「……みなさん、初めまして!」
弁護士の、丹下桜太郎。用意した応接室にて、沙希は今回集まってくれた撃退士たちへと挨拶する。
「初めまして……御堂・玲獅(
ja0388)と申します」
「うわー、肌きれい……それに、素敵な銀髪………よろしくお願いします!」
大慌てで、頭を下げる沙希。
「私は、ナナシ(
jb3008)。お手伝いさせてもらうわね」
「あら! ちっちゃくてかわいい子だなあ。よろしくね?」
「……虹野宮さん。一つ言っておくけど、私の見た目は子供でも、実年齢はあなたと同じ位なの。そのあたり、ちゃんと覚えておいてね」
「……え? そうなの? ……あ、はい、すいません!」
わたわたと慌てる沙希に、三人目と四人目が挨拶する。
「私は里条 楓奈(
jb4066)。謎解きは苦手だが、面白いとは思う。力になりたい、よろしくな」
「同じく、紅織 史(
jb5575)。彼女……楓とはお友達なの。二人で一緒に手助けしたいから、よろしくお願いするわ」
互いに対照的な、白銀と黒の美しい髪。そして互いに共通する、豊かな胸に整った顔立ち。そんな二人の美女に沙希は目を奪われた。
「……モデルさんみたい……はい! よろしくお願いします!」
「おおっと、美女ならもう一人ここにいるよ? あたしこそアサニエル(
jb5431)、大船に乗ったつもりで安心するといいさ」
からからと豪快に笑う五人目は、長身の美女。彼女の赤毛は燃える炎のような力強さを持っていると、沙希は感じた。
「はい! 頼りにしてます!」
「……真打はこの俺、雪代 誠二郎(
jb5808)。美人さんからの依頼で、しかもこんな美人と美少女に囲まれて仕事できるとは、実に役得……いや、光栄だよ」
飄々とした口調の紳士が進み出る。
「え、ええと……よろしくお願いします」
変わった人だなあ……。
そう思うと同時に、沙希は気づいた。心細さが無くなったのを。
「ここが、屋敷です」
撃退士たち、そして沙希を引き連れた丹下は、皆を屋敷の前に案内していた。西洋の煉瓦づくりのそこは、かなり大きく広そうだ。
「いい物件持ってるねえ……これが持つべき者と、持たざる者との差ってやつかね」
ヒュウと口笛を吹きながら、アサニエルは屋敷へ、そしてその正門へと視線を向けた。
門には、大きな一つの錠が卸されていた。錠には数字のダイヤルが付き、三ケタの数字を合わせないと開かない仕掛けになっている。
「それでは、最初の謎々の回答をお願いします」
「じゃあ、私と……アサニエルさんで答えるわ」
丹下に対し、ナナシが挙手した。
「最初の謎々……『巨人と戦い、魔法で石にした。石像になった巨人の重さは、162tに巨人の体重の半分を加えたものに等しい。石像の重さは何tか?』。答えは、『324t』よ」
「ナナシ様、その答えの理由をお願いします」
「内容から、『石像の重さ』をX、『巨人の体重』をYとすると、解答はX=162+Y/2になるわね。……巨人が石像になって、重さが変化していないと仮定しての話だけど」
「で、問題文をよく読むと……巨人は石像になってはいるけど、『重さは変わっていない』って事までは言われてないわ……あ、あたしが開けちゃっていい?」アサニエルが、ナナシに続き言葉をつなげた。
「はい、どうぞ」
「……で、重さが変わってないわけだから、巨人の重さと石像の重さは同じ。だからナナシがさっき言った数式で、正解の数字が出るわ」
言いながら、アサニエルがダイヤルに手をかけ、数字を動かす。
「……巨人の重さは、162×2=『324』」
錠のダイヤルの数字が、「3」「2」「4」と合わされ、それと同時に。
がちゃり。
「……以上、Q・E・D(証明終わり)ってね」
アサニエルの得意げな声とともに、解除音が錠前から響いた。ナナシもまた、満足げに微笑む。
「さて……それじゃあ中に入らせてもらおうかしら」
内部の家具には布がかけられ、傷みもあまり見られない。
置かれている美術品や調度品も、生前の主の趣味の良さを感じさせる。あちこちに下がるアイヌの木彫りが、暖かな気持ちを生じさせた。
「うわあ……広いなぁ」
「ええ、それに……とてもきれいです。食堂だけでなく、博物館もできそう」沙希とともに、玲獅も感嘆していた。
「それでは、皆様」
丹下が、撃退士たちへと問いかけた。
「二番目の謎々の答え、お願いします」
「では……」と、次に進み出る雪代。
「こんな美しい御嬢さんが揃っているんだ。男として、かっこいいとこ見せたいな。特に……依頼人のきみにはね」
言いつつ、沙希へとウインク。
「この謎々……結論から言えば、ローマ字を一文字ずつずらしただけだね。丹下さん、メモがありましたら一寸拝借」
雪代は丹下より受け取った紙に、くだんの暗号を書き込んだ。
「暗号は、『EBJEPLPSP OP UPOBSJ OJ BSV TPVLP OP PLV OP LBLVTJUPCJSB XP BLFSP』。そして、『BPJTPSB』は『青い空』。さて……」
勿体ぶったしぐさで、雪代は近くの机にメモを置いた。
「『青い空』を『あおいそら』、そして『AOISORA』と変換し、『BPJTPSB』と比較。すると、AはB、OはP、IはJ……全てのアルファベットが、一文字ずらされたものだとわかります。さて、お立会い」
彼は、メモに書かれたアルファベットを一文字ずつずらし、新たな文を書き込んでいった。
「……この通り『DAIDOKORO NO TONARI NI ARU SOUKO NO OKU NO KAKUSITOBIRA WO AKERO』。平仮名に変換しますと『だいどころ の となり に ある そうこ の おく の かくしとびら を あけろ』。『台所の隣にある倉庫の奥の隠し扉を開けろ』となります。丹下さん?」
「はい。では……確認のため実際に隠し扉を見つけ、開けてください」
丹下に促され、一行は台所へと向かった。が……。
「……隠し扉……無いわ」
楓奈の言うとおり。一階の大食堂には調理場が隣接されていたが、その周辺に倉庫は無かった。
「ええっ? ……御嬢さん方、本当に無いのかい?」
「何度も探したわ。楓と一緒に何度も探ったけど、少なくとも隣にある『食品貯蔵室』に隠し扉は無いわよ」
楓奈と史は『食品貯蔵室』へと入り、可能な限りの方法で、奥の壁と言う壁を探ってみたが、その全ては空振り。壁をいくら叩いても、ここには隠し扉はない。
「……倉庫の隣の台所ってのが……台所じゃない……っていうか、『別の台所』、とか?」
ナナシがつぶやく。そして、何かを思いついたかのように丹下へと声をかけた。
「丹下さん、この屋敷の図面あったら、見せてもらえる?」
「台所……あるいは、それに似た水回りが、ここ以外にあるんじゃないかしら?」
再び、玄関前の広間に戻った一行。ナナシは先刻に雪代がメモを広げた机の上に、丹下から受け取った屋敷の図面を広げた。が、台所と言えるものは見当たらない。
「……やっぱり」沙希が、自信なさげな言葉を口にする。
「やっぱり、努力や根性じゃ、ダメなんでしょうか……」
「………うん、悪いけど、そうね。努力と根性って万能なわけじゃ無いからね?」
ナナシのその言葉に、沙希は顔を上げた。
「えっ?」
「誤解しないで、虹野宮さん。否定しているわけじゃあないの。ただ……間違った努力を続ければ答えには辿り着けないし、そもそも、どんな努力をしなければならないかを考えるための思考力が必要なのよ」
「……進むべき方向を、ちゃんと見据える。がむしゃらにやれば良いってわけじゃあない。ナナシさんは、そう言いたいんだと思うわよ。それに……」と、史。
「それに、私に言わせてもらえば、虹野宮さんには努力も、根性もあると思うよ? 一人で解決するだけが、努力と根性じゃないさ。スポーツだって、チームで努力と根性を積み重ねる事だってあるんだ。それに……お店を再建しようという気概もあるんだしね」
「ナナシさん……紅織さん……」
涙が浮かぶ。沙希は目をこすってごまかし、笑顔を見せた。
「ありがとう、ございます! よし、もう一度作戦を立て直しましょう!」
「『立て直す』? ……丹下さん」沙希の言葉を聞き、楓奈が何かを思いついたかのように口を開いた。
「はい、里条様」
「このお屋敷、過去にリフォームとか、立て直しとか行われてなかった?」
「はい。20年以上前、一度大々的にリフォームを行いました。その図面は、こちらです」
「見せてくれる?」
それを広げると……発見した。今の図面には記されていない、台所を。
「あった!」
楓奈が、快哉の言葉を上げる。
倉庫、そしてその奥に隠し扉を発見したのだ。
「リフォーム前の台所は、大広間と離れてたのね。で、立て直しの際に場所を移したと。その隣にあったわけね」
楓奈の狙いは当たった。倉庫は敷地の隅に、小屋となってぽつんと立っていた。
その奥に、隠し扉、そして隠し金庫があった。
「ゴールは見えてきたわね、虹野宮さん!」
「はい!」アサニエルの励ましに、笑顔と共に沙希はうなずいた。
「では、三つ目の謎々の答えを、これから言いますね」
最後の謎々に回答するは、玲獅。
「この問題では、確率の余事象を考える必要があります。そこで、まず3個の宝石を取り出す際の組合せが何通りか考えますと……。
:11C3=(11×10×9)÷(3×2×1)=165で165通り。
この内3個ともダイヤモンドである組合せは
:7C3=(7×6×5)÷(3×2×1)=35で35通りです」
先刻の雪代同様、玲獅はメモに計算式を書いていく。
「ここから、3個ともダイヤモンドである確率は、
:35÷165=7÷33で、『33分の7』。
よって、少なくとも3個の内1つにエメラルドが含まれる確率は
:1−33分の7=33分の26で、『33分の26』。
従いまして、ダイヤルを右に回す数は分子の数なので『26』。左に回す数は分母の数なので『33』と思われます」
「では、それを証明するため、金庫を開いて下さい」
「はい」
丹下に言われ、玲獅は隠し金庫へと向かう。
それは、大ぶりな作りだった。正面の扉にあるは、開閉のためのレバーと大きなダイヤル。玲獅はダイヤルに手をかけると、まずは右へと回し始めた。
「24……25……26」
次に、左側に。
「31……32……33」
ダイヤルから手を離した玲獅は、深呼吸し……レバーを握り、ひねる。
ガチャ。
重々しい扉が、彼女により開かれた。
「これで正式に、故人の遺産は虹野宮沙希へと譲与されました……沙希ちゃん、良かったね」
「はい! 丹下おじさん、それにみなさん! 本当に、ありがとうございました!」
そして、丹下により金庫の中身が取り出され、先刻の広間の居間、机の上にてそれが並べられた。
「土地と建物の権利書、金券、それに預けられている口座の譲与の書類……こちらは……幸太郎氏の手紙ですね」
沙希はそれを受けとり、中身を読み始めた。
『……この屋敷と遺産を手にする者へ。もしも沙希だったら、これ以上に嬉しい事はない。
この謎々は難しかったろう。なぜ難しくしたか。それは財産を受け取るお前さんに、大切なものを知ってほしかったからだよ。
おそらく、謎々を解くのに誰かの力を借りたり、手伝ってもらったんじゃないか? ……隠さなくてもわかる、虹野宮家の人間は、こういった謎々を解くのは苦手だしな。
だが、こうやってこれを読んでいるという事は、手伝ってくれた協力者がいるはず。その人の、『協力してくれた』という事実が重要だ。それは常日頃、世のため人のために努力し続けた結果育まれた、『信用』という名の宝物。それを持っているかどうかを、確かめたかったのだ。
これからも奢らず、そして努力と根性を忘れず、人を応援し、切磋琢磨しなさい。
お前の未来に、幸あらん事を。 幸太郎 』
「……おじいちゃん……」
読み終え、沙希は手紙をいとおしげに……その胸に抱いた。
「……楓、なかなか、面白くて、素敵なお祖父さんだったみたいだね」
「そうだね、史。……生前に一度、会いたかったな」
時刻は、夕方。
赤い夕陽が、窓から入り込み、皆を祝福するかのように照らし出していた。
後日。
食堂「レインボー」は新装開店し、そのプレオープンに、撃退士たちは賓客として呼ばれた。
「みなさん、今日はお礼です。どうかたくさん食べてくださいね!」
家庭の暖かさが感じられる、心づくしの料理が食卓に並べられる。
屋敷内は掃除され、大食堂をメインとしたつくりに。客が来るかどうかはまだわからないが、それはこれから、努力と根性で!……と、沙希は請け合った。
「新装開店、おめでとうございます。私たちも、ちょっと色々と贈り物があるんですよ?」
玲獅は、屋敷に合うと思われる、新メニューのレシピを。
「煉瓦屋敷ですから、煉瓦風定食とか丼とか、そんなのはいかがでしょう?」
「いいですね! 面白そうです!」
「おめでとう。これ、お祝いの花束ね」
「綺麗です、ありがとうナナシさん!」
「今度は周囲の環境に作用されず店が繁盛するよう、何か新しいコンセプトなりメニューなりを考えてはいかが?」
「はい、がんばってみます!」
「私は、史と一緒にチラシを作ってきた。これを配ってはどうかな?」
楓奈が、チラシの束を手近な机の上に置く。
「お二人とアサニエルさん、それに雪代さんには、お掃除や引っ越しのお手伝いもして頂いたのに、ここまでして頂けて……」
「ふふ、ほらほら泣かない。今日はめでたい日だろう?」
「そうだよ。楓と一緒だったから、大変でもなかったし」
「俺はこれ、サイトの作り方の本。経営指南とまではいかないけど、宣伝用にお店のHPでも作っては、と思ってね。参考にしてはどうかな」雪代が、本を差し出す。
「はい! 参考にさせていただきます! さあ、皆さん、召し上がって下さい!」
乾杯の後、皆はごちそうを口に。
「甘さが絶妙ね、このホットケーキ! 美味しい!」
「いいね、このチーズケーキ! 気に入ったよ!」
楓奈とアサニエルが、さっそく好物の甘味に舌鼓を。
「この鮭のちゃんちゃん焼き、おいしいですね」
「ええ。鶏の唐揚げ……ザンギって言うの? これもなかなかよ」玲獅とナナシも、丁寧に作られたおかずを口に入れ、その美味を堪能する。
「なんだか、暖かい、懐かしい味がする……」史もまた、豚丼をじっくりと味わい。
「ふむ、いわゆる『おふくろの味』って感じの美味だね。このジンギスカン、白飯と一緒に食べたら最高だろうなあ」嬉しそうに、雪代は羊の肉を何度も口に運んだ。
皆が、美味しいと喜ぶ顔。それを見て、沙希は改めて思った。
「これからも……努力と根性で、人が喜ぶお料理を作っていくね。おじいちゃん!」