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マスター:塩田多弾砲
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/06/18


みんなの思い出



オープニング

 北海道、帯広市。
 その西に隣接する、芽室町。その郊外で事件は起きた。

 芽室第二高等学校・社会福祉ボランティア部、通称ボラ部。
 子供や老人に対し、ボランティアで色々と助けようというクラブ。そのボラ部の部長は、マルティーナ・堀江。通称マル美。
 誰かが笑顔で喜ぶ姿を見るのが好きな彼女は、学業よりボラ部の活動の方に夢中で、今日も活動にいそしんでいた。

「ここですか?」
「ああ。アパートの空き室に入っているのを先日見かけてね。昨日まで気が付かなかったよ」
 マル美は、知り合いの町内会会長・飯盛とともに、アパートの前にいた。
 飯盛が会長をしている町内会は、ボラ部と契約している。ボラ部にやってほしい仕事ができたら、町内会がそれを斡旋するのだ。
 そして今回、アパートの空室にいつの間にか老人が入ったというので、飯盛は挨拶と町内会の説明にと赴いていた。今回マル美は、一人暮らしの老人だから何か手伝えないかと思い、同行していた。
 そのアパート「いろは荘」は、人気のない商店街の一角にあった。表通り向けに窓があり、裏側に玄関と二階へ向かう階段とが設置されていた。多くない居住者たちは、昼間には仕事や学校などで家を空けておりほぼ無人。
 だが……マル美はなぜか、感じていた。
「嫌な予感」を。
 マル美は今までもボランティアで、もっとひどい場所に赴いたこともあったし、それらが醸し出す雰囲気に飲まれた事はなかった。
 しかし、目前のこれは違う。……何か「危険」を感じてしまう。「危険」と思わせるだけの何かを感じさせる。
 きっと、気のせいだろう。無理にそう納得させて、マル美は飯盛とともに進んだ。
 それに、なにかあっても飯盛の近くに居た方が安心だろう。かつて飯盛は柔道の師範をしており、引退した今でもその実力は高い。
「……飯盛さん、あれを」
 ふと見ると、二階の窓、表通りに面する窓。
 老人が、顔を見せていた。優しそうな、人懐っこそうな微笑みを浮かべ、外を見ている。
「ああ。どうやら彼のようだな。こんにちは! 町内会の者です!」
 それを見た飯盛は、愛想よく声をかけ頭を下げた。老人は飯盛の言葉が聞こえたのか、微笑みを浮かべたままうなずき、部屋の内部へと消えていく。
 しかし、マル美の訝しい気持ちは消えない。その老人の微笑みには、怪しい点などまったく見当たらない。なのに、心が放つ警告はどんどん強くなってくる。
「……なっ!」
 いきなり、飯盛が声を上げた。
 二階へ続く階段に足をかけたまま、固まっている。マル美も駆け付けると、彼女もまた異様な「それ」を見た。
 そこにあったのは、切断された人間の手首だったのだ。
 そして、近くに転がっているのは。バッテリー切れになったデジタルビデオカメラ。
 見えざる「危険」が、形を得て現れつつある。マル美はそれを感覚的に実感した。
「……何が……起こった?」
 飯盛がようやく言葉を絞り出したのを、マル美は聞いた。
 
 そのアパート「いろは荘」。
 部屋数は、管理人室を含めて十室。うち管理人室および1号から4号室は一階に、5号から9号室は二階にある。そして、件の老人の部屋は、二階9号室。ちょうど二階の一番奥。
「……管理人さんは留守か? いや、しかし……」
 見ると、管理人室の玄関先には……「血みどろの何か」を引きずった痕跡が、管理人室から階段へと続いていた。
「…………」
 それを見て、飯盛も怪訝そうな表情を浮かべたのを、マル美は見た。
 まぎれもなく、「何か」が、「血みどろの何か」を階上へと運んだのだ。
 マル美が先刻までに感じていた「嫌な予感」が、さらに強くなっていく。
 二人は、ゆっくりと階上へと上った。すると……二階の、人が入っている部屋の前からも、同様の痕跡……「血みどろの何か」を引きずった痕跡があった。
 それは、9号室の扉の前で消えている。あの老人がいる部屋に。
 あの老人が、何か知っている? いや……あるいは?
「……マル美ちゃん、下がっていなさい。あの……9号室の誰かに、話を聞いてみる」
 飯盛は自分の後ろにマル美を下がらせた。9号室の扉へと近づき、ドアノブへと手をかける。
 鍵は、かかっていない。そのままゆっくりと開くと……。
 中から、黒い煙が漂い出てきた。それが飯盛にまとわりつくのを、マル美は見た。
「ぐっ……ごほっ!」
 途端に咳き込み、彼は足をふらつかせた。なんとか踏みとどまり、手すりへとしがみつく。
 そして、黒い煙の中。「何か」が飯盛へと襲い掛かっている。その「何か」は何なのか。マル美には見えなかった。
 しかし、煙の中に見え隠れするのは、奇妙な何か。細長い、大蛇のような身体と、飯盛とは異なる、「誰か」の顔。
「飯盛さん!」
 マル美は己の衝動に従い、飯盛へと駆けだした。あの煙は何かわからないが、吸っていいものでは断じてない。
 息を止め、扉を蹴る事で閉め、飯盛へと飛びつくと後ろへと引きずっていく。ふらふらした足取りの飯盛を、マル美は必死で引っ張った。
「はっ……はっ、はっ……げほっ……はっ、はっ……」
 ひどく咳き込む飯盛に肩を貸しつつ、マル美はなんとか9号室の扉から離れる。
 かちゃり。
「……!」
 振り向くと、9号室の扉のドアノブが、ゆっくりと動いていた。
「………」
 飯盛とともに、マル美は扉が開く様子を、まるで憑かれたかのようにじっと見つめていた。
 扉が開くと、あの黒い「煙」が漏れ出してきた。そして、煙をまといつつ……。
 微笑んでいるあの老人が、扉から顔をのぞかせた。

「……で、マル美嬢は、なんとか飯盛氏と一緒に逃げてな。警察からこの話がこちらに来たというわけだ」
 君たちへと、依頼の斡旋人が説明する。
「飯盛氏はすぐに病院に運ばれたが、意識を失い今も目を覚まさん。で、マル美嬢は精神的ショックが大きいが、今はなんとか落ち着いてはいる」
 彼女が言うには、老人が扉から顔を出したという。しかし奇妙な点が。
 一つは、老人は扉から外を覗き込むかのように、顔を「真横」にして現れた。
 そしてもう一つ。顔を出した位置は、扉の足元付近……玄関先で、「腹ばいにでもならなければ、出せない位置」だった。なぜそんな位置で、そんな体勢で現れたのか? 
「それと、もう一つ。切断された手首の近くに転がっていた、ビデオカメラだが……そいつにも異様な光景が映っていた」
 それを再生したところ、「いろは荘」の住民、二階5号室に住む大学生と、その友人たちらしき人物が映っていた。5号室に集まって酒盛りしている様子が録画されている。
 だが、見ていくうち。室内に「煙」が入り込み、部屋の内部を覆っていく様子が映った。撮影者たちは火事が起こったのかと、大慌てで玄関に向かうが、扉を開けたその瞬間。
「老人」の顔が玄関先に現れた。
 それは素早く「首」を伸ばして撮影者の手首に噛みついた。画面は大きくぶれ、階段の下まで転がり止まる。その画面には、切断された手首が映っていた。
「このアパート『いろは荘』の住民も、全員が数日前から行方知れずになっていることも判明した。まず間違いなく、その部屋の得体のしれないジジイが犯人だろう。そいつが何者かをつきとめ、退治する事。それが今回の任務だ。やってくれるか?」


リプレイ本文

:「いろは荘」外観

 そこは、不快な気配を漂わせていた。町の喧騒が聞こえず、奇妙な静けさが周辺を支配している。
「……確かに、気味悪いねぇ」
 笹鳴 十一(ja0101)はつぶやきと共に……「いろは荘」を観察した。
 薄汚さと人の気配の無さは、ほぼ廃墟と言って差し支えない。
「!」
 後ろに気配を感じ、振り向くと。
 知らぬ間にそこにいた「老人」に、笹鳴、そして獅堂 武(jb0906)は驚愕した。
 よろよろとした歩調で、杖を付き付き、そのまま皆の後ろを通り過ぎ……角を曲がって消えた。
「……ふー、ただの散歩の爺さんか。びっくりしたぜ」
 獅堂はため息をもらすとともに、緊張をほぐす。
「ったく、紛らわしいな。うろうろするなっつーの。巻き込んじまいたくねえぜ」
 向坂 玲治(ja6214)は「老人」を見送ると、改めてアパートの窓へと目を向けた。
 ガラス窓は薄汚れ、部屋内部を見る事はできない。
「……不気味な事件にふさわしい、不気味な現場です……ですが……」
 牧野 穂鳥(ja2029)が、つぶやく。
「ですが……相手がこちらを『触れられる』のならば、逆も可のはず」
「ああ、牧野君の言うとおり。必要以上に構えることはないだろうね。それにしても、まるで三流の怪談や怪奇映画じゃないか。……ふふ、実におもしろい」
 牧野とともに、ハルルカ=レイニィズ(jb2546)……人の姿をした悪魔が、「いろは荘」をねめつけた。
「それでは、皆……」
 仲間たちへと視線を向け、知楽 琉命(jb5410)が促した。
 これから、この怪異へと戦いを挑む。その事実が、皆の心に更なる緊張を作りだした。

:一階、管理人室前。

 獅堂と向坂とは、不動産屋と接見した時の事を思い出していた。
 この任務のため、建物を壊してしまうかもしれない。できるだけ壊すのは避けるが、それでも状況次第では壁に穴を開けたり、半壊させてしまう可能性もある。
 ゆえに、事前の報告と許可を求めに向かったところ、「破損はできるだけ避けてほしい。ただし、状況によってはその限りではない」
 なんでも、このアパートは借地に建っており、土地の持主、土地の借主、そして建物の持主がそれぞれ異なっているというのだ。土地の持主は更地にして売りたがっているが、土地の借主はリフォームして儲けたいと考えており、建物の持主はこのままで十分と考えている。話し合いは膠着し、立直しも取壊しもできず、現状維持を強いられていたのだ。
「……なんにしろ、化け物ジジイはとっとと追い出さねえとな。さて……」
 獅堂は、これからの作戦をシミュレートしていた。

:知楽が「生命探知」で、アパート内の生命体を探知する。
:その結果次第で、ハルルカが物質透過で内部を確認し、状況を判明。
:もしも生存者がいたら、防護マスクなどを装備し、内部に踏み込み救出。
:逆に、内部に「老人」を発見したら、「煙」に注意しつつ踏み込んで戦闘、これを殲滅。

 管理人室へと「生命探知」を試みている知楽を見て、この作戦がうまくいくことを祈った。

「……クリア。どうやら、一階には居ないようです」
「生命探知」以外にも、知楽は周囲の屋根裏、床下、壁などにも敵が潜んでいないかを注意していたが……。
 今のところは、ゼロ。
 二号室に反応はあったが……。
 そこに、瀕死の状態の犬を発見した。傷の具合からして、何者かに瀕死の状態にさせられて放置されたようだ……と、犬を看取ったハルルカは言っていた。
 四号室の扉が開いていたため、注意深く内部をのぞき込んだら……。
 悪臭と共に、食いちぎられた猫の死体が散乱していた。

:二階、8号室・9号室前。

「……どうやら……本命といったところか?」
 笹鳴の言葉に、獅堂、向坂、そして知楽が……静かにうなずく。
 ハルルカは裏側から、透過し突入する用意をしていた。そして牧野も裏側……すなわち、表通り側から観察し、様子を見ていた。
「感知」も用い、可能な限り怪しき点を見逃さんとする。が、牧野の眼には今のところ、何も映らない。
「……お願い、できますか?」
「……OK」
 同じく、視線だけでハルルカと牧野は会話した。やがてゆっくりと……ハルルカは窓から「透過」しつつ、侵入した。

:9号室・室内

『……こちらハルルカ、みんな、聞いてるかい?』
 笹鳴のスマートフォンより、声が。
「おう、聞いてるぞ。9号室の中はどうなってる?」
『「煙」が漂っているけど、そんなに濃くはないよ。……見たところ、部屋の中には家具も無ければ、「老人」とやらも居ないね……』
 どうやら、入り込んでも大丈夫の用だ。だが……どこかに隠れている可能性も高い。
「それじゃ扉開けるぜ、息止めとけよ」
 慎重にドアノブを握った向坂は、それをひねって……。
 扉を、大きく開けた。

 アパートは、玄関を入ったらすぐに短い廊下。その途中にトイレと風呂場。
 そして、フローリングの狭い台所と一体化した居間。向かって左の壁には、隣室と壁を隔てた押し入れ。
 玄関から真向いには、表通りに面した窓。ハルルカは、そこに立っていた。
「……」
 ハルルカは、獅堂らがドアを開き、部屋の内部を油断なく観察している様子を見ていた。
 用心深く、すぐに踏み込むようなことはしない。していない。
「敵」は、この部屋のどこかに、確実に、「この室内のどこか」にいる。
「……もしもし、笹鳴さん?」
 だが、ハルルカは一点を見つめた後……。
 スマートフォンに耳を当て、仲間の一人へと連絡するとともに、壁を通り抜け、外へと出た。
 次の瞬間。
 押し入れ、ないしはその内部から。異様なるものがその姿を現した。

:8号室・室内・居間

「んじゃ、せーのぉ……『発勁』!」
 ハルルカの連絡を受けた笹鳴は、8号室にいた。
 そして……8号室の、9号室を隔てている壁へと、強烈な一撃を放つ!
「やるぅ!……この様子だと、手ごたえはあったみてーっすなあ」
 その後ろに控えていた獅堂が、笹鳴の手際に感心した。
「さて、どんなクソ面してんのか、拝ませてもらおうじゃあないか」
 部屋の壁をぶち抜いて、9号室に向かおうとした笹鳴だったが。
「!?」
 台所天井裏から響く、何かの音。そして、天井から漂ってきた「煙」に、二人は身構えた。

:9号室・室内・居間

 姿を現した「そいつ」に、撃退士たちは嫌悪感を隠しきれなかった。
太く長い身体と、鱗を持つ体表面は、確かに蛇めいている。しかしそれは、芋虫やミミズ、寄生虫や蛆の類に比べれば、幾分か蛇に似ているに過ぎないだけの事。頭部は人間のそれ……老人のそれだった。それも醜くもなく、むしろ穏やかで整っている顔。
「醜くない」……それがかえって、目前の怪物のおぞましさを際立たせ、より一層の嫌悪感を催させた。
「……コロンゾン……ふん、御同輩とはね」
 再び室内に入り込んだハルルカが、人頭蛇身の異形の名をつぶやいた。

:8号室・室内・居間

「煙」は、空間そのものへ均等に広がり、正常な空気を均一に汚し浸食していくかのように広がり、視界を遮っていく。広がるスピードも、存外に速い。
 その「煙」に対し、笹鳴は防塵マスクで防御はしていた。が、それでもわずかに吸ってしまう。獅堂も同様、まとわりつく「煙」に、せき込んでしまう。
 途端に、身体がいきなり「重く」なるのを感じた。いや……重量が増えたわけでも、重力を操られたのでもない。自分の身体が、うまく動かないのだ。
「ちっ、麻痺毒かよ!」
 ウォーハンマーをガラス戸に叩き付ける。が、煙はそこからなかなか出て行かない。玄関へ走ろうとしたとたん。
 天井から、牙をむいたコロンゾンが襲い掛かった!

:9号室・室内・居間。

「!?」
 9号室の、床に転がされたコロンゾン。それはタウントを自身にかけた向坂に注目した。
「そら、相手になるぜ。爺さん!」
 その後ろには、知楽が控えている。二人の撃退士を見たコロンゾンは、顔を豹変させ唸った。響くは、蛇のそれよりおぞましき威嚇音。
 口から、黒き「煙」を放ちつつ、コロンゾンは迫った。
「向坂さん、来ます!」
 知楽の警告とともに、化物が迫る。それに対し、三秒もの時間を用いて向坂はそいつに「戦意」を向けた。
 その「戦意」が、武器を顕現させ、彼に戦う力を付加した。
「オラァッ!」
 腕のレアメタルシールド。向坂はそれをコロンゾンの顔面に叩き付け、防御と共に攻撃を放ったのだ。弾かれたコロンゾンは、そのまま部屋の隅に転がった。
 逃げる様子はない。ならば、この隙に追撃し、止めを!
 だが……、コロンゾンは追い詰められたように見せかけ……その身体を、「引いて」いたのだ。
 それは、沖縄のハブがとびかかる直前の体勢と同じ。長い身体を可能な限り「引き」、敵の隙を付いてとびかかり、毒牙を相手の身体に沈める攻撃。
「!」
 刹那。
 向坂へと、コロンゾンの老人の顔が、一瞬にして迫った!

:8号室・室内・居間から台所

 ギリギリのところで、笹鳴、そして獅堂は、怪物の強襲を横に跳びかわす。だが予想以上に素早い動きで、怪物は笹鳴と獅堂の周辺を、まるで値踏みするかのように、いつでも襲えると脅しているかのように、自身の長い胴体をくねらせて回った。
「『理解』したぜ……」。
 その動きを見て、獅堂は自分がつぶやいているのを聞いた。
「こいつは『煙』で相手を麻痺させ、視界も奪い、そして強襲しやがる。そういう戦い方をすると、理解したぜっ!」
 対し、歪んだ表情を浮かべたコロンゾンは、してやったりと思わせるような微笑みを浮かべている。そして、再び「煙」を口から吐きつける。
「くっ……またか!」
 しかし、笹鳴もまた「理解」した。怪物は、「煙」を麻痺のためでなく、煙幕に用いたのだと。
 コロンゾンの位置が、一瞬見えなくなる。瞬間。
「……なっ!」
 身体に巻き付かれ、締め付けられる。そのまま、喉笛を狙い噛みついてきた!
「笹鳴さん!」獅堂の叫びが、室内に響く。
 喉笛を噛ませはしない。いざとなれば左腕に噛ませる……。そう覚悟していた笹鳴だが、身体に痛みが流れる事は無かった。
「……!?」
 怪物の頭部、顔と顎とに、鉄数珠が固く絡まっていたのだ。獅堂が携えていた武器が、笹鳴を救っていた。
「ありがとよ! そして……もらった!」
 そのまま右腕に忍者刀・雀蜂を握りしめ、笹鳴はこしゃくな怪物の側頭部へと、その刃を突き刺す!
 言葉で表せない奇妙な叫び声とともに、怪物は己が身体の締め付けを緩め床に転がった。
明らかに弱っている。ダメージを受けて追い詰められている。この勝機は逃せない、逃さない!
「とどめくらえ! オラッ!」
 力強く、笹鳴は突撃した。
 が、弱り切ったコロンゾンが、死力を振り絞り……新たな「煙」を吐いた! 笹鳴は、すぐに息を止めたが……数珠の呪縛をといた怪物は、その「煙」内部へと、己の身を隠す。
「ちっ……またかよ!」
 獅堂が毒づき、笹鳴は周囲を睨み付けた。背中合わせとなり……彼らは討つべき怪物の姿を探し求めた。

:9号室・居間。

 向坂へと迫ったコロンゾンの、勝利を確信したように見える表情。それが凍りついた。
「向坂さん、危ないっ!」
 知楽のランタンシールドが、コロンゾンの攻撃を防いだのだ。先刻同様、盾に顔面を叩きつけられた怪物は、もんどりうって床へと落ちる。
 その隙を、知楽は逃さない。銃器に似た魔具が彼女の手に顕現され、その砲口が怪物へと向けられた。
 砲口から放たれるは、炎。火炎放射器の赤き奔流が、蛇を包み込み燃やしていく。悪臭がこもった、黒い「煙」と異なる燃焼の煙が、室内に漂いこもりはじめた。
 このまま、燃えるか。それとも……!?
 見守っていた二人の前で、ほとんど動きを止めたコロンゾンが、完全に動きを止めた。
……と思った次の瞬間。全身のばねを用い、そいつは向坂と知楽へとびかかった!

:8号室・室内・居間から台所。

「煙」の厚い幕を切り裂き、コロンゾンが最後の攻撃をしかけた。
 その牙を、笹鳴の足へと沈めようとしたのだ。
「うぜえ! 近づくんじゃあねーぜっ!」
 噛みつかれる寸前、笹鳴の足が、怪物の頭部を蹴り上げた。
「これで……終わりだ!」
 宙に舞ったコロンゾンへ、鉄数珠を拳に巻き付けた獅堂が……殴りつけ、殴り通した!
 頭部がつぶれる、小気味の良い音が響き……二人は聞いた……怪物の断末魔を。

:9号室・室内・居間。

 炎の直撃を受けたコロンゾンは、焼けただれたその顔で最後の攻撃を放っていた。
 その面相にひるむことなく、向坂は光輝に包まれた掌底を、とどめに放つ!
「今日ばかりは……敬老精神はなし、だぜ!」
 怪物の顎を、強力な掌底の一撃がとらえ……床へと叩き付けた!
「『神輝掌』!」
 床ごと、コロンゾンの頭部がつぶれ……無に帰した。
 それは、8号室の怪物が倒されるのと同時の事だった。

:いろは荘・表通り。

「……牧野君。どうやら、終わったようだね」
 ハルルカは、牧野とともに、「いろは荘」を外から見ていた。
「ええ……それじゃ、『後始末』を」
 うなずいた牧野は、そのまま……先刻に散歩の老人が曲がって消えた場所へと向かった。ハルルカも後を追う。
 曲がり角には、個人用のコンテナが。コンテナの奥にはものがごちゃごちゃ詰まっており、そこには持ち主らしき老人が横顔を見せている。
「……『轟蕾閃』」
 それを認めた牧野は、即座に強烈な電撃を食らわした。
「!」
 コンテナの内側に電撃が爆ぜ、内側から吹っ飛んだ。肉が焦げモノが焼ける臭いが漂う。
「………」
 その中でも、コロンゾンは瀕死になりつつ、まだ生きて動いていた。心なしか「何故だ?」と問いかけているように見える。
「先刻に、見ていたのさ。一匹がこのアパートを逃げ出し、この角を曲がってコンテナに入る様子がね。それを気づかなかったふりをしていたんだけど、見事にひっかかってくれたねえ」
 ハルルカが、せせら笑いそいつに言葉を投げかける。
「それにしても……今までそれなりに色々な天魔を見てきましたが、ここまで生理的嫌悪を覚える姿は初めてかもしれません」
 それ以上に、侮蔑を込めた言葉が牧野の口から投げつけられる。
「……その顔は、人間の油断を誘う為ですか?……いやらしい、と言って人外にも通じるものでしょうか」
 それ以上の言葉は、無かった。コロンゾンがとびかかったのだ。
 斬!
 ハルルカの鞭、ローフェルステインの強烈な一撃が、最後の一撃を放った。それとともに……事件も終わった。

 後日。
 事後調査で、前の住民たちの遺体が発見された。そして、天魔の存在が消えた事も、また確認された。
 飯盛も回復し、マル美もまた立ち直った。
「……やれやれ、この建物も次の入居者が出るといいんだがな」
 そして、こんな事件が二度と起こらなければいいんだがな。去り際、向坂は静かにそうつぶやいた。
 いろは荘は、今も無人のままである。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

ありがとう‥‥・
笹鳴 十一(ja0101)

卒業 男 阿修羅
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
黒雨の姫君・
ハルルカ=レイニィズ(jb2546)

大学部4年39組 女 ルインズブレイド
智謀の勇・
知楽 琉命(jb5410)

卒業 女 アストラルヴァンガード