。
「これで……」
小鳥は、静かに呟いた。これで、親との絆、深まったかな。と。