「ああ、あんたらが今回の依頼の……」
「はいっ! 今日はよろしくお願いします!」
蕎麦処、浅田屋。そのそば打ち教室にて。
浅田源助老人の前に集まった若者たち。そのうちの一人、黒髪の少年が挨拶する。
「ほう、若いのに礼儀正しいし、元気だな。気に入ったぞ」
「はいっ! 俺は千葉 真一(
ja0070)と言います。色々と至らぬ点はあると思いますが、精いっぱいやりたいと思います!」
「そう言ってもらえると、こちらも教える価値があるってもんだ。いや、うちの孫娘にも見習ってもらいたいな」
その孫娘、浅田美芳は今学校に行っている。当然ながら、夕方まで戻っては来ない。
千葉に続くは、金髪に白い肌の美少女。
「俺は、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。よっしく。……ふーん、こんな粉が紐みたいになるなんて不思議だぜー。俺にもできっかな?」
と、何気なくそば粉に手を伸ばした彼女は、
「待て!」
老人から、鋭い激を飛ばされた。
「……ああ、まずは手を洗い、そして清潔な格好をしてからだ。短い時間とはいえ、そば打ちを教えるからには、こちらもきっちりと教えたい。だから、まずはちゃんとしてくれ」
源助の言葉に続き、ぶっきらぼうな口調の男が言葉を述べる。
「まあ、正論だな……。っと、俺は向坂 玲治(
ja6214)って言います。今日はよろしくお願いします」
「ああ、わかってくれたようで何よりだ。飲食業に携わる人間になると、人様の口に入れるものは清潔にしなくちゃあならん。まずはその点を理解してほしい」
「ええ、もちろんですわ。当日は三角巾を用意して、髪の毛も落ちないように気を付けたいです」美森 あやか(
jb1451)が、その言葉に肯定の意を表す。彼女は大きな瞳と共に、長い黒髪も有していた。今は、それを後ろに結んでいる。
あやかに続き、木嶋香里(
jb7748)がぺこりと頭を下げた。
「協力し合って、楽しい、良いイベントにしたいですから……まずはおそばの打ち方を知る事から始めたいです。こちらこそ、至らないと思いますが、がんばります」
香里は、優しげな眼差しで源助を見つめつつ、そう請け合った。
「そうよぉ、きゃはァ……楽しい楽しいおそば打ち、楽しみだわぁ……」
悪戯っぽく黒百合(
ja0422)が笑みを浮かべる。
だが、源助は疑問符を頭に浮かべていた。
「そういえば、今回参加してくれたのは八人だと聞いているが。後の二人は?」
残り二名は、一人の少女を目前にしていた。浅田屋に向かう前に迷ってしまい、美芳に拾われたのだ。
「ソバって、何……? 僅(
jb8838)、は……知って、る?」
「蕎麦は、嫌いではない、ぞ」
ハル(
jb9524)の問いに、僅はいつもの口調でそれに答えていた。
「ま、そばってのは……実際に作ってあげるわよ。おじいちゃんところで!」
しかし、問題が一つ。
美芳があっちこっち寄り道したせいで、皆が作るのに間に合わなかったのだ。
「おっさん、こんな感じか?」
「ああ。お前さん、中々スジが良いぞ」
内側が赤い捏ね鉢。その中にはそば粉が入れられている。それを、ラファルは揉みほぐしていた。
まずは、そば打ちを教えてほしい、と源助に依頼。それに快く応じた源助は、人数分の道具を用意し、そば打ちの授業を始めていた。
「っと、生地できましたー。これを伸ばすんですか?」
向坂が、塊になったそば粉を見せる。源助はそれを見て、
「じゃ、次は練った生地を、中心から外に向かって、中の空気を出すように……」
皆が捏ねたそば粉の塊が、徐々に形を変え始めた。
「なんだか……花びらみたいな模様ですね」と、あやか。
「これが『菊ねり』。この菊を……そうだ、その調子でな」
香里が、言われた通りに菊の花を円錐にしつつ、空気を抜く。
「これで、いいんですか?」
「上等だ。『菊ねり』からこの形にする事から、これを『へそ出し』という。……どうだ、嬢ちゃん、覚えたか?」
「ん」
ラファルの手元のそば粉は、へそ出しが終わっていた。
そこから、めん台に打ち粉を施し、生地を乗せ平らに伸ばす作業に移行。
めん棒を転がし、平らにしていく『丸だし』。
めん棒に平らにした生地を巻き付け、転がしつつ角を作る『角だし』。
それを広げて仕上げていく、『幅だし』『仕上げのし』と続き、生地を折りたたみ……。
麺として切り出した。
「……た、大変、なんですね……」
「……ちょっと、疲れたわぁ……」
千葉と黒百合とが、ようやくといった感で声を出した。
「おいおい、まだつゆの作り方を教えてないぞ! それに……」
これから皆の麺をゆでて、食べるんだからな。源助はそう言って、にかっと笑った。
全てが終わったのは、夜遅く。その頃には、僅とハルとも合流できていた。
そして最後の最後に、彼らの疲労は吹っ飛んだ。
作ったそばを皆で食し、その美味を堪能できたのだ。
「……あんな、うねうね、したの、食べる? ……って、最初、びっくり、した、よ」
次の日。
きたるべきイベント日に備えて、美芳、源助も含めた10人で、話し合いが行われていた。
「それでは……こういう事になりましたけど、皆さん。よろしいですか?」
皆の話し合いをメモに取っていた香里が、出された結論を読み上げる。
「まず……開店前の、備品・器材、食材の確認を黒百合さんとあやかさんが。仕入は、私……木嶋香里も行います。
準備は全員で。会場の設営は、ラファルさんが中心になって行います。
調理担当は……おそらく美芳さん。私たちからは、調理、およびそのアシスタントとして、千葉さん、黒百合さん、ラファルさん、向坂さん。このうち、千葉さんとラファルさんは、そば打ちに専念します。
給仕は、あやかさん、それにハルさんと僅さんが。
私こと木嶋は会計と食材管理、イレギュラーな事態への対応を受け持ちます。
後片付けと撤収は、全員で。……こんなところでしょうか?」
それから……と、香里は別のメモを。
「それから、こちらは提案です。私の提案は……お客様におそばへの興味を持ってもらえるよう、ちょっとしたショートインタビュー、またはトークショーみたいなものを行う、というものです」
「あら、いいじゃない! そうね、日が暮れるまでわたしのそばトークを……」という美芳の発言に。
「……お前、このイベントの参加目的忘れてないか?」と、源助が突っ込みを。
「ま、まあ。そのあたりの詳細は後で決めましょう。それから、こちらはあやかさんの提案です」
「はい。美芳さんが暴走……もとい、作れなくなった時のために『そばがき』を出せればと思いますが、いかがでしょう?」
あやかの言葉に、美芳はあからさまに「えー、何それー」的な表情を浮かべていた。
「うむ、わし的にはそれ良いと思うぞ。この阿保孫娘は何をしでかすかわからんからな、対抗策は大いに越した事はなかろうて」と、源助はイイ感じ。
とかなんとか色々話し合い。
イベント当日を迎えた。
イベント会場は、商店街近くのそば屋にあった。
すでに会場入りしているラファルを中心に、皆は机を運び込み、並べ、ガスコンロや鍋や、その他必要な器具を運び入れる。
「向坂さん、千葉さん。設営はもう終わるから、おそばの準備お願いします」
手提げ金庫を下げた香里が、会計の準備を整える。
「……さーてっと、そんじゃま一つ立派なのを拵えるか」
肩と首を回しつつ、向坂は昨日に用意したそば粉の桶を並べる。
が。
「……おい、なんだこれ」
千葉が、そば粉の入った桶をあらため……言葉を失った。
なぜなら、そこに入っていたのは、全て蛍光色に、カラフルに着色されたそば粉だったからだ。
「あ、それ見た? いやー、僅って人からのアドバイス通りに作ってみたら、なかなか良い色合いになってるじゃあないの♪」
唖然としている一行のところに、美芳が。その後ろには、僅とハルの姿も。
「……あの、これは?」
ようやく我に返ったあやかがたずねると。
「昨日の夜に僅さんとハルくんにおそば打って、『何かお客にいいアイデア無いかしら』って聞いてみたら、僅さんが『……不味、い。工夫が足り、ん。普通過ぎ、る』『せめて、蕎麦の色が違えば…そうだな、蛍光色とか、ビビットな色にすれば、見目も良くなるだろ、う』って言ってくれてね。それを実行したわけよ♪」
「うむ。中々良い色だ、な。見栄えがぐんと良くなった、ぞ」
ドヤ顔の美芳の後ろに、僅が無表情のまま、満足そうにうなずく。ハルもそれに追随するようにうなずいていたが。
「……おい。美芳、いい加減にしろ」
怒りを含んだ千葉の声が、美芳の耳に届いた。
「え? 何よいきなり」
「何よ、じゃねえ!」
動揺した美芳に、千葉は更に言葉を投げつける。
「イベントに来るお客さんは、初めて浅田屋の蕎麦を食う人が殆どの筈だ。そういう人は純粋に蕎麦の風味やのど越しとか、基本的な部分こそを楽しみにしてるんだぜ!」
それに……と、彼は言葉を続ける。
「それに、色合いだってそうだ! 蛍光色のそばを食わされる身になってみろ! お前らは良いかもしれないが、お客からしてみればいい迷惑だ!」
「で、でも! 変わってても、美味しければ……」
戸惑う美芳は反論する。が、
「食べる相手の事を考えてない。その時点で却下だ。自宅で家族にふるまって、苦笑いで済まされるのとは違う。お金を出して食べてくれる、お客さん相手だって事を忘れない方が良いぜ。そこを外したら下手をすれば二度と食べて貰えない、てな事にもなる訳だが……その辺はちゃんと理解してるか?」
千葉の問いかけに、美芳は動揺し、戸惑い、混乱している様子を見せていた。視線が泳ぎ、いつもの自信ある態度が揺らいでいる。
「そ、それは……でも! やってみなくちゃわからないじゃない! ねえ、みんなはどう思う? こういうのだっていいわよね? おいしそうに見えるでしょ?」
「いや、俺は千葉に一票だ」と、向坂。
「奇を衒う必要なんてどこにもないし、そんなのは自分のそばに自信が無いと言っているようなもんだからな」
「わたしも、です」あやかが、柔らかい口調で向坂に同意する。
「普通の蕎麦打ちをして下さいね。それだけで一般の方には珍しいですし、思いつきで何か取り入れて失敗したら、お爺さんやお店の評判にもきっと響くと思いますよ」
「で、でも。他の人には……」
「おい! いいかげんにしなっての」
止めを刺さんとするは、ラファル。
「あんたの色付きそばより、あんたのじいさんが打ってくれたふつうのそばの方がずっとうまそうだし、食ってみたいって思わせてくれる。……口で言ってもわかんねーか? さもなきゃ、実力行使で黙らせるぞ」
ケセランを召喚してモフらせる事でな……とまでは言わなかったが、それを聞いた美芳は不承不承うなずいた。まるで「自分は悪くないもん」とダダをこねている小学生のように。
「わ、わかったわよ……」
「まあ、今はお客に提供するために、すぐにおそばを打ちましょう。もうすぐ始まりますよ!」
香里の言葉に、美芳を含め、皆は動き始めた。
そんなこんなで、
イベントが始まり、「浅田屋」も開店した。
必死こいて、そば粉からそばを打ち、麺を打ち、そしてそばを作っていく。お客も次第に入りつつあり、やがて行列が。
「……はいっ、そばがき二人前ですね。それと、もりそば三枚!」
「オーダー、だ。ざるそば一、丁」
あやかと僅が給仕をするが、無表情の僅を見て、お客は戸惑いを。
「何だ、愛想が悪、い? 十分に愛想が良いつもりだ、が? 笑顔、か」
笑顔を浮かべてみる僅だが、同席していた子供が怖がって泣き出してしまった。
「何だ、これでもダメなの、か。随分注文が多い、な。 まあ、好きにやらして貰、う」
しかし、僅は黒百合とラファルに裏方に引っ張られてきた。
「いや、あなたは洗い物をお願いしますわァ。あなたの態度が不愉快だと、お客が言ってたの聞こえましたのぉ」
「客を怖がらせといて、好きにやらせて貰う……もねーだろ。ドンブリ、ちゃんと洗っといてくれ」
「え、なんで俺、が。おい、ちょ、っと……」
洗い場に移された僅に対し、割烹着姿のハルはちょっとおろおろ。
「あの……僅……だいじょう、ぶ……?」
「大丈夫ですよ。それより、給仕をしっかりお願いしますね?」
ハルに対し、あやかがにっこりしつつ言う。
実際、あやかの給仕のおかげで、お客を捌けているようなものだった。彼女の提案した「そばがき」が無かったら、おそらく浅田屋の出店は、文句を言われるお客でいっぱいになっていただろう。
そして、厨房では。
半ば自業自得なれど、苦労しつつ美芳がそば粉を練り、そばを打っていた。千葉やラファル、向坂も同じくそばを打ち、そばを作り、お客に供する。トークショーなどやってる暇など無かった。
「……はいっ! そば5人前打ちました!」美芳がこね、
「茹で、完了したぞ!」千葉が茹で、
「ツユ、用意できた!」ラファルがツユを用意し、
「薬味もできたぞ!」薬味を向坂が。
「はいっ、こちらおつりです。……ありがとうございましたー!」
香里が会計を。手提げ金庫の蓋の裏に、注文全パターンの料金表を付けていてよかった……と実感する香里だった。
「「「「「ありがとうございました!」」」」
そして、普通だが、しかし美味なそばを提供し続け。
気が付くとイベントは終わり、皆の身体には心地よくもキツイ疲労が、どっと押し寄せて来た。
「さてと。皆……」
イベント終了後。後片付けを済ませた後、一行は再び浅田屋に。
皆は、客間に招かれていた。そして各々のちゃぶ台の前には、そばつゆと箸、薬味の皿が。
そして、源助は満足そうに皆へと笑顔を向けていた。
「今回は、本当にありがとう。改めて礼を言わせてくれ。これは、餞別代りだ」
そう言って、皆の前に用意したのは、大皿に盛ったそば。
「皆、心行くまでうちのそばを食べてってくれ。それから……」
と、源助はちゃぶ台の端に座る美芳と僅へと視線を向ける。二人の前には、色とりどりのそばが。
「お前さんと美芳は、それを全部始末する事。食い終わるまで帰さんからな」
「……チョコ味、に、コーヒー味、のは、イマイチか……」
「ううっ、ミント味やブルーラムネ味のそばなんか作らなきゃよかった」
二人とも、なかばやけくそで口に入れている。
「……あ、あの……美芳、に、僅。手伝おう……か?」
ハルはそんな僅を見て、心配そうな表情を浮かべていた。
「ま、今回は美芳にとっても、皆にとっても良い経験になったと思う」
源助はそう言って、皆へと袋に入ったそば粉を手渡した。
「お前さんたちは、本当にスジが良かったぞ。ただ、食べる人間の事を忘れずに。何事にも、この事を覚えておくようにな」
それを聞いて、
「……また、源助さんのそばを食べに来たいと思います。師匠」
照れ臭そうにほほ笑む千葉だった。